第八話 後悔
開会式翌日。
本日から輝天祭の予選が始まる。
第一回戦と言うこともあり誰もが気合を入れる中、遠矢は目を覚ましていながらも寝袋から出ようとしない。
やる気が出ない。理由はそれだけだ。
今は目が覚めたらいつもの日常で輝天祭は夢だった、なら良かったのにな。などと考えている。
「トーヤ! 起きて! そっちの腕輪じゃないと朝食も用意出来ないんだけど!」
「あー、やだ。面倒なことをしちまった。帰りたい」
「起ーきーて! そろそろ殴りますよ!」
さすがに痛いのは嫌だと、遠矢は現実逃避を止めてテントから出る。
外には腕を組んで怒っているりりあがいた。
「ほら! 私の朝食はもう頼んであるんですからすぐに許可してください」
面倒だと思いつつもポイントを物資に変えるのは主の腕輪しか出来ないこと。自分は何を食べようかと考えながら、遠矢はりりあから送られている注文のメッセージを見て。
りりあを殴った。
「馬鹿野郎、てめえ朝からステーキとか何頼んでんだ! 暗黒牛とか知らん品種だが高い奴だろ! ポイントを少しでも節約するためにテントと寝袋生活なんだぞ!」
「はあ!? これは当然の権利ですぅ! トーヤがクローケンに喧嘩を売ったから、か弱いりりあは夜も眠れず、ガラスのハートは今にもひび割れてしまいそうなんですよ! その傷を少しでも癒すために暗黒牛のステーキは必須ですぅ! あ、A5しか認めませんから」
「眠れないのはこっちの話だ! てめえは寝袋に入って早々にいびきをかいて寝てただろうが! こっちは自己嫌悪の真っただ中だったのに、隣でアホがアホなことをしている所為で満足に自己嫌悪も出来なかったわ!」
なんだとー! 互いに小動物の威嚇のように唸り合うが、すぐに腹が鳴り争いは終わる。
「腹が余計に減るだけか。りりあ、座れ。餅にするぞ。七輪を用意するが、炭が高いな。……りりあ、そっちの方に簡単に火を起こす物はないか? 安くて長く使える奴だ」
「火? 調理に使う火くらいなら魔法で充分でしょう? もしかしてその餅って何時間も火にかける必要とかあるの?」
「いや、ほんの数分だ。……魔法を使えるのか?」
「魔法くらい子供だって使えますよ。それにりりあは悪魔ですから。魔力の扱いにはちょっと自信がありますよ。……え? 魔法使えないんですか?」
『え? 使えんの?』という視線と『え? 使えないの?』という視線がぶつかり、そして気まずい雰囲気になり互いに目を逸らす。
「……りりあ、この七輪。あー、下から火を出せるか?」
「……はい。出来ますよ。あ、これ以上火を強くとかは出来ませんよ。得意じゃないんで」
りりあが出す火は強くも弱くもなく、調理には丁度良い火だった。遠矢は網に餅を乗せつつ小皿を用意する。
膨れた餅を小皿に移し醤油をかけて遠矢はりりあに渡す。
りりあは渡された餅と箸に戸惑うも、目の前で遠矢が器用に橋を使って餅を食べているのを見てそれを真似ながら餅を食べる。
餅を数個も食べれば十分に腹は膨れ、遠矢は小皿と箸を回収して。
「じゃ、これから当分餅の生活だから」
「えー! やだー!」
一瞬で先程までの気まずい雰囲気が吹き飛んだ。
「食感は中々面白かったし、味も悪くないけど! さすがにずっと同じは飽きる」
「ポイントを少しでも節約する必要があるんだ。だが安心しろ。たまになら野菜や魚などもつける」
野菜きらーい、と遠矢とりりあは言い争い、最後は遠矢が妥協した。
「しょうがない。分かった。ならりりあは共有エリアでダンジョンに潜る以外のポイント獲得方法を探ってこい。それで得たポイントはお前が自由に使えばいい」
「ええ。それって当たり前じゃない?」
「輝天祭がいつまで続くか分からないんだぞ。稼いだポイントは共有にしたいところを妥協したんだ。感謝しろ。俺はコロシアムに行くから」
「ああ! あのクローケンに喧嘩を売ってましたもんね! 最低限戦いにならないと恥晒のお笑い種。精々他の人の対戦を見て何か考え付くと良いですね! 良かったですね、私たちの対戦が最終日で。ぷぷぷ」
そう言うだけ言うとりりあは共有エリアに飛んで行った。
遠矢だって分かっている。リザ・クローケンに喧嘩を売ったのは馬鹿なことだ。
しかし我慢が出来なかった。
英雄の血筋で、努力が実を結び、結果を出して自信満々なあの態度が。
凡人で、努力しても身体を壊すだけ、結果を出せず卑屈な生活を送っていた遠矢にとって。
あまりにも眩しく、あまりにも妬ましく、何よりも憎く思えた。
そう思った瞬間に、輝天祭の参加者全てを恨んだ。
そこにいるのは英雄だ、英雄に準ずるものだ、人生の勝ち組だ。
遠矢の対極にいる者たちだ。
彼らとて辛い時もあっただろう、苦しい時もあっただろう。しかし結果を出して今は勝ち組へと至っている。
辛い時もあった、苦しい時もあった。なのに自分は今も未来が見えぬ汚泥の中。
そんな汚泥の中から無理矢理引きずり出され、今度は勝ち組のための礎となれときた。許せるはずがない、許して良いはずもない。
八つ当たりだと分かっていても、奴らを汚泥の中に引きずり込んでやりたい。
しかしそれは夢のまた夢。無理な話。
相手は英雄で戦闘の玄人。対して遠矢は凡人以下で戦闘の素人。
相手になるはずがない。一矢報いることすら難しい。
しかし啖呵を切った以上何もしないわけにはいかない。
「はあ。楽に勝つ方法はねえかな」
そのためのネタを探しに遠矢はコロシアムに向かう。
現在は輝天祭予選第一回戦一日目。
第一回戦は七日間行われ、遠矢の対戦日は七日目の最終日。
輝天祭は負けても続く。本選への出場資格は予選の成績優秀者。例え一度負けようが、他全てに勝っていれば本選に出場することが出来る。
だからと言って負けて良いはずもなく、誰もが目の前の一勝を全力で取りに来る。
つまり。
遠矢がコロシアムに着けば、そこには誰もおらず、コロシアムの中央では正午に始まる第一回戦のカウントダウンをしているモニターがあるのみ。
皆、ポイントを少しでも獲得するためダンジョンに潜っていた。
遠矢は誰もいない広いコロシアムの中、壁にもたれかかりながら正午を待つ。