第七話 英雄の血筋 リザ・クローケン
竜人、リザ・クローケンにとって輝天祭は憧れの舞台だった。
祖父が前々回の輝天祭で優勝し、世界門の設置を願った。
父は前回の輝天祭に参加したが負けて戻ってきた。
輝天祭は性質上、どのような戦いが行われたのか伝えるのを禁止されているため、どのような種族がいたかなどの話しか出来ないが、それでもリザにとっては何よりも興味のあることだった。
世界門を通じて様々な異種族を見た。しかし輝天祭には更に多くの異種族がいる。
そんな異種族と会い、そして戦い勝利したい。それをずっとリザは願い、鍛錬を続けてきた。
祖父も、父も、輝天祭参加者は皆手強いとリザに伝えた。戦いの様子を伝えることが出来ないためそれしか言えなかったのだが、リザにとってはそれだけで十分。
英雄喰らいの竜を祖父が討伐し、祖父は英雄となった。その英雄の血は父から娘のリザへと引き継がれており、リザは若くして竜人の誰よりも強い身体能力を持っていた。
竜人は他種族よりも頑丈で優れた身体を持つ種族で、英雄の血筋により異常なまでに成長した身体能力、そして英雄喰らいの竜の遺骸から作られた大剣ゼファー。
これだけあれば負ける気がしない自信と、これだけあっても負けるかもしれない期待を胸にリザは輝天祭に参加した。
リザは良く分からない受付などは早々に飛ばし、自エリアに着いてからは喜びのあまり大声で笑い、共有エリアに出てからは見たことのない強豪な異種族を目にして心が躍った。
ここでならオレは全力で戦える。
意思のある大剣ゼファーから少し落ち着けと言われるも、それでリザが落ち着けるはずもなくダンジョンに潜って軽く体を動かした後に開会式に出てみれば、そこにいるのは輝天祭の参加者ほぼ全員。
こいつらと戦える、こいつらを倒せる。そう考えている間に中央にいる猫の話は終わっていた。
そして話を聞いていてくれたゼファーに言われるがまま、リザは腕輪を操作し対戦相手の確認を行った。
強い奴が良いな。見たことがない奴が良いな。
そんなことを思っていれば。
『人間、天城遠矢。ペア。悪魔、りりあ』
くっそ弱そうな二人だった。
リザにとってどちらも見たことのある種族。人間は突然変異としか思えない異常種以外は力も魔力もない弱い種族。悪魔は魔力の扱いに優れて侮れないが、それは老練な者の話。しかし画面に映っているのはどう見ても若い悪魔。
せっかくの期待に水を差される結果にリザの口はつい暴力的な言葉を吐いてしまう。
「おいおい、対戦相手は人間と悪魔? 相手にもならねえ雑魚じゃねえか! はー、やってらんねえ」
強い奴と戦いたいのに。見るからに自分に劣る雑魚。
そう思ってはリザのやる気もなくなり、何故に人間と悪魔がペアなのかの疑問も浮かび上がってこない。
帰って早々に寝てやろうと考えたリザは出口の方を向き。
今しがた画面で見た天城遠矢とそっくりな人間と目が合った。
いや、天城遠矢本人だった。
リザは英雄の血筋のおかげか戦うのが好きだ。しかし良識がないわけではない。まさか罵倒した相手がすぐ隣にいたとは思わず、少しばかり気まずくなった。
とはいえ、取り繕うのはリザの好みに反した。
「いたのかよ。竜人のリザ・クローケンだ。どうせ相手にならないだろうと思うが、手加減はしてやらないぞ。すぐに済ませてやるからな」
弱い奴は弱い。それは事実だ。しかし面と向かって大声で言うことではないとはリザも分かっている。しかし言ってしまったならそれを否定するような卑怯な真似はしない。
「竜人、それにクローケン? トーヤ! 竜人のクローケンですよ。前々回の輝天祭で優勝した!」
「その通りだ。竜人の英雄であり、前々回の輝天祭優勝者はうちの爺様のことだ。その孫娘がオレだ。英雄の血筋もあり、竜人の中でも異常なくらいにオレは強いぞ」
りりあの驚きの反応が嬉しく、立ち去るつもりがリザはつい足を止めて自らを誇示してしまった。
それが遠矢の怒りを買うことだと気付かずに。
「オレの英雄伝説の序章を飾る敵としてはあまりにしょぼいが、引き立て役ぐらいにはなってくれよな」
勝利は揺るがないと確信した。だからこそ相手を目の前にしても堂々とした勝利宣言をして去ろうとしたが。
その前に遠矢が亡霊のようにゆったりと立ち塞がった。
「良い度胸だ」
「は?」
「英雄の祖父を持ち、その血筋からか努力は実を結び、何不自由なく勝ち組への道を歩く。普通の両親を持ち、努力しても結果が出ずに身体を壊し、負け組へと沈んでいる俺などは勝ち組様の礎になれと」
リザも英雄の孫娘。恨みや妬み、怒りなどを向けられたことはあったが、遠矢から向けられた底冷えがするほど嫌な感じの憎しみを向けられたことはなかった。
まさしく亡霊。生者では向けられない感情を向けてきた遠矢は濁った瞳でリザを見ながら。
「雑魚に負けぬように、気を付けてな」
宣戦布告。それにリザは挑発的な笑みを浮かべて返した。