第二話 悪魔王の娘 小悪魔りりあ
悪魔の城を一人の小悪魔がこそこそと移動していた。
彼女は現悪魔王の娘、りりあ。
父親が最近相手をしてくれないことに苛立ち、何か悪戯をしてやろうと城内を歩き回っている。
勿論、王のいる城内だ。時折他の悪魔とすれ違うことはあるが、そこは日頃の悪戯で培った隠密術を用いて気配すら悟らせない。
「何かないかな」
りりあが狙うのはほどほどの悪戯。やり過ぎればこっ酷く怒られるし、しょぼい悪戯だと無視されてしまう。
ほどほどに、自分を構ってくれる程度の悪戯。
そうなると直接的な被害が出るものは駄目。ほどほどが狙いにくい。
物を壊すなども取り返しが付かないので駄目。
取り返しが付きやすく、ほどほどを狙いやすい悪戯。
悪戯の名人、りりあはすぐに思いついた。
物を隠す。
今はその獲物になりそうな物を探している。
「……お!?」
王城にはいくつか開かずの間とされている部屋がいくつかある。宝物庫などがそれに当たるが。
何の部屋なのかも知らされていなかった部屋の扉が僅かに開いていた。
その時点でりりあの頭の中から悪戯の文字は消え、好奇心が全身を支配した。
「え、なになに? 何かあるの?」
そっと中を覗き見て誰もいないことを確認し、ゆっくりと侵入。僅かに開いていた扉を閉める。
中は狭く、いくつかの本棚と部屋の中心には意味深な魔方陣。
魔方陣には近寄らない。見るからに危険。
りりあは近場の本棚から適当に本を見繕い中身を見る。
本に書かれていたのはこの世界にはいない種族の情報。
「おお! これは!」
りりあは悪魔以外の異種族を知っているし、会ったこともある。しかし本に書かれていたのは見たことも聞いたこともない異種族について。
この本が何故存在するのか。りりあはすぐに理解した。
おとぎ話のようで実際に起こると言われている輝天祭。その情報がここにあるのだと。
輝天祭。各世界の英雄が集い、最強を決めると言われている。
そんな嘘のような話が信じられているのは実際にりりあの先祖が輝天祭で優勝し、各世界に自由に行き来できる世界門を優勝者の権利として願ったため。
輝天祭の情報は基本的に秘匿されているため、ここにある情報は本来目にすることの出来ない貴重な情報。勉学が好きでないりりあでも誰も目にすることが出来ない情報となれば別。
次々と本棚から本を取り出して読み込んでいく。
知っている異種族、知らない異種族。そして未知の情報。りりあは夢中で本を読みこんでいく。
その際にうっかり、本が手を滑り地面に落ちてしまった。
「あらら……ら」
その本を拾った瞬間に、その本がどこに落ちていたのか悟った。
魔方陣の上だ。そして拾う際に僅かに指が魔方陣に触れてしまった。その直後。
眩い光を放つ魔方陣。りりあはまずいと思いその場から逃げようとしたが、光から逃れられるはずもなく、あっという間に光に呑まれ悪魔の世界から姿を消した。
「悪魔王の娘、小悪魔りりあ。十五歳」
りりあは目を覚ますと真っ暗な空間にいた。
上も下もない。無重力の空間。そしてそんなりりあを囲むように悪魔が崇拝している邪神の像が配置されていた。
やってしまった、とりりあはすぐに自分の失敗に気付いた。
「以下省略」
「あの、邪心様? りりあは間違えてきてしまっただけでして、この後に父上が来ますので。父上の方に……」
「不可能。輝天祭参加者はりりあである」
やっぱりだ、と想像していた最悪の事態にりりあは頭を抱える。
普段は閉ざされていて、輝天祭の情報がたくさんあった部屋。その真ん中に魔方陣があり、それに触れた直後に謎の空間に飛ばされた。
輝天祭が関与していないはずがない。
「いや、あの、ほら。私は英雄ではありませんので。参加資格はないと思うのですが」
「問題なし。輝天祭は英雄が集い最強を決める祭りではあるが、参加資格に英雄であることは含まれていない。何より、一度優勝した世界の参加者は自由となっている。そのための魔方陣」
それこそが褒美でありハンデ。と邪神像に言われりりあはうな垂れた。
りりあが伝え聞いている輝天祭のおとぎ話はご先祖様の悪魔が突然輝天祭に参加させられるというもの。魔方陣を通して移動はしていない。
褒美、というのは英雄よりも強い者がいればそいつに参加させても良いと言うこと。
ハンデ、と言うのは今のように英雄以外が参加してしまう可能性があると言うこと。
「ぐああああ」
これは悪戯では済まない。洒落にならないやばい事態。
輝天祭の優勝者に与えられる願いを叶える権利。それはどのような願いでも叶えられると言われ、父親である悪魔王は当然世界のためになるようなことを考えていたに違いない。
それが例え、各世界の英雄たちと争い勝ち抜く必要があったとしても。
世界のための願い。万に一つの可能性でも全力を尽くしただろう。
だがここにいるのは可能性を生み出すことも出来ない小悪魔りりあ。どの世界の英雄を相手にしたところで敗北は必然。優勝どころか一勝も出来ないで終わるだろう。
「邪神様! ならば私に加護を! 輝天祭で勝ち抜けられるような力を!」
「不可。輝天祭出場者にいかなる干渉も禁じられている」
何か手はないか、とりりあは必死に考えを巡らせ邪神像に力を願うもあっさりと却下され、途方に暮れる。
しかし簡単に諦められるはずもなく。脳裏に先程まで読んでいた輝天祭についての本の内容を思い出した。
「はっ! 邪神様! 確か昨今の輝天祭はペアでの参加となっているはずです。ならばペアに父上を、悪魔王をお願いします」
「不可。すでに悪魔世界への参加者は閉ざされた。他世界の実力が近い単独参加者と組んでもらう。……要請を受諾、対象を発見。転移させる」
りりあの願いは何一つ叶わず、逆に絶望に落とし込むかのようにりりあと実力の近い参加者の下へ転移させられた。
闇に呑まれたりりあが飛ばされた先にいたのは。
りりあよりも頭一つ分高い身長。パッとしない、どころかやや暗い顔立ちに、中肉中背と言う頼りない体格。服装もよれよれのTシャツとゆるゆるのズボン。品性も品格もなさそうな佇まい。
異種族の中でも基本的に最弱と呼ばれる人間だった。
「「なんだ、こいつは?」」
りりあの心の声が漏れた。