精霊剣士の物語〜sauvenile〜其の拾漆
お久しぶりです。作者の伊藤睡蓮です。テストもろもろでかなり遅くなってしまい大変申し訳ないです。今回はちょっと長めに書いてみました。もいうか長くなってしまいました。いつもなら1万字くらいなのに倍くらいあります。
どうぞお楽しみくださいませm(_ _)m
30,最悪の序章〜ven〜
「本当にどういう神経してるのかしら。私たちを前にしてもそんなに余裕で立ってるなんて。あなたも第1位といってもたった1人のはずなのにね。」
私たちの前に立つ1人の男に向かって敵意丸出しの言葉を投げかける。その言葉にも全く臆することなく、精霊使い第1位、元刻精学園の学園長である神谷晴明は笑った。
「精霊使い第3位にして武精学園学園長の時雨吹雪、私が認めた実力の持ち主で第4位のジャック=ノワール、そして、第7位にして磨精学園学園長の霧崎千。最後に忠精学園学園長、第5位の雲雀真純。確かに、この状況になるのは想定外だったよ。それと、君たちの後ろにいる子たちも不思議な力を感じることもね。」
そう言って私たちから簡単に視線を逸らし、後ろにいた子供たちに目を向ける。
花蓮さんに、吹雪の学園の神崎先生に、確かこの間吹雪が話していた山崎炎真くん、児玉氷架さん、天津風音さんだったかしら。
吹雪が握っている刀に力を込めるのが分かった。
「不思議な力……ね。確かに間違いではないけれど、あまり私たちを舐めないことね。そんなに無防備で立って視線を私たちから逸らして。」
すぐ横にいた吹雪の姿が消えたかと思うと、晴明の真横に一瞬で移動し、刀を振りかざしていた。
「鷹爪Ⅲ。」光を纏ったその刃を迷う事なく振るう。
晴明はその攻撃に気づくとすぐに後ろに半歩下がって回避する。
「流石にお喋りし過ぎてしまったかな。私もそろそろこの場を離れたいところだ。夏音くんの事も探したいしね。」
「行かせませんよ、晴明くん。セルーム。」
ジャックさんがまた別の空間魔法を張り巡らせた。対象の人物の魔法を使用不可能にする魔法。これで晴明は魔法が使えない。
「そうか。君は確かそんな魔法が使えたね。これは少々めんどうだな。」
「めんどうとかそういう次元じゃないですよ。晴明さん。千本槍雨Ⅱ。」再び無数の槍が晴明を襲う。晴明は高くジャンプすると、4人から距離をとる。
ようやく今の状況を理解してくれたのかしら。
「魔法が使えない、か。それならば魔法なしで行こうか。おいで"デルタ"。」晴明が"デルタ"と呼ぶと、どこからともなく現れた一本の剣。藍色に輝く剣。あれが、晴明の精霊が宿る武器。
その場にいる全員が一歩後ろへと下がる。
「それだけで、いいのかな?」
藍色の剣を軽く振り上げる晴明。これは、やばい!直感的にそう思った。
「炎真さん、氷架さん、風音さん!神崎さんと花蓮さんを連れてこの場から離脱しなさい!命令よ!」
吹雪もそれに気づいたようで、声を上げる。
「は、はい!氷架、風音、やるぞ。神崎先生と花蓮さん、僕たちに掴まってください!」炎真くんたち3人が集まり、転移魔法で移動する準備をする。
晴明が刀を振るう。その直後、サルームの空間が歪み始めると同時に大地も裂けていく。巨大な斬撃。これって、本当に魔法を使っていないの?いや、これは間違いなく魔法のひとつ。けど、ジャックさんは確かに晴明の魔法を使えなくしてたはず。
「みんな、全力で防ぐんだ!」ジャックさんがそう叫ぶ。
攻撃は、最大の防御。刀を抜く。
「"ガンマ"力を貸して。真刀・宝勾斬 壱式(しんとう・ほうごくざん あかのたち)。」向かってくる斬撃に同じく斬撃をぶつける。
「"アルファ"、出来るだけ飲み込みます。光墓場。」光の円が吹雪の前に現れ、その中に斬撃が吸い込まれるように入っていく。
「"ベータ"頼みます。針々散々壁々(サレミュール)Ⅴ。」巨大な針が空からジグザグに降ってくる。柵のように並ぶと斬撃を防ぐ。
「結界もそろそろ崩れそうだね。また貼られては厄介だ、ジャックくん。君には先に倒れてもらおう。夏音くんを逃したことも含めてね。」
そういうと、一瞬のうちに私たちの間を通り抜けてジャックさんの目の前に立っていた。
斬撃を防ぎきることは出来たが、手に力が入らない。吹雪も、千も同じ様な感じだ。おそらく、晴明の魔法によるもの。
「ジャックさん!逃げてください!」
「晴明くん。まさか、君は………。」
ジャックさんが睨みつけるように晴明を見る。その言葉を聞くと、晴明は不敵に笑った。
「おそらく、あなたの考えている通りですよ。ジャックくん。」
ジャックさんは目を見開いて晴明を凝視した。
「そうか。落ちたな、神谷晴明!精霊の加護!」光がジャックさんを包み込む。これは、確か秋翔くんも同じような魔法を使ってた。一時的に精霊と一体化する全身強化の珍しい魔法。ただし、精霊と契約していないジャックさんにとってはそれも不完全のはず………けれど。ジャックさんの魔力が何倍にも膨れ上がるのを感じる。これがジャックさんの奥の手。肌でそう感じることができた。
「落ちたな、か。別に初めから君たちを仲間と考えてはいないよ。」
「………まさか、ここまでとは。」
次の瞬間、光が掻き消されるように消えた。
そこに立っていたのは、血が滴る藍色の剣を手に持ち、不敵に笑っている、神谷晴明だけだった。
地面に崩れる様に倒れ、少しずつ溢れ出す血の真ん中にいるジャックさん。
「そんな………。」
ーーー
一体何がどうなってるの?
精霊使い第1位の神谷晴明さんが、敵だった?悪魔の味方?全く理解が出来ない。花蓮ちゃんも呆然としてるし。さっきの斬撃、学園長たちがいなかったら今頃私たちが確実に巻き込まれてた。転送される瞬間、近くにいたジャックさんが斬られた?
「か……き……い!神崎……せい!神崎先生、しっかりしてください!」
自分が呼ばれていると気づき、ようやく意識がはっきりしてくる。
辺りを見回すと、しゃうとくんの他にも、イプシロンでの戦闘に関わってた子達が椅子に座っていた。ベッドで寝ているのは私だけ。
「しゅうと、くん?あれ、ここって。」
「俺たちが入院させられた病院です。急に廊下に現れて、みんなびっくりしてたんですからね。」
そうか、炎真くんたちが転送してくれたのね。
「私以外の4人は………無事みたいね。」
そっと近づいてくる花蓮ちゃん。
「零架先生、よかった。」ホッと息を吐く。
「炎真くんたちもありがとね。」
「いえ、僕達がやれる事をやっただけなので。それに、まだ解決してませんよ。」
そうだった。
「話はだいたい聞きました。神崎先生。助けにいきましょう!」
しゅうとくんなら絶対そう言うと思った。
「今回ばかりは許可できないわ。危険すぎる。それに、あなた達こそまだ全開じゃないでしょ?そんな体で行ったところで足でまといになるだけよ。」
神谷晴明の強さは本物。それだけは確かにこの目で見た。
「その神崎先生って人の言う通りよ。しゅうとくん。」
そう言ったのはジェミニだった。
「あなたは知っていたの?神谷晴明が悪魔と関わりがある事を。」真冬がジェミニに尋ねる。
「それはノー、と答えるわ。まぁ、1年前の武精祭の日程やら何もかもが分かったことからして、世界精霊使いのtop10の中に内通者がいてもおかしくわないと思っていたけれどね。それに、最近あまりにも私たちに来る情報が4学園に関わっていることばかりだったから学園長が内通者ってのも納得だわ。まさか第1位が内通者だとは考えてもなかったけど。」
「なるほどね。それなら、どうして刻精学園に行くことがだめなの?」
ジェミニは呆れたようにため息をつく。
「あのね、神崎先生も言ってたでしょ。あなた達のそのボロボロの体で何しても無意味なの。それに、相手は第1位。あなた達人間の方がよっぽど分かるでしょ。」
「だったらジェミニ、お前も俺たちに協力してくれたら、レオの時のように倒せるかもしれないだろ!お前、強いし。」
「そうですよ!みんなで力を合わせればきっと!」しゅうとくんと春香ちゃん、それに真冬さんも口にはしてないけど顔を見れば分かる。吹雪先生のことが心配なのね。
そんな3人を見て、ジェミニがさらに口を開く。
「この際だからもうまとめて言っとくわ。悪魔刻の中にも序列が存在するの。12体の上級悪魔、その一番下、つまり最弱と言われているのが今回あなた達が倒したレオよ。」
その場にいた全員が息を呑む。レオがデモンシアの中でも最弱?!特務部隊でも入手出来ていない情報だわ。
「下から順に言うと、獅子座のレオ、牡牛座のタウルス、牡羊座のアリエス、双子座のジェミニ、天秤座のリブラ、水瓶座のアクアリエス。私でも9番目の強さ。したから数えた方が早いのよ。それに、私だってあなた達と同じくボロ雑巾状態よ。まだ完全に穴が塞がってないんだから。」
「お前が9番目?まじかよ。そしてそれに関係する神谷晴明。そりゃ本当に只者じゃないな。ってか、まだ6人しか聞いてないけど?」
「あら、しゅうともちゃんと計算できたのね。」真冬さんが馬鹿にするように言った。しゅうとくんは少し怒った顔をすると、春香ちゃんがなだめていた。
「あとの6人は、正直よく分かっていないのよ。」
「同じデモンシアなのに、分からないってどういう意味ですか?まさか、やっぱり私たちを騙そうと!」美希さんがしゅうとくんよりも怒った顔でジェミニを見る。
「同じデモンシアでも、別に仲間というわけじゃないのよ。ただ、お互いの利益のために一緒に行動しているだけで。私が知ってる5体の悪魔はよく一緒に行動していたから。ボスの命令でね。」
そういえば、レオ、リブラ、アクアリエスが武精祭に乱入してきた事があった。それに、少し前にレオとリブラ、ジェミニが廃墟にいたのをしゅうとくんたちが撃退したのよね。たしかにジェミニの言ってることは間違ってない。
「ジェミニ、ボスってのは誰だ?」
しゅうとくんがジェミニに聞いたが、ジェミニは首を横に振った。
「会ったことはあるんだけど、黒いマントというか、装束?みたいなものを着ていて顔までは見えなかったけど、実力は相当のものよ。そもそもそのボスが私たちデモンシアを結成させた張本人だから。名前は…………ナイトメア。」
ナイトメア?!それって確か。
しゅうとがジェミニに駆け寄る。
「そいつは今どこにいる!早く教えてくれ、ジェミニ!」
しゅうとくんの父親と母親2人をなくすきっかけとなった敵の名前。母親の方は未だに眠っているように目が覚めていないらしい。たしか、アメリカの病院に入院してるのよね。
「ば、場所までは私にも分からない。いつも魔法手紙で指令がおりていたから。」
「そう……なのか。悪い、ジェミニ。」
しゅうとくんはがっかりしたように肩を落とす。
「零架先生、一旦この話を一区切りにしましょう。このままだと本当に学園長たちが………。」
花蓮ちゃんの言葉に私は黙って頷く。
「そうね。学園長たちなら簡単にはやられないと思うけど、第4位が一瞬にしてやられてしまったから、確かに心配だわ。けど、」(特務部隊に対抗できる次元じゃない。これはもう、同じくらいの力を持ってないと被害が大きくなるだけ。)
「私と行くなら問題ないわよね?零架先輩。」
病室の部屋の扉の向こう側から声が聞こえた。聞き馴染みのある、声が。そしてそっと扉が開かれていく。
そこにいたのは、やっぱり。
「夏音、ちゃん?」
ーーー
「夏音?なのか?どうして……。」理解が追いつかない。
呆気にとられている俺たちを少し笑い、ゆっくりと部屋に入ってくる。
「また会っちゃったね。しゅう。」間違いない。夏音だ。
「なんで、ここに?」
「なんでって、私は借りを返しに行きたいだけよ。この間、しゅうが助けてくれたことと、この本を渡してくれた第4位さんにね。」
手提げのバッグを開き、そこから1冊の本を取り出す。それは少し古ぼけた魔導書だった。これが、磨精学園に保管されていた魔導書。
「夏音、それってどういう……。」
口を人差し指で抑えられる。
「長話してる時間はなし。この部屋全体に回復魔法かけといたから、みんな動けるはずよ。」
そう言われて、みんな少し迷いながら体を動かしてみる。
確かに、体の痛みも消えていた。
「あなたになんのメリットがあるの?夏音さん。」
真冬が夏音を見つめる。
「長話はしてる暇ないのに。……そうか、分かった。そんなに知りたいなら、ここまで来る経緯を私の記憶から一瞬で読み取って貰うわ。覚悟しなさい。記憶共有。」
一瞬にして視界が真っ暗になる。どうやら夏音の魔法が発動した影響のようだ。
(それじゃあこれから見せるから、私が来た経緯をとくとご覧あれ。)
ーーー(其の玖 17から)
「風神の剣!」
…………。何も起きない?
「雷神の矢、風神の矢!どうして⁉︎」
「この空間のせいだよ。この空間ではあらゆる魔法は私の権利において発動する事が許される。まぁ、私の魔力が尽きるまでここにいることになるね。」
魔力だけが全てじゃないって事はそう言う事だったのね。
「この空間に私1人って事は、カイはこの空間の外、つまり現実世界にいるのよね。カイが壊してくれれば。」
「無駄だよ、私が解除するまで出る事は出来ない。そして私は魔法を使える。私の魔力が尽きるまで耐える事が出来れば、君の勝ちということになる。」
圧倒的にこっちが不利な条件ね。この状況をなんとか打破しないと。
「さて、それじゃあ。」ジャックはゆっくりとその場に座った。
「君に魔導書を渡す話でもしようか。……この話が終わったら、"すぐに逃げる"んだ。」
…………え?
「今のはどういう意味ですか、何を企んでいるんですか?」私を倒す気が全くもって感じられない。
ジャックは優しい笑みを私に見せた。
「いやいや、企むも何もないよ。君と直接であってみて、君なら渡しても大丈夫だろうと思っただけさ。千もそこは了承している。とりあえず、そんなに身構えずに少しだけ私の話を聞いてはくれないか?」
「あいにく、あなたみたいな人と時間を潰している暇はないので、魔導書を渡してくれるなら早く渡してください。」
私がそう言うと、ジャックはと、「やれやれ。」と首を横に振り、もう一度私を見た。
「それなら、3分だけ。それでもダメかい?なんならこの空間も解くよ?」
本当にどういうつもりなの?この空間を解けば、それは私だけじゃなくカイとも合流するということになる。それはジャックにとっても多少なりとはめんどうなはず。
「その代わりと言ってはなんだが、君のもう1人の仲間、外で暴れてる彼女もここに呼んで欲しい。」
イヴもここに集めるつもり?けど、それなら確実に魔導書を取って逃げることが出来そうね。今度はジャックよりも先に魔法を放てばいいだけ。って考えるのも馬鹿馬鹿しくなるような無防備感。まぁさっきもほとんど何の動作もなく私をあんな空間に閉じ込めたけど、本当に攻撃するつもりがない。さっきも1度も私を攻撃しようとはしなかったし。……少しだけなら、話を聞いてみるのもありかも。
「分かったわ。3分ね。それ以上は待たないから。」
ジャックは微笑みながら頷き、指を1回だけ鳴らす。すると、空間に亀裂が走り、跡形もなく砕け散った。さっきまでいた魔導書が展示されてある広い空間に戻ってきた。もちろん、カイもいた。本当に解いちゃった。
急に現れた私たちに驚いていたけど、すぐにジャックに槍を向ける。
「夏音、無事だったか!流石は夏音だ。まさかあの空間から脱出してくるとは。」
「違うわ、カイ。ジャックがあの空間を自分で解いたのよ。空間転送Ⅱ。」
手を前にかざす。すると、目の前にイヴが現れる。イヴは、腕に巻きついた気味の悪い武器を笑いながら振り上げている。夏音が転送させたということに気づくと軽く舌打ちをした。
「夏音〜。なんのつもり〜?せっかく楽しく遊んでたって言うのにさ〜。ってあれ?この目の前の長帽子のおっさん。第4位?!こいつをやるために呼んだの?夏音〜♪やるじゃん。」
イヴがジャックに飛びかかろうとする。
「待ちなさい、イヴ。カイも槍を下ろして。」
2人は驚いて私を見る。
「どういう事だ、夏音。」
「は?だったらなんで私を呼んだのよ〜?」
「いいから、武器をしまいなさい。2人とも。」イヴは暫く考え、もう一度舌打ちすると、左腕に巻き付くようについているサソリの尾のような短剣が徐々に小さくなって、最後はイヤリングになり、手に握られた。
カイも握っていた槍から力を抜き、形を変える。真ん中にトナカイのような動物のネックレスになると、それを首につけた。
「それじゃあ、話してくれるかしら?私に魔導書を渡す理由。」
ジャックは頷いた。イヴとカイは魔導書を渡すという言葉を聞いて、私と同じ疑問を持ったのか、また驚いた顔を見せた。
「あぁ、もちろんだとも。………私は1年ほど前からある事件について調べることになった。特務部隊の赤城という人と、武精学園の時雨吹雪学園長に頼まれてね。その頼まれた事件は10年前に起きた、イプシロンの遊園地での爆破事件だ。夏音くん、この中では君が1番よく分かるはずだ。」
「え、えぇ。忘れるはずがないわ。私はそのために過去に行ってしゅうのお父さんとお母さんを助ける準備をしているんだから。その事件がどうかしたんですか?」
まさかジャックからあの事件の事が出てくるとは思ってなかった。どうして赤城さんや吹雪学園長は調べさせたの?
「どうやら腑に落ちない点がいくつかあったらしくてね。君にも考えてみてほしい。なぜ、あそこがナイトメアに狙われてしまったのかということを。」
あの遊園地が狙われた理由?たしかあの後、しゅうが病院に運ばれて赤城さんから簡単にだけど説明があった。
「無差別に狙われたって聞いてたけど。」
「そうだね。この頃は確かに奴の目的が分からなかったからそういうことになっていた。だが、私が調べていくうちにナイトメアが過去に狙っている場所にはある法則がある事が分かったんだ。」
「法則?」
ナイトメアについては個人的にも調べていたつもり。でも特にめぼしい収穫はなく、ナイトメアについての捜索は諦めていた。どうせ過去に遡って奴を倒すとも考えてたし。
「奴がイプシロンを襲撃してから、奴と同じ魔力が感知された事件が3つある。7年前に忠精都市、4年前に磨精都市、1年ほど前に武精都市。どの都市にもほんの僅かの魔力感知だったみたいだがね。武精都市については、夏音くんが通っていた武精学園のイベント、武精祭の悪魔襲撃の数分前に感知されている。」
武精祭?!あの時にナイトメアが近くにいたの?イグニちゃんも気づいてなかった。そのぐらい魔力を消していたということになる。偶然通りかかっただけ?
「偶然ではないよ。奴はその都市に学園長がいない時のタイミングで現れている。そんな偶然はありえない。学園長たちがいないその隙に何かを仕掛けたと、私は考えている。イプシロン、アルファ、ベータ、ガンマときたら、言わなくとも分かるだろう?」
「刻精都市。次に奴が現れるのはそこと考えてるのね。まさか、ナイトメアを倒すために私に力を貸してとでもいうつもり?」ジャックは首を横に振った。
「いいや、そうではない。君にはそこに近づかないでほしいだけだよ。何が起こるか分からないからね。」
「そのためだけに私を逃がすってよく分からないんだけど。そもそも、私はデルタに行く必要なんて……。」
ピリリリリッ!私の持っていた携帯が鳴り出した。ジャックの方を見ると、1歩下がり軽く頷いた。出てもいいってこと?本当になにが目的なのよ。電話をかけてきた相手はレイクだった。
「なに?今私たちが任務中だって知ってるでしょ?あなたが魔導書を奪って来いって言ってたのに。」
レイクは電話越しにケタケタと不気味に笑う。相変わらずね。
「あぁ。順調に行けばあと少しで任務も終わる頃だと思ってね、電話に出れるということはそういうことだろう? 急ですまんがそのまま次の任務に行ってもらう。君一人でね。」
「…………内容は?」
「刻精学園に向かってもらいたい。仲間にしたい生徒がいるのだよ。」
このタイミングでデルタ都市への指令?!本当にタイミング悪いわね。
「それならイヴやカイでも問題ないんじゃないの?私じゃなきゃいけない理由でもあるの?」
ケタケタと笑っている声が止む。
「イヴは1人だと何をしでかすか分からん、それにカイも仲間を選ぶハードルが高すぎてな。夏音なら正しく判断できると思ったまでだ。それじゃあ、頼んだぞ。」そう言って電話が切れた。それなら私たち3人がこのまま行ってもいいはず。それに、こんな任務今までなかった。
「どうやら、君の仲間からのようだね。」この人に話したら、もっと詳しい話が聞けるかもしれない。
「えぇ。デルタに向かってほしい、だそうよ。」ジャックはそれを聞くと、少しだけ目を見開く。
「夏音、そろそろ3分だ。早くここから離脱しよう。」
「それとも、第4位やっちゃう〜?」
カイとイヴはもう待ちきれないようね。それに、カイに関しては警備員の増援が来ることが心配みたい。それに関しては私も厄介だとは思ってる、けど。
「2人とも、ごめん。先にここから逃げてくれる?私も後からすぐに追うから。今はこの人からもう少しだけ話を聞かせて。」
2人は暫く黙って顔を見合わせる。
「分かった。俺とイヴは先に戻る。なるべく早く戻ってこい。」
私が頷くと2人は走って階段を降りて行く。
イヴは渋々といった表情だったけど。
「すまない、約束の時間を過ぎてしまって。」
「それよりも、この命令についてあなたはどう考えてる?」
「ふむ、そうだな。明らかに"偶然"、とは言えんな。今電話してきた奴とナイトメアに何かしらの関わりがあるのか?夏音くん、なるべくそいつとは関わらない方がいい。」
ジャックは真剣な眼差しで私を見ている。
「忠告はありがたく受け取っておくわ。でも、私がやりたいことに近づくためには必要な任務なのは間違いないと思うから。」
「そうか、それなら仕方がない。それならまず先にイプシロンに向かってみたまえ。先程から学園長たちと連絡がつかない。なにかあったと考えるのが妥当だ。その後でデルタに向かうかは君に委ねることにしよう。私も少し気になることが増えてきたのでね。…………やはり彼が………。」
ジャックは独り言のように最後の言葉を呟いていた。
「結局、あなたは私に何をさせたいの?」
「もちろん、君の本来いるべきところに戻ることさ。」
しゅうたちのことも知ってるの?私が本当に居るべき場所、そんなの決まってるじゃない。しゅうと、しゅうののお父さんと、お母さん、私と両親。みんな揃って楽しく暮らせるのが1番に………。
「君は今、私の質問の答えに対して何を1番先に考えたかな?」
なんだろう、この前赤城さんに言われたことに似ているような気がする。
「イプシロンか………、まぁデルタに行く寄り道程度ならそこまで時間がかかるわけでもないし、分かったわ。色々と話を聞かせてもらえたし、今回はあなたの言う通りイプシロンに向かってあげる。最後の質問に関しては、私の中ではとっくに決まってる。過去を変える………それだけよ。」
ジャックはにこやかに笑って、
「そうか………。」と残念そうに答え、1冊の魔導書を差し出した。
「あ、ありがとう。」
過去を変えると宣言しても、魔導書を私に手渡した。最後まで、ジャックが何を考えているか分からなかった。
窓に近づくと、鍵を開けて窓を開く。振り返ってもジャックはその場から1歩たりとも動いていなかった。ただこちらを眺めている。
まずはイプシロンに向かって、状況確認ね。
それからレイクの件について少し考えよう。
足に風を纏い、窓の外に飛び出した。
ーーーイプシロンに向っているときから、ジャックの言っていたことは間違いないことに気づいた。結界がイプシロンのひとつのビルを囲むようにつくられている。イプシロンに着いた頃には消滅してたけど、その瞬間に4学園の学園長の魔力を感じたから、流石にびびったわね。
「それにしても、一体ここで何が起こってるのよ?イヴとカイ、帰さなかった方が良かったかも。」
悪魔の魔力をいくつも感じる。
3人の大きな魔力は3つの学園に向かってた。
この魔力、残ったのは雲雀学園長ね。ということは忠精学園は任せられる手練でもいるのかしら?雲雀学園長の近くにいる3体の悪魔に関してはご愁傷さまとしか言い様がないわね。後は………しゅう?しゅうの魔力を感じる。でも、よく分からない。なにかが覆いかぶさってて上手く感じ取れない。
「これも、結界?どんだけ結界張られてんのよ?」
「それを探るのは君の役目ではないよ。夏音。」
この声、間違いない。
「レイク、なぜあなたがここにいるの?」
レイクは顔色一つ変えない。
「それはこちらの台詞だよ。夏音。君はデルタに向かうように指示したはずだ。」
いつものレイクと少し違う感じがする。上手くは言えないけど、何かおかしい。
「デルタに向かってたら悪魔の魔力を感じて、気になって少し寄っただけよ。別に大した理由じゃないわ。」
レイクはじっと私の目を凝視している。
「そうか。深い意味がないのならいい。早く任務を終わらせるんだ。それと、万が一魔導書を奪われては大変だ、私が預かろう。」
レイクはそっと私の前に手を差し出した。レイクの目、やっぱり何かおかしい。
何かを隠してるわね。
「ごめん。あなたの頼みでもこの本は………」
本をぎゅっと離さないように握ろうとした。………手に握っていたはずの本がない?!まさか。
「この本は我々が預からせてもらうよ、夏音。」
この声、まさか彼もいたなんて。
元武精学園の教師、いや武精学園に潜入していた私たちの仲間。荒井龍磨。
「どういうことかしら?龍磨、そしてレイク。」
レイクの隣に龍磨が立つ。龍磨の右手には透明ではっきりとは見えないが、刀の形を模したものが握られている。何も言わずに左手に持っていた魔導書をレイクに渡した。
渡された魔導書を見てレイクがニヤリと笑う。
「確かに受け取ったよ、夏音。」
「別に渡したつもりはないわよ?やっぱりあなたたち………。」
レイクと龍磨を睨みつけ、身体にある全魔力を解放した。
「やっぱり、か。やはり磨精学園で何かを知ったようだな。それでイプシロンに来たんだろう?」
龍磨は顔色一つ変えずに私に聞いた。
「えぇ、まぁそんなところよ。それよりも、あなた達にとっても私の存在は必要不可欠なはず。しゅうのお父さんとお母さんを救えれば、レイクも得をするんじゃないの?」
レイクは私の質問にニヤニヤと笑いながら答えた。
「君はもう私の命令では動かない。さっきの電話のやり取りでそう判断した。これまでの数年間、私の実験体となってくれたことには感謝しようか。」
こいつ………。
「私に勝てると思ってるの?」
挑発気味に2人に向けて放ったが、龍磨に笑い飛ばされた。
「それはこちらの台詞だ。悪魔1匹も倒せていない君が私に勝てると思ってるのか?」
今のはどういう意味?
次の瞬間、龍磨の身体から溢れ出る魔力に身体が押し潰されそうになる。なに?このとてつもなく濃い魔力?!
「レイク………まさかあなた、龍磨にも私と同じ、いやそれ以上の?」
レイクは頷いた。
「あぁ。彼も適合者だよ。魔力を収める器が君よりも遥かに高い。だからはじめに君で試していたというわけだ。この龍磨の魔力さえあれば禁忌魔法であるもう1つの魔法を扱える。蘇生魔法をね。」
目を見開いて私は驚いた。蘇生魔法ってたしか、
「発動者は死ぬわよ?確実に。」
「承知の上だ。」荒井龍磨が少しの間をも与えずに即答する。どうして?でも、それでしゅうのお父さんは助かる。でも、
「しゅうのお母さんは死んでない。その魔法じゃ助けられない。」
「私が研究対象にしているのは紅葉秋玄ただ1人だ。母親など、知ったことではない。」
……………。嘘だったというわけね。はなから私はただの実験体でしかなかったと言うの?
「そう………、だったらもう私達は敵同士という事ね。」
「そういうことになるね。夏音、今までご苦労だったな。魔力の供給も既に止めてある。君は永遠の魔力を失い、ただの精霊使い、いやそれももはや叶わぬ夢だな。」
レイクは再びニヤニヤと笑いだした。今すぐにでもこの2人を倒したいけれど、それじゃ奴らの思うつぼ。私の魔力はもう限られてしまっている。無駄には出来ない。
荒井龍磨から溢れ出る魔力が収まった。
「かかってこないか。まぁ、そう簡単には挑発には乗らないだろうな。ここは一旦帰らせてもらうとするか。一瞬とはいえ、魔力を表に出しすぎた。誰かに見られるのも厄介だ。」
「そうだな。夏音、魔導書を渡してくれた君に朗報をやろう。ナイトメアは、刻精学園にいるぞ。彼なら知ってるのではないか?魔法の解除の仕方を。」
レイクがそう言うと、目の前に半透明の壁が現れ、レイクと龍磨が消えていった。
「魔力が限られてしまったけど、かなりいい情報もらえたし、プラスに考えるしかないわね。タダで情報ありがと、レイク、龍磨。」
ーーー
「ってなわけで、納得してくれたかしら?」
「「いや、全く。」」
全員が口を揃えて言い放つ。夏音は予想外だったのか「え、うそ?!」みたいな顔でこちらを見ていた。
「夏音ちゃん、あなたが持ってる本ってその奪われた本よね?どうして持ってるの?」
零架先生がまず俺達が聞きたい1つ目の謎をぶつける。
「あ、これですか?レイクに持ってかれたのはダミーで持ってた本です。ジャックの話を聞いてたから、同じようなやつを魔法で複製して手に持ってました。それだけです。」
「精霊神教会を脱退したんですか?」
春香が2つ目の疑問を投げかける。
「裏切られたんだもん。当然でしょ?それがどうかしたの?」
夏音はさらりと答える。
「夏音、今のお前の目的はなんなんだ。」
俺達が最も聞きたかったこと。だいたい検討はついてるけど。
「刻精学園にいるナイトメアを倒して、しゅうのお母さんにかかっている魔法を解く。お父さんはレイクたちが蘇生させれば何の問題もないし。」
またまたさらりと言う。
「私たちを裏切っておいて、また私たちに手を貸して貰えると思ってるの?」
真冬が夏音と面と向かって言い放った。
夏音の表情から、既に笑みは消えていた。
「別に、もうみんなの所にずっと戻るってわけじゃないよ。そんなの、私はここに来る時から決めてるから。」
「それならここに来ないで、1人で行けばよかったじゃない。助けを求めてるんでしょ?自分一人じゃ自信がないから、手っ取り早く手駒にできる私たちを使ってナイトメアを倒そうとしてるんじゃないの?」
「…………うん、多分そうなんだと思う。」
その場にいた全員が黙り込んでしまった。
暫くして、真冬が答えた。
「何よそれ、結局自分のためじゃない。私は絶対に手を貸さない。それに、1番傷ついてるのはあなたの精霊じゃなくて?」夏音に背を向ける。
夏音が本心で、さっきの真冬の言葉を肯定したとは思えない。アクアが宿る魔導書もピクリとも動かずに美希の手に収まっていた。美希も不安そうにアクアと夏音を交互に見た。
まぁ、アクアと夏音には俺にも知らない事情があるのも分かってるし、きっといつかまた分かり合える日が来るとも確信してる。
「夏音、俺は行くぜ。ナイトメアもそうだけど、お前一人に行かせる訳にはいかないからな。けど、他の奴らは休ませてやってくれ。」夏音は俺たち一人ひとりの顔を見てから、もちろんと言うように優しく頷いた。
「私も行きますよ、秋翔先輩。夏音先輩。」
春香が俺と夏音に歩み寄ってきた。
「春香………。」
「お二人のこと、学園長たちのことも、全部全部心配ですから。何かあったら私にも守らせてください。大切な人たちを。」
ぺこりと頭を下げる春香。
「無茶はしないでくれよ?春香。」
その言葉を聞くと、すぐに頭を上げてパッと明るくなって笑った。
「はい!」
真冬は相変わらず背を向け、窓の外を眺めていた。
「それじゃあ、俺たち3人で…………。」
「待って、それでもやっぱり危険すぎる!」
割ってはいるように零架先輩が近づいてくる。
「あの人の強さは異常よ。あなたたち3人にどうにか出来るようなものじゃないわ。」
「それなら、私も行きます。零架先生。」
「花蓮ちゃんまで………。どうして?」
「春が行くから。私も行きます。」
零架先生はスパッと答えられ、さらによく分からない、答えになってない理由。頭を抱えて悩んでいた。
「それじゃあ私も行こうかなー。みんなには色々と借りがあるから。」と手を挙げたのはジェミニだった。」
零架先生はさらに悩みこんでいた。
「まったく…………。止めたかったんだけど無駄みたいね。分かった、私も行くわ。」
「零架先生。」
「私も学園長たちを助けに行きたいからね。けど、本当に無茶だけはしないで。夏音さんも危険と判断したら迷わず転移魔法を………」
「言われなくても大丈夫です。誰一人として死なせませんし、そんなの私が描いている未来には程遠いですから。」
「炎真くん、風音さん、氷架さん。あなたたちはここに残ってくれる?詩織さん、美希さんも初めての悪魔との戦いだったから無理もさせられないから、3人でちゃんとお留守番してなさい。」
「分かりました。」炎真はそれだけ言うと俺たちから距離をとる。いつの間にか俺達の下には術式が組み込まれていた。
「それじゃあみんな、改めて聞くけど、準備はいい?第1目標は学園長たちを助けること、そして2つ目の目標はナイトメアを倒すこと。」
「おう。」、「「はい。」」、「えぇ。」
「空間転送。」
最後に転送される一瞬だけ、真冬がこちらを見ていた気がした。
31,〜最悪の序章・ile〜
「さて、そろそろ君たちにもご退場願おうか。千、吹雪くん、真純くん。」
一瞬にしてジャックさんがやられてしまった。けれど、私たちまでやられるわけにはいかない。なんとかしないと。千は今の光景を目にして呆然としている。まぁ、普通そうなるわよね。千はジャックさんを心から尊敬していたから。真純は………動けるみたいね。刀をまだ握れてる。
真純と目を合わせ、2人で頷く。
私たちがなんとかするしかない。
「光の太陽。鷹爪Ⅴ。」晴明の前に光の球体を放ち、目をくらませる。すぐさま懐に入り、刀を振るう。
「私に目潰しは効かないよ。ガンマ、蒼剣薙。」藍色の剣が私の攻撃を簡単に受け止める。そのまま薙ぎ払われ、宙を舞った。なんて力なの。
でも、さっき晴明が放った斬撃?よりは全然耐えられる。あれはなんだったの?さっきのはやっぱり魔法。でも、そうだとするとジャックさんの魔法が効いてなかったことになる。どうして?
「色々と考えているようだね。吹雪くん。神域刃Δ(ゴッドリード・デルタ)。」無数の刃がこちらに向かって放たれる。
この状態だと回避は不可能。
「あまり第3位をなめないでもらいたいわ。絶対零波・拡張。」剣先を刃が向かってくる方向に向ける。全ての刃を凍らせた。
「別に侮っていた訳では無いのだがね。」
「そう………。だったらもう少し焦りなさい。真刀・宝勾斬 弐式(しんとう・ほうごくざん あおのたち)」鞘から抜かれた刃は、蒼く光っている。
「烈風斬・連牙。」
真純の刀が晴明の刀とぶつかる。その瞬間、蒼い斬撃が放たれ、晴明は後方に吹き飛ばされていく。
真純は晴明を追いかけ、もう一度刀を振るう。再び蒼い斬撃が放たれ、さっきよりも勢いよく吹き飛び、校舎の壁に激突した。
地響きが私たちの体を揺らす。
真純が刀を鞘にしまうと、刀の蒼い光は消えていった。
「真純、少しやりすぎじゃないかしら?校舎どうするの?」
「今は誰もいないみたいだし、いいかなって。それに、吹雪もこんな大きい氷の柱作っておいてよく言うわね。」
私の方が呆れられているような気がした。
「参ったな。想定外だ。」ゆっくりと土煙の中から晴明が現れる。
「君たちにここで倒れて貰うには少々無理があったようだ。」
「さっきあんな斬撃飛ばしておいてよく言うわね。それに、ジャックさんを………絶対に許しません。」
再び抜かれた刀は黄色い光を帯びていた。
ふいに晴明が空を見上げた。暫くして私たちの方を再び見た。
「すまないね、君たち。迎えが来たようだ。」
その言葉を言い終えると同時に、空から何かが降ってくる。
4つの黒い流星群のようなそれは、晴明の近くに一直線に落ちた。私と真純はとっさに距離をとる。晴明に集中していて他の敵が近づいていることに気が付かなかった。
「あなたともあろう方がどうしてこんなにボロボロですの?」
1人の女が姿を現す。ピンク色の長髪、白いドレスのような服に所々水色の模様がついている。
「違うよ"ヴィル"。きっとあの人たちと遊んでたんだよ。そう思うよね"アリエス"?いーなーいーなー。」
青い髪に紺色の瞳を持つ1人の少年も現れ、屈託のない笑みを見せている。
「"カプリ"、もうすこしお行儀よくして。」
アリエスと呼ばれた女は白い髪に白い瞳、その身を白い雲のようなドレスに身を包んで、全身を真っ白に染めていた。
「ご無事でなによりでございます。この"サギット"安心いたしました。」
この男から発せられる魔力は他の3人から放たれるものとは明らかに異なっていた。黒い装束に身を包み、眼を常に閉じているように見える。
………悪魔、それも上級ね。
「いやいや、別に手を抜いていたつもりはないよ。カプリ。彼女らが私の予想以上に強かったまでだ。まぁかすり傷だ。なんの問題もないよ。」
「そう言われても、心配なものは心配なのです。傷を癒しましょう。極限回復。」
先程アリエスと呼ばれた悪魔が晴明の傷口に手を近づける。
「アリエス、そこまでする必要はなかったが………ありがとう。」晴明がアリエスの頭をなでるとアリエスは顔を赤くして照れてた。
「い、いえ、礼には及びません。………それよりも、晴明様を傷つけたあの2人、許しておけません。」
私たちを睨みつけるアリエスの表情はさっき晴明に見せたものとはまるで違っていた。晴明はやれやれと首を振る。
「私の目的はもう済んだ。ここに用はないから、後は君たちの好きにしたまえ。ただし、20分だけだ。それ以降は許可できない。それから、能力も使わないように。手の内はなるべく明かさない方が懸命だ。」
「「了解しました。」」
「それじゃあ僕は晴明様と帰るね。よく見たら弱そうだし、帰っておもちゃで遊んだ方がまだ楽しそうだから。」
晴明はニコリと笑い、カプリと呼ばれた少年のような悪魔とどこかへ消えてしまった。
「さてと………それじゃ、晴明様が受けた痛みを何倍にして返してあげようかしら?って、そこでもう1人倒れてるじゃない。それに1人は立つ気力もないし。私も帰ろうかしら?」
「まぁそう言わないでアリエス。せっかくなんだから楽しみましょう?それに、晴明様を傷つけたのはあの二人のようだし。」
ヴィルはそう言って私たちの方を向いた。
「晴明様に逆らった愚か者は全て、排除する。」自らをサギットと名乗った男は千に向かっていく。まずい、今の千はまだ戦える状態じゃない。
「千、早く逃げなさい!」
真純の呼びかけにも反応しない。完全に戦意喪失してるじゃない。あのバカ。
「あなたたちの相手は私たち。千のところには行かせない。光墓場。」サギットの足場が光に包まれる。
「そうですか、それでは大人しくあなたから消しましょうか。」急な方向転換でもスピードは一切変わらず私の元へ向かってくる、と思いきや突然空中に飛んだ。
「無限獄炎。」手から放たれる無数の炎の光線。あれを受けたらまずい。
「絶対零波・拡張。」サギットごと視界に入った全てを凍らせる。
ヴィルゴはパチパチと手を叩く。
「あら、なかなかやるじゃない。でも、無駄よ。」
放たれた炎は凍ることなく、さらにスピードを増して一直線にこちらに向かってきている。躱している余裕もない。
「光壁Ⅴ!」
炎の光線がぶつかると同時に光壁が砕け散った。これほどの威力だなんて……。
刀で僅かに光線の軌道をずらそうとするが、刀に力が入らない。手が震えている。
これって、さっき晴明の斬撃を防いだ時と同じ感覚。刀を軽く握れる程度でしか力を入れることが出来ない。炎の光線の勢いを殺しきれず、炎が体を貫通した。内臓が灼けている。今にも気絶しそうなほどの痛みに襲われ、思わずその場に倒れ込んだ。
「吹雪!」
真純が私に近づこうとする。そこにアリエスが現れる。
「人の心配をしている場合じゃないでしょ?あなたも。雲々乱雲。」アリエスがそう唱えると、無数の雲が真純の周りに現れ、視界を塞いだ。
「晴明様に傷をつけたのはあなたね?魔力で分かるわ。同じような傷を付けてあげる。烈風鎌鼬。」
ヴィルゴの声が聞こえたと思った途端に、全方位からの無差別な鎌鼬が真純を襲った。
雲が周りから消えたかと思うと身体中ボロボロの真純がその場に立っていた。
「あら?晴明様より傷が深いんじゃない?それに傷の量も。ごめんね?」
真純は息を切らしながらも、刀を地面に突き刺してなんとか立てている。
地面に刺さった刀を雲雀が引き抜き、1度鞘に戻す。刀は紅い色を帯びた。
「真刀……・宝勾斬 …壱式(しんとう・ほうごくざん あかのたち)!」
鞘から出すと同時に高密度の斬撃が放たれた。
それをアリエスとヴィルが2人で受け止める。
「なるほどね。晴明様が傷を負ったのもちょっとは納得したかも。確かにこいつ、強い。」
「えぇ。そうね。でも、これが全力だというならこれでお終いね。」
2人が片方ずつ腕を離し、拳を斬撃にぶつける。すると、斬撃は弾けるようにして消えた。
真純もその場に膝をつく。
「強さは本物、しかし元から限界が来ていたようですな。やはり、晴明様はお戯れをしていらしたのか。」
このままじゃ、千や真純まで……。
「やらせないわよ……真刀・宝勾斬終型。」
再び鞘に刀を収める。
ヴィルゴがその瞬間に真純の目の前に走り寄る。
「戦いが終わってないのにいちいち刀を鞘にしまってんじゃないわよ。旋風鎌鼬。」
真純の身体を包むように風が巻き起こり、真純を襲う。
そのままヴィルゴは真純がいる風の渦の中に入ると、真純を蹴りあげる。
真純は顔を歪めつつも、空中で体勢を整える。
「どうしてもその一撃を当てたいようね。でも残念。あなたはここでさようなら。」真純の真上にアリエスが現れる。
「鈍雲塊。」
真純は咄嗟にアリエスの方を向く。すると、雲の塊が真純目がけて落ちてくる。鞘を刀から抜き、受け止めようとするが、全開でないこともあり、全く勢いを殺せていない。
そのまま地面に叩きつけられるように落ちた真純。
力なくその場に倒れている。立ち上がる気配もない。
「真純………。」
這いつくばりながら真純の元へ手を伸ばす。
「なにこの人たち。本当に精霊使いのトップなわけ?まじウケるんですけど。」アリエスが声を上げて笑っている。
微かに真純の腕がピクリとも動いた。まだ生きてる。なんとかこの状況を切り抜けないと。
「そろそろ終わりにしよう。アリエス、ヴィル。各々トドメを差しておけ。」
サギットが2人に命令する。
アリエスは笑うのをやめ、私に近づいてくる。ヴィルは真純の方へ歩み寄り、サギットはジャックさんの身体を眺めるように膝立ちになる千に近づいていく。
私がどうなってでも、あの二人だけは死なせない。
「零光……(アブライト)。」
「学園長たちから離れてもらうぜ!炎狐の尻尾Ⅳ。」
突如巨大な炎が私たちと悪魔を仕切るように放たれた。
この技は………。
「来ちゃダメじゃない。でも、助かったわ。しゅうとくん。」
「はい、すいません。後は任せてください。」
ーーー
駆けつけてみると、吹雪先生、雲雀学園長、磨精学園の霧崎学園長、それから夏音の記憶で見たジャックさんがその場に倒れていた。
ナイトメアの気配は既にここにはなく、3体の禍々しい魔力の持ち主がそこにいるだけだった。
春香は声を強ばらせながら発する。
「しゅう先輩、あの3人……。」
「あぁ。間違いないな。悪魔だ。それもジェミニと同じか、あるいは……。」
俺の言葉を遮るようにジェミニが答える。
「えぇ、そうね。あそこにいる白い髪のアリエスは私のひとつ下。さっき説明したわよね?あとの2人は私は知らない。つまり、私より位は上よ。」
その事実を聞き、俺達の体により緊張と恐怖が刻まれる。そんな奴らを相手にしようとしているのか、俺達は。
アリエスはジェミニを見つけると、さっきまでの表情とは真逆の笑顔を見せた。
「あら?ジェミニじゃない。本当に私たちを裏切ったのね。馬鹿な子。生きることを捨ててしまうなんて。」
ジェミニはアリエスの言葉を無視して質問する。
「その2人は何者?どうしてあなたがここにいるの?」
ジェミニが知らない悪魔。あの2人は序列的に9番よりも上。
「そっか、ジェミニはこの2人のこと知らないのね。私は能力上、ヴィルと一緒に行動することが多くなって私よりも上の悪魔と行動することが少なくないのよ。」
「あなたがジェミニ、晴明様を裏切ったとなればあなたも制裁を加える必要があるわね。私の名はヴィルゴ。乙女座のヴィルゴよ。序列は6。」
「6!?ジェミニよりも3つ上じゃねぇか。ってことはそこのおっさんは7、8とか?」
と推測で妥当な数字を言ってみた。
「私は射手座のサギッタリウス。晴明様に与えられた序列は………5。」
5…………序列的にはレオよりも5つも上か。そんなやつが目の前にいる。それに、さっきあいつは吹雪先生にとどめを刺そうとしていた。
「吹雪先生よりも強い。間違いないわね。逆に言えばレオよりも、ナイトメアの事を知ってる可能性は高いんじゃない?」夏音は笑みを浮かべながら答えるが、額から汗が滲んでいた。
「しゅうと………くん。みんな………。」
吹雪先生は動くだけでも大変そうな身体を起こして俺たちの方を見て言った。
「生きなさい。」
ただそれだけ言うと、体の力が抜けるように倒れ込む。倒れ込んだ体を春香が慌てて抑えた。
「夏音、吹雪先生や他の学園長たちの手当を頼む。今回復魔法を使えるのはお前だけだ。」
夏音の方を見ると、既に夏音は右手をかざして何かをしていた。
「うん。だからもうとっくに回復させてるよ。今のところ1人だけだけど。雲雀学園長、傷は塞ぎました。動けますよね?」
その言葉に応えるようにゆっくりと雲雀学園長が立ち上がった。
「えぇ、ありがとう夏音さん。助かったわ。」
「か、かのん先輩、いつの間に?」
春香が驚きながら夏音に聞いた。
「着いた時からよ。1番軽傷で戦う気力が残ってる人は雲雀学園長だったから。吹雪学園長たちには、範囲回復魔法を広げてあるから、そこにいてもらうわ。」
雲雀学園長の怪我をすぐに治して病み上がり状態でも戦力に加えないといけない状況ってことか。
「倒れてれば良かったのに………。後悔するわよ?雲雀真純。」
ヴィルゴが雲雀学園長を挑発するように1歩、前に出る。
「それはどうかしらね?戦ってみないと分からないわよ。みんな!相手の活動時間はおそらくあと10分だけよ。それまでなんとか持ち堪えて。」
雲雀学園長が全員に聞こえる声でそう叫ぶ。
「それがどうしたっていうのよ?10分もあればあなたたちなんてっ?!」
アリエスが話している横から春香が猛スピードで剣を振っていた。剣は春香とアリエスの間に急に現れた雲を斬っただけだったが、アリエスの表情が変わる。
「あのね、せっかく私が話そうとしてるんだから邪魔しないでくれる?」
声のトーンがさっきよりも下がるアリエスを見て春香は笑みを浮かべた。
「あなたたちなんて、なんですか?言っておきますけど、雲雀学園長はあなたにやられるほど弱くありません!」
春香が魔力を解き放つ。
「春香、お前1人じゃ………。」
春香を助けようと刀を構える。
「先輩達は他の悪魔をお願いします。春は私がサポートしますから。術式展開、雷炎風槍Ⅴ(トリニティランス)。」無数の属性の槍がアリエスに向かって放たれた。アリエスは自身の目の前に手をかざすと、そこから白い雲が空間から現れる。槍が雲にぶつかると吸収されるように飲み込まれていく。
「あぶないあぶない。なんなのあの子?術式ってもっと時間かかるはずじゃないの?」アリエスも術式展開の早さに驚いているが、それは俺達も例外じゃない。なんだあの異常な早さは?春香や零架先生は全く驚いてないし。話だけは聞いてたけど、それにしても早すぎる。
「しゅう先輩!この悪魔は私と花蓮ちゃんに任せてください!10分間ならなんとか戦えそうです。」
春香は手に握る双剣を力強く握った。
「それじゃあ私はヴィルゴって悪魔でも相手しようかしら?」
ジェミニがスタスタとヴィルゴに向かっていく。
「大丈夫なのか?相手はお前より強いんだろ?」
ジェミニはかなり深めの深呼吸をすると、少しだけ笑ってから前を見た。
「だいじょぶ、だいじょぶ。心配いらないよ。」
「私もヴィルゴと戦うわ。」
夏音がジェミニの隣に並び立つ。
「あら、とっても心強いわね。頼りにしてるわ。」
ジェミニが夏音にウインクするが、夏音はただヴィルゴだけをじっと見ていた。
「あなたから感じる魔力、私たちと同じレベルね。ということはあなたが噂の葉月夏音ね。ジェミニとレオ、リブラに喧嘩を売ったっていう精霊使いは。」
ヴィルゴの両手から風が巻き起こる。
「だったら何?今絶好調だから、悪魔3体なんてちょちょいのちょいよ。」
夏音も同じく両手に風を巻き起こした。
「頼んだぜ。夏音、ジェミニ。ってわけだ自称"この場で最強"。5番目の実力、見せてもらうぜ。」刀の先端をサギッタリウスに突きつける。サギッタリウスは目を閉じだまま声のした方を探って、こちらを見た。
「君のような少年が私に敵うとは思わないのだが。それに、最強とは言ってない。」
「私もいるので、問題はありません。」
「雲雀学園長………。お願いします。」流石に俺でも分かってる。こいつは強い。少なくとも雲雀学園長1人でも勝つことは難しいと思えるくらい。そのぐらい奴から放たれる魔力が異常だ。
「私はジャックさんを、かのんちゃんの魔法と重ねがけて最善を尽くします。流石に戦いで役に立つと言うよりも、今の私にベストなのはこっちだと思うから。だからみんな、気にせずどんどんやっちゃいなさい!ま、もしもの時があったら私も戦うけどね。」
零架先生、ありがとうございます。これで心置き無く戦える。
勝つのは俺たちだ!
改めまして、作者の伊藤睡蓮です。
3ヶ月ほどたつともうどこまで進んでたかとか忘れますね。すみません。夏音と合流し、チーム192+αと悪魔三体とのバトルが始まります。真冬and吹雪はちょっとお休みということで。
2人の活躍は今後にご期待ください!
それではまた!
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