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訃報

作者: 白 玖郎

 アユミからスズカの訃報が届くや否や、私はスマートフォンのロックを外した。

 目当てはクラスメートのソーシャル・ネットワーキング・サービスのマイページだ。


 予想通り、そのページには彼女たちの紡いできた絆がリスト化されていた。

 つぎに、リストに並んだアカウントの中から、ここ一時間以内で楽しそうな投稿をしているクラスメートを探す。


 ――見つけた。


 二分前にミツコが自分のつくった菓子の写真を公開している。

 私は彼女に連絡をとるため、投稿を漁ったのとは別のアプリのアイコンをタップする。そして、ミツコの連絡先をタップしようとしたところで、これはよくないな、と気付いた。

 私とミツコがしゃべったのはもう十日くらい前のことだ。この十日の空白は別に今回に限ったものではなかった。

 要するに、私はミツコとクラスメート以上の関係を築いてはいないのだ。

 よかった。危うくスズカの訃報を送りつけてしまうところだった。


 私は気をとりなおして、連絡すべき相手を探す。今度は、楽しそうな投稿をしている子に加えて、私と親しい子を探すことにした。


 ミツコについての失敗を踏まえ、考慮すべき条件をさらに洗い出す。

 まず、男子はアウトだろう。

 つぎに、私に連絡をしてきたアユミやスズカと仲のいい子は除くべきだ。


 そこまで考えて、別段これ以上条件を詰めない方がいいことに気がついた。

 楽しそうな投稿をしている子を探して、その子に連絡できるかどうか考える方が早い。

 それに、下手に考え込んで誰にも連絡できなかったら、それこそ本末転倒だ。


 もう一度クラスメートたちの投稿を漁ったら、かなり加工された紅茶の画像が目に入った。

 一分前。

 トウコのものだ。トウコとは席が近いし、ほぼ毎日話している。

 本当なら、食事も毎日一緒にするくらいの中の子がいいのかもしれない。

 けれども、そもそも私は誰かと一緒に食事をしないので、そこはどうしようもない。

 日頃の行いの報いをこんなところで受けるとは思わなかった。


 さて、つぎは訃報の内容を考えないといけない。

 とりあえず、アユミから届いたメッセージは当然リサイクルさせてもらうとしよう。

 幸い、他人の言葉をリサイクルすることについて私は長けている。長けているというよりは、それしかできないと表現した方がいい。

 他人の言葉の型をとって、それに自分の言葉を流し込む。一度覚えてしまえば、とても簡単だし、応用もしやすい。

 国語の成績は、一番ではないけれど、言葉を配列しなおす手続きなら他の人よりも少しばかり詳しいと自負しています。


 ――それでは、私に届いた言葉をかたどって、私らしさを流し込もう。

 それは、お菓子作りのようなもの。

 語尾を変えた。

 順番を換えた。

 改行を入れた。


 ところで、死人に対して敬語を使うのはずいぶんと不思議なことだ。私は、誤った敬語を見つけて、ふとそんなことを考えた。

 スズカは一昨日までクラスメートから常体のメッセージを送られていたはずだし、スズカも同じようにしていたことだろう。昨日については、事故に遭った当日らしいので分からないけれども。

 ……多分、ブンカ的な理由があるのだろう。

 ネットで検索してみると外国の人たちについて詳細に語られたテキストが見つかった。まったく分からなかった。

 宗教に関わった単語が並んでいるので、きっと宗教のことがかたられているのだろう。

 けれども、私は倫理の授業を選択していないのでその方面に明るくない。

 今はゆっくり読みこむ時間はないので、ファイルをダウンロードだけをしておく。

 あとでゆっくり読んでみよう。嘘をついた、どうせ読みやしない。


 言葉の使い方を敢えて間違えることだって、一つの型だ。

 だから、敬語については私に届いた言葉をそのまま模り、型盗る事にしよう。

 さて、ようやくスズカさんの訃報が出来上がった。完璧だ。


 さいごに少しだけ文章を崩して、丸くした。

 あいつはクラスメートの死に微動だしない鉄仮面だなんて言われると、角がたつから。


 再度トウコの投稿を確認しながら、文面を記憶しておく。

 トウコは新しい茶菓子の画像をアップロードしていた。彼女は未だに訃報を受け取っていないらしい。私は安心して、彼女の幸福な時間をぐちゃぐちゃにするメッセージを送ることができた。


 ……もしかすると、楽しそうにしている子に訃報をおくりつけるのは、拙かったかもしれない。

 この場合、死んでいるスズカに責任を押しつけるようなことはよくないことだから、私が悪感情をもたれかねないから。

 取り返しはつかないけれど、丸くした文章の効果を信じよう。

 とりあえず、つぎのメッセージには「急にごめん」といった文句をつけておくことに決めた。


 ――心機一転。

 私は改めて、クラスメートたちのリストを漁っていく。

 ノルマはあと二、三人といったところだろう。探すの自体は、同じ手順を繰り返すだけなので、あまり頭は使わないはずだ。文面は先ほど覚えたものを使いまわせば問題ない。


 ふと、些細な懸念が頭をよぎる。

 ――お葬式には制服でいくとして、作法はどうすればいいのかな。

 明日はきっとスズカの話題はみんな避けたいだろうから、そのあたりは、式の前日にでも調べることにしよう。

 そもそも、前日を待たずとも運が良ければ、作法についてはクラスの仕切り屋が喧伝して回ってくれるだろう。


 些細な懸念もなくなって一安心だ。

 私は思う存分、リストを漁る作業に専念することができた。

短い短編をいくつか掘り出したので、少しだけ手直しして公開することにしました。

一応、先達たちが訃報の伝え方は開拓してきてくれていますし、それに倣っていれば自分が生きている間は大丈夫そうですけれど、その手続きも時代と共にそのうち変わっていってしまうのかもしれないですね。

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