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ダイヤモンドだよ?


未だゾーンは解けていない、砕けた左足のスネの当たりが私達の頭上を通過した。

キラキラと舞い散るダイヤモンドの破片が降り注ぎとても綺麗だ。


私達の体は徐々に地面から遠ざかる。小姉から見たら、バビューーンと飛んでキラーンと消える。そんな漫画的な表現に見えるかな?

なんてヤケ気味に現実逃避していると、グッと右足に何かが引っかかった。


(ピャーチ!)

足元を見ると、ピャーチが見たこともない形相で私の右足に食いついている。

”食い殺される!?”思わずそんな発想が出てしまうほどの形相だ。


いくら大きくなったピャーチといえども、咥えただけで私達を止める事はできない。

そんな事はピャーチも百も承知で、ありったけの力を込めて体を捻り、斜め下の方向に引き下ろそうとしている。

ピャーチの牙は私の右足に深く食い込んでいる。軟噛みなんて言ってたらスっぽ抜けてしまうから仕方がない。牙は骨にまで達し、しっかりと私の右足を固定する。

咥えたまま強引に向きを変えようと引かれる足は伸び切って、ブチブチと鈍い音を立てて肉や筋が切れていく。

ホント痛覚が追いついてないのが救いだ、ピャーチのおかげで私の体が少し減速し始めるのを感じた。


(ってかあかん。これやとキングさんだけ飛んでてまう。)

私が減速するにつれてキングさんの体がズレ上がり、私の体から離れようとしている。

回していた両手に力を入れて踏ん張るが、私の腕力程度じゃ気休めにもならない。


(キングさんの体重100kg、飛んでる速度が100km/hとして………4トン位か………あっ、私も同じくらいの速度出てるからもっと減るのかな?………)

けして理系とは言えない脳を振り絞ってそんな下らない事を考える。

たとえその答えが4トンだろうと4キロだろうと、現状キングさんが離れつつ有るのは変わらない。

キングさんの体を千切る勢いで抱き付くが、当初胸元で回していた腕は既に腹部近くまでズレ落ちてきていた。


ズルッと大きくズレる、私の両手はキングさんのヘソの当たりまで下がるが、骨盤の僅かな引っかかりに救われる。


(助かった。)

そう思った瞬間、ピャーチの振り絞った力で私の体は大きく軌道を変え始め、キングさんを抱いていた私の両手が解けてしまう。

しまったと、考えると同時に今度は左手に違和感を感じた。

歪んだ鎧に引っかかったのか、確かなホールドの手応えを感じる。

既に右手は完全に離れきり、再びキングさんに触れることもかなわない。この左手のホールドだけがキングさんを引き止める。

右足に続き左手までも完全に伸び切った。一瞬で肩は外れ、筋と筋肉がブチブチとちぎれる音が体に響く。

何とか千切れ離れず頑張ってくれと、手足の細胞たちの繋がりにすべてを託す。


一週間にも二週間にも感じたこの一瞬を耐え忍び、私とキングさんの体は飛び去ることなく地面に叩きつけられた。


「ガッ、ゴフッ!」

叩きつけられると同時にゾーンが解けた。それと同時に気の狂いそうなほどの痛みが体を駆け巡る。私の口から苦悶の声が吐き出すように零れ出た瞬間、キングさんの体が私の上に着地した。

気の狂いそうな痛みの上に更にキングさんの巨体が私を押しつぶす。想像しただけでショック死できそうな話だが、私の場合そのお蔭で意識を保つことが出来た。


ズーーンと巨大な何かが倒れた音と共に台地が揺れる。恐らく女性像がバランスを崩してコケたのだろう。

ピャーチが私とキングさんを咥えて、走り出す。

視界の端に、ピャーチに跨る小姉を発見すると同時に体が暖かい光に包まれた。


(助かった?)

幾度となく浴びたその光は紛れもなく小姉の回復魔法で、数秒で体にチクチクとピャーチの犬歯が刺さるのが気になりだす。


「ピャーチ有難う。もう大丈夫」

そう言いながら、片手を何とか口から引き抜きピャーチの鼻先を優しく撫ぜた。


「ウォフッ!」

私達を咥えたまま、ピャーチはこもった声の返事を返すと走るのを止めて、ゆっくりと私達を口から離した。


[トーコすいません。私の判断ミスです、少し油断してしまいました]


「珍しね、先生が油断だなんて」

合流した大姉が先生の言葉を聞いてそう話す。


「ってか、あの相手見て油断するとか、ホンマ大丈夫か先生??」

何度も言うが相手はダイヤモンドで出来た巨大な人形のゴーレムだ。

動きは滑らかでその巨体と相まって、ピャーチと大姉以外は振り回される手足を避けることも儘ならない。

更にはそのピャーチと大姉ですら傷一つ付ける事が出来ず、今まで出会った中で間違いなく最強だろう。


[あの相手と言いましても…ダイヤモンドですよ?]


「せやで、ダイヤやで?」

そう言いながら女性像に視線を送ると、バランスが取れないのか未だ立ち上がれずに片膝立ちの状態で四苦八苦しているように見える。


[トーコ、あの敵が例えば水晶で出来ていたらどう戦いますか?]


「水晶って…ガラス玉みたいな奴やろ?落としたら割れるイメージやし…石でも投げたら割れそうやな」


[まぁ、いろいろと違いますが、言わんとすることは概ね良いでしょう。良いですか?ダイヤモンドも水晶も靱性は同じです。]


「靱性???」


[やってみたほうが早いですね。]

先生はそう言うと、私に銃を取り出すよう指示をする。

バレットM82。全長1,447ミリ、重量約13kg、有効射程は2キロにも及ぶ対物狙撃銃だ。

弾薬も最近愛用している重機関銃と同じ12.7mmで、性能にそれ程差はない。違うとすれば軽くなったことと、狙撃用のスコープが付いている事位だろうか?


[先ずはそうですね、残った左膝を狙って下さい。]

バイポッドを立てて対物ライフルを地面に置き、私自身も寝そべってスコープを覗き込む。


”ズガーーン”

轟音とともに砂埃を舞い上げて弾丸が発射される。


パキーンと乾いた音を立てて着弾した右膝付近が大きく砕けた。


「えっ?!」


[もう一発。同じ辺りを狙って下さい。]

驚く私をよそに先生は次弾発射を急かしてくる。

スコープの向こう側に居る女性像は、何度も立ち上がろうとしていたがバランスを取れずに失敗し続けている。そんな中、突然砕けた自分の体に驚いたのか、動きが若干慌ただしくなった。

1/3程砕けた右膝は的が小さくなって狙いづらくなった。忙しなく動く右膝を照準で追うのは諦めて、照準の先に的が入ってくるのをじっと待つ。


”ズガーーン”

轟音とともに砂埃を舞い上げて発射された二発目の弾丸は、僅かに狙いを逸れて膝の皿の下辺りに着弾する。

パキーンと再び乾いた音が響き渡る。

一度目の射撃で亀裂でも入ってたんだろうか?女性像の膝は今度は完全に砕け散った。

立ち上がろうと、右足に体重をかけていた女性像は、支えを失いそのまま右側にバランスを崩す。

ズーーンと台地を揺らしながら受身も取らずに転倒した。


「なになになに、どういうことなん先生???」


[先程も言った通りダイヤモンドの靱性は水晶と同じ7.5です。これはトーコが言った通り落とせば割れる程度の耐衝撃性能しかありませんので、銅を主体とする弾丸でも高速でぶつけてやれば簡単に砕けてしまいます」

困惑する私に対して先生はさらっとそんな事を言ってのける。


「…もしかして、私の鉄扇でも打撃してたら砕けてたのかい?」

横で聞いていた大姉が恐る恐る質問する。


[そうですね、質量の問題もありますので一概には言えませんが、コギー様の膂力でしたら可能ではないかと推測されます。]

なんだそれ……言われてしまえば昔授業で習ったような気はするが、わざわざダイヤモンドで作られたゴーレムがそんな脆いとは夢にも思わない…更にここは異世界だ、ダイヤの盾とか鎧とか、探せば普通にありそうじゃないか…。


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