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ゾーン

迫る女性像と距離を取るため、ピャーチも負けじと走り出す。

まるで蜚蠊(ひれん)を踏み潰すかのごとく連続して踏み降ろされる女性像の右足を、ピャーチは軽やかに避けながら走り続ける。

音速を超えることの出来るピャーチがそれをしないのは、おそらく私達から引き離すためだろう。それでも素早いピャーチの足も相まって、ピャーチと女性像は瞬く間に数百メートル離れていった。


ピャーチは回避に専念しながらも、時折踏み降ろされた足に爪を立てていく。

しかし、花崗岩ですら引き裂くピャーチの爪を持ってしても女性像体に傷を付けることは出来ないようだった。

こうして遠巻きに見ていると、女性像の動きは特別早いものではなかった。単純に体のサイズが同じなら、私のほうが素早く動けるだろう。

だからといって女性像の攻撃が遅いのかと言われればそうではない、駆動部の速度が同じならそこから伸びる先端部の速度は長さに比例して早くなる。今ピャーチに向かって放たれた蹴りも、私が目前に入れば身構える間もなく食らっていただろう。



ピャーチの元に、大姉が到着しても戦況は何ら改善しなかった。

鉄をも切り裂く大姉の鉄扇を持ってしても、ダイヤモンドの女性像には傷一つ付けることが出来ず、次第にピャーチと大姉は防戦一方になってしまった。


「先生なんか良いもんないの?!」

ダイヤモンド出できたやたら滑らかに動く像。今まで見たことのない特異な特徴を併せ持つ女性像だが、それらを除けば所詮はゴーレムだ。

通常ならば備えられた燃料が無くなるまで時間を稼げば勝てるのだけど、生憎このダンジョンにはそんな理屈は通用しない。

資金は尽きたが先生なら何かしら打開策を持ってるはずだと聞いてみる。


[んー特にありませんね。なんとかなるでしょう。]


「何その他人事?!!!今日の先生なんか可怪しいで?!!!」

「トーコ様逃げてください!!」

「トーコちゃん!!」


「え?」


私の叫びと同時にキングさんと小姉が叫ぶ。

今度は何かと視線を上げると遥か遠くに居たはずの女性像がみるみる近づき大きくなっていく。

何が起こった?わからない。余りにも言動が可怪しい先生を取り出そうと、ほんの2~3秒視線を外したスキに女性像がこちらに向かって走り出している。

ほんの二~三歩、キングさんが位置を調整して私と女神像の間に立ちはだかる。

逃げよう。

間に合うか?

キングさん置いて逃げい良いのか?

あかんやろ。


迫る女性像がキングさんを射程に捉えるほんの数秒、そんな葛藤の末逃げること無く踏みとどまった。だからといって何が出来るわけでもない、逃げれるものならさっさと逃げるのが正しいんだろう。

だけどどの道間に合うタイミングじゃなかった。ソレならせめて、今から弾き飛ばされるであろうキングさんを、私が受け止める努力くらいしても良いと思うんだ。


女性像はまるでサッカーボールを蹴るように、軸足をしっかりと私達の真横に踏みしめて、左足を大きく振りかぶる。


(左利きかいな…。)

今まで幾度となく経験してきた、死期を前にした時間が圧縮された感覚。例えるならスーパースローカメラよりも高性能で、未だ振り上げられたままの左足にアクビが出そうになる。

無表情なはずの石像が何だか笑ってる風に思えて癪に障った。


「キング無理だ避けろ!!!」

遠くの方から、大姉の振り絞った声がゆっくりと聞こえる。

大姉、それは無理な注文やで…

女性像の足の甲の横幅は3~4メートルありそうで、真横に飛んでも躱せる気がしない。


[トーコカウンターです。今直ぐキング様を押してください]

脳裏に直接響く先生の声がゾーンの概念関係なく、普段の通りに聞こえてくる。


(ちょ、それは酷いやろ。)


[良いから黙って直ぐ動いてください、トーコの鈍い運動神経では今直ぐ動かないと間に合いません]


(………それは酷いやろ……。)


だからこんな会話も難なく出来た。ホント人間の脳って凄いと思う。


「一緒にぶち当たるよ!」

スローモーションの世界の中で、重い体を懸命に動かして抱きつくようにキングさんの背中にぶつかった。

キングさんも同じ様な時間感覚に要るんだろう、戸惑うこと無く意味を理解し、踏ん張っていた力を押し出す力に変換し始めた。

振り上げられた女性像の左足は既に振り下ろされ始めていて、現実時間では1秒にも満たない間に私達にぶつかるだろう。


自動車ほど有る足の甲が、ゆっくり私達に向かってやってくる。

正直ここまで来たら、早くゾーンから抜け出したい…………。


私とキングさんは尚も前に進んでる、端から見れば一歩二歩、三歩進んでれば良いほうだけど、その一歩一歩に掛ける思いはそこらの一歩とは桁が違う。

そしてついに女性像の左足がキングさんの盾に辿り着いた。

巨大な盾を両手で全面に押し出して耐えるキングさん。盾がゆっくりとへしゃげ、その衝撃は弱まること無くキングさんの腕に伝わっていく。

踏ん張っていたはずの腕は、何の支えにも成らずに押し曲げられて、自らの拳が自分の鼻先にめり込んでいく。

そこまで来たら今度は私の番だ。キングさんの体が巨大な重しとなって私の体を押しつぶす、肋骨がミシミシと音を立てて砕けていくのが良く分かる。


腹部でパンッと何かが弾けた、多分何かの臓器が破裂したんだろう。ゾーンの中では痛みも遅いのが幸いだ。


そして足の裏の地面の感覚がなくなった。


(今度こそおわったなぁ………)


感覚こそスローだが実際は何百キロ出てるかわからない塊にぶつかってるわけで、ドコまで飛ばされるのか想像もつかない。


(それでも、体の形が有るだけ幸いだ。)


なんて、小さな事に喜びを見つけ出せる私は前向きだと思う。

その時だ、ミシッっと別のなにかの音がした。

音はミシミシミシッっと止まること無く続いてる。

そしてパンッっと乾いたような破裂音、ダイヤモンドの左足がパラパラと砕け散っていくのが目に見えた。


(ヤッタねキングさん。一矢報いたよ)



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