湖畔
埋もれる程の書類の処理に追われる日々が終わり平和な毎日が続いている。
平和なのは良いのだけども、平和な過ぎるというのも困り物だ、暇過ぎる、、、、。
とはいえ、そんなことが言えるのは私だけで、他の皆は相変わらず忙しそうだ。
誰も構ってくれない、、、、、。
そんな私の日課はピャーチとともに町に出て、そこで暮らす人たちの生活を観察する事だ。
その帰りには必ず少姉の所に顔を出す。
特別何か言葉を交わすわけではないが、淹れたお茶を飲みながら二人でゆったりとした時間を過ごすのだ。
あの日以来少姉の言葉数はぐんと減った。話しかければ普通に答えてくれるしひどく落ち込んでいる様でもないが、いつも何かを考え混んでいるようだった。
あなたは何も悪くないと言ってくれた少姉が、全ての責任を背負いじっと耐えているようにも見えた。
私はと言うと考える暇もないほどの忙しさに追われながら、繰り返しお前は悪くないと皆に言われ続けた結果、 随分と心が軽くなってしまった。
だからといって私は悪くなかったと思えるわけじゃないけれど、少なくとも後ろ向きにただ落ち込むことはできなくなった。
「 おはようございますトーコ様、今日は何か買ってくれるんですか?」
何時も世間話を聞かせてくれる八百屋のおばさんだ。
「あはは、おはようございます。いつも冷やかしばかりでごめんね。今日は、明日皆で出掛けるのでその買い出しに来ました」
ようやく大姉達も休みを取れる程度に落ち着いてきたらしく、それならばと近くの湖にピクニックに行く事となった。
駄目元で誘った小姉まで参加してくれる事になり、ニヤニヤが止まらない。
八百屋に肉屋、魚屋、雑貨屋と巡り明日の荷物を準備する。
翌朝、大姉と共に馬車に乗り込み小姉を迎えに行く。
コンコンコン
「小姉おはよ~迎えに来たよー」
ドアをノックして呼びかける。
「はーい。今行くねー」
そんな声の後、30秒ほどして小姉が姿を見せた。
「またまた凄い事になってるね、トーコちゃん、、、。」
「あはは、、、、こんな事になるとはねぇ、、、、。」
小姉が言う凄い事は、私達が乗ってきた馬車を囲むように配置されている100名ほどの兵を指している。
当初の予定は私とピャーチと大小姉だけで行くつもりだったのだが、今朝、馬車まで行くとシズちゃんとキングさん及び近衛兵100名が追加されていた。
シズちゃんとキングさんはともかく兵の人は要らないだろうと訴える。
大姉とキングさんだけでも十分すぎる戦力で、更にはピャーチも付いている。
ピャーチは随分大きく成長して、城で見た5匹のバルザヤよりは少し小さいが、昔見た母親の体高は超えているように思う。
大姉が言うには既に大姉の手には余るらしく、小さな国なら滅ぼせるんじゃないかと乾いた笑いを見せていた。
更にピャーチに魔官が発現した、それなりの大きさがあるようで20メートル位の距離まで受信可能だ。
この面子で脅威があるとは思えないし、何かあっても直ぐに連絡が出来る。
兵士に囲まれていたらリラクス出来ないと頼んでみたが、訓練を兼ねて同行したいと言われれば断る事ができなかった。
ストリタから2時間ほど移動した湖の畔でシートを広げる。
城の厨房で作ってきたサンドイッチなんかを広げながら、カセットコンロを使いちょっとしたバーベキューなんかも平行して進める。
小姉は表情こそ暗い訳でないがやはり口数が少ない、そんな小姉の気持ちを察するほどに沈んでいく場の空気を振り払うように大姉が溜まりに溜まった愚痴を披露していってくれるのだが、その愚痴に対しても原因の一旦である私は苦笑する事しかできず、その気持ちは小姉も同じなようで私同様に苦笑していた。
思い返せば私も大小姉も元々会話が得意な訳ではない、なので昔から三人で居ても黙々としている事が多かったのだが、今は何となくその空気が気まずい。
そんな私達を見かねたシズちゃんが会話のアシストをしてくれる、世間話から始まり皆の共通する話題を拾っていく。けしてシズちゃんが中心と成ることなく、たくみに話題を振り当てていく、そのコミュニケーションスキルに助けられながらも圧倒された。
食事後の歓談も一息つき、シズちゃんの用意してくれたお茶を飲みながらまったりとした時間を過ごす。
湖に反射する太陽がキラキラと眩しい、三人で肩を並べながらティーカップを片手に目を細める。
「そういうことか!」
突然声を上げた小姉がカバンからノートを取り出し無心に何かを書き込んでいく。
私と大姉はそんな小姉を見守るしかなく、2杯・3杯とシズちゃんにお茶のお変わりをもらう。
「トーコちゃん、ちょっと先生貸してくれない?」
「あ、う、うん。」
「ありがとう。」
そう言って先生を受け取ると早々にリンクしてなにか相談を始めたようだ。
こういったことは今までも度々あったが、私の目の前で相談を始めるのは初めての事でこれ幸いと二人を覗き込む。
ノートに記入された数式を指さしながら話している風だが、うん、さっぱり分からない。
小姉の気迫に押され声をかけるのも躊躇ってしまい、大姉と二人で只々お茶を飲む。
「トーコ様そろそろ戻りませんと日が暮れてしまいます」
キングさんの声にあたりを見回すと夕日が沈みかけていた。
少し体を動かそうかと大姉に誘われて始めた無手での模擬戦。弄ぶように軽くかわされ続けすっかりムキになっていたようだ。
「鍛錬は続けてたんだね、少しは戦えるようになってきたんじゃないか」
「ほんま?力不足で後悔するのは懲り懲りやしね、訓練時間だけは最優先で取ってもらってるんよ」
滴る汗を拭いながら笑顔で答える、大姉に褒められて少しは近づけたのかと自信につながる。
「いい心がけだ、とはいえもう少し頑張ってくれないと汗もかけないけどな」
ハッハッハッと笑う大姉をよく見てみると汗どころか紅潮すらしていなかった。
「くそぉ、、、、ピャーチ。私の敵を」
そう言うと、待ってましたと言わんばかりに大きく尻尾を振ってピャーチが立ち上がる。
「面白い。」
そう答えた大姉が、ガシャンと鉄扇を広げ身構えるのを確認してピャーチが飛びかかった。
「あ、あの、、トーコ様、、、、、、時間が、、、、、」
「ごめんキングさん。もうちょっと小姉が落ち着くまで待ったげて」
未だ一心不乱に何かをしている小姉に目線を送る。
薄暗くなりだした湖畔にガキンガキンと金属音が鳴り響く。
ピャーチの動きは私の目ではすでに追い切れず、大姉が攻撃をいなした瞬間に時折残像のような姿がチラリと見えるだけだった。
「これだぁ!!!」
突如立ち上がり叫んだ小姉に全員の視線が集まった。




