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折れる

ポッと部屋の片隅の蝋燭に突然火が灯る。

私の目を慣らすようにゆっくりと1本ずつ灯っていく。

室内の明かりが全て灯ったのを見計らうように、ガチャリと扉が開かれた。


「おやおやトーコちゃん、随分暴れたようであるな」

蝋燭の灯りで慣れたとはいえ、開かれた扉から入り込む光に目が眩む、にやけた声で話す王の声が癇に障る。

力いっぱい睨みつけてやりたいが、悔しい事にそんな体力は残っていなかった。

もっともそのほうが都合が良かった、壊れた私に興味が無いなら壊れたフリを続ければ良い、もしかしたらその内飽きてくれるかもしれない、、、、、、。


「無駄であるぞ、トーコちゃん。昨晩元気にこのゴミと話していたのは知っているのである」

そう言って何かが部屋に投げ込まれる。


「ぐふぅ、、、、、」


「小姉!!!」

聞こえた声に反射的に叫び、顔をあげてしまう。

首を鎖で繋がれた小姉が部屋に転がる、王の隣に立つ兵はそのまま鎖を巻き取り小姉を手繰り寄せる。


「ぅぐぅっ、、、」

巻かれた鎖が首に食い込み呼吸を止める、全身を痣や傷にまみれた小姉にはその鎖を掴む力も無いようで、呻き声だけを上げなされるがままにひきづられていく。


「やめろボケ!しんでまうやろ!!!!」

精一杯叫んだつもりだが、掠れた力ない声にしかならない。


「だから殺すわけ無いのである、このゴミは壊れたフリをして我を謀ったのである。罰として1000人の兵を労って貰うのである。まだ50人も行ってない、死んでもらっては詰まらんのである」

ヤレヤレといった感じで、呆れたように王が言う。

その態度に苛立ち罵声を浴びせたくなるが、同時に暫くの命の保障がされたので言葉に詰まる、そもそも罵声のボキャブラリーが少なすぎて言いながらも少し空しい、

人を罵ることなく生きてこれた人生をまさか恨めしく思うとは夢にも思わなかった。


「ヒキャ、ヒキャ、ヒキャキャキャキャ」

唇を噛締めて言葉を出せない私を見ながら王が笑う


「生かしてもらえると聞いてホッとしたのであるか?ゴミのような扱いを受けても生かしてもらえることに安堵したのであるか?ヒキャキャキャキャ」

勝ち誇った様に王が笑う、図星を突かれた私は耳が熱くなる。


「決めたである、トーコちゃんがお願いしてくるまで手を出さないのである」


「それは良かった、ほんなら私の身は安泰やわ」

「このゴミも壊れていない事が分かった以上色々と試していない遊びが出来るのである、トーコちゃんがお願いしてくるまでは十分楽しめるので安心するのである」


「あかん、それは卑怯や、、、」


「あぁ、大丈夫である。これはこれでトーコちゃんに関係なく飽きるまで遊ぶのである。

今すぐトーコちゃんが折れたところで変わるとこは無いから安心するのである。ヒキャキャキャキャ」

そんな笑い声を残しながら王は部屋から出て行く。


扉が閉められ、また静寂と暗闇に包まれる。


一先ずは小姉が生きてて良かった、、、、、私だったら即自殺するだろう扱いを受けている事は想像できるが、それでも小姉には生きていてほしい、、、、。


(そうか、私が死んだら同じような思いを先生や小姉にさせてしまうんか、、、、)

今更ながら、そんな事に気が付く、

真面目に死ぬ事を考えてた自分の身勝手さが恥ずかしい、、、、、。


そんな事を考えていると、次第に興奮が冷めてきた。


ズキッ


忘れていた痛みがぶり返す。

どんな扱いにも耐えていこうと心に決めたばかりだが、とたん自信が無くなった、、、、、

この体勢とこの痛みはいつまで続くのだろうか、(ろく)に睡眠も取れていない、今日はまだ耐えれたが、眠らず何日耐えれるのだろう、私が折れない限りずっとこのままなんだろうか、、、、、

鈍い私はここでようやく気が付いた、小姉を引き合いに出さなくてもこの状況だけで心を折るのは造作も無い事だろう、王の余裕はこの為だったか、、、、、。






今度はどれだけ時間が経ったんだろう、、、、寝落ちと痛みの繰り返しを100回までは数えたが、それ以降は数えるのをやめた。

全身が麻痺し、自分の意思で動かせる部分は目と口くらいだろうか?

それでも痛みだけは敏感に伝わって来る、既に和らぐ瞬間すらなく痛み続ける、それでも睡魔は襲ってきて、寝落ちするごとに激痛が増して行く。


諦めたい、でも負けたくない、、、、、


私自身意外と根性あったのだなと自分を褒めてやりたい。




ガチャリ


再び扉が開かれた

「トーコちゃん抱いて欲しくなったであるか?」

朦朧とした意識の中に無駄にテンションの高い王の声が耳に響く


「我慢は良くないである、見てみるである、両手が腐り始めているのである」


「、、、、、、、、、、、」

そんな事を言われても、顔を上げる力も既に無い、あったとしても見たくない。


「遠慮せずにみるである」

髪をつかまれ顔を上げさせられる。

部屋の脇から大きな立ち見鏡が運ばれて私の全身を映し出す。

頭上で縛られた両腕は流れた血が薄黒く固まっている、そしてロープより先はパンパンに膨れ上がり真っ黒に変色している。

なんやこれ、これが私の手、、、、?


「うぇぇ、、、、」

吐き気が襲う、カラカラに乾いた唇は上下で張り付き開く事ができない、幸運にも吐き出す物は何も残っていないようで、鼻から胃液だけが流れ出る。

そんな鼻の刺激に枯れたと思った涙が流れた。


「辛いであろう?今なら治療してやるである、優しいであろう?抱かれたいであろう?」

髪をつかんだまま、王は満面の笑みを息のかかる距離まで近づけて言う。


「、、、、、、、、、」


「、、まったく、トーコちゃんは恥ずかしがり屋である、、、、、、」

後に控える兵に目配せする掛ける。

何をされるのか?身体は動かないが意識だけが警戒して身構える、そんな僅かな緊張が伝わったのか、続けて王が優しく囁く


「治療するだけである、死ぬような事はしないのである、この部屋には必要最低限の栄養を中にいる者に与える魔法がかかっているのである、飢えや渇きが満たされる事は無いであるが死ぬ事は無いので安心するのである」


「なんやその地獄は、ふざけんな!」

叫んだつもりだが王に何の反応も無い、声が出ていない、どうにも口すら満足に動いていないようだった。



鏡越しに治療の様子を伺う、両手と右足の患部に液体で濡らした布を巻きつけている。

消毒液のように滲みて痛むような事は無く、布が触れた瞬間から心地よい、包れた布の中はシュワシュワと発泡系入浴剤のような感触に包まれている。

1分もしない内にあの激しかった痛みは無くなった、指先に徐々に血が巡る感覚が戻ってくる。

10分ほどして布が捲られた時、私の両手と右膝は慣れ親しんだ姿に戻っていた。



「凄いであろう、最高の回復薬である。これがあれば腐った腕程度直ぐに元通りである。

再び腕が腐りだす頃来るのでそれまでゆっくり考えるのである」

王は弾んだ声で絶望の言葉を吐き捨て部屋を出て行く、暗闇に包まれた部屋に取り残される。


痛みは辛かった、だけど少しずつは慣れていた、人間の順応能力はたいした物だと密かに感心していた。

治療された腕に痛みは無い、これなら少しは眠れるかもしれない。

だけどまた、あの徐々に強まる痛みが初めから始まるのか、、、、?

どれだけの痛みに耐えれば腕は腐るのか、、、、、?

今諦めたらあの痛みに耐えなくてすむのか、、、、、?

でも、腕が腐る頃に来ると言っていた、それ迄は誰も来ない?

既にあの痛みに耐える事は決定しているのか、、、、、?

水は?

食事は?

嫌だ、怖い、、、誰か助けて、、、、、、、。


思わぬ治療で、痛みを消された。

それが余計に私の心を蝕む、痛みの無い身体にまた初めから痛みが刻まれていく、経験したからこそ恐怖は膨張していった。

私の心はすっかり折れそうに成っていた、、、、、。





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