表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

1-2 1回目の出会い

 「楽しかったなぁ…」


 そう呟くのは俺、永平総持、人生という苦悩から抜け出したいと切に願うしがない青年だ。ある日の夕暮れ時、15階建ビルの屋上の淵で夕闇に沈みゆく街を立ち尽くし眺めている時であった。


 無邪気に我武者羅に生きてきた今までが楽しく懐かしく思えて仕方なかった。普段の生活から行事事まで、どれも深く考えず全力で楽しんできたがそれも最近までだった。苦悩の存在に気付いた時からこの世の様々なことが色褪せてしまった。故に今までの人生を楽しかったと回想しているのだ。


「このまま飛び立ったらどこへ行くだろうか?いや行き着く場所は決まってる。問題はその先だな…」


 今にも飛び降りそうな俺は体を前後に小刻みに揺らし生と死の境界でその決断を先延ばしにしている。何10回目かの振動の後、唐突にその時は訪れた。俺の背中が何かに押されたのだ!


「えっ…?」


 俺が状況を理解しきった時、体は既にその半分を約60mの真下を見下ろせる空中に投げ出していた。


「なんだよこれ…、なんだよこれ!!」


 死への恐怖と突然の出来事への驚きにより心の中で動揺していた俺に、しかし為す術は無かった。何か諦観にも近いものを感じ始めた時、今度は急に首が締め付けられる感覚に襲われた。


「うげぇっ!」


 その直後、体は足だけを残し空中に放り投げられたまま静止していた。


「やぁ!初めまして!死への疑似体験は面白かったかい?」


 後ろで聞き慣れない男の声が聞こえたかと思うと俺は何が起こったのかを察した。どうやら俺は後ろの男に突き落とされたようだ。そして落ち切る寸前にそいつにフードを掴まれてギリギリのところで助けられたのだ。まぁ助けられたという表現も適切かどうかは微妙だが。どちらかというとただ弄ばれただけのように感じる…


「それにしても君見た目より重いねぇ!元に戻すの大変だよ!」


 男は軽く息を切らしながら俺を元の場所まで引き上げて行く。やがて元の場所まで戻ると俺は恐怖と驚きからその場にへたり込んでしまった。どうやら俺の方が激しく息を切らしているようだ。汗が今になってどっと吹き出してくる。


「はぁ…はぁ…あっ、ありがとうございます!じゃなくて、何しやがる貴様ぁ!」


 俺はその男に全力で殴り掛たかったが体が震えて動くことすらままならない。とりあえずは奴の正体と目的、後ここからどう体勢を持ち直すかを考えなければ。奴は外見は所謂好青年で年齢は俺と同じくらいと見える。特徴的な所持品は一切無い。あまり濃くはないバッサリとした黒い髪、顔はキリッとしていて服は全体的に赤っぽい。雰囲気はと言えば俺を突き落としただけあって落ち着き払っていることこの上無い。


「とりあえず名前と目的でも教えてもらおう、何で俺を突き落とそうとした直後に助けたのか。そもそも前に会っ…」


「へぇ、君横大の学生何だ!理学部かぁ、名前は…永平総持か」


 あっ、こいつ人の話聞かないタイプの奴だ…

 ちなみに横大と言うのは俺と真偽はともかくとしてこいつも在籍しているらしい大学で横浜大学のことだ。


「って!そもそも人の鞄の中勝手に漁ってんじゃねぇ!」


「僕は横大生だけど哲学科なんだよ、道理で会うことも無かった訳だ」


 どうやらこっちの発言はどれも徒労に終わる相手のようだ、おとなしく話を聞くしか無さそうだ…


 「それで、お前は何者なんだ?」


 「あぁ、申し遅れたね。僕は除蓋障真悟。横大哲学科の3回生だ。君をこうした目的はまだ話す気は無いよ。でもまずは君に気付いて欲しかったんだ。君はまだ死ぬ気なんて全く無いってことを。君はさっきの死への疑似体験はどうだった?死へと近付いて気持ちは楽になった?まぁさっきの体の震えを見る限りそうも思えなかったけど。それに普段の生活と変わり無い中身の鞄も持っているし、これを見る限りいつも通り帰るつもりだったことも分かるよ。それでだ、どうしてこうも紛らわしいことをしていたんだい?」


 除蓋障真悟と名乗った奴は滑舌良く陽気に喋った。


 「生きるのが苦行だと気付いたからだよ…」


 俺は力無く言い放った…


 「何だ、そんなことか。なら死ぬのは早いね、とりあえずは今の人生を十分に満喫してもらわないと、どうしても勿体無いよ。」


 「だがこんな俺にどう人生を満喫しろって言うんだよ!」


 「僕のサークル、漫堕落部に来ればいいさ!」


 既に街は夜に沈んでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ