7話 シンジ・ムラカミの暗躍――僕が異世界転移してチートな魔術で義賊をやったわけ
一話だけシンジ・ムラカミの視点をはさみます。
シンジ・ムラカミ――かつて村上慎二と呼ばれていた青年は、東征チームを手荒い歓迎でむかえてから、義賊の本拠地へ戻っていた。
場所は、王都から離れた旧市街地〈エスペラーダン〉の地下ダンジョンだ。ひたひたと地上の夜露が壁を伝ってきて、獣脂のランプがぼんやりと暗がりを照らしている。義賊の仲間たちはフードを目深にかぶっていて、酒より茶を好んでいた。いつ衛兵に襲撃されるかわからないので、酔うわけにはいかないからだ。
「しかしラルフ。どうして地球で麻薬の密売なんて危ない橋を渡ったんだい?」
シンジは、怪我の治療が終わったラルフに話しかけた。
彼は、シンジが異世界転移してきたとき、身の回りの世話をしてくれた男だ。頬に傷の入った強面で、エルフのわりには屈強な身体つきをしていた。仁義に篤い大食漢で、仲間のためなら無茶をすることが多い。
ややアレな話をすると、異世界転移のセオリーだと可愛い女の子とファーストコンタクトして“いちゃらぶ”しながら冒険するらしいが、シンジは違っていた。
ラルフと一緒に、義賊として暗躍したのだ。
義賊――金持ちからお金を盗んで飢えた人たちに分け与えることである。
「実は、王都の連中が旧市街地のガサ入れをやることがわかったんだ。だから対抗するためにまとまった資金が必要になったんだ」
ラルフは、ひそかに入手した計画書を、傷だらけの木製テーブルに広げた。
どうやら王都の連中は、部隊を中隊規模で投入して、盗賊ギルドの構成メンバーを適当な理由で逮捕するつもりらしい。
「ついに義賊が盗賊ギルドと関係してるってバレたわけか……」
ラルフは盗賊ギルドの古参だ。だからシンジも自然と盗賊ギルドに加盟した。
それからコアメンバーだけが関与する義賊になったのは、自然の流れといってもいい。
地球でも異世界でも、上流階級の人間たちは、自分たちの豪勢な生活と偏った信条を守るばかりで、庶民の命を蔑ろにしていた。
たとえば義賊本拠地の上にある旧市街地には、数年前に起きた王位継承戦争の爪あとが残っていて、貧民たちが肩をよせあって寒さと飢えに苦しんでいた。
だが上流階級の連中は、連日連夜で舞踏会をやる資金が捻出できても、貧民たちにパンを配ることすらしない。舞踏会であまった豪勢な料理が捨てられるのに、だ。
絶対に許すものか。いつか必ず思い知らせてやる。
「やっぱ今すぐシンジが盗賊ギルドの次期マスターになって、あいつらに一泡ふかせてやったほうがいいぜ。そうすりゃガサ入れだって怖かねぇ」
ラルフが、ぐっと力こぶを作った。
チートな魔術で暗躍すれば、否応にも仲間内で注目が集まり、つい先日、盗賊ギルドの次期マスターに推薦されてしまった。
だが、シンジがギルドマスターをやってはいけない理由が二つあった。
一つ、自分はどこまでいっても地球生まれの異邦人であること。
二つ、悪い癖だと自覚はあるが、戦闘狂の気質を持っているからだ。
だからシンジがリーダーになると、末端の部下から信頼を失って、ギルドは足元から崩壊するだろう。
「ギルドマスターは、この世界で生まれ育った人がやったほうがいい。そもそもラルフのほうが向いてると思うよ。古参だからみんなに信頼されてるし、気配りが上手じゃない?」
「おれはダメだ。実力が足りないって舐められるからな」
「組織をまとめるなら人格のほうが大事だと思うよ。僕はそういう意味じゃ適任じゃないからね」
地球で普通の高校生をやっていたときも、集団行動が得意だったわけじゃない。どちらかといえば苦手だった。それでも異世界転移してから仲間ができたのは、志と仁義で結ばれていたからだろう。
「うちの妹なんて、意外に適任だったりしてな」
ラルフがニカっと笑った。実はラルフには妹がいて、彼女は地球に潜伏して義賊活動をやっていた。賢くてリーダーシップあふれた女性だ。彼女だったら、意外でもなんでもなくて、むしろシンジよりアリだろう。
「ありえるかもね。今後ギルドマスターに会ったら僕は辞退して、かわりに彼女を推薦しておくよ」
「しっかしなぁ、ギルドマスターの話はあとでも決められるけど、ガサ入れにどうやって立ち向かうかだなぁ……」
計画書からして、ガサ入れは三日後らしい。だが予定は早まる可能性もあるだろう。いくらチートな魔術があっても、時間には勝てない。
「ラルフ。資金は僕が稼ぐ。魔法大学の金庫を襲撃してね」
どうして魔法大学が標的になったのか?
次元連結トンネルを作ったやつは、高度な魔法が使えるやつだと推測しているからだ。
そもそも魔法と魔術は別の系統にある。
魔法は魔法大学を中心として、権力者のために環境整備を行うために整えられたもので、空間や集団に作用する要素が強い。
魔術は魔術師ギルドを中心として、個人のために強化発展したものであり、一対一の対人戦にめっぽう強い。
そして次元連結トンネルの原理は、空間に魔力式が固定されて稼動していた。あそこまで高度で大規模な魔力式を演算できるのは、魔法大学出身の魔法使いに限定される。
トンネルの作成者が、どんな意図で二つの世界を接続したのか知らないが、これまで接触のなかった異文化が急接近するのは好ましい結果を生まない。
今度のガサ入れ、これまでにないトラブルが起きると予測していた。計画書には『旧市街地に潜伏する盗賊ギルドのメンバーを逮捕する』と書いてあるが、現場では過激化するだろう。下手すれば虐殺だってやりかねない。
「……だがシンジ大丈夫か? 魔法大学は警備の厳重な王都にあるんだぜ」
「やってやるさ。これまでもそうだったし、これからだってね」
――カチカチと異音が聞こえた。鳴子トラップだ。地下ダンジョンに正規の手順によらない侵入を試みている人物がいるのだ。
衛兵が逮捕しにきたんだろうか? 義賊のメンバーたちはいつでも逃げられるように脱出路へ集まると、暗闇に目をこらした。
がしゃがしゃと金属がこすれる男が聞こえた。鎧を着た男であった。カンテラを持たないで暗闇を進んでいるから、はっきりと顔が見えていないが、歩き方で誰かわかった。
戦士ギルドのマスター、アレクである。勇猛果敢な戦士であり、公正明大な男である。彼は脱出路へ集まった義賊たちへ伝えた。
「俺は今からひとりごとをいうぞ。これから旧市街地にガサ入れが入る。貧乏な人たちを逃がす方法を考えたほうがいい」
よりによって戦士ギルドのマスターが、ガサ入れ計画をバラしにきたのだ。なぜ驚きかといえば、ガサ入れを実行する衛兵のほとんどは戦士ギルド出身だからであった。
シンジはフードで顔を隠すと、彼に質問した。
「なんのつもりだい?」
「ひとりごとだ。じゃあな。あとここはもう引き払ったほうがいいぞ」
アレクはガシャガシャと音を立てながら引き返していった。
義賊チームを誘い出すための嘘ではないことは、先立ってラルフがガサ入れ計画を盗みだしていたことから明らかだ。もしかしたら王都は、人材の地盤に亀裂が走っているのかもしれない。王族と貴族が腐敗しているなら当然ともいえたが。
とにかく部外者に位置を知られてしまったのだから、義賊チームは本拠地の撤収準備を開始した。
シンジは魔法大学の金庫を破るために行動を開始した。
遠くに見える王都のまばゆい夜景に、胸騒ぎを感じていた。
異世界転移や転生という言葉は、二つの世界が接続されていたら成立しない。
それがある日、何者かが作成したトンネルによって壊れたということは、もしかすると――。
次回から東征たちに話は戻ります。