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5話 妨害してくるやつを払いのけろ、異世界へ向かうために

 爆走するSUVを、不気味なワゴンが執ように追いかけてきた。

 

 ワゴンを運転するのは公衆酒場で『シンジ・ムラカミと親しげにしていたな?』と難癖をつけてきたカマキリみたいな顔をしたやつだ。

 

 怨敵の東征に復讐できるとあって、享楽にふける殺人鬼みたいな目をしていた。だが決して無理な攻撃はしてこない。さきほどの公衆酒場から駐車場を出発するまでの戦闘タームも静観していた。


 どうやら必ず殺せるタイミングをうかがっているらしい。


「あのやろう、最初から賞金なんてどうでもいいんじゃねぇか」


 後部座席に座っていた東征は、サブマシンガンの安全装置を外した。


「東征、あいつとどんなトラブルを起こしたんだ?」


 助手席のグスタボは、さきほど撃ったばかりの狙撃銃を調整していた。


「あいつはな、賞金首を殺すために無関係の人間を巻きこもうとしたんだよ。だから妨害してやった」


 一ヶ月前のことだ。強盗の現行犯で賞金首になったオークが、次元連結トンネルを通って異世界まで逃げたので、賞金稼ぎの出番となった。


 東征は異世界まで追いかけて、小さな村でオークを捕捉した。電力もガスもない静かな農村だ。犯罪者とは無縁のようだった。そんな村にオークは流れつくと、穀物倉庫に隠れて備蓄された食料を盗み食いしていた。


 普通に撃ち殺せば終わる話だ。


 だがカマキリ顔のバカは、アホみたいな量の爆薬を使って穀物倉庫ごと――いや小さな村ごとオークを消し飛ばそうとしたのだ。

 

 すぐさまカマキリ顔のバカをぶん殴って気絶させると、オークも射殺して、都知事にすべてを報告した。やつにはなにかしら処分が下されたはずだが、まさか賞金稼ぎを続けているとは思わなかった。


「なるほど、カマキリのプライドを傷つけたのか」


 グスタボがプライドと口にしたら、ハンドルを握る華舞が反応した。


「プライドは大事ですね。試合で負けたら絶対にリベンジを誓いますから。美少年との恋愛もですけどね」


 彼女がハンドルを握っているのは、銃火器を扱わないからだ。それに拳法家の反射神経はすさまじいものがあるから、運転テクニックも一流なのである。


「頼むから、脊髄反射で身勝手なリベンジとかやめてくれよな。試合も恋愛もだ」


 東征がウインクして頼むと、華舞はにっこり微笑んだ。


「チームを組んでいるかぎりは指示にしたがいますよ。それより目的地の武器庫ですけど、待ち伏せされませんかね?」


 東征チームの目的地は足立区の武器庫だ。


 異なる技術体系で発展した異世界では、地球製の弾薬も予備パーツもないので備品管理が命綱となる。そもそも三人ともサイボーグなので負傷したら修理道具が必要だ。


 そんなことはカマキリ顔のバカもわかっているわけで、SUVの進路をトレースすれば、足立区の武器庫に向かっていることはバレているだろう。


「まず罠を張るだろうな。賞金より俺を殺すことを優先してるのは、あいつだけだし」


 賞金稼ぎとして利益を最適化したいなら、駐車場の争い以降は、ライバルの妨害より自身の調整をやるのが一般的だ。


 しかしやつは私怨を優先した。罠を張ってしかるべきと考えたほうがいいだろう。


 カマキリ男に用心しながら進んでいけば、税金でインフラが整っていた地域を抜けて、無許可の改造が施された地域へ入っていく。


 足立区に到着したのだ。


 違法な看板が立ち並び、血と吐しゃ物の臭いが蔓延していて、麻薬中毒者が淀んだ瞳で徘徊していて、そして生身が自慢の売春婦が艶っぽい声で営業していた。


「改造してないわよ。生まれたままの姿。おっぱいもマ●コもぜーんぶ天然モノ」


 サイボーグ技術や遺伝子改造技術が発展していくと、顔や体型に手を加えていない天然モノの価値がうなぎのぼりになった。


 ただし、詐欺が多い。どうせあの売春婦も生身の原型が残らないほど改造してあるに決まっていた。

 

「わたしも顔だけは天然モノですよ」


 華舞が、己の血色のよい頬とぷっくりした唇を指でプニプニと突いた。


「嘘くせぇ」「嘘だな」

 

 東征とグスタボが同時に否定した。


「……お二人とも、もっと紳士的な人だと思っていたんですが?」


 華舞が本気で怒りのオーラを発したから、東征とグスタボはノーコメントになった。

 

 微妙に車内の空気が険悪になったところで、賞金稼ぎ向けに提供されている貸し金庫型の武器庫が見えてきた。


 大昔にコンビニエンスストアとして使っていた店舗を改装したものだ。陳腐な見た目から想像できないほどセキュリティがしっかりしていて、運営する武器商人も信頼できる男だ。


 だが困ったことに、武器庫はキャンプファイヤーみたいに炎上していた。


「どうだ東征! 困ってるだろ! お前は困ってるんだ! やったぜ! ざまぁみろ!」


 執ように追いかけてきたカマキリバカが、火炎放射器で轟々と炎を吐き出していた。


「あの野郎、やりやがった……これで俺は破産だぜ……」


 サイボーグにとってメンテナンス用の備品を失うことは、財産を失うに等しかった。予備パーツから整備道具まで一から揃えようとすると、莫大な金がかかるからだ。


 東征の受難はさておき、貸し金庫型の武器庫に火をつけるのは自殺行為だ。他の賞金稼ぎも利用している大事な商業施設で、かつ足立区の血の気の多い武装商人たちが経営している――報復攻撃上等の界隈なのである。


 だがなぜか武装商人たちは発砲を躊躇していた。


 火炎放射器を背負ったカマキリバカは、アホみたいな量の爆薬を身体に巻きつけていたからだ。


「おい東征。一ヶ月前にお前が仕事を妨害したせいでな、賞金稼ぎの資格失いそうだしな、仕事うまくいかなくなってな、税金払えなくてな、街を追い出されそうなんだよ。だから一緒に死のうぜ!!」


 アホみたいな量の爆薬は一ヶ月前の意趣返しのつもりらしい。電波混じりのカマキリバカに、グスタボがやれやれとため息をついた。


「自分の能力不足を客観視できないから、他人に恨みをぶつけるようになったのか」

 

 クールな分析だったが、東征がさえぎった。


「んなことより、あいつの処理どうするよ。信管が肉体に接続されてるぜ」


 近年の自爆テロで使われる心神接続式で、信管が脳と心臓に接続されているから、意識が消失するか、肉体に一定のダメージが入ると爆発する。


 しかも爆薬の量は少なく見積もっても近隣一体を吹き飛ばせるほどあった。


 自分の店が吹っ飛ぶのを恐れた武装商人たちが、東征に取引を申しこんできた。


「今すぐここを離れてくれたら、燃えた装備を何割か補償する」

「8割補償してくれ」

「6割だ」

「だったらここであいつを射殺するぞ」

「わかった。7.5割」

「乗った」

 

 電子口座に入金を確認――ドンドンと運転席のヘッドレストを叩いて出発をうながす。


 すぐさま華舞がアクセルを踏んでSUVを急発進させた。


 だがカマキリバカも、ワゴンで追いかけてきた。自爆覚悟だ。電柱に正面衝突するだけで、肉体に一定のダメージが入ったと判定されて、大爆発を起こすだろう。

 

 まったくもって、はた迷惑なやつである。


 華舞が、バックミラーに映る狂気のワゴンを一瞥してから、東征に質問した。


「ちなみに、どこへ逃げるんです?」

「次元連結トンネルを越えて、本場の魔法使いを雇う。フリーズの魔法で氷付けにすれば爆発しないだろ」

「それは名案ですが、燃えちゃった装備はどうするんですか? お金があっても購入しないと戻ってこないですよ」

「どうせサイボーグ用品を取り扱う業者が、トンネルの出入り口で露天開いてるよ」

「なるほど、今は稼ぎ時ですもんね。シンジ・ムラカミのおかげで」


 こうして命を賭けた追いかけっこは、異世界へ持ち越しとなった。

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