4話 命とリスクの天秤――運がないのは誰なのか?
信用は、裏業界でもっとも大事な要素だ。直に鉄火場へ関わるものにとっては防弾ベストと同じ効果を発揮する。
たとえ難癖であろうと、疑われてしまったら潔白を証明しなければならない。
もし今の状況でバトルロイヤルに参加しないと表明したら、同業者に全方位から撃たれることになる。たとえ生き残れても信用を失っているので賞金稼ぎの仕事は続けられないだろう。
東征に、選択の余地はいっさいなかった。
「わかった。参加する。だがお前も俺に撃たれて文句言うんじゃねぇぞ」
苦渋の決断だった。
「これで積年の恨みを晴らせるってわけだな、東征」
カマキリみたいな顔をした同業者は、キシシっと空気の抜けるような笑い声をだすと、そそくさと店の外へ消えていった。きっと準備があるんだろう――こちらを殺すための。
バトルロイヤルの先が読めない以上、カマキリ男も他の悪意を持った同業者も、等しく即興で対処していくしかない。
迷惑と負担がかかるのは、仲間だ。東征はグスタボと華舞に頭を下げた。
「悪かった。俺のせいで乱戦に入ることになっちまった」
仲間の信頼を失ったら、首を手土産に裏切られることもある。グスタボと華舞なら、そこまで過激なことはやらないだろうが、二度と一緒に仕事をしてくれないだろう。
「撃とうとしたのを止めたのはオレだ。東征を責めるつもりはない」
グスタボは愛用の45口径の拳銃を抜いて、公衆酒場の外へ飛びだす準備を整えた。
「わたしは乱取り試合に参加したいので、願ったり叶ったりですね」
華舞は、準備運動してやる気まんまんだった。
「お前らと組んでよかったよ」
東征は仲間たちの快い返事に幸福を感じながら50口径の拳銃を抜くと――公衆酒場の出口に潜んで初心者狩りをしていたタバコくさい同業者へ三発撃ちこんでやった。
それが合図となって、東征チームは駐車場を目指して疾風のごとく走りだした。
途端に殺意と弾丸がこちらへ集中した。まるで雨みたいに着弾の火花が散る。先の一件で『こいつは同業者をシンジ・ムラカミに売るかもしれない』とマークされているからだ。
「昔道端で拾った詩集に、逆境は人生のスパイスって書いてあったぜ」
東征は適度な緊張と一握の快楽を共有しながら弾幕の合間を走りぬける――電柱の裏に隠れていたタヌキ顔の同業者を蹴っ飛ばし、仰向けに転んだら胸と頭へ連射――きっちり殺す。
「三流の詩集だな」
グスタボは詩集の完成度に不快感を示しながら、歩道橋からライフルで狙撃しようとしていたやつに、けん制射撃を繰り返した。一発も当たらないが、きっちりと狙撃は妨害されて、東征チームは有効射程の外まで逃げられた。
「紙の本って、冬場に燃やすと温まりますよ」
華舞はピントのズレた感想を口にしながら、背後から接近してきた太っちょの賞金稼ぎを、肘うち・掌底・回し蹴りの三連激で全身の骨を砕いた。
東征チームの進撃ペースは決して悪くない。しばらく公衆酒場で様子見していたから、ライバルの少ないルートで駐車場を目指せるからだ。
ライバルが少ない――数分前ぐらいからバトルロイヤルは次のステージに移行していて、いかに乱戦を切り抜けるかに切り替わっていた。金に目がくらんでいた連中が冷静になって、自分自身の利益に最適化された行動を取るようになったのだ。
情報収集が得意な者は早々に現場を離脱して異世界へ入り、一秒でも早く賞金首の弱点を探したい。
狙撃が得意な者は、シンジ・ムラカミの魔法障壁を貫けそうな大口径ライフルを求めてガンショップへ。
毒薬を使った暗殺が得意な者は、異世界の食習慣にあわせた毒物を調合するために異世界の薬局へ。
かといってバトルロイヤルの場で銃撃が止むことはない。いくら行動が最適化されていてもライバルは少ないほうがいいからだ――しかし減らしすぎてシンジ・ムラカミを波状攻撃で疲弊させられなくなったら元も子もないので、足を引っ張りそうなやつを殺しておく。
足を引っ張りそう――東征チームはタイミング悪くマークされていて、またもや銃撃の嵐にみまわれた。
理不尽なほどに集中砲火を受けてしまうと、ホームレスたちまで悪意を持つようになり、東征チームという名の新しい資源の誕生を今か今かと待っていた。
「そんな簡単に資源になってやるもんかよ」
ホームレスたちにファックサインを送ってから、ついに駐車場へ進入した。
クシみたいに整列していたはずの賞金稼ぎの自家用車が、歯抜けになっていた――抜けたのは目端の利く連中ので、残っているのは乱戦に参加するのを嫌がったやつらのと、死んだやつらのだ。
これだけ車が消えているとなれば、シンジ・ムラカミの賞金レース開始後に、駐車場に出入りした人間が大勢いるはずだ。
罠を仕掛けられた可能性が高い。
東征は買ったばかりの自家用車を改造された眼球でスキャニングした――やはり爆薬が仕掛けられていた。
今から解除したら時間は食うし、作業中に狙撃されるかもしれない。
しょうがないのでグスタボ所有のSUVに乗りこんだところで、駐車場の出口で動きアリ――管理人の整備用具入れが開き、ロケットランチャーを構えたキツネみたいな顔の同業者が姿を現した。
待ち伏せ攻撃だ。乗り物に乗ったところでロケットランチャーを撃ち、車のガソリンに引火させるつもりだったんだろう。
「だがその距離で足を止めたらダメだな」
グスタボが車載されていた私物の狙撃銃を構えると、キツネみたいな顔を一発で撃ち抜いた。
だが死亡時の筋肉の痙攣から引き金にかかった指が動いてしまって、ロケットランチャーが発射されてしまう。
発射された弾頭は抜けるような青い空へ飛んでいく――何かにずどんっと直撃。
頭上を旋回していた報道ヘリだった。テールローターを破壊されて、ぐるぐると回転しながら堕ちていく。公共の生放送にリポーターの悲鳴と絶叫が乗った。
『誰か助けて! あんな野蛮な連中のせいで死ぬなんて絶対にイヤだ!』
せっかく良い仕事に就いたのに運がなかったな、と東征が心の中で呟いたところで、報道ヘリの落下コースが不吉なモノだと気づく。
そう、東征の新車が真下にあった。
「おいおい嘘だろ……まだ買ったばっかりなんだぜ……」
喜劇の神が乱数を制御したいみたいに、東征の新車に落下して大爆発――サービスですといわんばかりにタイヤとフレームが炎上していた。
「……運が悪いのは俺かぁ」
エルフの売人は取り逃がすわ、わけのわからない異世界転移チート魔術師に因果が生まれるわ、同業者に内通を疑われるわ、最後は新車が爆発炎上だ。
なにがなんでも2000万ドル手に入れないと割りにあわないだろう。