3話 欲深きものたちのバトルロイヤル
公衆酒場の出入り口付近で、賞金稼ぎたちは乱戦していた。
どこからともなく放たれたライフル弾が肥満体型の腹を貫通して、後ろにいた痩せ型の顔をザクロにした。現場を離脱しようとしたスキンヘッドが、路地に隠れていた自動車に跳ね飛ばされて手足が曲がってはいけない方向に曲がった。たまたま通りかかった一般人を盾にしようとしたネズミ顔が、警察用ドローンに現行犯扱いされて機銃でこめかみを貫かれた。
賞金稼ぎたちが、あまりにも醜い足の引っ張りあいをしている地区だが、東京シティが“誇る”新旧混合の往来だった。
新しい成分はもちろん最新科学を使った煌びやかなインフラだ。
旧い成分はなにかといえば、第二次東京オリンピック時代の高層建築物が老朽化したので解体したても、不透明な権利関係と莫大な費用が足かせになり、放置されていることだ。いつ倒壊してもおかしくないので、周辺の道路には立ち入り禁止ロープが張られていた。
そんなハイローミックスな道へ、小汚いホームレスたちが集まっていた。生ゴミみたいにぶちまけられている賞金稼ぎの死体を漁り、新鮮な内臓を冷蔵バッグへ詰めこんでいるのだ。敗北した賞金稼ぎなど売買可能な資源でしかなかった。
なおホームレスたちは、高額で売れる内臓を巡って争うことはなかった。縄張りと協定で死体に対する優先権が決まっているからだ。
「これじゃあ俺たちはホームレス以下の野良犬だな」
東征たちは公衆酒場の防弾スペースに隠れて様子をみていた。あんな乱戦にわざわざ参戦する理由がない。死んでしまえば高額賞金もクソもないのだ。
「東征が遭遇したシンジ・ムラカミの実力次第だな。この荒れたスタートダッシュに参加するかどうかは」
隣のグスタボが、ぐいっとお冷を飲みながら分析した。
もしシンジ・ムラカミが弱いなら、スタートダッシュを成功させたやつに狩られて、賞金レースは終了だ。
だが、シンジ・ムラカミが強いなら、スタートダッシュを成功させたやつが損をする。強いやつを殺すなら波状攻撃が有効だから、一番乗りしたやつが捨て石になるのだ。
「強いに決まってんだろ。弾丸を消したんだぞ。手品みたいに」
東征は、記憶に焼きついた怒りをガムみたいに咀嚼した。
「音速を超えた飛来物を、肉眼で確認してから魔法で消したのか?」
「消したんだよ。あー、思い出したら脳に火がつきそうだぜ」
「そこまでいうなら、スタートダッシュはしないほうがいいな」
「ったりまえだろ。流れ弾で死ぬなんてバカみたいだぜ」
流れ弾で死ぬ――それなりに名前の知られていた熟練の賞金稼ぎが、予期せぬ角度から飛んできた流れ弾で頭を失って死んだ。ちゃんと遮蔽物に隠れていたのにも関わらずだ。
これだから乱戦はいやなのだ。
トントンと華舞が、東征の肩を叩いた。
「わたし、待つのは好きじゃありません。試合も恋愛もですね」
修学旅行が楽しみのあまり眠れなくなった子供みたいに、そわそわしていた。今にも飛び出していきそうだ。
「いいか花舞。このチームのリーダーは俺だ。そして頭脳がグスタボだ。俺たちが同時にゴーサインを出したときだけ戦え」
「わかってますよ。ただ、目の前で楽しそうな試合が行われているのに、指をくわえているだけなのはもったいないと思いまして」
あの誰でも命が軽くなる乱戦が試合に見えるのか。拳法家の価値観はよくわからない。
「――楽しそうな試合かぁ。たしかに僕も殺し合いは大好きだ」
背後から違和感のある声――同業者なら声紋パターンで識別可能にしてあるが、この癇に障る声は未登録だった。
振り向く、という動作は素人が想像している以上に隙だらけなので、手元の磨かれた銀のスプーンで背後を映し出す――なんと賞金2000万ドルのシンジ・ムラカミが、平然と牛乳を飲んでいた。
「て、てめぇ!」
東征がホルスターから銃を抜こうとしたが、グスタボが抑えた。公衆酒場の店主が通報しそうだったからだ。
その流れを見て、シンジがくすくす笑った。
「そうそう、ここは中立地帯で、もし一発でも撃とうものなら、お尋ね者になっちゃうんでしょ?」
ぺらぺらと挑発的なことをいうのに、口元に飲み干した牛乳のあとが残っているのが、より東征をいらだたせた。
「……よくぞまぁ、これだけの人間に命を狙われてるのに地球へ戻ってきたな」
店内に流れるクラシック音楽を頼りに怒りを静めると、ホルスターから手を遠ざけた。
「ほら、バイクだよ。君が強奪したバイク。あれをちゃんと持ち主に返したのか気になってさ」
「返したぞ。きっちり燃料代も払ってな」
「すばらしい。やっぱり仁義は大事だよね」
「それだけか? それだけのために戻ってきたのか?」
「それだけだよ。じゃ、僕は帰るから。東征のチームと戦うの、本当に楽しみだね」
ひゅっと姿が消えると、空っぽになった牛乳のグラスだけが残っていた。高度なテレポートの魔法だろう。あのエルフの売人が児戯に見えるほどの力量だった。そんなに強いなら、わざわざ声をかけないで攻撃魔法をぶっ放せば、公衆酒場ごとすべての賞金稼ぎが塵芥になっていたはずだ。
しかし、やらなかった――間違いない、やつは戦闘狂だ。いつでも殺せるが、いま殺してもおいしくないから、見逃したのだ。
「くそっ、あいつふざけやがって」
シンジ・ムラカミに二度目の余裕をかまされたことに歯軋りしたら、華舞が肩をすくめた。
「シンジ・ムラカミさん、あと十歳若かったら、わたしのヒットゾーンだったんですけどね。惜しい惜しい」
「…………お前少しショタから離れたらどうだ?」
「だって賞金稼ぎはむさくるしい中年男ばっかりだから、日々の潤いが必要なんです。愛くるしくて牛乳の香りがするローティーンの美少年がね」
まるでワインソムリエみたいにいわれて、東征とグスタボがイラっとしたところで、店内に待機していた同業者に睨まれた。
「おい東征。なんで2000万ドルと仲良く話してたんだ? ことと次第によっちゃ、今すぐ死んでもらうぜ」
どうやら内通したと誤解しているらしい。だがこいつのカマキリみたいな顔をどこかで見たことがある。はて、どこで見たのだろうか。思い出せない。腕の悪いやつの顔は印象に残らないからだ。
それはともかくちゃんと反論しておかないと、他の同業者にまで誤解されかねない。
「バカいえよ。撃とうとしたけど中立地帯だから撃てなかったんだ。お前も見てたろ」
「演技じゃないのか? あの優男から金をもらって、オレたちを皆殺しにするつもりとかな」
あきらかな難癖だ。だが難癖だろうと誰かを疑えば、野心の満ちた空間に火種を投げこむ。他の賞金稼ぎまで、東征チームを警戒するようになっていた。
なんで無実の罪で不利になっているのだ。袖の下が通った裁判だって、もっと誠実な進行をするだろう。
東征は深呼吸で怒りを強引に抑えると、トントンっとテーブルを指先で叩いた。
「どうやったら俺を信用する?」
「いますぐバトルロイヤルに参加してもらおうか」
そのイヤらしいセリフで思い出した。このカマキリみたいな顔をした同業者と、以前同じ賞金首を追いかけて、トラブルになっていたことを。
グスタボの哲学が的中した。
こいつは過去の恨みをバトルロイヤルで晴らすつもりなのだ。背中から撃つことで。
おまけ:華舞のステータス(某核戦争後洋ゲー基準)
Strength「10」 Perception「5」 Endurance「8」 Charisma「1」 Intelligence「1」 Agility「10」 Luck「1」
Unarmed(格闘)スキルとMelee Weapons(近接武器)スキルが高い。