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37話 エミリアの悔恨/異世界転移と転生の発生原因

 すべてを失ったエミリアは、帝都の暗闇を逃げていた。クーデターである。一緒に下克上を果たした盗賊ギルドのメンバーたちが裏切って、新政府内のその他勢力と結託して、エミリアを追い出した。


 もはや盗賊ギルドのマスターではないし、帝国議会の議員でもない――これが裏切られた味だ。薬草と毒草を煮詰めた汁の味がした。


 かつて交易都市と呼ばれていた帝都は、敗者に冷たかった。流通の拠点を首都にすることで、急激に経済が発達したのだが、2020年付近の東京に雰囲気が近くなっていた。他人に関心を持たず、たとえうら若いエルフの女が刺客に追われていても通報するだけで家に閉じこもっていた。


 テレポートで帝都の外へ逃げるのは危険だった。敵には魔法使いも魔術師も揃っている。出現地点を先読みされて包囲攻撃を食らって終わりだろう。政治で負けると敵の数が膨大に増えるから、いつも使う手口が有効とはかぎらなかった。


 追撃の様子が変化したことに気づいたのは、世界に光が満ちたときだった。殺気は消えて、空気が悪くなって、帝都が騒がしくなっていく。


 混乱期だ。自分たちが下克上を果たしたときと同じ激流を感じた。


 いきなり殺気が発生した。それも特大のやつが。


「はぁーいエミリア。やっぱりあなたを殺すことにしたわ」


 すっきりした顔のヴァネッサが空から降ってきた。どうやら彼女が刺客となったらしい。


「なんでヴァネッサがあたしを狙うの?」

「議員の立場もギルドマスターの肩書きも若いやつに譲ったわ。政治には飽き飽き。自由がないんだもの」


 魔術師ギルドの連中がクーデターでおとなしかったのは、ヴァネッサが引退して後進にマスターの地位を譲っていたからか。


「ますますあたしを狙う理由がわかんない」

「わたしね、シンジくんと一騎打ちしたいの。でもあなたがいるとなにかと邪魔なのよね」


 やはり戦闘狂は戦闘狂だった。周りのどんな事情よりも個人の戦いが優先される。


 こいつは頭がおかしい。でもおかしいのは、自分も一緒だったかもしれない。


 兄のラルフを射殺したとき、岩を心に落とされたみたいに苦しくなった。東京シティで学んだ術が化石になったような気がした。ゼンじいさんを殺したことが悪いことだったように思えてきた。


 ――どこで道を間違えたんだろうか。


「ゼンじいさん、お兄ちゃん、わたしが間違ってたよ」


 謝罪の言葉を口にしたところで、じゅっと熱線が右足を溶断した。ヴァネッサのファイヤーの魔術だ。片足を失ってバランスが崩れて、ぐらっと倒れていく。

 

 激しい出血と激痛に意識が吹っ飛びそうになると、子供のころ貴族に足を踏みつけられて骨折したことを思い出した。


 あのときも、こんな痛みがした。肉体も心も傷ついて、ずっと泣いていた。


 あの痛みを二度と味わいたくないから、やつらより強くなってやろうと思った。いつか貴族は皆殺しにしてやろうと決意した。


 だから、兄のラルフと、ギルドマスターのゼンじいさんと、転移してきたシンジが、歯がゆかった。義賊をやって貧民を助けるばかりで、貴族を殺しにいかないからだ。


 それに貧乏生活が長かったから、盗んできたお金を自分のために使えないことも不満だった。同年代の女の子がおしゃれに着飾って男の子たちと遊んでいるのに、自分は盗賊ギルドのメンバーとして地味な働きをしてロクに恋愛を知らないことがバカなことに思えてきた。


 シンジに誘われて、東京シティで制服デートなるものをしたとき、地球の若い女の子たちの青春っぷりに憧れた。

 

 ――でも、本当に大切なことは身近にあった。


 兄との幸せな日々だった。義賊チームと日常を楽しむことだった。シンジと甘酸っぱい青春を過ごすことだった。


 失ってはじめてわかることがある。月並みな言葉だ。しかし兄を射殺してしまってからは、滝のように涙を流すほど言葉の意味を理解した。


 なんで政治や情報戦や下克上に才能があったんだろうか。いっそ凡人であったなら、こんな最悪の結末にたどりつくこともなかったろうに。


「おしまいねエミリア。あなたのこと、本当に気に入ってたのよ」


 鷹揚に微笑んだヴァネッサがフリーズの魔術を発動――針みたいな氷柱が何十本と生えてきて、倒れていたエミリアの背中から腹部へかけて貫通した。


 内臓と血管を貫かれたばかりか、身体の内側から凍らされていく。


 あぁ、寒いなぁ。


 撃たれた兄は、こんな気持ちだったんだろうか。


 エミリアの意識が遠のいていくと、なぜかヴァネッサが帝都の防壁に叩きつけられていた。


 シンジが帝都まで飛んできて、彼女を攻撃しているのだ。


 親しかったころのように助けにきたわけじゃないらしい。彼の手はこちらにも向けられた。


 彼の目は、人間じゃなくなっていた。この世界の理を超越した化け物だ。はたして人間の言葉が届くんだろうか。


 防壁にめり込んでいたヴァネッサが、紫色の髪を振り乱しながら、シンジにウインクした。


「シンジくーん。ようやく一騎打ちできそうね?」

「死ね」

「あら、つれないわ――――あれ」


 ヴァネッサの身体が、さらさら崩れていく。魔術障壁は維持されたままだった。どうやら防御を錬金術が貫通して直接肉体を分解したらしい。


「うそ、うそ、うそ。まだぜんぜん楽しんでないのに」


 狼狽するヴァネッサは、手足を失って地面に転がった。ぴくりとも動けない。どうやら肉体からマナが取り除かれてしまったらしく、魔力を練ることすらできないようだ。


「はぁ……いやになっちゃうわ。こんなに実力差が開いちゃうと、興ざめよ」

 

 シンジはひゅーっと遠くの空へ飛んでいった。なんでヴァネッサにトドメをささなかったんだろうか?


 というか、さっきなんでこちらに手を向けたのか? あれはなにか攻撃したんじゃなかったのか?


 なにか? こうげき 手 てってなんだろう。


 あ、あ、ヴぁねっさ、おいしそう


 ヴぁねっさ

 

 ヴぁ


 がぶがぶがぶ ヴぁ おいしい


 ●      ●      ●


 賞金稼ぎたちの集団は一時解散となった。世界地図が変化したので、普段自分が生活する圏内の安定を図るために地元へ戻ったのだ。


 もちろん一部の賞金稼ぎは継続してシンジを追うことになり、異世界梁山泊のメンバーが加わって、シンジ討伐軍を結成した。


 その討伐軍が、シンジを追って帝都に到着すると、むごいもの見た。


 ゾンビとなったエミリアが、手足を失ったヴァネッサを生きたまま食っているのだ。


 ヴァネッサは悲鳴をあげてもがくが、ついに首筋を噛み切られて絶命した。ゾンビに殺されるとゾンビになる。錬金術を逆操作した術者の呪いが伝染してしまうのだ。


 ヴァネッサは芋虫みたいにうごめくゾンビになっていた。


 エミリアとヴァネッサのゾンビコンビは、さらなる餌を求めて、東征へ擦り寄ってきた。


 かつて王制を倒すことで栄華を誇った女狐たちも、ほんのすこし力学が変化するだけで無残な死に様をさらすことになる。


 力とは、権力とは、集団とは、社会とは。人間が生きているかぎり、疑問は消えないのかもしれない。


「なにが錬金術だ。死者を愚弄するだけじゃねぇか」


 東征は50口径を抜くと、二発撃った。大口径弾は二つの頭部を綺麗に砕いて、女狐ゾンビコンビをあの世へ送った。


 帝都から使者がやってきて、エミリアとヴァネッサの死体を確認して、議会が激動する。彼女たちを打ち倒したのはシンジでも東征でもない。政治だ。


 東征は冷ややかな気持ちになりながら、グスタボにたずねた。


「おいグスタボ。シンジのやつ、どこへいったと思う?」

「追うのは容易だろう。もはやインビジブルで姿を隠さなくなっているからな」


 各地のドローンや監視カメラにシンジの飛んでいく方角が映っていた。日本列島の上空を通過して、太平洋側へ抜けていったようだ。従来の世界地図なら海ばかりが広がっていて、そのまま進めばカナダに到着しただろう。

 

 だが異世界とくっついて元の姿を取り戻した新世界には、キラキラ光る大陸があった。アメリカの監視衛星が地表を撮影していて、インターネットに画像をアップしていた。


 未知の文明を持つ大陸だ。人間の住んでいる痕跡はないが、建築物はあった。小型ボートでアメリカ海兵隊が上陸しようとしたが、謎の陽炎に阻まれて進めない。爆薬や砲撃でも破壊できなかった。威力が足りないのではなく爆発力が吸収されてしまうのだ。


 陽炎――魔法大学の古井戸でシンジが閉じこめられていた陽炎にそっくりであった。


「東征さん。これ、わたしたちの出番ですよ」


 華舞が名探偵みたいに鼻高々となっていた。


「なんでお前が偉そうにするかね」

「だって世界の命運におもいっきり関わりそうな雰囲気じゃないですか。普通に賞金稼ぎやってたらお目にかかれないですからね」


 世界の命運――タラバザール帝国議会は、シンジ討伐を正式決定して、数十名の勇猛果敢な兵士を派兵することになった。彼らも東征たちのシンジ討伐軍に合流すると、107名。亡くなったラルフを含めれば108名である。


 さらに現段階で錬金術ジャミング装置を量産できた数も、ロシア研究所で最初に組んだプロトタイプを含めて108個。


 かつての異世界梁山泊というネーミングは、未来を暗示していたらしい。シンジ討伐軍を率いるのは東征である。地球人なのだ、異世界梁山泊を結成したシンジと同じく。


 東征がリーダーになった理由は【異世界と地球が融合してしまったので、両方の世界に詳しく、かつシンジ・ムラカミを追い続けた人。信頼できる人物ならなお可】であった。断る理由はなかった。深くて長い因縁があったからだ。


 すべては東京シティの朝焼けの倉庫から始まった。麻薬取引の偽情報でおびき寄せたラルフを仕留め損なったから、歯車がかみ合ったのだ。もしラルフを狩って賞金を受け取っていたら、まったく違う未来になっていただろう。


 だが“もしも”を考えたところで時間は巻き戻らない。ラルフは生き返らないし、シンジは暴走したままだ。


 決着のときである。


 シンジ討伐軍には複数の魔法使いが在籍するので、フライの魔法で107名が浮遊すると、未知の大陸へ飛んでいく。


 新世界となった地球の気候は荒れていた。本来の姿を取り戻したということは、海が減って大陸の面積が増えたので、気流の流れが激変したのである。まるで台風のように風が吹き荒れていて、軒並み航空便は休止になっていた。自前の翼を持つ鳥たちですら飛ぶのを控えるほど風が強かった。

 

 だがフライの魔法なら気象条件が荒くとも飛べるため、シンジ討伐軍が曇天の空を支配者のごとく飛んでいく。


 二時間ほど飛んだところで、ついに未知の大陸が見えてきた。


 2070年の東京シティより高度な文明が広がっていた。素材の組み合わせなんて無視した色使いで、金と銀がふんだんに使われている。建物は風雨を避けるためではなく景観を意識して作られているようだ。


 こんなにも常識外れの文明だったら、大陸ごと宇宙へ飛び出していっても驚かないだろう。


 シンジ討伐軍は、フライの魔法を操って未知の大陸へ近づいた。付近の海面が荒れているため、アメリカ海兵隊は撤退していた。陽炎は海水の浸入すら拒んでいて、隙間がいっさいない。


 だが亡くなったはずの岩坂都知事が、半透明の姿で陽炎の内側から出てきた。


『ついに世界は元の形を取り戻した。お前たちが手伝ってくれれば、タラバザールとハテプトが開戦する前に達成できたのだがな』


 たしかに世界が元の姿に戻ることで、タラバザールとハテプトは戦争を中断した。どうやら岩坂都知事は、ずいぶん先の流れまで読めていたようだ。もしかしたらグスタボは政治力学の先読みに関しては岩坂都知事に負けていたのかもしれない。


「その前に、なんで都知事は半透明なんだ?」

『アトランティスが死者の魂を保存する器だからだ。それこそが異世界転移と転生が起きた原因でもある』

 

 この大陸が噂の超古代文明アトランティスだったのか。


 先代学長でもあるグスタボが唸った。


「地球と異世界が分離しようとも、死者の魂を保存する器だけは共通のままだったから、死んだときに反対側の世界へ飛ばされることがあったのか」

『そういうことだよ先代の学長。そしてシンジは、ここを破壊するつもりだ。自分が異世界転移なんてやらなければ、ラルフが死ぬことはなかったと考えてな』

「……アトランティスが壊れたらどうなる?」

『わからない。誰もやったことがないからな』


 このままだとインテリ話が長引きそうだったから、東征が話を引き継いだ。


「シンジは俺たちが殺す。だがアトランティスはどうなんだ? 壊してもいいような気がするんだよな」

『お前が決めろ。私はあくまで死者だ。現世に対する決定権はない』

「俺が決めていいのか? たかが賞金稼ぎだぜ」

『地球と異世界はくっついた。次元連結トンネルはもうない。賞金稼ぎは現存する賞金首を狩ったら、役目を終えて自然消滅する』


 法律の適応範囲が自分の世界に限定されていたから、異世界へ逃げる犯罪者に対処するため賞金稼ぎが必要になった。だが二つの世界がくっついてしまえば、すべての犯罪者は警官で対処できるわけだ。


 もはや賞金稼ぎなんて仕事は廃業が決まっていた。


「最後の大仕事ってわけか。あんたの生み出した職業のな」

『あとはお前たちの判断にゆだねる』


 陽炎の一部が解除されて、入り口となった。


 シンジ討伐軍がアトランティスへ上陸すると、ふたたび陽炎が閉ざされて退路が消えた。アメリカ海兵隊みたいな邪魔者を入れないためだろう。

 

「なぁ都知事。シンジを古井戸に閉じ込めてたの、この陽炎だよな。いったいどういう原理なんだ?」

『錬金術を魔法機械で再現したものだ。たとえ攻撃されようとも触れてきたものを陽炎に変換してしまうし、擬似生命でもあるから錬金術の逆操作ができないと突破できない』

「今のシンジは逆操作ができるから、突破して内部に入ったってことか」


 アトランティスで一番巨大な建物の奥から、シンジの歌声が聞こえていた。どこか調子の外れた歌だ。うまいかヘタかではなく、狂っていた。


 シンジ討伐軍は、シンジの狂った歌声を聴いたらちょっとした恐慌状態に陥った。顔色からなんとなく察した。ゾンビになりたくないのだ。だから彼らを落ち着かせるために高らかに“詠った”。


「大丈夫だ。俺たちにはジャミング装置がある。こいつが途切れなければ、ゾンビにならない」


 東征がラジオみたいな錬金術ジャミング装置を掲げて強気な発言をすれば、メンバーは勇気を取り戻した。詠ったかいがあったのだ。


「東征。お前がリーダーでよかった」


 グスタボが褒め殺してきた。


「やめろやめろ。俺たちは勇者様ご一行じゃないんだぜ。あのバカを倒したら、いつもの生活に戻るんだ。もっとクールにいこうぜ」


 すると華舞がくすくす笑った。


「そういうところが勇者っぽいですね」

「グスタボとチームを組むときにも語ったろ。どうせ死ぬときは死ぬってな。そうすりゃ覚悟も決まるってもんだぜ」


 東征が言い切ったら、ここまでついてきてしまったユーリまで、からから笑った。


「勇者ですよ、東征さんは。ここにいる誰よりも器用貧乏なのに、他の誰よりも信頼されているんですから」


 知識やドローンの操作や魔法で考えればグスタボが優れていた。格闘やすばやい移動なら華舞だ。他のメンバーにも優れた長所を持った人間がたくさんいる。


 東征みたいな話術が得意なだけで、ガンマンとしてはそこそこみたいなやつが、世界の命運を握ってしまっているのが、なにかの間違いなのだ。


 なにかの間違いとはいえ、責任はあるだろう。運命も因果も繋がっていた。


「よし、さっさとシンジをぶったおして、酒場でいっぱいやろうぜ」


 討伐軍はアトランティスの最奥部目指して歩き出した。最後の戦いのために。

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