36話 開戦 異世界と地球、真の姿へ
東征チームは、旧王都を再訪した。遊びにきたわけじゃない。働きにきたのだ。
かつてタラバザールの中心だった都市は寂れていた。城は瓦礫の山となっていて、撤去すらされていない。貴族たちの屋敷は略奪されていて、窓が割れて雑草が生えていた。魔法大学からローブを着た人間がいなくなっていて、普通の大学生たちが魔法と科学を学んでいた。
だが芸人だけは以前と変わらず活発に活動していて、そこそこの観客を相手に技を披露していた。これからの旧王都は芸能の街としてやり直していくのかもしれない。
そんな芸能広場に、大勢の賞金稼ぎが集まっていた。商売の匂いを感じて、弾薬・燃料・予備パーツの業者たちも集まっている。地球と異世界の露天商たちも集まっていて、ちょっとした武器市場みたいな有様であった。
「みんなもわかっているとおり、シンジ・ムラカミの報酬は参加した賞金稼ぎ全員で山分けになった。戦費は地球と異世界の権力者たちが出してくれるが、必ず殺せとのお達しだ」
と語ったのは、公衆酒場で有名な“まとめ屋”だ。悪口ではなくて、賞金稼ぎみたいな普段バラバラに行動しているやつらが、どうしても集団行動しなければならないときに活躍する隙間産業である。宴会や行楽のまとめもやっているので、地味に重宝されていた。
ただし戦闘の指揮は難しいので、いざ戦闘する段階になったらシンジに詳しい東征が指示を出す。
まとめ屋が報酬や戦費に関する規定をすべて説明したので、東征は錬金術ジャミング装置を掲げた。
「すでにシンジ・ムラカミの秘密が錬金術っていうヤバイモノなのは知れ渡ったな? そして錬金術ジャミング装置も緊急量産されて、みんなの手元にある。恐れることはどこにもないってことだ」
みんながラジオみたいな錬金術ジャミング装置を持っていた。もはやシンジは無敵でもなんでもなく、本当の意味で狩れる対象になったのだ。
この装置が完成するまでは、シンジを狩りにいこうとする賞金稼ぎが減少傾向にあった。無敵っぷりが知れ渡るようになってきたので、どれだけ高額賞金だろうと我が身が優先となったわけである。
だが無敵の意味が解明されたなら、高額賞金は魅力となった。賞金稼ぎたちは珍しく手を組み、報酬を山分けすることになった。
今日まで長い道のりだった。東征も当初は賞金だけが目的だった。だが今となっては賞金稼ぎというより、一個人としてケジメをつけなければならないと感じていた。
シンジはもう止まらない。人類の敵になってしまった。たとえ目の前にあるすべてを焼きつくしても、怒りが鎮まることがないのだ。
まとめ屋が北を指差した。
「旧王都を北上すると、雪に閉ざされた寒村がある。そこが要塞化されて、ハテプト共和国との開戦に備えている。異世界梁山泊からしたら反乱のチャンスだ。絶対にシンジ・ムラカミは出てくるぞ。念押ししておくが報酬は山分け。武器は持ったな? ジャミング装置は持ったな? では出発」
賞金稼ぎと商人たちは、各自の車両に分譲すると、暴走族みたいに北上した。道路が舗装されていないから砂煙が舞う。燃料の心配はしなくていい。戦費として地球と異世界の権力者たちが資金援助してくれたからだ。よっぽどシンジを殺してほしいらしい。
「いいんだなグスタボ。俺たちは戦争に介入しないんだぜ」
東征は、助手席の相棒へ最後の確認をした。賞金稼ぎは戦争に参加するのではなく、どさくさにまぎれてシンジだけを暗殺する。たとえ戦争が原因でタラバザールが消滅するとしても、介入しない。
もしかしたら難民の避難を手伝うことはあるかもしれないが、一兵士として敵軍と戦うことはない。地球人には大義も権利もないのだから、どちらにもついてはいけないのだ。
「オレは、どこまでいっても転生した地球人だ。いまさらタラバザールの民みたいに振舞うわけにはいかない」
「グスタボはオッケー。なら地元のオジサンは?」
「もしその気になったらシンジ・ムラカミを倒してから義勇兵として参加するよ。みんなに迷惑をかけないようにね」
「オジサンもオッケー。なら華舞は……」
華舞はユーリの手を握って、ふんふんっと性的に鼻息を荒くしていた。こいつはもういい。放置しておこう。それよりユーリだ。
「なんでユーリもついてきたんだ?」
「賞金稼ぎの集団を隠れ蓑にするのが、もっとも安全だと思ったからです」
「華舞が危険だな。いろんな意味で」
「彼女に守ってもらうかわりに、手を握ることを許可しました」
だから華舞はぐへへと変態みたいな笑みを浮かべているわけか。やっぱり放置しておこう。
だんだんと車窓に映る風景に雪が増えてきた。いよいよ最後の戦いが始まるのだ。
最後で思い出すことがあった。
「なぁグスタボ。ロシアの研究所で、岩坂都知事がなにをやろうとしたのかわかったって言ってなかったか?」
「そうだな。そろそろ話したほうがいい内容になってきたな」
グスタボが具体的に話そうとした。
だが、とつじょ世界に光が満ちた。太陽のような暗闇を照らすものではなく、雲海を吹き飛ばして山の正体を明かすような波長であった。
てっきり前線が動いて戦争の兵器か強烈な魔法が炸裂したのかと思った。
だが前線は硬直したまま動いていない。
オジサンが、杖を天に向けた。
「元の形に戻ろうとしているんだ。地球と異世界が」
そんなバカなと思った。冷静に状況を考えようとしたが、世界に満ちた光のせいで、前線に悪影響が出た。謎の光が敵の発砲だと思った兵士が、火器をぶっ放したのだ。まるで小さな傷からダムが決壊するように、数発だった銃声が、あっという間に土砂降りの雨みたいに鳴り響いた。
開戦である。
それぞれの陣地に並べられた複数の榴弾砲が、敵の陣地めがけて砲撃開始。さらに迫撃砲まで動き出して、進軍してくる歩兵集団へ分散型の榴弾がばら撒かれた。
たった一発でも大量の人間がパンを千切るように砕けた。それが何十発と降りそそげば、あっというまに地獄絵図だ。命からがら砲撃をくぐりぬけても、敵の陣地にセットされた機関銃で打ち倒される。どちらの軍に所属していようと歩兵に救いがなかった。
魔法使いたちも得意な範囲攻撃で活躍しようとした。だが魔法を発動するとピカリと光るため、高台に潜んでいた狙撃手に頭を撃ち抜かれて死んでしまった。やがて魔法は要所でしか使われなくなり、火薬の弾ける音が主役となっていく。
ついに両軍ともに戦車が登場して、キャタピラーと戦車砲で一進一退の攻防を繰り広げる。まるで命を使った押し合いだ。
命――寒村の住民たちも、領土を守っていた帝国兵士たちも、そしてハテプト共和国の分厚いコートを着た軍人たちも――撃っているのも、撃たれているのも、東征の顔見知りだった。
どちらにも言葉を使って交渉して、軍拡競争はやめようと訴えた。両軍ともに負けん気はあったかもしれないが、大規模な戦争は望んでいなかった。
だが、凄惨な殺し合いに発展していた。
見渡すかぎりの死体。おびただしい数の損壊。重傷の兵士が瀕死の兵士を殺して、自らも出血多量で死んでいく。時々攻撃魔法や魔術が発動して懐かしい死体を作り出す。あきらかに魔法の生み出す死体の量より、地球の兵器が生み出す死体の量が上回っていた。それも圧倒的に。
戦争の風景を監視する地球と異世界の権力者たちの反応は、正反対であった。
地球の権力者は、こんなものかと思っていた。兵器の運用が第一次世界大戦レベルだからだ。
だが異世界の権力者は、恐怖していた。長年馬と弓矢で戦ってきた人たちが、初めて戦車と長距離砲撃で戦ったら、想像していたよりも過激ですばやく死体が増えていくからだ。
もし地球と異世界の権力者に共通することがあるとしたら、現場の命を軽く扱っていることだった。タラバザールとハテプトの最前線が、上層部に不信感を持ったあたりで――強烈な魔力が戦場に満ちた。
一人の元地球人が戦場の上空に浮かんでいた。
人類の敵になったシンジである。禍々しい形相だ。額や顎の皺が木の年輪みたいに深く刻まれて、取り返しがつかないほどの怒りを燃やしているのが伝わってきた。
彼は、異世界梁山泊のメンバーを連れていなかった。
いつものような魔法や魔術ではなく、ふわっと右手を振った。
いきなり戦場の死体が起き上がった。タラバザール所属の死体か、ハテプト所属の死体か、そんなこと関係なくゾンビのように動きだす。地響きみたいな呻き声をもらしながら、腐ったヨダれをたらして、生きている人間に見境なく噛みついた。
噛みつかれて死んでしまうと、その死体までゾンビになって蠢く。
戦場の風景が変化しつつあった。タラバザール軍も、ハテプト軍も、敵の兵士を殺すよりゾンビを処理することにリソースを奪われていた。
「なんだあれは、おいグスタボ!」
東征は双眼鏡を持つ手が震えていた。まさかホラーを見ることになるとは思っていなかったのだ。
「……錬金術で他人の生命を操作できるようになったらしいな」
グスタボが双眼鏡を強く握り締めた。
「ついに岩坂都知事の予言どおりになっちまったのか……」
戦場を混乱させたシンジだが、きょろきょろと上空から標的を探していた。誰の目にも明らか――エミリアとヴァネッサだ。
しかし、彼女たちは戦場にいなかった。エミリアはともかく、ヴァネッサまでいない。あの戦闘狂が前線に出てこないのはおかしかった。裏でなにかが起きているらしい。
だが裏でなにかが起きているのは人間だけではなく、世界もだった。
また光が満ちた。その数十秒後に再び光った。光の発生する間隔が狭まっているようだ。
どくん、どくん。まるで惑星が鳴動するようだった。
ついに視界を埋めつくすほどに発光の間隔が狭くなって、キーンっと耳鳴りが鳴った。まるで次元連結トンネルを通り抜けたときみたいな不協和音。
戦場の近くにいた誰もが目を閉じて耳を押さえたところで、光と音が消えた。
空気が悪くなっていた。臭いも増えていた。マナは満ちたままだった――なぜかタラバザールとハテプトは日本海に存在する列島になっていた。
サイボーグたちの座標データが狂ってしまって、なぜか頭上を飛んでいる衛星から正確な地図データをダウンロードするのだが、やっぱり狂ったままだった。
だが東征チームだけは、意味を理解した。
地球と異世界は融合して、元の姿を取り戻したのである。
ハテプト共和国の、タバコを吸っている将軍が、全軍に停戦命令を出した。
「国境がめちゃくちゃだ。こんな状況で戦争などできるものか」
同じタイミングでタラバザール帝国の前線も撤退を始めていた。
なぜならタラバザールとハテプトが存在する列島の左に中国、左上にロシア、右に日本――東アジアの火薬庫のど真ん中に出現してしまったのだ。
このままドンパチを続けると、周辺国家を刺激してしまい、最悪核ミサイルを撃ちこまれる。かつて異世界と呼ばれていた空間の国家は、地球上のパワーバランスに組みこまれて、大金と戦略兵器の外交をやらなければならなくなっていた。
それだけ環境が激変したにも関わらず、シンジはゾンビたちを操ると、エミリアとヴァネッサを捜し求めた。
彼は、完全に壊れていた。社会や国家に関心はなく、ただひたすらラルフの敵討ちだけを願っていた。
所属不明の駿馬が東征たちのところへ走ってきた。またがっているのは戦士ギルドのマスター・アレクであった。
「お前たちに頼みがある」
「シンジを殺してほしいんだろ」
「…………彼はもう、人間ではなくなった。エミリアとヴァネッサを権力から排除した帝国政府も、異世界梁山泊に和睦を申し出てきた。我々はこれからガタガタになった国家を建て直さなければならない」
どうやらエミリアとヴァネッサが前線に出てこなかったのは、帝都でクーデーターが発生して権力から転げ落ちたかららしい。




