35話 錬金術ジャミング装置/シンジ・ムラカミの終わりの始まり
「これでシンジを殺せる……!」
エミリアが宝石を手にした俗物みたいな顔をした。
東征が問答無用で撃とうとしたら、ロシアの研究員が人質にとられた。エミリアのショットガンの銃口が二重顎の下に突きつけられている。
「完全に悪役だぜ、女狐さんよ」
「うるさい」
「ずっと思ってたんだよ。お前議員になったんだよな? なんで自分から前線に出てくるんだ」
「だまれ!」
「信頼されてないんだろ。部下にも派閥にも誰にも。一度裏切ったやつは何度でも裏切るからな」
「こいつを殺されたいの!」
ぐいっと銃口が研究員の喉仏にえぐりこんで、ぐえっとカエルを潰したような声を発した。
図星だったのである。魔術師ギルドのマスター・ヴァネッサは、なんだかんだで部下から信頼されている。ああいう唯我独尊な生き様のやつらが集まったのが魔術師ギルドだから、快楽のために前線に出てシンジと戦っても自然なのだ。
しかし盗賊ギルドは、ゼンじいさんの擬似家族のやり方でまとまっていた。それを裏切りと下克上で破壊してしまったなら、次に誰がギルドマスターになろうとまとめるのは不可能だ。
もし盗賊ギルドを立て直したいなら、リセットするしかないのである。
「錬金術のジャミング装置は俺たちに作ってもらったやつだぜ。それを奪うっていうなら、死んでもらうしかねぇな」
50口径の拳銃を構えたまま、じっと隙をうかがう。研究員を救出するのは華舞に任せる。格闘攻撃が人質救出に適しているからだ。
だが、さらに乱入者――テレポートの揺らぎが無数に発生して、梁山泊のメンバーたちが出現した。
「まさかラルフを尾行する日がくるとは思わなかったよ」
シンジが目と鼻を赤くしていた。どうやらラルフを疑った自らを信じられないらしい。
「シンジこそ、おれを尾行するなんてひどいじゃないか」
ラルフも傷ついていた。だが罪悪感が上回っているらしく、じっとうつむいている。
かつての縁者たちが一挙に集まったことは、図星を突かれて感情的になっているエミリアの前では、刺激が強すぎた。
なんの予備動作もなしに、ジャミング装置を起動した。
ぶぅんっとラジオみたいなスピーカーから振動波が広がると、シンジがガクっと膝をついて、ごほっと咳きこんだ。
「これは……錬金術が停止した……?」
かくかくっと間接から力が抜けて、生まれたばかりの牡鹿みたいに立つことすら困難になっている。どうやら肉体を維持するのに錬金術を応用していたらしい。
エミリアが人質から銃口を離して、シンジに向けた。迷いがない。殺す気だ。
「さようなら、かつて愛した人」
がんっと発砲。エンチャントで貫通力を強化された散弾が、動けなくなったシンジを狙う。真っ赤な薬きょうが別れの口づけのように地面を叩いた。
だが倒れたのはシンジではなかった。
ラルフが、ぽっかり大きな穴の空いた腹部をおさえて、仰向けに倒れた――シンジをかばったのである。
「ラルフ!」
ようやく肉体の制御を取り戻したシンジが、瀕死のラルフに駆けよった。
「しんじ……えみりあ……どうして、おれたちは……」
こぽこぽと口と腹部から血の泡があふれて、どんどん体温が下がっていく。
「ラルフ、尾行して本当に悪かった。僕がどうかしてた。僕がどうかしてたんだよ」
シンジは、まるで懺悔するように、ぎゅっと両手を重ねていた。
「しんじ……おれこそ、おまえをうたがってわるかった」
「死なないでくれ。頼むから、死なないで」
「えみりあ。もとのやさしいおまえに、もどって、く……」
ラルフは、遠くの妹へ向けて血に染まった手を伸ばした。
だが届くことはなく、がくりと力を失った。
シンジが発狂した。ジャミング装置で押さえつけていたはずの錬金術が解放されて、エミリアが吹っ飛んでいく。
「お兄ちゃん、どうして……」
地面に転がったエミリアは、己の肩を抱きしめて、凍えていた。大切に育ててくれた兄を撃ってしまったことの意味に気づいたんだろう。
「エミリア。よくもラルフを殺したな、よくも」
シンジが、ゆらりゆらりとエミリアへ近づいていく。悪魔の顔をしていた。もう誰にも止められない破壊の権化だ。彼は、人類の敵になってしまったのだ。
「あなたを殺そうとしたの。お兄ちゃんは、違うの」
「違うってなんだよ! 撃ったじゃないか!」
「ヴァネッサ……ヴァネッサに話を」
真っ青になったエミリアはテレポートで逃げ出した。もう彼女はダメだろう。盗賊ギルドは崩壊したも同然だ。
つまり帝国政府は魔術師ギルドのヴァネッサという戦闘狂に権力が集中するわけだが、国政を放棄するか、戦争するかの二択しか残されていなかった。
タラバザールの未来は真っ暗であった。
東征は、亡くなったラルフのまぶたを閉ざしてやった。
「シンジ。まだ異世界梁山泊を続けるのか?」
「僕は世界で一番大事な友達を失ったんだ!」
ラルフの遺体だが、シンジと一緒にやってきていた戦士ギルドのマスター・アレクが抱き上げた。
「ボス。撤退だ。こういう日は戦っちゃいけない」
シンジもうなずいて、テレポートの魔法で研究所から消えた。
● ● ●
シンジは異世界梁山泊の本拠地へ戻ると、抜け殻になっていた。もはや涙も枯れはてていた。
異世界転移して、一番最初に会った人間がラルフだ。生活のお世話までしてくれた。仲間になってからは義賊としてタラバザールを冒険した。色々なモノを盗んで、飢えた人たちに分け与えてきた。充実した日々だった。
地球で高校生をやっていたときは、ぜんぜん集団行動になじめなくて、友達なんて一人もできなかった。でもラルフとはなんだって話せたし、なんだって一緒にやれた。
彼との楽しい人生は、ずっと続くと思っていた。
でもさっき終わってしまった。
どこで間違えたんだろうか。どうにかしてやり直せないだろうか。時間を巻き戻せないのか?
「シンジ・ムラカミ。あなたは岐路に立っています」
占い師が目の前に立っていた。年齢の読めない表情が、能面のように張りついている。
「……お前は、どこまで見えているんだ?」
「もうすぐ見えなくなります。わたしが死ぬことで」
彼女は錬金術で肉体を維持している。もしさきほどのジャミング装置をぶつけられたら、4000年の寿命が押しよせてきて、一瞬で死ぬ。
「もうすぐ……か。お前の見ている未来でエミリアは生きてるか、死んでるか?」
「エミリアさんとヴァネッサさんの生死が判明するまえに、わたしは死にます」
占い師が悲しい目をしていた。
戦士ギルドのマスター、アレクがやってきた。
「ボス。帝都の様子がおかしい」
おかしいもなにも、ラルフを殺してしまったことでエミリアが壊れたのだ。もはや盗賊ギルドは権力を失い、魔術師ギルドに政府のすべてを持っていかれたろう。
だが逆に考えれば、チャンスだった。帝国政府を叩き潰すチャンスなのだ。やつらを壊す。残骸一つ残さず破壊しつくすのだ。瓦礫だろうと人間だろうと家畜だろうとなんだって消滅させる。
ぐらぐらと煮えたつ怒りの炎が、抜け殻となっていたシンジを立ち上がらせた。
しかし占い師が立ちふさがった。
「シンジ・ムラカミ、あなたは間違っています」
カっとなった。今のシンジにとって、苦言ですら許せないほどの妨害に感じられた。
気づいたら――占い師の額に手を触れて、彼女の錬金術を逆操作していた。
ぱらぱらぱらぱらっと占い師の身体が砂浜に作られた砂の城みたいに崩れ落ちていく。錬金術で維持されていた4000年の時間が、細胞を老化させているのだ。
彼女の肉体を維持していた錬金術を逆操作すれば、二輪車が走行するのを中断したように倒れるわけだ。
「…………わたしをころしてくれて、ありがとう……」
わたしをころしてくれてありがとう?
砂となって消えた彼女のセリフの意味を思案した。そんなに長生きするのがイヤなら、なんで自ら錬金術を解除して死ななかったのか?
だがシンジは、自らの肉体の変化から彼女の運命を理解した。
錬金術を解除することができないのだ。まるで能力が暴走するかのように、錬金術が勝手に肉体を全盛期へ修復してしまう。ついさきほどまでは錬金術を弱めることができたのに、今は出力全開で止められなくなっていた。
占い師は、まさに死ねなかったのだ。自分と同じく他人の生命に干渉できる錬金術の使い手に出会うまで。
錬金術の逆操作――それが他人の生命に干渉する秘訣だった。これまでシンジが使ってきた錬金術は自分の肉体と無機物にしか干渉できなかった。だから古井戸の地下から脱出することができなかった。あの陽炎は擬似生命だったからだ。
てっきり他人の生命に干渉できないのは、力量が足りないのかと思っていたが、逆操作の発想がなかったからだった。
しかも逆操作の発想は錬金術にたどりつく過程にわずかなヒントがあった。そもそも錬金術が使えるようになったのは、膨大な魔力量で魔力式の不備を補うようになり、魔法と魔術の両方を操れるようになったところだ。
もし魔法と魔術を同時に発動したらどうなるのか? どうやったら同時に発動できるのか? やがて古代魔法という接着剤にたどりつき、錬金術を操れるようになった。
そう、古代魔法によって接着したのだから、古代魔法を起点にして逆操作することで別の現象が起きることに気づけばよかったのだ。まさに錬金術はヨーロッパの文献にもあるように解き明かす課程そのものに真理が含まれていた。
呪いと真理――ついにシンジは他人の生命すら素粒子レベルでいじれるようになっていた。だが自分自身の意思では錬金術を解除できなくなった。
不死身のチート魔術師の誕生である。彼女と同じように怪我をしようと年を重ねようと全盛期の姿のまま生き続けることになる。
呪われたついでに、試したいことがあった。他人の生命を操作できるなら――死んだ人間を生き帰すこともできるのではないか?
異世界梁山泊の本拠地に作られたラルフの墓に手を触れて、土に埋められた彼の死体を感じると、生きていたときと同じ状態へ再構築した。
ぱーっと七色の光が満ちて、墓の底からずどんっとエルフの手が伸びた。ラルフの手だ。
シンジは狂喜して、友達の手を握った。
ちょっとひんやりしているし、皮膚が腐っていた。錬金術の調整を間違えたのだろうか?
やがて、ずぶりずぶりと土を掘り返して出てきたのは、ラルフの顔をした化け物だった。
あーっと低い声で唸る。これではまるで映画のゾンビではないか。
しかしシンジは――ゾンビだろうと友達と思った。ぎゅっと抱きしめた。腐敗臭がする。しかしラルフだ。友達なんだ。
ゾンビとなったラルフは、シンジの首筋に噛みつこうとした。
がんっと頭が吹っ飛ぶ。メイスで殴り壊されたのだ。それを実行した戦士ギルドのマスター・アレクが一喝した。
「目を覚ませ! ボスがやってることは逃避だぞ!」
他の誰かがいったら怒りを買ったのかもしれない。だが実直なアレクがいったことで、シンジの心は冷や水をぶっかけられたみたいに正気へ戻った。
「ラルフ……ラルフゥ……」
ぐすぐすと泣きべそをかく。いくら錬金術で他人の生命に干渉できるようになっても、大事な友達を生き帰すこともできない。
こんな力、どれだけあっても無意味なのではないか?
めそめそと落ちこんでいたら、心の内側で戦闘狂の自分が訴えてきた。
――無意味なんてことはないだろう。せっかく他人の生命に干渉できるようになったんだから、これまで勝てなかったヴァネッサだって殺せるに違いない。
そうだ。エミリアだって逃がすつもりはない。まずはあの二人を殺さないと。
運命のように異世界梁山泊に斥候から知らせが入った。
「伝令です! タラバザールとハテプトの国境線に両軍が集まっています!」
戦争だ。ヴァネッサが動いた。裏を返せば、やつらを暗殺するチャンスだ。




