34話 ロシア魔法研究所
東征&オジサンがハテプト共和国の次元連結トンネルをこえてモスクワ入りしたのと、グスタボ&華舞がチャーター機で空港入りしたのは、ほぼ同時だった。
ロシアの次元連結トンネルは、首都であるモスクワに一件だけ出現していた。東京シティからノウハウは伝授されているらしく、いきなり関所を作るような愚行にはおよんでいなかった。
現在はトンネルの近くに監視カメラと数名の歩哨を置いて人間の出入りを集計しつつ、金になりそうな話があったら政府の要人が介入しているようだ。今後トンネルの数が増えたら東京シティのような混沌がロシアにも広がるかもしれない。
さて東征たちとグスタボたちだが、予定どおり赤の広場で合流していた。
世界遺産に登録されているだけあって、各時代を象徴した銅像とクレムリンの城壁が鮮やかだ。全盛期にくらべたら観光客の数は減ってしまったが、遺産や芸術品が目的の旅人にはまだまだ人気だった。おかげで露天は種類がそろっているようだ。
「ようグスタボ。華舞との旅はどうだった?」
東征はグスタボにたずねた。
「バカが相棒だと疲れる。オジサンと一緒がよかった」
グスタボは本音を隠さなくなってきた。
「ちょっとグスタボさん。いくらなんでも言いすぎじゃないですか?」
華舞はグスタボに慣れてきたらしく、ぶーぶーと大声で文句をいった。
「まぁまぁ、お二人とも落ち着いて」
オジサンは、なんだかんだグスタボに褒められたことが嬉しかったらしい。
そんな“ハートフル”な挨拶が終われば、ユーリの答え合わせがはじまった。
グスタボが連れていたほうが、電子のきらめきを発して、2Dの記録媒体に戻った。
つまり本物のユーリは東征が守っていたほうで、グスタボは偽者を守っていたのである。
ショタコンの華舞が、駄々っ子みたいに地面をごろごろ転がった。
「そんなのダメです! わたしがユーリくんと愛を深めたのが嘘になっちゃうじゃないですか!」
ちなみに本物のユーリだが、ホログラフィの記憶から華舞がどんな愛情表現を行ってきたのか知るなり、ささっと東征の背中に隠れた。
「あの……華舞さん。ごめんなさい。あなたは怖いです」
「そんなこといわないでください! お姉さんはユーリくんを真剣に愛してますから!」
「そういうのが怖いです」
「うえーん!」
失恋した華舞が広場の屋台でピロシキをヤケ食いすると、ユーリが目をぱちくりさせた。
「ここが魔界と称されたロシアの中心街ですか? 思ったより平和ですが……」
どうやら拍子抜けしているらしい。だがロシアの“本番”は日常生活と連続しているのだ。
「もうちょいで魔界が見えてくるぞ。そろそろやつらが賄賂を要求してくるころだ」
いきなり一人の警官が近づいてきて「逮捕するぞ」と無表情で脅してきた。さっさと袖の下を渡したら、すーっと幽霊みたいに立ち去った。もはや悪魔祓いの儀式である。
「……東京シティは市民が汚れていましたが、ここは政府が汚れているんですね」
ユーリが純朴な男の子らしく、げんなりした。
「というかマフィアより政治家が恐ろしいんだ。平和に見えるのは政府と市民の信頼関係が均衡してるからで、バランスが崩れたらあっというまに武力闘争だ。どっちも挨拶みたいに撃つぞ」
ぱんぱんっと乾いた銃声が響いた。政治家の護衛が、さきほどの汚職警官を射殺していた。怒りや恨みや正義感などの感情いっさい抜きで、日常業務の一環として撃ったのだ。おまけに政治家の護衛は、汚職警官の死体から財布を抜き取って懐におさめた。
目撃していた市民たちもさほど関心を持っていないらしく、死体の真横を平然と通りすぎていく。
「魔界だ……」
ユーリが唖然とした魔界へ、とあるエルフの男性がテレポートしてきた。
かつて東征に賞金首として狙われたラルフである。
「東征、東征じゃないか!」
ラルフは駆けよってくるなり、東征の手を力強くにぎった。
「ずいぶん力んでるなラルフ。いやなことでもあったか?」
「お前に話したいことが山ほどあるんだ」
「オーケー。なら研究所へ向かいながら話そう。そろそろアポをとった時間なんだ」
研究所――旧ソ連時代から続けられていた研究が、異世界と繋がった時代で大いに役立っていた。
超能力研究――転じて魔法の研究だ。
「地球人は魔法まで科学で解明する気なのか……」
ラルフがエルフの尖った耳をぴくぴく動かした。
なお細かな事情を解説するのは、先代学長でもあるグスタボだ。
「大元は第二次世界大戦前後に行われていた超能力研究だ。データも機材も魔法を研究するのに最適なものが残っていたから、現在のロシアは魔法を科学で解明する道では最先端だな」
「なんでマナがない世界で超能力を研究しようと思ったんだ?」
「神や霊魂の存在が不可知論のままなら、ミスティックパワーが存在するのではないかと仮定するのが本来の科学的手法だ。まぁ超能力を実証するデータも出なかったら否定するのも科学的手法なのだが」
「さっぱりわからん」
異世界で暮らしてきたエルフにわかるはずがないので、それなりにわかっている東征が引き継いだ。
「どうも地球に超能力やら魔法やらと関わりが深い痕跡が残ってるらしいんだよ。幻の大陸アトランティスが存在してたとか、マチュピチュは空を飛んでたとかさ」
こくこくとラルフが神妙にうなずいた。
「…………実は胡散臭い占い師に、とんでもないことをいわれたんだ。かつて地球と異世界は同じ世界だったけど分裂して、かつての名残が超古代文明だって」
「本当に胡散臭いなオイ」
「だろ。でも、なんだか本当のことをいっているような気がして……真実を知るために、ここにきたんだ」
「占い師の助言でロシアへ?」
「ああ。そうしたら東征がいた。シンジのことを話したかったんだ。おれはどうしたらいいかわからない」
シンジ・ムラカミ。高校生のときに異世界転移したチート魔術師。
現在判明していることは、膨大な魔力量がチート能力で、魔法と魔術を操れて、古代魔法を解き明かしている。毒ガス高熱酸素なしの状況でも死なない。重傷を負ってもなぜかすぐ回復してしまう。
その性格は、義侠心や仁義に口うるさく、裏切りをひどく嫌う。元々集団行動がそこまで得意ではなく、戦闘狂の資質とチート能力をもてあまし気味で、いつ暴走してもおかしくない。
かなり危うい状況だ。
東征はラルフの肩を軽く叩いた。
「あいつな、岩坂都知事を殺すとき、あきらかにおかしかったんだよ。あのタイミングで、あの場所で殺したって意味がないんだ。いっさいの利益がない。なのに感情任せでやっちまった」
「……ゼンじいさんを殺したのがエミリアなのが耐え切れなかったんだと思う」
「ゼンじいさんとは親しかったのか?」
「ゼンじいさんは、義賊チームの原型になる活動をやっていた人で、身寄りのない子供を拾って育てていた。おれとエミリアだって彼にご飯をわけてもらったから餓死してないんだ。なのにエミリアは……」
「下克上って形で恩をあだで返したか……」
そんな裏事情があったのか。だが、部外者である東征には首を突っこむにも限度があった。
たとえばおせっかいをやった結果、実は対立する相手のほうが道義的に正しくて、自分が味方をした相手が悪人だったら、目も当てられないのだ。
もっとも今と同じレベルの情報を持ったまま東京スカイツリー廃墟での騒動に立ち会ったとしても、盗賊ギルドのお家騒動に介入していいものか迷う。
シンジのように異世界へどっぷり浸かって義賊チームに心身を捧げているなら、たとえ地球人であっても介入してもいいと思うのだ。
しかし東征は一介の賞金稼ぎでしかない。
ラルフは、がっくりとうなだれると、とぼとぼ歩いた。
「シンジとエミリアはとても親しかった。まるで恋人みたいに。でも、エミリアが地球で働くようになってから、少しずつ距離が離れていって……最後はこうなった」
「……本当に怖いのは人間の感情だな」
「おれは、昔みたいに仁義に厚くて弱者の味方である盗賊ギルドに戻したい。でもシンジは、エミリアと帝国政府を潰したいばかりで、盗賊ギルドをどうやって立て直すかを考えてないんだ」
ずっと身近で見てきた人間の不満が爆発していた。異世界梁山泊は――いや旧義賊チームは崩壊寸前なのかもしれない。
なんてところで魔法研究所に到着した。
● ● ●
無機質な鉄筋コンクリートの建物が魔方陣を描いた芝生の上にたっていた。敷地は平均的な大学ぐらいあって、ロシアのサイボーグ兵士が警備についていた。全長4メートルの大型警備ロボットも巡回している。ほんのちょっとでも怪しい動きをしたら撃ってくるだろう。
ロシアが誇る最先端の研究施設なのだから、スパイがいたら問答無用で殺すというわけだ。
だから東征チームは、入り口でIDを提示したら、じーっと出迎えを待つ。
やがて白衣を着た禿頭の男性がやってきた。研究員である。
「アポをとっていた稲村東征さんですね。お待ちしておりました」
社交辞令ではなくて、本当に待っていたのだ。研究員の瞳はおもちゃを買ってもらったばかりの男の子みたいにワクワクしていた。
「頼むぜ。こいつがシンジ関連のデータだ」
ヴァネッサとの戦闘もふくめて、これまでシンジが行ってきた戦闘データをすべて研究員に渡した。
一種の取引であった。シンジへの対策を考えてもらう代わりに、彼に関する戦闘データを渡したのだ。事前に受け入れ準備は整っていたので、すぐさまデータの解析が開始された。
魔法大学出身のインテリであるグスタボとオジサンは、興味津々で解析を見守っていた。賢い子供であるユーリも、ちらちらと解析画面を見ている。
なお学のない東征と華舞とラルフは、控え室に用意されていた食事をひたすら食べていた。単純に腹が減っていたというのもある。
「なぁラルフ。無理しないで梁山泊やめてもいいんじゃないか?」
東征はボルシチを食べながらいった。
「しかし、友達は裏切れない」
ラルフもボルシチを食べながら首を左右に振った。
「友達のためにやめるってのもあるんじゃないのか。お前がやめたらシンジだって方針転換を考えるかもしれないし」
「それはありえるかもしれない。だが……シンジを見捨てていくなんて……」
「まぁ……たしかに後味は悪いよなぁ」
ずっと話を聞くだけだった華舞が、パスタのからんだフォークでラルフをさした。
「っていうか、ラルフさんがここにいるってだけで、シンジさん傷つくと思いますよ。ロシアの研究所に渡したデータって、シンジさんの無敵モードを解き明かすためなんですから」
「うっ……それをいわれると……」
「まー、シンジさんにも非難される理由があるっぽいですからねぇ。集団のリーダーになっちゃうと、いろいろ難しくなってくるでしょうし」
「シンジは以前、自分はリーダー向きじゃないといっていた」
「でしょうねぇ。どちらかっていうとラルフさんのほうが向いているっぽいし」
「わからないんだ。おれには集団の機微ってものが」
控え室の外では、インテリたちのインテリな会話が進んでいた。
グスタボが研究員に語りかけた。
「ある程度の推察はついているのだろう?」
「ええ。錬金術と呼ばれるものです」
なぜか壁面ディスプレイにマチュピチュの映像が映された。険しい山の合間に、美しい構造の建物が並んでいた。古代インカの都市といわれているが、実証はされていない。
「こちらが定番の観光都市でもあるマチュピチュですね。さまざまな説がありますが、なぜこんな険しい山にこれほどの都市が残っているかいまだに不明です。しかし地球と異世界がかつて一つの世界だったとしたら、説明がつきます。世界が二つに分裂したとき、取り残されたんでしょう」
「もはや歴史ミステリーではなくSFだな。しかし錬金術とどうつながる?」
「錬金術を分裂させると、魔法と魔術に分裂するんです。そして錬金術は世界軸を担っていたので、軸を分裂させたら世界まで分裂したってわけです。まぁ仮説ですけどね、今のところは」
「どうやってそんな仮説を構築したんだ?」
「古代魔法の研究中です。光学迷彩って古代魔法インビジブルの分析結果が利用されていますからね」
オジサンが額に手を当てて唸った。
「地球はどこまで進むつもりなんだ? このままだと生命の尊厳をおびやかすだろう」
「もうすぐ有人宇宙飛行でアルファケンタウリに到着しますから、生命の定義が変化すると思いますよ」
「なんと! どうやって光の速さの問題をクリアしたんだ? たしかアルファケンタウリまで4光年近くあったろうに」
「次元連結トンネルですよ。あれ、ほとんどワープ理論ですからね。魔力エンジンで次元連結トンネルを生み出せば、1光年を1ヶ月で飛べます。最新情報だと東京シティの岩坂都知事が魔法を応用して作ったらしいじゃないですか。すごいですねぇ、魔法と科学は双子です」
グスタボが乾いた笑みを浮かべた。
「なんてことだ。読めてしまった。亡くなった岩坂都知事がなにをやろうとしていたのか……」
オジサンも似たような笑みを浮かべた。
「私もわかってしまった……どうなるんだ、地球と異世界は……」
まるで運命の鐘が鳴ったように、ぴぴぴっと電子音が鳴って、シンジの戦闘データの解析が終了した。
東征たちも控え室から出てきた。
頃合を見計らって、研究員が結果をよみあげた。
「やっぱり彼の無敵モードは錬金術による物質変換ですね。どんなモノだろうと素粒子レベルで組み替えられるんです。それこそ石ころから金を作れます。もちろん生命だって」
合点がいった。古井戸で捕まっていたとき、周辺の壁が削れていたのは、素材を変換して傷ついた肉体を修復するか、酸素に変換して呼吸していたんだろう。一時的に自分の肉体を組み替えてしまえば、高熱にだって耐えられる。
東征は研究員と握手した。
「あんたらなら対策が出せるとみた」
「もうほとんどできたようなものですね。解析できたんですから」
しかしラルフが頭を抱えた。
「対策ができたからって、シンジを殺すのか……?」
東征はラルフに水を渡した。
「流れによるとしかいいようがない」
嘘偽りない答えだった。たとえ賞金稼ぎではなく、前職である警察官だったとしても同じ言葉を口にしていた。
シンジは、高額の懸賞金がついた賞金首なんて次元で測れる存在ではなくなりつつあった。もし彼が今以上に錬金術を使いこなせるようになり、戦闘狂の資質を暴走させるようなら、人類の敵になったっておかしくないのだ。
シンジ・ムラカミは、人類か否かの境界線に立っていた。
ラルフは水を受け取ると、ぐいぐいぐいっと一気飲みした。
「まいったな。おれはシンジの友達なのに、東征がいった意味がわかるんだよ」
「……一番近くで見てきたからだろ」
「おれは…………どうしたらいんだ……どうしたら」
ラルフが悩む横で、ロシアの研究員は鼻歌を歌いながら機械を組んでいく。大昔のトランジスタラジオにそっくりだった。
グスタボが、やけにゴツいラジオを指でつついた。
「なんだか軍用品みたいな無骨さだな」
「ソフトウェアと頑丈さが大事なんです。錬金術は物質を素粒子に分解して組み替えるんですから、分解の段階でジャミングしてしまえばいいので、あとは装置の頑丈さが求められます。こいつは頑丈ですよ。ニンテンドーのゲームキューブにだって負けてない」
ジャミング装置が完成した瞬間――研究所が揺れた。
音と揺れから観測装置が原因を通知。誰かが爆薬を使った。研究所の警備員たちが犯人の捜索をはじめる。
だが犯人は目の前にあらわれた――盗賊ギルドのマスター・エミリアだ。彼女は飢えた人間がパンを齧るようにジャミング装置を奪った。




