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33話 ラルフの葛藤 地球と異世界の真相

ラルフの視点です

 かつて麻薬売買で地球の賞金首となり、現在では反逆者として異世界の賞金首となったエルフの男――ラルフは、異世界梁山泊の本拠地でため息をついた。


 居心地が悪いのだ。 


 旧市街地から脱出した貧民たちと一緒に小さな集落へ逃げこんだが、そこが要塞化されて異世界梁山泊の本拠地となっていた。


 元々守りやすい地形でもあったし、足元の地盤が固いため建物が安定しやすい。おまけに目の上のタンコブだった王都が失墜して、かつての交易都市〈サペル〉が帝都〈サペル〉へ遷都したので、外敵との接触が最小限になったのだ。


 しかし、ラルフは憂鬱だった。

 

 最近のシンジは、ちょっとおかしい。ゼンじいさんが殺されて、地球でも異世界でも公共の敵として扱われるようになってから、行動や言動に同意できないことが増えてきた。


 貧民を救うことには同意するのだが、なにがなんでも帝国政府を倒すとなれば、信条と重ならないところが出てきてしまう。


 もしかしたら、うじうじ悩んでいないで、貧民たちみたいに要塞の仕事を活き活きとこなしていくべきなのかもしれない。


 だが長年連れ添ってきた相棒がおかしくなっていくのを見過ごせなかった。東征に会いたかった。彼ならなにか示唆を与えてくれるかもしれない。


「ラルフ、おいラルフ。久々だな」


 戦士ギルドのマスター・アレクが手を振っていた。大柄な身体を活発に動かして、がしゃがしゃ鎧の音を立てていた。


「アレクも異世界梁山泊に合流したのか」


 ラルフも手を振りかえした。ラルフは幼年学校の同級生であった。昔から正義感の強いやつで、いじめっ子を見るなり鉄拳制裁していた。青年期になって戦士ギルドに入団してからも真面目一直線でやってきた。彼が味方になるなら心強いだろう。


「しっかしなぁ、まさかお前が王都を揺るがす義賊の中心メンバーだったとはな……驚いたぜ。旧市街地の地下アジトにもいたのか?」

 

 がしっと肩を組まれた。鎧のごつごつした感触がこそばゆい。


「悪かったな。地下に潜伏する盗人で」

「だが、いけすかない金持ちから奪って、飢えた人に分け与えるのはいいことだぞ」

「以外だな。戦士ギルドのマスターだろうに」

「それぐらい王都はひどかった。貧民は見捨てられて貴族ばかり優遇される。衛兵が王都防衛に参加しなかったのは戦士ギルドも認めるところだ」


 梁山泊に合流していた王制支持派の残党たちがアレクをにらんだ。元貴族も複数いるし、梁山泊における貧民との距離感に戸惑いを覚えるものも多いのだ。


 だがアレクは爽やかな顔で、ちっちっちっと指を振った。


「わかってるわかってる。帝国政府をぶっ倒すまでは大事な仲間だ。俺も盗賊ギルドと魔術師ギルドにデカイ面をされたくないから、ここにいるだけだからな。仲良くやっていこうぜ」


 王制支持派の残党たちは、戸惑いながらも、うなずいて納得した。


 見事な和解だ。ラルフは呼吸を忘れるほどに感心した。


「大人になってもまっすぐな男のままなのか、アレクは」

「おう。それが取り柄だからな」

「羨ましいよ。おれは……いまがけっぷちだ」


 ずっとシンジとコンビで義賊をやってきたのに、まさか相棒を疑う日がくるとは思っていなかった。


 異世界梁山泊を抜けたほうがいいんじゃないかと思う日さえある。


 今日もシンジはユーリ殿下を連れてくるために奔走しているが、いくら政治のためとはいえかつての王族を梁山泊に招き入れることに抵抗があった。


 そんなラルフの渦巻くような葛藤に、アレクが同情した。


「苦労してるよな。実の妹が黒幕だったなんて」

「エミリアは……どうしてあんな悪い子に育ったんだろ。おれの育て方が悪かったのかな」


 アレクは幼年学校時代に、幼いエミリアと何度か会っている。まだ歩き方もおぼつかない三歳のエルフの女の子。それがどうして成長したら黒幕になってしまうのか。


「ラルフはがんばったろ。幼いうちに両親をなくしたから、働きながらエミリアを守ってきたじゃないか」

「そのはずなんだ、そのはずが……」


 エミリアは、子供のころから貧乏が嫌いだった。てっきり苦労したから貧乏という現象が嫌いだと思っていたのだが、今思えば貧乏な生活のしみったれた具合が嫌いなだけで、自分さえ富めるなら満足だったのかもしれない。


「悪いラルフ。他の連中にも挨拶してこなきゃいけなくなった」


 新参者である戦士ギルドのメンバーたちが、古参である梁山泊のメンバーたちと小競り合いを起こしていた。複数の組織の寄り合い所帯だから、誰かが仲裁しないと大事になってしまうだろう。


「大変だな、ギルドのマスターは」

「いいんだ。俺は戦士であることが好きだから」


 本当にまっすぐな男だ。彼のように生きるのも男の花道なのかもしれない。


「――ラルフさん。ラルフさん。どうぞこちらへ」

 

 鈴のような女の声。異世界梁山泊でも奇妙な立ち居地を確保した女が、藁の小屋から手招きしていた。


 ラルフは藁の小屋へ入ると、木製の椅子に座った。


 目の前には、和服とドレスを合体させたようなチグハグな衣服を身に着けた女がいた。年齢は三十代手前だろうか。顔立ちは、整っているのか崩れているのかよくわからなかった。体型も丸いのか細いのかわからなかった。


 唯一わかっていることは、外見の年齢と実年齢がかけ離れていることだ。彼女の知識や感性は、明らかに何世代も前の老人なのである。


「これから地球と異世界は激変します。あなたの行動はすべての引き金を引くでしょう」

 

 彼女は占い師であった。魔法でも魔術でもなく占うことそのものが力だ。彼女が合流してから、シンジは梁山泊と名乗るようになったのだから、迷信ではなく、本当に当たるのかもしれない。


「お前はなにものなんだ?」

「生き証人です。地球と異世界をずっと見守ってきた」

「嘘をつけ。次元連結トンネルができたのはつい最近だぞ」

「占いで両方の世界が見えていたとしたら?」


 ぼわっと水晶玉が無から生まれて、右半分に地球の風景が、左半分に異世界の風景が映っていた。


「……しかしなんで年をとらないんだ?」

「シンジ・ムラカミと同じ理由ですよ」

「シンジが古代魔法を使えることまでは知ってる。でもなぜか大怪我があっさり治ってしまう理由は知らない」

「錬金術を知っていますか?」

「なんだそれは」

「地球に伝わる、石ころを金にかえる術のことです。しかし本来、地球の術でもないし異世界の術でもなかった」

「わけがわからないな」

「魔法と魔術は、本来錬金術と呼ばれるひとつの術でした。しかし一般的な人間の知覚能力をこえてしまうため、使える人間は一握りでした。そこで古代魔法の使い手が、一般人にも扱いやすように分離させたら――」


 占い師は言葉をくぎると、水晶玉をパキンっと二つに割った。


「地球と異世界までもが分離してしまいました」

「…………待て、いまなんといった」

「分離した、と言いました」

 

 ラルフは言葉を失った。藁の小屋を、やけに熱く感じた。扉はついていないから外気と同じ気温のはずなのに。


「占い師よ。おれは……頭がよくない。幼年学校を出たらすぐ働いて、盗賊ギルドに入ってからも身体を動かすばかりだった。お前の話は、難しくて難しくて」

「大丈夫です。順番に読み解いていけば、誰でも理解できる話です――」


 ――どうして地球と異世界で名づけの習慣に近いところがあるのか? なぜ地球の各所に超古代文明と呼ばれる都市伝説が存在するのか? なぜ異世界の表面積は地球の半分以下なのか? どうして地球は海ばかりで大陸が少ないのか? なぜ異世界転移と転生が発生するのか?


 その答えは、過去に巨大な“ひとつ”の世界があったからだった。


「うそ、じゃないのか?」


 ラルフは疑った。しかし占い師の表情は変化していない。まるでただ事実を述べただけといわんばかりに。


「そんなとんでもない事実をおれに伝えて……どうしたいんだよ」

「ロシアへいってください。あなたはそこですべての引き金となる」

「予言ばかりしていないで、一緒に戦ったらどうなんだ。シンジと同じ力が使えるなら、かなり強いんだろ?」

「わたしはもうすぐ死にます。誰かに事実を語っておかないと、逃げたと思われてしまうので」

「なんだ病気持ちだったのか。それならそうといってくれ。無理して働けないだろ」

「優しいんですね、ラルフさんは。4000年近く生きてるおばあさんが相手でも」

「よ、4000……嘘だろう?」

「信じるか信じないか、あなたに任せます」


 占いに信憑性を持たすための嘘かもしれない。


 しかし年齢まで嘘だったら、地球と異世界がかつてひとつの世界だったことも嘘になってしまう。


 ロシアへいけば、なにかわかるのだろうか。すくなくとも外出するというのは良案だ。今の梁山泊は、ちょっと息苦しいから。

次回から東征たちに視点が戻ります

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