32話 滑走路を離陸せよ、重火器と魔法の網をかいくぐって【グスタボ&華舞】
敵の襲撃があろうとも、チャーターした小型ジェット機は滑走路を走りつづけた。離陸を中断したほうが格好の的になるからだ。
カーボン合金製の重い身体を古の技術となりつつあるガスタービンエンジンで加速させていく。宇宙船に応用される最新式の半重力式エンジンもあったのだが、地球上で飛行するときの耐久力と安定性を重視してガスタービンを選んだ。
グスタボはコクピットのパネルを操作すると、機体の動作を八割だけオート操作にして、残り二割は脳波コントロールによるマニュアル操作に分配した。これならコクピットから離れて通常の戦闘もこなせる。
魔法大学の先代学長という大仰な肩書きは伊達ではなく、脳の増設メモリがスペック以上の性能を発揮するため、同時作業が得意であった。
機体の外では、盗賊ギルドの精鋭たちが対戦車ミサイルの発射機を肩に担いで、チャーター機に照準をつけていた。
グスタボの脳内で耳障りなロックオンアラートが鳴った。だが落ち着いて魔力を練っていく。魔力式を構築したところで、転生前の人生がセピア色で再生された。
若いときは挑戦の人生で、大人になってからは忍耐の人生だった。学問も武術も一通りやったが、才能を発揮したのは学問で、とくに魔法との親和性が高かった。魔法大学の正門も初挑戦でクリアして、そこからはとんとん拍子で昇進。三十代で学長に就任すると嫌われ者になっていた。
先代学長としての評判がよくなったのは、四十代になってからだった。なまじ才能があったから社会の全体像が見えてきて、立場にふさわしい生き様に切り替えたのである。
だが性分が変化したわけではないので、苦痛の連続だった。何度学長を辞めようかと思ったことか。それでも仕事を続けたのは、タラバザールがあまりにも問題だらけだったからだ。
引退を決意したのは五十代だ。肉体の衰えを感じたところへ、かの岩坂都知事となった男が伸びてきたからである。彼も社会の全体像が見えていた。
しかし岩坂都知事となった男は、就任してからまもなく次元連結トンネルによる急激な革命を目指した。
彼を信頼して学長の立場を譲ったはずなのに裏切られた。怒りが噴出すると先代と当代の殺し合いになった。
あとは誰もが知るように、二人は転生して同じく地球人となった。
亡くなった岩坂都知事は、最終的になにを成すつもりだったのだろうか。次元連結トンネルが世界中に生まれたことは、なにを意味するのだろうか。
謎を解き明かしたいのだが、対戦車ミサイルの乱れ撃ちから生き残ってからだろう。
「いまだ撃て!」
マスターであるエミリアのかけ声で、一斉に盗賊ギルドの対戦車ミサイルが発射された。
ヘビみたいに白煙の尾が伸びて、炸薬満載の弾頭が迫ってきた。エンチャントされた紋章は、爆発力上昇。本来は魔法使いの杖にエンチャントしてファイヤーの魔法を強化するものだ。それを対戦車ミサイルにくっつけることで弾頭の威力を上昇させたようだ。
あんなものを一発でも食らったらチャーター機は爆発炎上だろう。
「立場に縛られずに魔法を使うと天狗に戻りそうになるな」
グスタボはシニカルな笑みを浮かべると、猛吹雪みたいなフリーズの魔法をお見舞いした。
かちんっと対戦車ミサイルの弾頭群は凍りつき、推進剤の燃焼がストップ。勢いを失って滑走路へごろごろ転がっていく。
「くそっ、さすがに学長になれるだけあって魔法の威力が……!」
エミリアが額から汗をたらした。しかし二発目の弾頭を冷静に装填していく。魔法で迎撃されることは計算に入っていたようだ。
「だったら同時攻撃はいかがかな?」
チャーター機に積みこんであった戦闘ドローンを射出。機銃掃射で盗賊ギルドのメンバーたちをミンチにしながら、同時に機嫌の悪い稲光のごときサンダーの魔法も飛ばして人型の焦げ跡も作っていく。
「なによ卑怯じゃない! ドローンと魔法を同時に使えるなんて!」
エミリアが大げさに驚いてみせた。半分ぐらいは本当に驚いているだろうが、残り半分は演技だ。彼女たちの部隊と逆方向から、光学迷彩で姿を消した暗殺部隊が近づいていたからだ。ああやって演技することで、こちらの注意をひきつけているのである。
しかしグスタボも計算済み。長年地球人をやっていたので騙しあいになれていた。
「グスタボさん。このチャーター機、対空機銃がついてるんですね」
華舞は銃座に着席して、熱源探知のスコープで光学迷彩を見抜くと、暗殺部隊をガリガリ撃っていた。対空機銃の水平撃ち――人類の歴史が積み重ねてきた迎撃方法でもあった。たとえ銃の素人である華舞であろうと、大きな弾を安定軌道で連続発射すれば、動く的に当てられる。
「機銃という特別な注文をつけたから、チャーター機の手配に時間がかかったのだ」
グスタボは、ユーリの身体をしっかり座席に固定した。もうすぐ離陸なのだ。
「本当に賢いですね。いったいなにを食べたらそんな頭よくなるんですか?」
華舞が対空機銃を撃ちながら首をかしげた。
「むしろなんでお前はそこまで頭が悪いのだ?」
「むーまたバカにして。ねぇねぇユーリくん、グスタボさんがいじめてきます。お姉さんを慰めて」
「バカなこといってないで目の前に敵に集中してください。接岸されますよ」
十歳のユーリが指摘したことは本当で、もうすぐ離陸するというのに、バイクに乗った部隊が前方から迫ってきた。
――いきなりテレポートの波長が機内に発生。ならバイク部隊は囮。
「お命ちょうだいユーリ殿下……ってあれ」
テレポートによる機内への奇襲を敢行したエミリアだったが、紋章付きショットガンを構えた体勢で硬直した。
銃座の射手がグスタボと交代となり、華舞がウキウキしながら拳法の構えをとっていたのだ。
「女性同士の戦いも楽しいですよね?」
ショットガンの引き金を引かせる前に、敏捷性に優れた華舞が懐へ飛びこんで膝をねじ込んだ。
「あたしはぜんぜん楽しくないっ!」
エミリアは引き金を引くことすらできず、格闘攻撃をバックステップでひたすら回避して、どんどん機体後方へ追いやられていく。
「そんなこといわずに楽しく試合しましょう、エミリアさん!」
「これのどこが試合なのかな!?」
「戦士と戦士が戦えば全部試合ですよ」
「大雑把すぎる! バカには付き合ってられないの!」
エミリアはテレポートを発動して、ぐんぐん加速する機体の表面へ出た。風圧で吹き飛ばされそうになりながらも、小型の爆薬をポケットから取り出すと、エンジンにセットしようとたくらむ。
ちなみに爆薬だけをテレポートさせることはできない。あくまで空間を越えられるのは魔法を使う本人だけであって、着衣をふくめて道具は付随するものでしかないからだ。
「オレが魔法を使えることを忘れているな」
グスタボは機銃を操作しながら、機体の表面を流れるようにサンダーの魔法を発動。
「ひっ、ギリギリ」
エミリアは感電する寸前に気づいて、フライの魔法で逃げ出した。ビリリっと機体表面が放電する様をおそるおそる見ながら滑走路へ着地。片隅に落ちていた対戦車ミサイルの発射機を拾う。
しかし即座に発射せず――テレポートでチャーター機の真下に再接近。対戦車ミサイルの近接信管による安全装置なら切ってあった。たとえ自ら放った弾頭の爆発に巻きこまれる距離だろうと、発射直後にテレポートで離脱すればいいからだ。
しかし銀色の人影が、がしゃがしゃ金属音を鳴らしながら馬で突撃してきた。
「この盗賊ギルドのアバズレがああああああああああ!」
戦士ギルドのマスター・アレクがエミリアを馬で跳ね飛ばした。
中世ヨーロッパの戦場でも、異世界の古戦場でも、何人も殺してきた戦術だ。エミリアは滑走路を無様に転がって、ごほごほ咳きこむ。血がびしゃびしゃ落ちた。内臓を痛めたのだ。
「よくもやったな、戦士ギルドの荒くれ者が」
エミリアは回復魔法を自分の身体に使いながら、馬に騎乗した勇猛な男をにらみつけた。
「真面目に働く人をバカにする盗賊に、ユーリ殿下をやらせるわけにはいかないな」
「王制を嫌ってるくせに」
「ユーリ殿下は聡明だった。それだけで助けたいと思うのが人の心だろう」
「うそつき。本当は子供を王位に戻したいんでしょ」
「いいや、王制はもうこりごりだ」
空港のエントランスから鎧を装着した屈強な男たちが飛び出してきた。戦士ギルドの古参兵士たちだ。彼らは「ユーリ殿下を守れぇえええ!」と叫ぶなり、使い慣れた剣で盗賊ギルドのメンバーたちへ斬りかかっていく。戦術も武器も古いのだが、男気の塊みたいなやつらだった。
おかげでチャーター機は無事に離陸。ロシアの空へ向かって羽ばたいていく。
グスタボは、たとえ声が届かない距離だろうと、お礼を口にした。
「アレク。本当に助かった。ありがとう」
アレクも、グスタボの言葉は届いていなかったが、握り拳を天に掲げた。
「先代の学長、いつかまた再会しましょう」
せっかく戦士ギルドの有志が飛ばせてくれたのだが、残念なことに魔術師ギルドのマスター・ヴァネッサがフライの魔術で追ってきた。
● ● ●
フライを魔術で操ると高速滑空となる。他人を一緒に飛ばせないかわりに速度が向上しているのだ。
だからといって音速の数倍に達するジェット機の速度についてくるなんて普通は無理だ。さすがにヴァネッサは、数世紀に一人の逸材といわれるだけあった。
「ふーん、やっぱり年寄りは色気がないわね。シンジくんと戦いたい」
滑空するヴァネッサがつまらなそうにいった。ばさばさと揺れる紫色の髪からは余裕すら感じ取れた。あんな化け物が冷静に攻撃してきたら、チャーター機なんてあっさり撃墜されてしまう。
おそらく話しかけても聞こえるだろうから、交渉しておこう。
「お前までユーリ殿下を殺すつもりか?」
「ぶっちゃけあんまり興味がないのよね」
やはり魔術で機内の振動を感知しているから、こちらの言葉を拾っていた。
「だったら、なぜ追ってきた?」
「政治よ政治。でも政治って本当にめんどくさいわ。わたし戦闘狂なのに、なんで周りの状況なんかに配慮して動かなきゃいけないのかしら?」
どうやらギルド閥政治に飽きてきたらしい。ヴァネッサが戦う理由は楽しいからだ。純粋な戦闘狂に善悪などない。ただ目の前に強い敵がいれば充足する。
そういう意味では、シンジは異種の戦闘狂なのだろう。彼は周囲の状況や動機を重視する。おそらくリーダーみたいなポジションをやらざるをえなかったから、立場が性格に影響を与えているのだ。学長時代のグスタボと同じであった。
「こちらを相手するより、シンジと戦うほうが面白いのだろう?」
「本当よ。あぁシンジくん。愛しいシンジくん。ユーリ殿下をお守りするために馳せ参じてくれないかしら?」
――びゅんっとテレポートの振動。本当にシンジ・ムラカミが青空に出現した。
「……またお前か」
シンジはヴァネッサを見るなり、うっと吐きそうになっていた。彼も強い相手と戦うのは好きだろうが、ヴァネッサに対する生理的嫌悪が圧倒的に上回っているらしい。
「待ってたわよ、シンジくん!」
ヴァネッサは、さきほどとは打って変わって発情していた。完全に女の顔である。ただし戦闘狂の凄みがふくまれているため、色気より殺気で満ちていた。
「僕は待ってない」
「そんなつれないこといわないで!」
もう何度目かわからないぐらいのシンジとヴァネッサの空中戦が始まった。熱線と雷槍が対空砲火のように飛び交う。近づくだけで灰になってしまうだろう。チャーター機の進路を修正して、彼らから離れていく。
遠めから見てわかることは、だんだんとシンジの戦闘のキレが増していることだ。ヴァネッサと連戦することで戦闘経験が蓄積してきたのだ。岩坂都知事の言っていた、そろそろ手のつけられない怪物になるというのは本当らしい。
残念だが学長時代のグスタボでもかなわないレベルに達していた。
しかしシンジが無敵なのは、なぜだろうか。学長をやっていた経験からして、古代魔法を使用していることまでは理解できた。しかし無敵な理由がよくわからない。
……彼が異世界転移したのは、正確に何年前だったのだろうか? 一年ではないだろう。四年ぐらいは経っているはずだ。
十七歳で転移してきたなら、現在二十一歳だろう。どうして高校生の見た目のまま変化していないのだ。
秘密は解き明かされないままだが、またもやシンジを囮に使わせてもらい、安全にロシアの空へ飛んでいくことができた。
――しかしグスタボは、チャーター機の尾翼にエミリアが潜んでいることに気づくことがないまま、ロシアのシェレメーチエヴォ国際空港へ着陸してしまった。




