31話 戦士ギルドの目算 帝国政府の謀略【グスタボ&華舞】
グスタボ&華舞コンビだが、地球の高速道路を順調に進んで、現在は改装された新型成田空港でチャーター機を手配していた。
空港全体がフォースフィールドで保護されていて、着陸における天候の悪影響やバードストライクの危険性などを軽減させてある。
エントランスロビーは利便性よりも安全性と耐久性が重視されていて、無差別テロに備えてあった。警備員のほとんどは車輪で走るロボットであり、IDを持っていない人物がいたら、即座に退去命令を出してしまう。
グスタボのところにもゴミ箱みたいなロボットがきゅりきゅりと車輪を走らせてやってきて、IDの提出を求めた。賞金稼ぎとしてのIDを見せたら、ピピっと認証音が鳴って、ロボットは緑色のOKサインを点灯させて離れていった。
「……華舞。愛の形は人それぞれだが、相手が嫌がるなら控えなければな」
グスタボが学長時代に生徒を律していたときの口ぶりでいったら、華舞がぶーっと喉を鳴らした。
「いくらグスタボさんが転生する前に偉い人だったからって、恋愛模様に説教するのは野暮ですよ」
華舞は、ユーリを宝物みたいに抱きしめて頬ずりしていた。ずっと密着したままで片時も離れない。彼女が年齢の離れた男児を好むというのもあるのだが、さきほどのロボットに退去命令をだされないための防衛策であった。
「あの、僕には愛とか恋とか、まだわかりません」
ユーリは十歳の純朴な男児だから、見目麗しい若い女性に抱きつかれたところで困惑するばかりだった。
「大丈夫ですよユーリくん! わたしが教えてあげます。手取り足取り具体的に……うひひ」
「顔が怖いですよ……」
「怖くないですよ、お姉さんはむしろ優しいです。ベッドの中なんてとくに……むひひひひひ」
グスタボは疲れてきたのでバカを相手にするのをやめた。いくら地球人に転生したところで以前の人生で培った知識と経験は継続されてしまうから、華舞みたいなタイプと真面目に接すると疲れるのだ。
ちびちびコーヒーを飲みながらチャーター機の準備完了を待っていると、全身鎧をつけた長身の男が近づいてきた。歩くだけでがしゃがしゃと金属音がなるため、その他の利用客たちに「コスプレかあれは」と失笑されていた。
しかし当人は真面目にあの格好をしていた。なぜなら――。
「お久しぶりです先代学長。戦士ギルドのマスター・アレクが大事なお願いにまいりました」
というわけだ。戦士ギルドは地球の情報網を持っていないから、おそらくエミリアの後をつけたんだろう。尾行は衛兵の必須スキルだから、戦士ギルドの基本教練である。戦士ギルドとは、王制と密接に繋がっていた衛兵供給機関だったのだ。
親衛隊みたいな狂信こそないが、彼らなりに王制を信奉していたので、ユーリを連れ歩いていることを教えないほうがいい。
グスタボは華舞に目配せした。小さくうなずいた華舞は上着ですっぽりとユーリの頭を隠した。あうあうとユーリの困った声が聞こえてきた。どうやら程よい乳房を顔に押しつけて遊んでいるらしい。
もはやどうでもいい。それよりアレクをうまく追い払わないと。
「いいかアレク。今のオレはグスタボだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「そんなことおっしゃらずに、我々に知恵を貸していただきたい」
アレクはいきなり膝をついた。異世界では土下座にあたる風習だ。そこまでされてしまうと、邪険にするわけにもいかなくなって、ため息混じりで答えた。
「帝国政府はギルド閥で動くから、冷遇される戦士ギルドが巻き返す方法を知りたいのだろう?」
「さすが先代学長! ぜひご教授を!」
かつて日本でも徳川幕府から明治政府に革命したのち、藩閥政治と呼ばれる権力争いになった。革命の主役となった薩摩、長州、土佐、肥前――どこの藩出身だったかで国政における影響力に差がついたのだ。まったく同じことがギルド閥という形でタラバザール帝国でも発生していた。
盗賊ギルド出身者と魔術師ギルド出身者が国政に大きな影響を与えて、それ以外のギルド出身者は小粒な扱いなのだ。想像以上に帝国政府内部は恨みや嫉妬でドロドロしているらしい。
グスタボはアレクの手をとって、立ち上がらせた。
「残念だが妙案は存在しない。国家の形が変わる瞬間に関われなかったことを悔やむのだな」
「そんな無慈悲な話がありますか。戦士ギルドは優秀な衛兵を輩出して国家に貢献してきたのに」
この男の実直かつ愚鈍なところは、まったく政治の先読みができないことだ。優秀な衛兵を輩出――つまり王制にどっぷりと寄り添っていたからこそ、革命後の社会で冷遇されていることが理解できないのだ。
だが実直は時代によっては美徳なのだ。混乱期には足を引っ張る要素になってしまうだけで。
「アレクのいいところは実直なところだろう。なら無理して政治をやる必要はない」
「しかし、盗賊や魔術師みたいな軽薄な輩にデカい面をされると、悔しくてしょうがないのです。やはりインテリは魔法使いが担当して、現場で働くのは戦士ですよ」
戦士ギルドは相当不満がたまっているようだ。マスターのアレクですらコレなら、末端のメンバーたちは怒り狂っていることだろう。
「警告しておくぞアレク。シンジ・ムラカミたちには合流しないほうがいい」
「…………異世界梁山泊のことですか。噂には聞いてますよ」
アレクは木製の水筒の水を飲んだ。大事なことをごまかす彼の癖だった。どうやら異世界梁山泊に合流することまで視野に入っているらしい。よっぽど盗賊と魔術師に権力を握られたことが気に食わないのだろう。
「落ち着け。権力の内側で耐え忍べ。そう遠くないうちに国民側からギルド閥政治に不満が出てきて、普通選挙の機運が生まれる。そこで不満は解消されるぞ」
「なんですかそれ。我々は魔法大学と戦士ギルドが中心だった時代に戻したいんですよ。選挙なんていりません」
アレクの言葉には微妙な本意が隠されていた。インテリを魔法大学が担当して、衛兵を戦士ギルドが担当していたのはよかった――だが、無能な王による支配は気に食わない。だから王都防衛戦では戦士ギルドが王を見捨てて、多くの衛兵が戦線を離脱した。
「……もうあのころと同じ形には戻らない。王が嫌われものになってしまったからな」
グスタボはサングラスを外すと、絶対的な真理を口にした。
「そんなの信じません!」
図星をつかれたアレクは、がしゃがしゃと金属音を鳴らして空港を出ていってしまった。
「グスタボさん……あの人、ちょっとかわいそうですね」
華舞がユーリの頭を上着越しに抱きしめながらいった。
「王制時代なら、実直な仕事ぶりが評価されるだけでよかったのだ。彼には酷な時代だろうな」
グスタボが哀れんだら、ぷはっとユーリが華舞の上着から顔を出した。
「アレクさんは、とても真面目な人ですよ。不正が大嫌いで、たとえ戦士ギルドの身内であろうと悪いやつがいたら絶対に許さなかったので。きっと今の盗賊ギルドが相手なら、心の底から憎んでいるでしょうね」
不正が嫌いなら、怠惰な王はさぞかし嫌いだったろう。もう二度と王制に戻ることはないのだ。
王制を破壊できたという意味では、亡くなった岩坂都知事の狙いどおりだったんだろう。ただし最悪の形で事後が収束しつつある。彼は死ぬ直前、なにを東征チームにやらせたかったんだろうか。世界中に次元連結トンネルが開いた理由はなんだろうか。
疑問は深まるばかりだった。
チャーター機の準備が完了したと知らせが入ったので、さっそく滑走路へ出た。金持ちなんかがよく使う個人用のジェット機だ。10人前後搭載できて、高速飛行が売りである。
さっそく機体に乗りこむと、グスタボがコクピットへ座って、エンジンをスタートした。
とつぜん複数の人影が滑走路にテレポートしてきた。空港全体を覆うフォースフィールドも魔法による空間移動は防ぐことができなかった。
「離着陸の瞬間が一番脆いんでしょ、航空機ってさ」
なんと盗賊ギルドのマスター・エミリアが、盗賊ギルドの手勢を引き連れてやってきた。全員が携行型の対戦車ミサイルを担いでいて、砲塔には紋章がついていた。なにかの魔法を重火器にエンチャントしたのだ。
「なんのつもりだエミリア? こちらにはユーリ殿下がいるのに」
グスタボは、なんのつもりだと言葉でけん制しながら、華舞とユーリに迎撃の準備を急がせた。
「ユーリっていう手ごまが自分の懐に入らないなら、異世界梁山泊の手に渡る前に“壊して”おかなきゃね」
このずる賢いエルフの女は、ますます地球の政治家に近づいてきた。