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30話 ロシアにそっくりな異世界の国【東征&オジサン】

 東征&オジサン、そしてユーリが乗ったベンツは、榴弾の爆風に煽られて泥だらけになっていた。雪原はあたり一面、巨大モグラに荒らされたみたいに穴だらけだ。民家に着弾したら土台ごと木っ端微塵になる威力で掘削しているから、穴の深さがえげつなかった。


「あーくそ、まさか異世界で榴弾に狙われるなんて思ってなかったぜ」


 東征はハンドルを小刻みに切って回避運動を行う。減速と急加速も忘れず、等速直線運動だけは絶対にやらない。どれだけ無知な射手だろうと、一定の速度で直線に進む相手なら下手な鉄砲数撃ちゃ当たるで直撃させられるからだ。


「なぁ東征。いくら射手に弾道学の知識がないからって、地球製の道具なら自動で補正する装置があるんじゃないか?」


 オジサンは魔法障壁を圧縮して強度を上昇させると、ユーリをすっぽり覆っていた。チーム内で、もっとも弱い個体を守るというわけだ。さすがの人格者である。


「ロシアの武器商人がわざと外したんだよ。あとで法外な値段で売りつけるために」


 東征がくっくっくと忍び笑いしたら、元王族のユーリが王子らしいことをいった。


「あぁ……どうして地球の人たちはなんでも商売にするんでしょうか……」

「金を中心に世界が回るからだ」

「不潔です」


 どれだけ賢くても十歳の子供だ。正義と悪がはっきりしていないと耐えられないんだろう。


「だがこれからの異世界も金で動くんだぜ。イヤでもなれないとな」

「格言めいたことを言う前に生き残ってください」

「そいつも格言じみてるぜ」


 榴弾砲の着弾間隔は、エイトビートのスネアみたいに規則的だ。おそらくロシアの商人から買ったばかりの一台を試射しているのだ。他に何台か購入したかもしれないが、最初の一台が外れだったら全部返品する気なんだろう。


「ところで隣国の領土にまっすぐ進んでいるみたいだが、地球製の重火器が敵の陣地に並んでいたらまずいんじゃないのか?」


 オジサンがシートに座ったまま魔法の杖をボンネットへ差し向けた――サンダーの魔法が車外で発生して、前方に着弾しそうだった榴弾を野球のホームランみたいにかっ飛ばした。


「オジサン、そういう器用なことができるんなら最初からいってくれよ!」


 東征は絶叫してしまった。思っていた以上に魔法は応用がきくようだ。


「いや、まさか私もできるとは思わなかった。それでこのまま進んで大丈夫なんだな?」

「本気で壊す気だったら誘導ミサイルを使ってる。まぁ他に重火器を輸入してなきゃ小銃連発されるかもしれないけどな」

「おかしいなぁ。ハテプトはそんなに攻撃性の高い国だったかなぁ? タラバザールと何千年ものあいだ隣接してるけど、戦争したのは一回か二回ぐらいで友好的なはずなんだけど」


 といいながら、ふたたびサンダーの魔法で近くに着弾しそうだった榴弾を跳ね返した。オジサンさまさまである。


「どう考えても攻撃的だろ。所属不明の車両を相手に、買ったばかりの武器を試し撃ちしてんだぞ。もし話の通じない国家の軍用車をぶっとばしたら、戦争のきっかけになりかねないんだぜ」

「…………もしかして大規模戦争のきっかけになるってわかってないんじゃ。これまでの馬と弓矢の世界観で重火器を使ってるから」

「…………おいおいおいおい、なんだって第一次世界大戦前夜みたいなヤバさなんだよ」

「ガブリロ・プリンチップが異世界にいませんように」

「縁起でもないことをサラっといわないでくれ」


 神様にお祈りするような気分で、ベンツに搭載されていた一般的な通信機を全周波数で起動した。どんな機種だろうと、どんな規格だろうと、すべての周波数で訴えれば、受信機を持っているかぎりは声が届く。


「こちら雪原を走行中の車だ。榴弾砲を撃ってるやつら、聞いてるか?」


 隣国が通信機材を輸入していなかったら、榴弾が当たらないことを祈って走りつづけるしかなくなる。


 ジジっとノイズが走ったら、榴弾砲の発射音と一緒に、男の声が聞こえた。


『――最近親しくなった“友人”にレクチャーされたが、普通は戦場で全周波数の通信などしないそうだが?』


 友人――ロシアの武器商人だろう。


「そりゃ戦闘中に作戦内容を傍受されないようにだ。今みたいな非常時は別だよ。俺たちは地球人なんだから撃つんじゃない」


 ずしりっと近辺に着弾。炸裂音があちらの受信機にも伝わったはずだ。


『地球人! なんで地球人が国境線を越えようとしている?』

「あんたの国の次元連結トンネルを使わせてほしい。できたてホヤホヤのやつをな」

『我々に利益はないのかな』

「魔法大学出身のインテリが弾道学について語ってくれるぞ。高価な榴弾砲が一発も当たらない秘密が解き明かされるってわけだ」


 ぴたっと砲撃が止んだ。


『よろしい。さっさと国境を越えたまえ』


 通信を終了させて、ふーっと胸をなでおろすと、後部座席のユーリが抗議してきた。


「これからタラバザールと戦争するかもしれない国に最新技術を教えてどうするんですか」


 政治利用されることを嫌がっているのに、まだ王子様の感覚が抜けないらしい。


「どうせ榴弾砲が一発も当たらなかったことをロシアの武器商人に訴えたら、自動で弾道補正する装置と弾道学の教本を買うことになるんだから、時間の問題だ」

「……はぁ、頭がくらくらしてきますね」

「脳みその体操になったか? でもロシアについたらもっと驚くことだらけだぞ。あそこは東京シティとは別の角度でヤバいんだ」

「東京シティですら下水路みたいな場所なのにですか?」

「東京シティが下水路なら、ロシアは魔界だ」

「…………覚悟しておきます」


 ようやく国境線を越えて隣国――ハテプト共和国の領土へ到達した。わかりやすくいえばロシアそっくりな国だった。極寒の地であり、市民も兵士も分厚いコートを着て、水のように酒を飲んでいた。顔つきもロシア人の要素に近しいものがある。


 出迎えの兵士が旗で進路誘導してくれて、野営地で停車した。ハテプトの最前線だ。すさまじい速さで機械化が進んでいて、馬の厩舎が撤去されるところだった。


「さぁ、早く弾道学を教えたまえ」


 コートに勲章をべたべたつけた巨漢が、タバコを吸いながら話しかけてきた。声からしてさきほどの通信相手だ。周りの兵士の態度から察するところ最前線でもっとも偉い将軍である。


「将軍さん、あんた勉強は得意か?」

「人並み程度だな」

「だったらあんたの軍で数学が一番得意なやつを連れてくるんだ。そいつに魔法大学のインテリが弾道学を教える」

「そんなに難しいのか。弾道学は」

「連立方程式までしか解けない俺じゃ太刀打ちできない」


 微積分が解けないことを白状したら、バックミラーに映るオジサンが白い目になった。インテリからしたら信じられないぐらい頭が悪いのだろう。しょうがないではないか、勉強は個人の能力差が出やすいのだから。


「…………あいわかった。今すぐうちのインテリをつれてこよう」


 将軍は、東征とオジサンの空気から弾道学の難易度を推し量ったらしく、ハテプト軍からインテリをつれてきた。いかにも勉強のできそうな眼鏡をかけた細身の軍人であった。


 彼とオジサンがインテリ談義に花を咲かせているうちに、東征とタバコを吸う将軍で大事な話を進めていく。


「あんたな、これからの時代で警告なしでいきなり撃つのはヤバイんだぞ」

「なにを大げさな。無許可で領土に近づいてくる他国の兵士を一人や二人殺したところでどうなるというのだ。これまでだって我々とタラバザールは不法侵入しようとしたお互いの兵士を無警告で殺してきたが、なんの外交摩擦も生まれなかった」

「榴弾砲の射程と威力を体感したろ。あれをタラバザールも持ってるんだぞ。そしてタラバザールは革命が起きて帝国化した」

「…………報復攻撃が直接自国の領土に届くのか。こりゃ一大事だぞ」


 ようやく重大性を理解してくれた。今後の国境線では警告してからの攻撃が一般的になっていくだろう。


 いきなり将軍が東征の肩を叩いて、にんまり笑った。


「うちの軍に入れ。お前の話術はおもしろい」

「だからどうして毎度スカウトの流れが……」

「ロシアの武器商人どもは狡猾で、我々から搾り取ることばかりだ。だがお前がやつらと渡り合ってくれれば、我が軍も出し抜かれることが少なくなるだろう」

「悪いが、まだ旅の途中なんだ。あんたの国の次元連結トンネルを使いたい」

「ロシアへ行きたいわけか。あの地球の国は恐ろしい。我が国が赤ちゃんに思えるほど強暴だ」

「よくそんな場所だってわかってて取引したな」

「寒冷地用の武器をたくさん取り扱っているからだ。我が国も氷土だらけだから、分厚い軍用手袋をつけたまま使える道具でなければ指に凍傷を負ってしまう」


 ロシアとよく似た国だから、ロシアから道具を仕入れるのが手っ取り早かったんだろう。


 なんてところでオジサンと将校のインテリ談義が終了して、弾道学の伝授が終了した。さすがにインテリ同士だから理解が早い。居残り勉強も赤点も関係ないというわけだ。


 東征は出発するまえに、タバコを吸う将軍に念押しした。


「軍拡競争もほどほどにな」

「決めるのは穴ぐらに閉じこもった政治家どもだ。我々は命令に従うのみ」


 国境線の反対側――タラバザール帝国にも、榴弾砲や機関銃陣形が敷かれていく。さすがに科学技術や燃料の問題から航空機や戦略兵器などは今すぐ配備されないだろうが、戦車は時間の問題だろう。


 異世界は第一次世界大戦に近づいていた。

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