2話 チート魔術師の賞金はいくらに?
次元連結トンネルは、なぜか日本の首都である東京シティにだけ点在していて、その数は政府が把握できないほど多かった。
もしトンネルの通行を制限するために関所を設けようとすると、あまりの数の多さに流通インフラが破壊されるし、土地の権利が複雑にからみあうため、犯罪者のみを取り締まることになっていた。
だが地球の法律は地球にしか適応されないから、犯罪者が次元連結トンネルの向こう側へ逃げてしまうと、警察官では対応できなくなる。
そこで賞金稼ぎに狩らせることにしたのが、岩坂都知事だった。
『逃走幇助をしたのは、異世界転移したチート魔術師か。胡乱な俗称だが、高額の賞金をかけるのにふさわしい肩書きでもあるな』
ディスプレイに映った岩坂都知事は、岩石みたいな顔と身体だった。よくプロレスラーに間違えられていて、テレビに出演するときもリングのマイクパフォーマンスみたいな演出を施される。どうやら本人もまんざらではないらしく、最近はトレーニングジムで投げ技を練習しているらしい。
「で、シンジ・ムラカミは、いくらになるんで?」
東征は、賞金稼ぎだけが利用できる公衆酒場で、岩坂都知事と通信していた。
和洋折衷なデザインを採用した店内である。防弾性のテーブルと耐火性の壁紙は、乱射と火炎瓶に対する店主の防御策なのだが、あくまでも外部の人間が襲ってきたことへの想定だ。
基本的に店内は法律で制約された発砲禁止の中立地帯であり、もし銃をホルスターから抜こうものなら、賞金稼ぎの登録を解除されるか、最悪賞金首にされてしまう。よっぽどのバカじゃない限り揉め事を起こさないというわけだ。
そんな店内に集まった同業者たちは、酒を飲んだフリをしながら、東征と岩坂都知事の会話に耳をすましていた。
話題のチート魔術師は、おいくらになるのかと。
『2000万ドル出す。絶対に殺してこい』
2000万ドル。この時代のレートで日本円に換算したら25億円だ。
たった一人狩るだけで遊んで暮らせる。
店内の賞金稼ぎたちが化学反応を起こしたように動きはじめた。誰もが瞳に野心を秘めていた。2000万ドル。もし中立地帯の規則がなかったら、今すぐ殺し合いが発生する金額だ。
こうなってくると我先に行動することが最善策ではなくなる。仲間を集める・誰かのコバンザメをやる・憎いあいつが稼ぐのを妨害する・漁夫の利を狙う――なんでもありだ。
岩坂都知事は賞金稼ぎ同士が殺しあっても咎めない。最終的に賞金首が死ねば満足するのであって、賞金稼ぎという名のアウトローが何人死のうと関心がないからだ。
東征は、仲間を集めることにした。大物の賞金首を狩るとき、いつも組むやつに話しかけた。
「おいグスタボ。俺と組もうぜ」
グスタボ――アメリカ出身の黒人で、彼もサイボーグだ。一族総出で集合したヘビみたいなドレッドヘアー。ロックスターみたいな鋭角のサングラス。首から下は空気圧最大のタイヤみたいにパンっと筋肉が膨れていた。
「断る。金額が大きくなると身内の潰しあいが面倒だからだ」
革ジャンの懐から哲学書を取り出すなり、ぺらぺらと読みはじめてしまう。嫌味のないインテリなのである。
「勉強してる場合かよ。大金稼げるんだぜ」
「身内の潰しあいを生き残ると、いつか背中から撃たれることになる」
グスタボの人生観――命と利益の天秤。サラリーマンより賞金稼ぎ。二律背反する要素を独自の哲学で兼ね合いをつけること。
「だったら可能なかぎり同業者との潰しあいは避ける、って条件で組もうぜ」
「どうしてそんなにオレと組みたいんだ?」
「仁義を守るからだ」
こういうヤクザな仕事をしていると不安要素がつきまとう。裏切り、報酬の分け前、逃走、あらゆる不誠実がリスクとして換算される。
だがグスタボに関しては無問題だ。
「だったら約束しろ東征。あらゆるリスクを天秤にかけて、必ず生存を選ぶと」
「いいぜ。どうせ死ぬときは死ぬからな」
文節だけで見れば相反する答えだったが、お互いの生き様を知っていれば納得する理由になった。
こうして東征とグスタボが公衆酒場を出発しようとしたら、一人の中華娘が通せん坊した。
「待ってください。わたしも同行させてください」
彼女は華舞――中国出身のサイボーグ女拳法家だ。腰まで伸ばした髪を扇子みたいに結んでいて、その先端には刃物が隠されていた。柳みたいに細っこい身体はレアメタルの芸術品で、見た目以上に堅くて重い。こんな危険な肉体で殴れば人間を砕けるのだが、なぜか瞳だけは無邪気だった。
彼女は賞金稼ぎとして換算すると、初級者から中級者ぐらいの経験値を持っていた。東征と組んだ回数もけっして多いわけではない。グスタボみたいに心の底から信頼しているかといわれたら嘘になる。
「どうするグスタボ?」
東征は相棒に訊ねた。
「頭が悪いことと、ショタコンなことに目をつぶれば問題ないだろうな」
けなしているようだが、賛成のようだ。彼がもし本当に組みたくないなら門前払いを食らわせる。ちょっとリアクションを読み取るのが難しいインテリでもあった。
「ちょっとグスタボさん。頭が悪いことは……まぁ認めますけど、可愛い男の子が好きなことは個人の自由ですよ」
華舞は懐からファンブックを取り出した。十歳から十二歳までの男子アイドルグループの写真集である。大人の男性にはまったく興味を示さない生粋のショタコンであった。
「2070年でも未成年に手を出すのは条例違反だぞ」
グスタボがサングラスの奥で目を細めていた。
「なんで賞金稼ぎが自由であるはずの恋愛を諦めなきゃいけないんですか」
華舞はファンブックの美少年にキスした。
なぜか東征の目には、グスタボの哲学書と華舞のファンブックが火花を散らすように見えていた。このままではちょっとした宗教戦争になる。
「わかった、わかったから、わけのわからないことで口喧嘩するなよ二人とも」
仲裁したのだが、グスタボと華舞にジロリとにらまれた。どうやら口出し無用と言いたいらしい。
だがこれだけ丁々発止がやれるなら、少なくとも相性は悪くないということだ。華舞を仲間にしても問題はなさそうだ。
それに合計三人のチームだったら、戦力としてちょうどいいだろうし、賞金の分け前もそこまで減らないだろう。
公衆酒場の煮沸する雰囲気からして、背中を守りあう関係を大事にしておかないと、同業者に謀殺されるリスクが高まる。
東征は、華舞の美少年ファンブックを、懐にしまわせた。
「いいか華舞。報酬は三等分。かかった費用は全部自分持ち。死んでも恨まない。チームを組んでいるかぎりはショタコンを控えめに。オーケー?」
東征が条件を出せば、華舞は拳法家のポーズでお辞儀した。
「もちろんです。ありがとうございます――でも時々写真集を見て栄養補給するのは見逃してください」
グスタボがぴくっと眉を動かした。
「写真集で栄養補給とはいったい……??」
「心の栄養に決まってるじゃないですか。やだなぁグスタボさんは。性欲が枯れちゃったんですか?」
これ以上会話させると雰囲気が悪くなるので、東征は二人を黙らせると、交互に握手した。
契約成立。東征・グスタボ・華舞の三人でチームを結成。神経を尖らせて公衆酒場を出発しようとした。
――だが、やはり、案の定、公衆酒場の出口付近から公共の道路にかけて、賞金稼ぎ同士の殺し合いが始まっていた。
おまけ:グスタボのステータス(某核戦争後洋ゲー基準)
Strength「4」 Perception「7」 Endurance「8」 Charisma「2」 Intelligence「10」 Agility「3」 Luck「3」
Explosives(爆発物)スキルとheavy weapon(重火器)スキルが極端に高い。隠しステータス&隠しスキル持ち。