28話 東征&オジサンコンビ/グスタボ&華舞コンビ 弾丸道中
この話から一時的に東征とグスタボで視点がわかれます
東征&オジサンコンビは、本物か偽者かわからないユーリを連れて、公衆酒場の正面出入り口から飛び出すと、路上駐車してあったベンツに乗った。
都庁から譲り受けた岩坂都知事の愛車で、全面的にカスタマイズされていた。フルスモークで防弾仕様。タイヤはパンクしても一日走れるように設計されている。基本は自動運転なのだが、パーツをいくつか組み替えるだけで手動運転可能だ。
もちろん東征は手動運転を選んであった――誰かに追われたときに備えて。
「東征、話を聞いてくれないか。お願いだから」
シンジが空を飛んで追いかけてきた。賞金首が賞金稼ぎを追いかける――逆転現象であった。
あいつを銃で撃っても無駄なのは異世界の長い旅路で学んだので、逃げに徹することにした。
「おいシンジ。追ってくるなよ。お前賞金かかってんだぞ。また誤解される」
公衆酒場に顔を出していた賞金稼ぎたちが、賞金2億ドルのシンジに熱狂して、バンバン撃っていた。まるで戦場の対空砲火みたいに火線が真昼の空へ伸びていく。しかしシンジの分厚い魔法障壁の前には豆鉄砲同然だった。
「ザコが大事な話の邪魔をしないでくれ」
ノーモーションでサンダーの魔法が発動――範囲攻撃の落雷が眼下の賞金稼ぎたちを消し炭にした。
しかし落雷という発光現象が、最近出不精になっていた賞金稼ぎたちを呼びよせて、弾丸と爆発をともなうお祭り騒ぎに発展していく。シンジ・ムラカミの悪名は国家にも轟いているわけだから軍隊まで出動した。
戦車の砲撃がはじまるころには、異世界の賞金稼ぎたちまで参戦していた。タラバザール帝国が発行した手配書をもとに、金貨2億枚を求めて攻撃魔法や攻撃魔術を連発する。
「くっくっく。僕は地球と異世界の人気者ってわけだね」
戦争みたいな惨状になったおかげで、東征たちは遠距離まで逃げられた。岩坂都知事が改造したベンツは、探査の魔法から逃げられるように対魔法フィルムを張ってあったのだ。まるでシンジという名の疫病神を遠ざける魔よけのお札である。
助手席に座るオジサンが、後部座席に座るユーリの小さな顔を見た。
「東征。彼はホログラフィか? それとも本物か?」
「俺にもグスタボにも、どっちが本物かわからないようにしてある。シンジのやつ、古代魔法とかいうの使えて記憶を読むやつもあるらしいからな」
「用心深いな」
「ああ。どっちが本物か見抜かれたら、二手にわかれた意味がなくなるからな」
なお東征&オジサンコンビが連れ歩くユーリは、快活に笑った。
「きっと僕が本物だよ。嘘かもしれないけどね」
本気なのか冗談なのかわからない。もしホログラフィだったとしても、完全に本人と同じ思考をトレースするから、真実を語ることはないだろう。
ようやくシンジたちが争う音が対岸の火事になるぐらいの距離になったので、交通情報を漁っていく。車のラジオスイッチを入れてニュースを聞くと、奇妙で危険な速報が流れてきた。
『東京シティのみで稼動していた次元連結トンネルが、世界各地で確認されるようになりました。発生したばかりの次元連結トンネルのお近くにお住まいのみなさんは、異世界との接触を控えてください。どんなトラブルが発生するか予測できません』
ピーンっときた。岩坂都知事が成そうとしていたナニかは、次元連結トンネルの増殖と繋がるんだろう。速報をもとにして頭の中で地図を描くと、オジサンとコンビを組んでいることが幸運だと判明した。
「オジサン。異世界の地図は、タラバザール以外の国家も把握してるか?」
「もちろん。魔法大学時代、各国に留学したし、フリーランスになってからも見識を広めてきた」
「さすがインテリはこういうとき強いぜ。逃走ルートが増えるのはいいことだ」
逃走ルート――合流ポイントはロシアの首都にある赤の広場だった。あそこなら魔法使いや魔術師に対抗する最終手段があった。きっとシンジの無敵モードだって突破できるだろう。
当初はバカ正直に地球の空路を使って海を越える予定だったが、世界中に次元連結トンネルが生まれたなら誰にも予測できないルートを進んでいける。
地球【東京】→ 異世界【未知の国家】→ 地球【ロシア】
異世界をワープホールみたいに中継して、日本列島からユーラシア大陸まで移動するわけだ。この方法ならシンジもエミリアも追ってくるのが難しいはず。
内心ほくそえんだところで、ひゅぱっと進行方向にシンジがテレポートで出現した。
「東征。なんで僕を無視するんだい?」
「しつけーぞコラ」
「だってユーリ殿下は僕たちに必要不可欠なんだよ」
シンジは手のひらを一瞬だけこちらへ向けたのだが、すぐにポケットへ戻してしまった。どうやら攻撃をためらっているらしい。
「お得意の魔術は撃ってこないのか?」
「…………ユーリ殿下は生きたまま連れ帰らないとダメだからね」
まるで見捨てられそうな恋人みたいな目でいった。どうやらユーリを殺さないためではなく、東征を攻撃したくないらしい。
「お前、いったいなんなんだ?」
「…………だって、なんでも力技で解決したら、エミリアと同じ畜生道に落ちるじゃないか」
「学習してるってわけかい」
「東征。僕たちは異世界梁山泊を結成した。よかったら一緒に新政府と戦わないか?」
異世界梁山泊というネーミングに仰天してしまった。
地球人の東征より地球の文化に詳しくなってきた勉強家のオジサンが解説した。
「梁山泊は、中国の古典【水滸伝】に登場する反抗勢力の拠点だな。星に導かれた108人の英傑たちが圧制へ抵抗していくお話だ」
解説を聞いたシンジが、微笑を浮かべた。
「そちらの地球に馴染んだ魔法使いさんも、梁山泊に参加しないかい?」
「英傑というキーワードに惹かれなくもないが、今のお前たちに道理があるとも思えないのが不思議だ」
「道理ならあるじゃないか。帝国化したタラバザールを正常な状態に戻さないと」
「そこだ。お前たちの考える正常が、普遍的な正常に感じられない」
「……なんだって魔法大学出身のインテリは、みんな似たような文句をいうのかな」
「私は魔法大学出身者のなかでも変り種だ。組織行動をほとんどやってこなかったし、今では地球に馴染んでしまった。そんな私にまで道理がないといわれてしまうなら、根本的なところを見直さないと人は集まらないだろう」
「…………どうも一本とられたらしい。それに厄介な邪魔者が入った」
紫色の髪を地面に届くまで伸ばした女――魔術師ギルドのマスター・ヴァネッサが、発情した瞳で飛んできた。地面スレスレを滑空して、シンジの股間をえぐるように体当たり。
「シンジくん。どうしてわたしの愛を受け止めてくれないのかしら?」
「お前、しつこいぞ」
「愛は偉大なり」
地球でもシンジとヴァネッサの魔術師対決がはじまったが、関わる理由がないので、東征の運転するベンツは遠くへ離れていく。
「しかしまいったな。無敵の賞金首に追われると、休む暇もないぜ」
東征がぼやくと、オジサンが感慨深くうなずいた。
「強すぎるな、シンジ・ムラカミは」
「やっぱりチート持ちの転移者は憎いかね?」
「当たり前だ。あの余裕だって本人の資質や努力がもたらしたものではないのだから」
オジサンぐらい柔軟な思考の持ち主ですら、チート持ちを憎悪する。なら異世界でも平均値に近い感性を持った魔法使いないし魔術師だったら、転移や転生を抹殺したいぐらい憎んでいるだろう。
異世界梁山泊は難航して当然だった。
ベンツの進行方向に、真新しい粒子を放つ次元連結トンネルが見えてきた。カーナビにも次元連結トンネルの位置が表示されるのだが、目の前のやつは表記されていなかった。速報にあったように発生したばかりのやつだろう。
「オジサン、賭けは好きかい?」
「嫌いだが、目の前のトンネルを通ることに合理性があるように思える。シンジとヴァネッサから逃げなければ。彼らの争いに巻きこまれたら車なんて玩具のように壊れてしまう」
「決まりだな」
ベンツが新規の次元連結トンネルを通過したら、そこは雪国だった。
オジサンがつぶやく。
「川端康成の世界だな」
どうしてオジサンは地球の文化に詳しくなったんだろうか。
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グスタボ&華舞コンビは、公衆酒場の裏口から脱出すると、事前に回収してあったSUVで逃走していく。同業者たちや軍隊はシンジ・ムラカミにおびきよせられたので、こちらは静かなものだった。
「ちなみにどっちのユーリくんが本物なんですか?」
華舞がだらしない顔で、ユーリの頭を撫でていた。ショタコンの本領発揮であった。
「どちらが本物かオレも東征も知らない。知ってしまえば古代魔法で記憶を読まれるからな」
「なーるほど。さすがに賢いですね。しかしなんでスパイをやっていたわたしを恨んでないんですか?」
「情報を流すだけなら別にな」
なぜ華舞がスパイをやってまで金を欲しがったのか教えてもらってあった。故郷の師匠が病気になって、治療のためにまとまった金が必要だったからだ。華舞らしくない話だったが、情報の裏取りをしたら事実だったので、許すことにした――というのは建前だ。
本音は、恥に関わることなのであまり思い出したくない。
「命を狙ってたら別腹ってところでしょうか」
華舞が、自虐的に鼻を鳴らした。
「そういうことだ。罪悪感があるなら、ユーリ殿下を守るために身体を張るんだな」
「へいへい、信頼回復のためにがんばりますよ。ねー、ユーリくん」
華舞は、ユーリを捕食するみたいにべったべった触っていた。今にも押し倒してしまいそうなぐらい鼻息が荒い。
さすがにユーリも気色悪くなってきたのか、若干引き気味で文句をいった。
「あの……あんまりべたべたくっつくと、本物かどうかわかってしまうので、よくないと思います」
「ありゃ、十歳でもわたしより賢い」
賢くて当然だ。ユーリは顔も知恵も二代前の賢い王にそっくりだった。王制の強みは賢者が権力を握ったときの爆発力だ。だが裏返せば愚者が権力を握ると、タラバザールのように革命が起きる。
まさか地球へ転生してからもタラバザールの命運と密接に関わるとは思わなかった。
帝国化した新政府も、反政府活動も、最後の王族ユーリを使って味方の数を増やそうとしている。かつて魔法大学の学長をやっていたときなら政治判断としてどちらかに味方せざるを得なかったんだろうが、賞金稼ぎの立場なら政治利用させないように奔走するのもアリだ。
立場は人を変えるんだろう。おそらくエルフのエミリアも、チート魔術師のシンジも、今後変わっていくに違いない。
きぃんっと懐かしい空間の揺らめきを感じた。誰かが近くにテレポートで出現しようとしている。
「はぁい、先代の学長。お久しぶり」
エミリアであった。紋章のついたショットガンを構えて、SUVのボンネットで仁王立ちしていた。
「お前が子供のころに会っていたな。賢い子供だった。いや、ずる賢いだった」
「よーく覚えてるね。だからユーリをこっちに渡してくれるのが懸命だと思うよ。あたしはずる賢いから」
だが華舞がべーっと舌を出した。
「あなたみたいな性格の悪いやつに、こんなかわいい子を渡せるはずないですよ」
「まぁ、ショタコンだったの、そっちの格闘娘」
「なんとでもいえばいいと思います。愛は尊いんですから」
「認めちゃったし……」
フェティッシュな会話が進んでいる横で、グスタボは冷静に状況を観察していた。なぜエミリアはこちらへきたのか。先代の学長であると知っているなら、言葉による説得は難しいとわかるはずだ。
結論はひとつしかなかった。
「ちょこざいな取引が目的か」
「ちょこざいなとは失礼な。せっかく魔法大学を別組織に組み替えて、あなたを学長として迎えようとしてるのに」
「誰が頼んだ。オレは賞金稼ぎだ。それ以上でも、それ以下でもない」
「なんで取引に応じないの? 企業とか政府の賢い人って、こういうときウインウインの関係になるのを望むのに、あなたも東征ってやつも、シンジもお兄ちゃんも、みーんな不利益なことばっかり選ぶ」
「東京シティにいるマフィアそっくりだな。他人を使い捨てることを前提に物事を進めていく。口先だけビジネストークをして、心の底では誰も信じていない」
「ふん。だったら死んじゃえ」
エミリアがショットガンを撃とうとした。だがグスタボが左手でハンドルを握ったまま、余った右手で――魔法を発動した。
SUVのフロントガラスの向こう側にサンダーの魔法が瞬いて、エミリアの魔法障壁を貫き、ショットガンをばしんっと砕いた。
「ちょ、ちょっと学長!? 転生しても魔法が使えたの……? だって地球人って魔法が使えないんじゃ……?」
「地球に転生した際のチート能力だ。たとえサイボーグになっても魔法が使える。今までは正体がバレてしまうから使ってこなかった」
これこそが、華舞を許した本音につながる。
華舞が負傷した日、転生前の人生を知られたくない一心で回復魔法を使うことをためらっていた。あんなに己が恥ずかしくて醜い生き物だと思ったことがない。だからスパイを許さなければならなかったのだ。自分自身の戒めとして。
「ちょっとサイボーグで魔法ってずるくない!?」
エミリアがのけぞっていた。
「岩坂都知事も転生してから次元連結トンネルを作ったのだ。オレが使えても不思議ではあるまい」
さらにサンダーを撃ってトドメを刺そうとしたら、エミリアは血相を変えてフライの魔法で空へ逃げていく。
「一時撤退。先代の学長が今も魔法を使えるっていうなら、勝算が薄いもん」
「ずる賢さにくわえて逃げ足まで一流か」
「あったりまえでしょ。シンジに命狙われても生き残ってるんだから」
エミリアはテレポートを乱発して疾風のごとく撤退していった。見事な撤退だ。さすがに革命を成功させるだけあって、プライドや意地より生存の利益を選ぶわけだ。
敵が去ると、華舞が、おーっと賞賛した。
「魔法もドローンも使えるって、完全にヤバイ人ですね。グスタボさん」
「目立つと僻まれるからな。これからも必要がなければ使わない」
グスタボはアクセルをべた踏みにすると、高速道路を進んで空港へ向かう。おそらく東征は変化球を好んで異世界を伝ってロシアへ向かうだろう。
だがこちらは直球で地球上を移動する。エミリアは東京シティしか慣れていないだろうから、地の利を活かすのだ。