27話 正義でも悪でもない賞金稼ぎは独自の道を貫く
革命側が勝利して、神聖タラバザール王国はタラバザール帝国へ変化した。
盗賊ギルドの新しいマスター・エミリアと、魔術師ギルドのマスター・ヴァネッサは議員となり、タラバザール帝国の政治運営に関わっていくという。
城は燃えつきて瓦礫の山となっていた。王族と貴族の身分制度も廃止されて、反対する勢力は各地の山林へ潜伏したらしい。
魔法大学は解体されて普通の大学になるという。魔法使いたちが権力から切り離されて、魔術師ギルドの魔術師たちが権力に組み込まれたのである。革命にありがちな既得権益の付け替えというわけだ。
思想犯たちは関係者を含めて魔法大学出身の不穏分子として処刑された。身元を突き止めた手がかりは蒸気自動車を構成するパーツの購入先と、組み立てた技術屋の証言であった。東征は強奪した蒸気自動車をエミリアに譲らなくて正解だった。モロに政変に巻き込まれていた可能性が高いからだ。
そしてシンジは地球でも異世界でも巨額の賞金をかけられて、すっかりパブリックエネミーになっていた。ただの賞金首ではなく、地球と異世界に存在するあらゆる文明国家共通の敵となっていたのである。
加えて小さな集落へ逃げていた義賊チームは全員が異世界の賞金首になった。もちろんラルフも含まれていて、シンジの次に大きな額だった。せっかく地球の賞金首が解除されたのに災難である。
そんな現実離れしたニュースを、東征チームは公衆酒場のテレビで見ていた。旧魔法大学出身のオジサンは現実逃避するように、枝豆をつまみにビールを飲んでいた。
なお公然と殺害された岩坂都知事の後任はまだ決まっていなくて、賞金稼ぎたちの仕事は霞ヶ関の官僚たちが一時的に掌握することとなった。だが個人の采配ではなくお役所仕事で管理されるようになると、賞金稼ぎたちは堅苦しさを嫌って公衆酒場に姿を現す頻度が減っていた。廃業するものまで出てきたぐらいだ。
やはり岩坂都知事の運営が最適だったのだ。たとえ裏の顔があったとしても。
――ぎぃっと公衆酒場のスイングドアが開くと、身なりの整った男の子が入ってきた。
「あの、はじめまして。僕、ユーリといいます」
男の子が何者か知っているグスタボとオジサンが面食らった。
「「なんで殿下がここに?」」
声のハモった二人のインテリたちに、ユーリは身を正してから答えた。
「王都は陥落しました。なので僕はもう殿下ではありません」
ぴーんときた東征が、お箸の先をユーリへ向けた。
「……まさか俺たちに守れってんじゃないだろうな」
「はい。デンゼルが、あなたたちを頼れと」
まだ神聖王国だったころの印が押された手配書を渡された。そこには東征の人相書きが描かれていた。お尋ね者になる予定だったのだ。しかし王制は解体されたので『貴族に対する反逆罪』は罪ではなく誉れになってしまう。
「あの銀髪は死んだか」
「はい……地球で自由に生きろと」
「だったら、お前はもう王子様をやめるんだな」
「やめました。今はただの好奇心旺盛な子供です」
なんてところで、怪我から復帰した華舞が公衆酒場へやってきた。
「あれ、東征さんお子さんいたんですか? それも可愛い男の子! 本当にかわいい! 食べちゃいたい!」
能天気なショタコンである。スパイが発覚して数日しか経っていないのに。まぁ雇っていた張本人は殺されてしまったが。
「子連れの賞金稼ぎなんて聞いたことねぇよ」
「じゃあ、その可愛い男の子はなんですか?」
「普通の男の子だよ」
「だったら紹介してください!」
「……お前本当にマイペースだよな」
花舞との会話を区切ってから、グスタボに悩みを打ち明ける。
「なぁグスタボ。なにをやったら、この焦燥感は消えてくれるんだ?」
「それに答えるために質問する。正義は好きか?」
「好きじゃない。だが嫌悪するほどでもない」
「なら、ユーリを普通の男の子として守ることで満足するだろう」
「もし正義が好きだったら?」
「シンジたちと手を組んでエミリアとヴァネッサを殺せばすっきりするぞ」
久々の選択だった。今回は二択だ。広義では三択だが。
1.最後の王族であるユーリを普通の男の子として守ることで焦燥感とお別れする。だが彼を政治利用したいやつらが干渉してくるだろう。儲けはないし疲れるだけだ。
2.シンジたちと組んで議会を襲撃する。だが異世界でのパブリックエネミーになってしまうだろう。政治力学の流れが悪かったら地球でも犯罪者扱いされるかもしれない。
3.無関係をつらぬく。ユーリを見捨てるという意味でもあった。
なおオジサンは枝豆をごくりと飲みこんでからいった。
「私はユーリ殿下をお守りしたい。これでも魔法大学出身の魔法使いだからな。まぁ……もう魔法大学は解体されてしまったが……」
グスタボは、ビールジョッキを空にしていった。
「オレはどちらでもいい。だがタラバザールの議員を襲撃するには正当性が必要だぞ。我々は地球人であって、なんの動機もないからな」
華舞は、ぴしっといった。
「わたしは聞かなくてもわかると思いますけど、楽しそうだから議会襲撃ですよ。そして可愛い男の子とゴールイン! ……でへへ」
華舞のアホな意見は無視するとして、東征は困り果てていた。もしカタギの人間だったら1も2もお断りで3を選ぶ。どう考えても1と2はトラブル必至だからだ。
しかし自分は賞金稼ぎであり、少なからずとも革命の一端に関わっている。やはり二択だ。
1は……まぁあるだろう。こんな年端もいかぬ子を見捨てるのは後味が悪い。立派な動機だ。
2が問題だ。グスタボがいうように、シンジたちに手を貸す動機がない。当初の黒幕である岩坂都知事は死んでしまったし、誰がタラバザールの支配権を手に入れようと賞金稼ぎには無関係だ。もし正義が心の底から好きなら、東京スカイツリー廃墟で遭遇した時点でエミリアと対立していただろう。
さらに冷静になって考えれば、別の選択だってある。シンジを含めた義賊チームを賞金首として狙うことだ。公衆酒場のやる気のある賞金稼ぎたちは、義賊チームを狙って異世界へ旅立っていた。ごく自然な行動であり、賞金稼ぎの本懐だろう。東征だって本件と縁がなかったら喜んで狙いにいったはず。
しかし本件は裏を知りすぎていた。もはや賞金稼ぎの範疇を超えていた。本来なら英雄譚の勇者がやる仕事だろう。できることなら革命関連のほとぼりが冷めるまで地球にやってくる小悪党だけを狩っていたい。
脳裏をかすめるのは、死んだ岩坂都知事が大枚はたいてやらせようとしていたことだ。まるで奥歯に魚の骨が刺さったみたいに気になっていた。
びゅんっと空間が歪む感覚を感知したら、テレポートの魔法で二人の人間が同時に酒場へ出現した。
エミリアとシンジだった。
「シンジ、あなたは!」
「エミリア、また再会できるとはね!」
どうやら偶然同じ座標へ出現したらしく、今にも騒動を起こしそうだったから、東征が一喝した。
「ここは地球の法令で管轄されてる公衆酒場だ! 一発でも撃ってみろ、政治や外交で不利になるぞ!」
エミリアは新しい政府の議員だから地球の法律を真っ向から無視するわけにもいかず、シンジはなにか裏で動いているらしく踏みとどまった。
ふーっと深呼吸してから、エミリアから条件提示してきた。
「ユーリ殿下をこっちに引き渡して。新政府内部の旧王制派をまとめるには、その子を使ったほうが手っ取り早いのよ」
舌打ちしたシンジも、条件提示してきた。
「ユーリ殿下がいれば、各地の王制残党が仲間になる。正義は我にありだ」
いきなり政治利用したいやつらが干渉してきた。
ユーリ本人はというと、東征の肘をつかんで、頑なに口を閉ざしていた。彼は王の血筋を自ら否定している。政治利用されるつもりはないんだろう。
東征は仲間たちに目配せした。グスタボも、華舞も、オジサンですら、東征がどんな選択をするか理解したようだ。反対するつもりもないらしい。ありがたい仲間たちである。
「お前らなにいってんだ? ユーリは地球生まれの男の子だぞ。ロシアっぽい名前だろ?」
どーんっと足をテーブルに投げ出して、中指立ててファックサイン。新政府の議員であるエミリアの提案も、反政府活動っぽいものをはじめたシンジにも、NOを突きつけた。
整った顔立ちを歪ませてエミリアが吐き捨てた。
「話のわかる人だと思ってたんだけどな」
シンジが悲痛な顔でいった。
「東征、君なら僕のことを理解してくれると思ったのに」
エミリアとシンジ。二人は似たもの同士だった。ここまで性格がそっくりだと、最初は距離が縮まっても、次第に同族嫌悪で仲違いするだろう。
そんなやつらの憎しみあいに巻きこまれるわけにはいかない。
「おいシンジ。ラルフに会ったらいっとけ。反政府活動から抜けたいなら俺のところに来いってな」
「ラルフは僕の仲間だぞ! 勝手なことをいうな!」
さらにエミリアまで怒り出した。
「お兄ちゃんは反逆者として賞金がかかったの! あなたが匿えば、こっちの世界で賞金首になるよ!」
とことん似たもの同士だ。なるべく関わりたくないと思わせるところまで似ている。
東征は仲間たちにハンドサインを送った。チームを二つに分ける。ユーリのダミーを作って、政治利用したいやつらをかく乱する。合流ポイントを知っているのは、自分とグスタボだけ。二人をリーダーにして公衆酒場から逃亡だ。
仲間たちがうなずいたところで、公衆酒場の店主へウインクして意図を伝えた。適当に隙を作ってくれたら、迷惑をかけないように出ていくという内容だ。
店主は、ごほんっと咳払いしたら、火災報知機を鳴らした。しゃーっとスプリンクラーが作動して、水滴が霧のように立ち込める。
それが合図となって、東征&オジサンコンビが正面から、グスタボ&華舞コンビが裏口から――遺伝子情報つきのホログラフィユーリ、もしくは本物ユーリを伴って、二手に分かれて公衆酒場から脱出した。




