26話 親衛隊終焉 デンゼル、最後の戦い
革命は佳境を迎えていた。王都は陥落寸前であり、王都を守るはずの衛星都市がむしろ革命に加担していた。神聖タラバザール王国の防衛体制は、他国が攻めてくることを前提にしていて、内乱を想定していなかった。なぜなら歴代の王様が賢く人格者だったため、国民に信頼されていたからだ。
しかし、先の王位継承戦争で勝った怠惰な王は、まったく国民に信頼されていなかった。
「王様。ご決断を。もはや我が軍に余裕はありません。銃の使用許可をください」
親衛隊の隊長で銀髪の男――デンゼルは、王座の間で怠惰な王に訴えた。
王都に銃を持った農民が押し寄せていて、とっくに防衛線は決壊していた。いや、もっと正確にいうと市街地は空っぽになっていた。市民たちは親類縁者から革命の情報を知るなり、さっさと逃亡してしまった。
衛兵たちにいたっては業務を放棄していて、最悪の場合は革命軍に参入してしまった。どうやら戦士ギルドに愛想をつかされていたらしい。
城を守ろうとしているのは親衛隊と、魔法大学の関係者だけ。どれだけ親衛隊が卓越した戦闘経験を持っていようと、どれだけ魔法大学の関係者が優れた魔法を使えようとも、洪水のように押してくる銃の前では無力だった。
戦争は数が大事だ。雑兵に扱いやすく手数の多い飛び道具をもたらせられれば勝ったも同然。その勝利条件を満たしているのは、革命側だった。
なのに、なのに、怠惰な王はこういった。
「それでも余は銃が嫌いじゃ」
王座にしがみついて、子犬のように震えていた。
デンゼルは絶望していた。なんでこんなバカが王位を継承してしまったのかと。父が命を賭けてまで守ったのは愚か者だったのかと。
唯一の希望は、怠惰な王の息子であるユーリ殿下だった。聡明で人格者。歴代の王が持っていた長所をことごとく引き継いでいる。弱点は弱冠十歳ということ。
ユーリ殿下を遠くへ逃がせれば、王制支持者の希望はつながる。死んでしまえば、革命を志す野蛮な連中の思うがままだ。
デンゼルが王を見捨ててユーリ殿下のところへ向かおうとしたら、魔力の揺らめきを感じた。誰かがテレポートの魔法で王座の間へ出現しようとしている。
――王の頭が、ぱしゅんっとスイカみたいに吹っ飛んだ。
テレポートで出現したエルフの女が、紋章のついたショットガンで撃っていた。どうやら加速のエンチャントをつけることで魔力障壁を貫く散弾にしてあるらしい。あんなもので撃たれたら人間の体なんて木屑みたいに散るだろう。
「これでウチが革命後に有利ってわけ」
彼女は盗賊ギルドのエミリアだった。かなりのキレモノと噂だったが、まさか王を殺してしまうなんて。
だが王はこちらも見捨てるつもりだった。大事なのはユーリ殿下だ。デンゼルはエミリアを無視して王族が暮らす上層階へ上ろうとした――そこで実戦経験が危機を訴えた。背後に気をつけろ。ごろんっと地面に転がったら、頭上を魔術の熱線が通過していった。
「あーら、やっぱりデンゼルくんは、そういうところだけシンジくんより優秀ね」
魔術師ギルドのマスター・ヴァネッサまで王座の間に侵入していた。床まで届く紫色の髪と卑猥な衣服が、まるで王の権力をバカにしているみたいだった。
前門にエミリア、後門にヴァネッサ。どちらもずる賢い狐みたいな女。二人はデンゼルを無視して腹の立つ会話をはじめた。
「ヴァネッサ。手柄ならあたしがもらったよ」
エミリアがショットガンの銃口で王の死体をつついた。
「ふん、魔法大学のバカどもが邪魔しなければ、いまごろ私が殺してたはずよ」
「そもそもあなたがシンジと遊んでなければ、先に王を殺してたでしょ。油断大敵ってね」
「…………はっはっは! エミリアってば、革命の流れを操ってシンジを囮に使ったのね。あなたのこと好きになれそうよ」
「お互い、利益が噛み合ううちは仲良くしようね」
なんて会話だ。おそらく王を殺したほうが今後の主導権を握る約束でもしていたんだろう。これからのタラバザールはなんでも金で動く軽薄な時代になる。
それはさておき女狐たちが油断してくれたおかげで、王座の間から逃げられそうだ。地球から仕入れた道具――かつて東征が使ったのと同じ煙幕玉をポケットから出すと、ぼふんっと床にまいた。
視界を消すほどの白煙に隠れると足音や気配を消して二階へ上っていく。探査の魔法を使われたときに備えて魔力のダミーを廊下へ投げ飛ばした。
「逃がさないわよ、親衛隊の二枚目」
ヴァネッサはダミーに惑わされて廊下へ飛び出していった。
だが五感に優れたエルフであるエミリアが、冷静に追跡してきた。
「だまされるはずないでしょ、貴族なんて時代遅れの生き物に」
「ヴァネッサだって貴族だぞ」
「あんな戦闘狂、肩書きなんて気にしてないわよ」
「お前の相方だって戦闘狂だろうが」
「シンジのことは……あとで考えるわ」
どかんっと階段の壁が破壊されると、悪鬼のようにどす黒いオーラを放つシンジが入ってきた。
「エミリア、ゼンじいさんを殺した理由、ちゃんと教えてもらうからね」
城ごと破壊しそうなぐらいシンジの怒りは増幅していた。
「げっシンジ……えーと、あなたにもちゃんと分け前あげるから……ね? ね?」
エミリアの顔色が悪くなっていく。さきほどまでの勝気な姿勢は鳴りを潜めていた。
「真面目に答えないとエミリアだろうと殺すぞ」
「う……ヤバイ、本気っぽい」
「ゼンじいさんを殺して盗賊ギルドを乗っ取り、おまけに王を殺して手柄をひとりじめ。まるで東京シティみたいなやり方だ」
「…………あたし東京シティで学んだの。仁義だとか施しだとか無意味だって。昔からシンジとお兄ちゃんのやりかた嫌いだった。バカみたいに他人に利益をわけちゃってさ、せっかく盗んだお金を自分で使おうともしないなんて」
「残念だよ。あとでラルフに謝っておく」
シンジがエミリアを殺そうとしたら――ヴァネッサが背後から突っこんできた。
「悪いけど、今はエミリアが必要なのよ」
「またお前か!」
「ええ、またわたし。デートの続きをしましょう」
エミリア・ヴァネッサコンビVSシンジの壮大な戦いが始まったおかげで、デンゼルは無事に上層階へ到達した。
ずんずんっと城が振動していた。シンジが怒りまかせで魔法と魔術を連発しているらしい。あの地球出身の転移者、あそこまで強かったのか。エミリア・ヴァネッサ組だって対抗できるのが恐ろしい。
デンゼルは、自分自身がどこまでいっても普通の人間であることを意識した。あんな化け物たち、勝手に殺しあっていればいい。
化け物たちの発する音から遠ざかったところで、ユーリ殿下の部屋にたどりついた。
利発な顔をした男児が、炎上する城下を窓から見下ろしていた。彼がユーリ殿下だ。さらさらの茶髪が、焦げ臭い風であおられていた。
「デンゼル。僕たちは間違っていたのかもしれないね」
デンゼルは、ユーリ殿下の未成熟な肩をがしっとつかんだ。
「殿下。いいですか。王族は常に正しいのです。間違うことがありません」
「でも君は旧市街地を焼き払おうとしたじゃないか。彼らだって臣民なんだ」
「殿下……」
「僕たちは間違っていた。間違っていたからこそ負ける。どんな精神論だって事実は曲げられない」
なんて聡明な男児であろうか。彼が王位を継いでいたら、タラバザールは繁栄していたに違いない。だが彼のいうように事実は曲げられない。時間だって巻き戻せないし改変もできない。
「逃げましょう。殿下が生き残れば、必ずチャンスがやってくる」
「僕はそうは思わない。きっと王制そのものが時代遅れとして国民に知られていく」
「…………地球の知識ですか」
「どんな知識でも人間の怒りは静められない。彼らは怒っているんだ」
「……わかりました殿下。とにかく逃げましょう。あなたを死なせたくない」
「僕は君の信条の偶像じゃないぞ」
ぐさりと刺さる言葉だった。何千というお説教よりも、ユーリ殿下の自由を求める心が、敗北した貴族であるデンゼルを揺るがした。
今まで信じていた信条が、ぎしりぎしりと錆びていくのを感じていた。
「……わかりました。あなたが生き延びたなら、あとは好きに生きてください」
「ならいいよ。一度地球へいってみたかったんだ」
「お供します」
殿下の部屋に作られていた王族専用の脱出路を使って車庫へ向かった。秘密の通路だけあってメンテナンスがロクにされていないからかび臭くて薄暗い。くもの巣がぎっしり生えていたから、殿下の通行の妨げにならないように払い落としていく。
ある程度進んだところで、敵に脱出路を追ってこられないようにサンダーの魔法で壁を崩した。
「デンゼルは、子供のころなにになりたかったの?」
ユーリ殿下は、瞳をキラキラさせていた。こんな非常時でも落ち着いている。将来は大物になるだろう。
「立派な貴族ですよ」
「貴族は出生であって職業じゃないでしょ」
「職業でいえば……剣士でしょうね。英雄譚に出てくるような、かっこいい剣士」
サーベルを使って悪いやつをやっつける。子供なら誰でも一度はあこがれる夢だ。
「僕はレーサーだよ。地球だとエンジンのついた乗り物がすごいスピードで走るんだ。あれを操ってタイムを競う。かっこいいじゃないか」
「危険な競技のように思えますね」
「だからかっこいいんじゃないか」
だからかっこいい――剣士だって悪いやつをやっつけるなんて危険なことをするから、かっこよかったのかもしれない。
王族も貴族も子供が考えることは同じだ。なら大人になってから変わるのは、なぜなのか?
「殿下。私は……私は間違っていたのかもしれません」
うまくいえないのだが、親衛隊としてやってきたことが、ひどく煤けたものに感じるようになっていた。
「僕もいつか間違えるかもしれない」
「殿下は間違えない気がします」
がらっと行き止まりの岩を押し崩すと、ようやく車庫へ出た。
車庫には、思想犯から押収してあった蒸気自動車があった。デンゼルはエンジンをかけた。こそこそメンテナンスしながら使い方を覚えておいたのだ。こんな日がくるんじゃないかと予感して。
「デンゼル。実は僕も運転できるんだ」
ユーリ殿下が快活に笑った。彼も父親である怠惰な王に隠れて、地球の道具の使い方を覚えていたのだ。
「殿下が、殿下が王であったなら、こんなことには……!」
デンゼルは悔し涙を流した。たとえ十歳でも彼が王をやっていたら、銃を持った農民なんぞが王都を陥落させる風景など見るはずがなかったのに。
だが気持ちを切り替えると、王都を脱出するために、車庫のシャッターを開いた。
運悪く、銃を持った農民たちが攻めてくるところだった。彼らを突破しないかぎり、ユーリ殿下が生き延びる道は生まれない。
デンゼルはサーベルを抜くと、覚悟を決めた。
「殿下。お逃げください。ここはデンゼルが引き受けました」
「しかしデンゼルのような忠臣を見捨てていくなどできない」
「いきなさい。このお尋ねモノになりそこねたお人好しが、あなたを助けるでしょう」
デンゼルは、配布するはずだった東征の手配書を、ユーリ殿下に握らせた。もはや王制が崩れてしまっては、官報の手配書などただの紙切れだ。
しかし、今だけは次世代につながる道しるべとなる。
「では殿下、デンゼル、突撃します」
デンゼルは魔法障壁を全開にすると、農民の群れへ突撃した。
四方八方からライフル弾が飛んできた。魔法障壁を全開にしてあるから正面から斜め後ろの300度までは防御できる。だが残り60度は無防備だ。360度を分厚い魔法障壁で守るにはギルドのマスターレベルに達する必要があった。
しかし60度の隙間を実戦経験で埋めていく。ライフル弾は貫通するから、対象を包囲してしまうと同士討ちが怖くて使えなくなるのだ。
デンゼルは敵の群れに飛びこむと、サーベルでひたすら農民を切り裂いていく。攻撃魔法は使わない――魔法障壁の維持にすべての魔力を配分していたからだ。
だが誤算が生まれた、もし敵が訓練された兵士だったら、同士討ちを恐れて包囲された状態で発砲などしなかったんだろう。だが相手は無学の農民。デンゼルを包囲した状態で一斉に発砲した。
背中から弾丸を受けて、デンゼルは膝をついた。周囲では農民の同士討ちが大量に発生して、ばたばた倒れていく。同士討ちの責任のなすりつけあいで、前線が大混乱になった。
チャンスだ。魔法障壁を解除すると、いつぞや東征相手にやったみたいに散弾として弾けさせた。さらに防御を捨てて、めちゃくちゃにファイヤーの魔法を周囲へ撒き散らして、道を強制的に開いた。
「殿下! 今です!」
「デンゼル! あの世で会おう!」
ぶぅんっとエンジンをうならせてユーリ殿下が蒸気自動車を走らせていく。城の裏門から王都の外へ向けて一直線。彼はもう大丈夫だ。きっと一人で東征のところへたどりつくだろう。
守りたい人間を守ったことと引き換えに、防御を捨てていたデンゼルは、数発のライフル弾を全身に食らって、どぅっと仰向けに倒れた。
痛みが消えるほどの瀕死だった。薄れていく聴覚の奥へ、ぱちぱちと火の粉がはじける音が聞こえた。城が炎上しているのだ。革命側は王制が存在していた痕跡を一切残さないつもりらしい。かつて親衛隊が旧市街地を焼き払おうとしたのと同じ発想なのかもしれない。
だったら、自業自得なのかもしれない。きっと農民たちになぶり殺しにされるんだろうと思っていた。だが意識はうっすらと消えていくばかりでトドメの一撃はやってこない。
なぜかシンジの声が上から聞こえた。
「まさか、君の行動に感動することがあるなんてね」
デンゼルは、最後の力を振り絞って、周囲を見渡した。
シンジがバカみたいに分厚い魔法障壁で360度を守ってくれていた。どうやら助けてくれたらしい。
「…………盗賊ギルドは……もはや別の組織だぞ……」
「ああ。エミリアには、逃げられちゃったよ。ついでに義賊チームは盗賊ギルドを破門だとさ。まったく、仁義なんて通用しない世の中になっていくのかな」
シンジは泣いているのか怒っているのかわからない顔をしていた。その表情に不思議と共感してしまった。きっと信じていたものに裏切られた同志なのだろう。
「殿下は見逃してくれ……たのむぅ……」
「保障はできないよ。だって僕たちを散々苦しめた王族でしょう?」
「たのむぅ、たの、、む、、」
デンゼルは事切れた。ひゅうっと焦げ臭い風が吹くと、王族の旗が燃えつきて、灰が草原にまかれた。
シンジはため息をつくと、デンゼルの腰からサーベルを抜き取って、車庫を包囲していた農民たちを皆殺しにすると“旧王都”から脱出した。
――後日。シンジは異世界でも賞金首になった。罪状は『新政府に仇なすテロリスト』。金額は金貨2億枚。奇しくも地球でかけられた賞金と同じであった。