24話 盗賊ギルドの下克上
――シンジの視点から、少々時間がさかのぼる。
東征チームが東京スカイツリー廃墟へ到着すると、燃え盛る戦場になっていた。旧時代の電波塔に篭城する側と、土台のショッピングモールから攻める側の争いだ。衣服のデザインや魔法が飛び交う光景から推測すると、盗賊ギルドが内輪もめしているようだ。
「おいおい話が違うじゃねぇか」
東征チームは塀の裏側に隠れて様子を見る。人間と人間が争う光景は何度だって見てきたが、目の前のやつはヤクザが下克上するときの雰囲気に似ていた。
内輪の争いなんて好きにやってくれてかまわないのだが、盗賊ギルドから得られた情報で今後の活動を決めようとしていたところなので、手詰まりになってしまう。
あそこで争っている誰かが正確な情報をくれたら助かるのだが。
「あなたたちが東征さんとその仲間たちね。シンジから話は聞いてるよ」
エルフの女が話しかけてきた。外見は定番の金髪碧眼とんがり耳。顔立ちは整っている。だが表情が油断できなかった。一般人に見せれば、百人が笑顔だと判定するだろう。だが裏の道に詳しい人物が見たら、作り笑顔だと気づく。
「……お前はなにもんだ?」
「エミリアっていうの。盗賊ギルド東京支部のリーダー…………いや盗賊ギルドのマスターになる予定かな」
ギルドマスターだったら、盗賊ギルドで一番偉い人間のはずだ。こんな小娘よりふさわしい人間はほかにもいるだろう。
たとえば、東京スカイツリー廃墟で防戦する側の中心人物が白髪の老人なのだが、彼の立ち振舞いや信頼されている雰囲気からして、マスターに適任だ。
グスタボが白髪の老人を見て、ぼそりとつぶやいた。
「彼が盗賊ギルドのマスター、ゼンじいさんだな。こんな小娘がマスターなんて聞いたこともない」
エミリアというエルフの女が、作り笑顔を維持したまま、背負っているショットガンに手を触れた。
「あなた、なにもの?」
「オレのことなどどうでもいい。なんでお前はギルドマスターに逆らっている?」
「……おしゃべりは寿命を縮めるんだよ」
じゃきんっと紋章の刻まれたショットガンが構えられた。まさかのエンチャント付きの銃火器である。さすがに地球で滞在する異世界の人間は適応能力が高い。
前後の情報もわからないのに争っても得がないので、東征が仲裁した。
「落ち着け。俺たちがほしいのは情報だ。盗賊ギルドが下克上で権力交代になったところで干渉しない」
「ふーん、話のわかるやつじゃない。いいよ。情報を提供する。でも無料はイヤ」
「シンジの紹介でもか?」
直筆のメモを渡したら、エミリアが露骨にイヤな顔をした。
「以前なら気前よく無料で教えたけど、今はそういう状況じゃないかも」
「過去について詮索するつもりはない。あくまで情報が欲しいだけだ」
「うーん…………やっぱ交換条件だね。あなたたち異世界で思想犯たちの蒸気自動車を奪ったでしょ。あれを譲って」
きっと彼女は諜報に力を入れたんだろう。集団戦闘は情報を制したほうが勝利するわけだが、下克上が成立しそうなのはエミリアが中心になったからに違いない。
こういう危ない女は、なるべく干渉したくない。
「譲ることはやぶさかじゃないんだがな、俺たちに不利益はないだろうな?」
「ずいぶんと警戒するんだね」
「お前は地球のレトロ自動車マニアじゃないし、異世界の技術屋でもない。欲しがる理由はロクでもないもんだろ」
「……まぁそろそろ公になっちゃうし、話してもいいんだけど、蒸気自動車のパーツと組み立てから思想犯の協力者をあぶりだそうと思って」
「まるで権力者みたいな視点だな」
「明日には意味がわかるよ。どう? 今から仲良くしておかない? 権力者とつながっておくと、賞金稼ぎのお仕事だって楽だろうし」
運命の選択が必要にも思えるが、この女狐は危険だ。深く関わったら絶対に損をする。
「お前とは適度に距離を置いておきたいな。利益の一致ぐらいならまだしも、密接に関わったらいつ裏切られるかわかったもんじゃない」
「思ったよりクールじゃない。気に入ったからサービスで情報を教えてあげる。次元連結トンネルだけど、たとえ以前の首謀者である岩坂都知事が死んでも消えないよ」
以前の首謀者――さらっと重要情報が飛び出てきた。
「なら今の首謀者は誰だ?」
「あたしを中心とした新生盗賊ギルドと魔術師ギルドの合作。乗っ取ったってわけだね」
がらっと東京スカイツリー廃墟が焼け落ちていく。敗北した側が次々と討ち取られていく。下克上が果たされて、エミリアが盗賊ギルドのマスターになった瞬間であった。
「じゃあね、今度はタラバザールでお仕事しなきゃいけないから、残りのことは岩坂都知事にでも聞けばいいと思うよ」
エミリアはテレポートの魔法を短いスパンで連発して次元連結トンネルへ向かっていった。癖のある魔法の使い方と顔の形でラルフを連想した。
もしかしたら血縁者だったのかもしれない。