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23話 シンジ・ムラカミの激闘(下) ~仲間のために奔走するチート魔術師VS自らの利益を追い求める魔術師ギルドのマスター~

 チート魔術師のシンジは、フライの魔術を解除すると、地上に降りた。びゅうと夜風が吹く。シンジの黒髪とヴァネッサの紫髪がたなびいた。


「どうやってインビジブルを見抜いたんだ?」


 すると魔術師ギルドを束ねるヴァネッサが、まるで学校の美人先生みたいに説教してきた。


「だってシンジくん、演算が苦手なのを絶対的な魔力量でごまかしてるから、魔力式に隙があるんですもの。そういう手抜きいけないわ、わたしなら手取り足取り教えてあげられるのにっ」

 

 シンジのチート能力は、絶対的な魔力量のみだ。魔力式を演算する方法を獲得しないまま転移した。だから実際に魔法や魔術を発動するためには、地道な努力と、創意工夫が必要不可欠だった。


 創意工夫――膨大な魔力量で魔力式をごまかすことだ。魔法も、魔術も、古代魔法も、ごまかして使っている。短所を長所で埋めたからこそ、ヴァネッサみたいな“技術屋”が相手になると、見抜かれてしまう。


 たださすがに“奥の手”は見抜かれていない。古井戸の陽炎――毒ガス・高温・酸素なしでも死ななかった理由が。


 生徒扱いされて舐められないように、ヴァネッサをにらみつけた。


「そもそも個人行動が是の魔術師ギルドが僕になんの用かな」

「革命に手を貸して。あなたも便宜上は魔術師でしょ?」

「なるほど。盗賊ギルドは市場がほしくて、魔術師ギルドは魔法大学のポジションがほしいわけかい。盗人猛々しいって言葉をプレゼントするよ」

「あなただって魔法大学はお嫌いでしょう?」

「同じぐらいにヴァネッサも嫌いだよ」

「あら、残念」


 ヴァネッサが魔術のファイヤーを詠唱なしで発動――魔術は対個人特化だ。たとえ魔法と名称が一緒でも効果が違う。魔術のファイヤーは、鉛筆一本サイズまで圧縮した熱線だった。


 超高速の赤い直線がビームみたいに迫ってくる。


 シンジは膨大な魔力を活性化させて反射神経を通常の百倍まで飛躍させると、紙一重で回避――ばしゅっと頬の真横を熱線が通過。背後の山が円柱型にくり貫かれて、木々に着火。山火事が発生してしまった。


 王都で魔法合戦をやったときも、魔法大学の連中は平気で流れ弾を街中に飛ばしていた。なんだって魔法や魔術を操る技術者は周囲が犠牲になることを厭わないのだ。


「まったく、戦闘狂には戦闘狂の仁義があるんだよ。戦いを楽しみたかったら、周りの人間を巻きこまないようにしなきゃな」

 

 シンジは頬に残った熱さから、かつて東征の弾丸を魔術障壁で打ち消したときも、魔力で反射神経を活性化させたことを思い出した。彼はヴァネッサと違って仁義を守る。流れ弾を気にするし、恩を忘れないし、仲間を大事にする。


「あーら、わたしが戦闘狂ってなんでわかったのかしら?」


 ヴァネッサが、淫乱に股をこすりあわせた。本当に癇に障るやつだ。


「僕が熱線を回避したら目が喜んだじゃないか」

「生意気な子は大好きよ。本当に好き。殺しあうのもセックスするのもだーいすき」

「僕はお前が嫌いだっていってるだろうが!」


 意趣返しでシンジも魔術のファイヤーを撃つ――やや上向きの角度で射出された熱線がヴァネッサを貫こうと高速で伸びていく。

 

「あなた戦闘狂なのに他人のこと気にするんだ」


 ヴァネッサも紙一重で回避した。外れた熱線は惑星に対して鈍角で上昇していって、夜空に吸いこまれて消えた。


「かつて僕に説教したおじいさんがいてね。裏道には裏道の仁義があるんだって」


 おじいさんは義賊チームの結成を命じた人――盗賊ギルドのマスターである。仁義にうるさく、そして貧民に優しかった。彼がいなかったら、シンジは純粋な戦闘狂となって、戦うときに周りの被害なんて考えなかったかもしれない。


 だが……なんで義賊チームを切り捨ててしまったんだろうか?


「盗賊ギルドのマスター・ゼンじいさんのことでしょう。彼なら結構前に失脚したわよ」

「なんだって!?」

「義賊チームって、本当に政治が苦手なのね。なーんにも知らないなんて」

「だまれ!」


 力任せでフリーズの魔法を発動――範囲攻撃に特化した冷気の嵐がヴァネッサを包みこむ。


 だがヴァネッサは魔術障壁を何重にも重ねて雪国の三重窓みたいにすると、冷気をさえぎった。さらに反撃で地面から魔術のフリーズを発動――針みたいに鋭い氷柱がシンジの足元から生えた。


 しかし地面からシンジの姿は消えていた――ヴァネッサの背後にテレポート済み。魔術のサンダーを発動。神の放った槍のごとく雷撃が直進する。


 地面に届くほど伸ばされた紫色の髪に直撃。訂正。髪の毛が避雷針となって雷撃が地面に流されていた――おまけに地面に流れた雷撃がヴァネッサの魔術でコントロールされてシンジの足元へお返しされた。


 さらにシンジの右と左から浮遊物体が接近――紫色の水晶球が二つ浮いていた――ヴァネッサの得意技オールレンジ攻撃。水晶球からファイヤーの魔術が解き放たれた。


 足元からおかえしされたサンダー、右と左からファイヤー。逃げ場は上しかない。


 魔術のフライで急上昇して緊急回避――先読みされてヴァネッサが背中に手を当てていた。


「センスはいいんだけど、実戦経験はわたしほどじゃないのよね」


 生粋の戦闘狂であるヴァネッサが、シンジの背中に密接させた手のひらから魔術のサンダーを解き放つ。


 ぐさりと雷光の槍が背中から胸部へ貫通。胸骨と肺と心臓が潰れた。


 さすがに奥の手を伏せている場合じゃない。死んでしまう。


 奥の手を発動。


 みるみる傷が再生して、痛みが消えた。おまけに衣服まで再生して、すべてが元に戻っている。


「…………ボウヤ、なにをしたの?」


 知識の宝庫であるはずのヴァネッサが、険しい表情となった。


「わざわざ教えると思うかい?」

「教えてもらうわよ。何度だって痛い目にあってもらってねぇ」


 だが戦闘現場に魔術師ギルドの部下が飛んできた。


「ヴァネッサ様! 今すぐ王都へ! 思ったより魔法大学の抵抗が激しいです」

「それぐらい自分たちでなんとかしなさいよ。わたし、彼とのデートに忙しいの」

「このままでは魔術師隊が全滅します。親衛隊の支援が絶妙なんです!」

「ったく、甘ったれた貴族連中にしてやられるなんて……!」


 ヴァネッサは腰に手を当てると、ちゅっと投げキッスしてきた。


「じゃあねシンジくん。またデートしましょう」

「僕だって戦うのは好きだけど、お前は生理的嫌悪が先にくる」

「なによ、つれないわね」


 ウインクしたヴァネッサは、部下と一緒に王都へ飛んでいった。


 ●      ●      ●


 シンジは戦いの余韻に浸る暇もなく、すぐさま次元連結トンネルを飛び越えた。


 むっと空気が悪くなる。星空は大気汚染のせいで曇ったまま。月はひとつ。地平線に人工的な光が点灯していて、金と欲望の匂いが急激に強くなる。なつかしの東京シティだ。この街で高校生まで暮らしていて、事故をきっかけに転移して縁がなくなった。


 だが次元連結トンネルが開通したら、事情が一変した。


 昔住んでいた世界にいつでも戻れるというのは、良いのか悪いのか判断がついていない。異世界で暮らしていて家族の顔が浮かばなかったといえば嘘だ。しかし捨てた世界にいまさら戻って、昔みたいな家族をやれるとも思えない。


 今大事なことは、東京スカイツリー廃墟へ向かうことだった。東京支部の義賊チームの安否を確かめなければ。


 フライの魔術にテレポートの連発も合体させて、十秒もかからず東京スカイツリー廃墟へ到着すると、廃墟が文字通りの廃墟になっていた。


 ただでさえ崩れていた建物が完全に倒壊して、折れた鉄骨が無念を示すように夜空へ伸びていた。ぱちぱちと火の粉が散っていて、火薬と魔力の炸裂した匂いがする。爆薬と魔法で骨組みが破壊されてしまったようだ。


 倒壊した廃墟の入り口付近には、東京支部の義賊チームが死体となって散乱していた。ラルフの妹で東京支部のリーダーであるエミリアの姿はない。


 まさか建物の倒壊に巻きこまれて死んでしまったんじゃ。めずらしくシンジが狼狽していると、ゆらっと人間の影が街灯にあぶりされた。


 全身傷だらけで瀕死になった盗賊ギルドのマスター・ゼンじいさんであった。


「ゼンじいさん、誰にやられたんだ!?」

 

 老体の腹と足に複数の貫通銃創。念のために回復魔法を当てていくが、年寄りが重要な臓器を潰されてしまえば、治しようがなかった。ヴァネッサの攻撃から復帰した奥の手はあるが、あれは自分の肉体にしか適応できない。地球の手術でも助けるのは無理だ。


 もう手遅れだった。


「…………シンジ、盗賊ギルドをリセットしろ。あいつらは、ヤクザやマフィアみたいな利益を追求する犯罪集団になる。貧民に利益を分配することなんてない…………」


 ゼンじいさんが失脚したのは本当だったのだ。彼はなにものかに地位を追われて、盗賊ギルドの形を書き換えられてしまった。


「でも、なんでそんなことに……?」

「金だ。次元連結トンネルでバカみたいに儲けられるようになって、目が曇った」

「…………エミリアはどこだい?」


 ゼンじいさんは、とんでもない事実を伝えると、事切れてしまった。


 ――エミリアが首謀者だ。

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