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20話 壊れた歯車

 東征チームは、外壁から飛び降りて、王都を脱出した。地平線には夕闇が迫っていて、もうすぐあたりは暗くなる。太陽が沈んでしまえば逃げる側が有利だ。他の賞金稼ぎたちは、とっくに姿を消していて、あとは各自の判断で行動する。

 

 流れとノリで2000万ドルのシンジを狙う計画もあったが、シンジが強すぎたことと、親衛隊の銀髪男――デンゼルが優秀すぎてそれどころじゃなかった。


 戦闘車両を回収して、遠くへ逃げなければ。

 

 東征チームは王都の外壁に沿って時計回りに進んでいく。戦闘車両を隠したのは城門付近の林だ。光学迷彩で隠蔽されているから普通なら見つからないはずだが、デンゼルの適応力から考えると油断できなかった。

 

 ――モーションセンサーが飛来物を感知――頭上から大型の矢。100本を越えていて雨のように降ってくる。攻撃範囲が広すぎて逃げ場がない。おそらく一撃で殺すよりも、損傷を与えて足止めすることが目的。さすがにデンゼルは優秀だった。


 天運と乱数起動に命を預けると、城門目指してジグザグに走りつづける。


 戦闘経験豊富な東征とグスタボは、なんだかんだで回避した。


 だがまだ未熟な華舞が腰を押さえて倒れた――運悪く腰の稼動部に一発刺さってしまったのだ。


 倒れた華舞は、孤児みたいな顔をしていた。負傷した足手まといは見捨てられると思っているのかもしれない。

 

 だから東征は不敵に微笑むと、華舞を担いだ。


「同じチームの仲間だろ?」

「成人男性のくせにかっこいいこといわないでください」

「なんでこいつは魂の隅々までショタコンかなぁ……おいグスタボ。監視用ドローンを体当たりさせちまえ」

「もうやっている」

 

 鷹のように射出された監視用ドローンには攻撃機能がついていない。だが飛行する重量物は存在するだけで凶器だ。横一列に並んでロングボウを射掛けていた親衛隊に体当たり。まるでスクーターが歩行者をはねていくように、弓を構える姿勢を切り崩していく。

 

 ようやく矢の雨が止まった。その隙に有効射程の外側まで真っ直ぐ逃げてしまう。


 敵の追撃が途切れたところで、東征は負傷した華舞に質問した。


「自己診断機能はなんて伝えてる?」

「腰の稼動部の隙間を縫うように矢尻が混入。上半身と下半身を繋ぐバイオ神経システムが切断されたみたいです。これじゃ歩けませんよ」

「内臓へダメージは入ってないんだな?」

「胃袋にダメージアリです。止血処理はオートでやっていますが、なんともいえないですね。痛覚は切ってありますが、寒くなってきました」


 おもらしみたいに赤い血が垂れて、地面に血液の川を作っていた。


 オートの止血処理では対処できないほど、複雑な傷なんだろう。いくらサイボーグといえど血を流しすぎれば死ぬ。機械と遺伝子操作で肉体を強化したところで、生身の脳を動かしているかぎりは、出血多量から逃れることはできなかった。


 だが戦闘車両に積んであるサイボーグ用品で補修すれば、普通に歩けるぐらいには回復する。もうちょっとの辛抱だ。


「グスタボ。お前も中々湿っぽいやつだったんだな。バカにしてた華舞を助ける気まんまんじゃないか」

 

 東征がからかうようにいった。グスタボは後方と上空の警戒を怠っていなかったのだ。


「助ける気も起きないようなやつなら、そもそも組んでいない」

「なんだあれか。漫画用語のツンデレか?」

「ふざけた言葉でオレを形容するな」

「インテリさまは形容詞に気難しいですなぁ、げらげら」


 軽口を叩いたところで城門付近まで達して、戦闘車両を発見。


 だが、ひゅーんと彼方から攻撃魔法サンダーとファイヤーの塊が飛んできた。どうやら魔法大学の魔法使いたちと、チート魔術師であるシンジが、お互いの威信をかけて魔法合戦を始めたらしい。あっちこっちに魔法の流れ弾が飛んでいて、王都の一部が炎上中。悲鳴と怒号が飛び交っていた。


 もちろんサンダーとファイヤーの塊も流れ弾である。なにがまずいかといえば落下コースだった。かつて東征の新車にヘリが落下して爆発炎上した風景がリフレイン。やっぱり隠蔽されていた戦闘車両に流れ弾が直撃。燃料にまで引火して粉々に砕けてしまう。


 華舞を治す予定のサイボーグ用品も轟々と燃え盛っていた。


 東征とグスタボは、呆然と立ちつくしていた。異世界へ向かう前に触れたように、サイボーグの弱点は損傷したら予備パーツが必要なことだ。現地の医者や回復魔法では治せないのである。


 おまけに華舞の出血量からして、今から地球に戻るにも自動車が必須だ。馬車では間に合わない。

 

 青ざめた顔の華舞が、ぼそっといった。


「やっぱ東征さん、運悪すぎるじゃないですか……」


 冗談を飛ばす声にも力がなくなっていた。本格的に時間がなくなってきた。


「おいグスタボ。なんか策はないのか」

「回復魔法を人工臓器の生体部分にあてて、増血と止血をやってもらう。それなら応急処置になって生存時間が長引く。あとは思想犯から蒸気自動車を奪って地球の医者まで一直線だな」

「それしかないか」


 蒸気自動車を奪うのは簡単だった。魔法合戦が始まったことで、思想犯たちが撤退を始めたのだが、親衛隊との戦闘で死亡したやつの車両が置き去りにされていたのだ。


 問題は回復魔法を使える魔法使いを用意することだった。魔法合戦なんて始まってしまえば、王都の魔法使いたちは血の気が多くなっていることだろう。近づくだけで攻撃魔法をぶちこまれるかもしれない。それに回復魔法は使えるが戦闘は苦手というタイプは隠れてしまったはずだ。


「東征。大事なことでも決断が難しいものだな」


 重傷の華舞を見ながら、グスタボがそわそわしていた。ドレッドヘアーを指先でもてあそんで、つま先で石畳を叩いている。どうやらなにかを迷っているらしい。


「どうしたんだグスタボ。ヤバイ案でもひらめいたのか?」

「ああ。オレの今後を左右するアイデアがある」

「やっちまえよ。後で後悔するよりいい」

「……オレは自分で思っているより俗物だった。まだ踏ん切りがつかない」


 といったところで、ぱからぱからぱからと蹄の音が聞こえてきた。


「もしや私を探しているかな?」


 なんと交易都市〈サペル〉でわかれた魔法使い――オジサンが馬で王都へやってきた。賢者みたいな風貌には後光がさしていた。


「おいマジかよ! 奇跡ってあるんだな!」


 東征はオジサンの手を引っ張って、蒸気自動車に積んである華舞を診せた


「奇跡というか、お前たちが交易都市を出発した翌日、魔法大学から卒業生たちに召集要請がかかってな。おそらく学長は今日みたいなトラブルを予測していたんだろう。なにかが水面下で動いているに違いない」


 オジサンは回復魔法で華舞の負傷部位を応急処置していく。これなら助かるかもしれない。


「魔法大学が大事かもしれないが、華舞を地球まで運ぶのを手伝ってくれないか?」

「人命救助なら喜んで手伝おう。だが親衛隊に追われていることは厄介だから、報酬は払ってもらうぞ」

「もちろん払う。さぁ出発しようぜ」


 オジサンもふくめた東征チームは、蒸気自動車で王都の南へ向かっていく。現在地からもっとも近い次元連結トンネルがあるのだ。


 このトンネルを抜けた先がネオ錦糸町というのは、運の悪い東征にしてはラッキーだった。


 シンジから渡されたメモには、東京スカイツリー廃墟の住所が記載されていた。多種多様な社会不適応者が集まった魔窟で、第二のクーロン城と呼ばれていた。どうやら盗賊ギルドは地球にも根を生やしていたらしい。


「東征さん……赤字じゃないですか。いいんですか?」


 華舞が死にそうな顔でいった。いくらオジサンに回復魔法で応急処置をほどこされても、サイボーグの怪我は治らない。


「気にするな。ルーキーを守るのも先輩の役目だろ」

「ルーキーのつもりはなかったんですけど……すいません。まさかこんな形で足を引っ張るなんて……」


 華舞はほろりと涙を流した。縁起が悪い。これでは今生の別れみたいではないか。


「泣くなよ。そういうキャラじゃないだろ。もっとショタキャラのことでも妄想して興奮してろよ」

「違うんです。そうじゃないんです。わたし、みなさんに謝らなきゃいけないことがあって」

「なんだよあらたまって」

「わたし、その…………スパイをやっていました」


 耳を疑った。だが死にかけているんだから真実なんだろう。詳しく知る必要があった。ことと次第によっては、敵の待ち伏せを警戒しなければならないからだ。


「で、誰をスパイしてたんだ?」

「グスタボさんなんです」

「はぁ? グスタボ? このチームを結成したの俺なのに?」

「実はグスタボさんをスパイしてたの、シンジ・ムラカミが賞金首になる前からでした」


 話の流れがおかしくなってきた。待ち伏せだとか、誰かと内通しているだとか、そんなちゃちな話じゃない。水面下で巨大な陰謀がうごめいている。


 東征が言葉を失っていると、グスタボがサングラスを外してうなずいた。


「雇ったのは都知事だな。岩坂都知事」


 とんでもない名前が出てきた。賞金稼ぎの元締めみたいなものである。なんでボスがわざわざ子飼いの駒をスパイする必要があるのだ。


 ふとラルフの言葉が蘇った――なんでシンジは逃走幇助だけで2000万ドルの懸賞金がかけられたのか。かけたのは都知事ではないか。だんだん陰謀の闇が深くなってきた。


 華舞は真実を答えるか答えまいか迷ったらしいのだが、血液を失いすぎてブルっと震えたことがきっかけとなり、ぼろぼろと喋りだした。


「都知事であってます。理由は教えてもらってないんですけど、会話の内容をスパイしろって。だから東征さんとグスタボさんが組んだとき、わたしも一緒のチームに入ったんです」


 辻褄があってしまう。東征は最初からグスタボとコンビで仕事をする気だった。だが華舞が強引に参加を求めてきた。道中のトラブルから考えて、三人で行動したのは正解だったが、スパイとなると話は別だ。


「おいグスタボ。いきなり都知事がスパイを雇ったって見抜いたよな。心当たりがあるのか?」

「まぁ、あるだろうと思っていた流れの一つだからな」

 

 あまり驚いた様子がない。本当に想定していたのだろう。


「……お前、俺に何か隠してるな」

「これまでは話す必要がなかった秘密だ。きっと本件も必要ないだろうと思っていた。だがまさか核心に近いところへ触れることになるとは、因果を感じる……さきほど華舞が負傷したとき、オレは保身の愚かさを痛感した。あれはオレが悪かった。オジサンがこなかったら……オレはどうしていたのかと」

「もったいぶるなよ。さっさといえ」


 だが次の言葉を聴いたとき、グスタボはもったいぶったわけではなく、事実が重過ぎるからちゃんと説明する必要があったのだと気づいた。


「オレは……魔法大学の先代学長だ。当代の学長と相打ちで死んで、気づいたら地球でアメリカ出身の黒人になっていた。どうやら異世界から地球へ転生したらしい」

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