19話 賞金稼ぎたちの王都脱出/親衛隊の意地
東征チームは、賞金稼ぎたちが王都を脱出するために、しんがりを受け持っていた。親衛隊がしつように追跡してくるのは、旧市街地での一戦が原因だからだ。いくら賞金稼ぎといえど、自分のケツを自分でふけないと、かっこ悪いものである。
「おい東征チーム。お前らもちゃんと逃げろよ」
賞金稼ぎたちが、次々と薄い防壁を飛び越えていく。さすがに一回のジャンプでは高さが足りないから、カモシカが斜面を登っていくように、段差や装飾を足場にしていた。
彼らが無事に逃げ切るまで、東征チームは親衛隊の迎撃を続けなければならない。
さっそく邪悪な殺気が、馬の蹄の音とともにやってきた。
「逃がさんぞ、賞金稼ぎども! わが名はデンゼル! デンゼル・リーライ・ベリベル! タラバザールが誇る貴族だ! 死ぬ前にちゃんと覚えていけ!」
銀髪の男――デンゼルが名乗り挙げながら騎馬突撃。魔法障壁が身体の前方に張られていて、昼下がりの日差しを反射させている。片手で握ったサーベルはたいまつのように燃えていた――魔法を撃つために魔力を収束させているのだ。
後続から親衛隊の部下たちが続く。こちらは杖で武装して馬で駆けていた。異世界では馬に乗った魔法使いがエリート戦士の証なのかもしれない。
だが、銃火器を操る相手に、騎馬隊突撃は禁じ手だった。
「こりゃ信長が武田騎馬隊を破った逸話だな?」「東征、学生時代に教科書は読んでいたんだな」
東征とグスタボが愛用の拳銃で迎撃――狙ったのは無防備な乗り物だった。撃たれた馬は横倒しに倒れて、デンゼルと部下たちが石畳に投げ出されていく。馬も魔法障壁で守らなかったのは、思考力の問題なのか、それとも性格の問題なのか。
それはさておき地面に転がった親衛隊の面々だが、華舞に槍で刺し殺されていく。
「拳法家にお腹見せちゃいけませんよ。降参じゃなくてチャンスだと思うじゃないですか」
拳法家のたしなみ――銃と弓矢は使わなくとも、刃物による近接格闘は得意。武器屋の店頭に放置されていた普遍的な槍を“拾って”手足のように操っていく。
ようやく親衛隊の面々は下策に気づいたらしく、デンゼルが大声で命令した。
「総員、馬を降りろ! 堅い遮蔽物に隠れて魔法攻撃! 絶対に柔らかい素材には隠れるなよ!」
荷物満載の荷車や、レンガの納屋など、拳銃弾の貫通しない遮蔽物に隠れてしまった。おまけに魔力のチャージは終了しているから、物陰から杖の先端だけを突き出して、サンダーの魔法を撃ってきた。
驚異的な学習能力だ。地球の武器で痛い目にあったら、即座に対処法を学んでしまったのだ。
「東征。あの銀髪の男、手ごわいぞ。もう少し戦いなれたら、地球の戦術も覚えて手がつけられなくなる」
グスタボが外壁のくぼみに隠れて、サンダーの魔法をやりすごした。
「だからめんどくせーんだあいつは。性格も信条も最悪なのに戦士としての才能はピカ一だ」
王の銅像に隠れた東征が、舌打ちしながら弾倉交換。
「ワクワクしてきましたね。一番おいしくなったときに試合をすると最高ですよ」
華舞は山積みにされたワイン樽の裏側に隠れた。
「おい華舞。お前銀髪みたいな成人が好みだったか?」
東征が王の裏からバンバカ撃つ。狙って撃ったやつもあるが、半分ぐらいはけん制だ。魔法は攻撃範囲が広いから適当な狙いでも当たってしまう。きっちりやつらの頭を抑えておかないと、杖の照準をじっくりと定められてしまい、サンダーの魔法で焼き切られるだろう。
「恋愛対象にはならなくても、イケメンを殴り殺すと、年季の入ったワインを飲んだみたいにおいしいですよ」
華舞は槍を抱きかかえたまま、ワイン樽のコックをひねった。どぶどぶと木のコップに芳醇なアルコールが注がれて、ぐいっと一杯。ふわーっと果実の香りが広がっていく。
「……なんで時々闇を出してくるかな」
「ほら、ミステリアスな女性は魅力的っていうじゃないですか」
グスタボが納屋の屋根に上った親衛隊を射殺しながら、ぴくりとこめかみを動かした。
「ミステリアスと闇が深いは違う意味だと思うぞ」
「もう、なんでグスタボさんはこんなときまで訂正するんですか」
「こんなときまでバカをさらすからだ」
銃弾と魔法の銃撃戦は、少々長引いたが、ついに終幕がおとずれた。
他の賞金稼ぎが無事に外壁を越えたのだ。残りは東征チームのみ。
「っしゃあ。逃げんぞ。深追いしてくるやつだけ撃って、あとは逃げに徹する」
ポケットからとっておきの煙幕玉を取り出して、足元に投げつけた。ぼふんっと濃厚な白煙が広がって、まったくなにも見えなくなった。
「逃げるのか賞金稼ぎ!」
デンゼルはサーベルの切っ先を白煙に向けて、サンダーの魔法を解き放った。
木材が爆ぜる音がして、ぶしゃあと紫色の液体がぶちまけられる。芳醇な香りが広がる。ワインの樽であった。
● ● ●
デンゼルはサーベルを納刀すると、部下たちに命じた。
「総員、深追いはするな。あいつらの身体と武器は、追撃してくるやつを殺すのに有利だからな」
「隊長、まさか見逃すつもりですか?」
「いいや、ロングボウで遠距離から撃ちまくる」
外壁内部に通じる扉を専用の鍵で開けた。中身は鉄の匂い漂う武器庫であった。壁にロングボウという大型サイズの弓矢が並んでいた。弓も矢も大きいから、弦を引く腕力こそ必要だが、飛距離に頼りがいがあった。
だがしょせん弓矢だ。有効射程にかぎりがあるし連続発射も限度がある。
地球製の機関銃があったら、もっと楽に追撃できるのに。
地球製の武器が入荷できないのは、王が嫌っているからだった。
実をいえば、かつて東征の右半身に傷をつけた小型ショットガンだが、ご禁制の武器だった。王に知られたら背任の罪で牢屋行きになるかもしれない。しかし背任というリスクを負っていたので、今こうして生きている。もし律儀に王の決まりを守っていたら、稲村東征に殺されていただろう。
――残念ながら、王は凡人だった。優れてもいなければ愚かでもない。血筋こそ高貴だが、能力だけで測るなら普通の中年男性である。
そんな凡人が王位についたのは、数年前の王位継承戦争で勝利したからだ。王位を争う相手が、あまりにも腐った相手だったので、しょうがなく貴族たちは凡人に味方することにした。
もちろんデンゼルの実家も参戦したのだが、父が死んだ。王を守るために身体を張ったからだ。
本来は名誉である。貴族の本懐だ。しかし王は恩義を忘れた。
王位についてからも、命の恩人の息子であるデンゼルの進言を聞こうとしない。大臣連中のいうことすら聞かない。王位継承戦争で勝利できたのは、自分自身の指導力が優れていたからだと勘違いしているからだ。
しかし、王の血筋は尊い。きっといつかは目を覚ますだろう。
そう思ったデンゼルは、親衛隊の隊長となり、辣腕を振るってきた。父にそっくりな若い貴族が戦場で活躍すれば、とある壮年の貴族が身を挺して守ってくれたことを思い出すだろうと。
だが王は、今でも凡愚なままだった。
「王が……王がもう少しだけ柔軟なら、我々だって銃火器を使うのに」
デンゼルが奥歯をギリっと噛み締めながら、王への文句を口にした。
だが部下たちは聞かなかったことにした。貴族が王へ公然と文句をいうなど重罪だし、親衛隊の面々は隊長のデンゼルを敬愛していた。外部から見ると、めちゃくちゃな教条を持った狂気の集団なのだが、内部の人間たちはデンゼルを中心に結束しているのだ。
「隊長、貴族の意地を見せてやりましょう。ロングボウだけでやつらをしとめるんですよ」
部下が、ぐっと握りこぶしを作った。
「ああ、そうだな。やってやろう」
伝統のロングボウをつかんだら、泥つきの山菜を煮こんだ鍋みたいに黒い感情がわいてきた。
シンジ・ムラカミへの怒り、東征チームに殺された部下たちへの哀悼、王への不満、そしてほんのわずかだが思想犯たちが自由に反抗することへの羨ましさ。
――実は王には聡明な息子がいた。もし息子が王位を継いでくれたら、タラバザールは黄金期を迎えるはずだ。だがまさか若い貴族が息子のほうが王にふさわしいなんて公言できるはずもなく、どろどろと不満を抱えてしまう。
不満――衛兵たちからちょくちょく聞く噂があった。地方の農民たちが王に不満を爆発させていると。ただの噂として聞き流せないのは、他でもないデンゼルが不満を抱えているからだった。
早く聡明な息子に王位を継がないと、タラバザール王国は崩壊するかもしれない。




