1話 エルフの売人を追うサイボーグガンマンVSエルフの売人を守る異世界転移したチート魔術師
東京シティは早朝から混沌としていた。
始発のコイル式モノレールから夜勤明けの会社員が突き落とされて歩道の汚れとなる。どこかの家族が押しこみ強盗に殺されたことが温厚な空き巣に発見される。不良警官が犯罪者のオークと手を組んで軍の武器庫へ侵入しようとしたら仲良く蜂の巣になる。
どれだけ混沌とした街でも、経済活動が行われるかぎり通勤通学が滞ることはないから、主要道路では自動運転の車が串団子みたいに連なって進んでいた。全車がコンピューター管理されているからアクセルとブレーキのタイミングを連動できるため渋滞が起きないのだ。
そんな金属製の重い物体がびゅんびゅん走る道路を、エルフの売人はスムーズに逃げていた。テレポートの魔法を短いスパンで連発して低空を飛び、鳥のような速度で逃げているのだ。
「さすがに空飛ぶのは卑怯だろうよ、くそったれが」
東征は、車と車のわずかな間を、サイボーグ化された足で追うしかなかった。
だんだんエルフの売人と距離が引き離されてきたが、諦めるつもりはなかった。
筋肉から間接まで補強された足で路面を押し出す。ソフトモヒカンの黒髪が小麦畑みたいに揺れて、防弾コートの裾がひるがえった。鉄板みたいに強化された大胸筋の下では、人工心肺が酸素を効率的に取りこんでいく。
意志の強い瞳はまっすぐ前を見ていたが、側面と後方にも気を配っていた。
キラっとなにかが光った――投げナイフを投擲されたことに気づく。頑丈な腕で防御するかどうか一瞬だけ迷う。だが投げナイフには紋章がついていた。もしかして魔法がエンチャントされているのではないか?
歩道に提示されていた牛丼チェーン店の旗を引っこ抜いて、前方へ投げ飛ばした。投げナイフと正面衝突――紋章が発光してサンダーの魔法が発動――雪だるまみたいな雷光が弾けて牛丼チェーンの銘柄が真っ黒に焦げた。
判断が正しかったことに胸をなでおろしつつ、追跡を継続。
だが余裕はない。ファンタジー異世界へ逃げられてしまったら、地の利はあちらにあるので殺すのが難しくなる。
賞金首を逃がせば金は手に入らないし、賞金稼ぎとしての名声にも傷がつくし、なにより当人のプライドが許さなかった。
脳内に埋めこまれた通信装置で頭上を飛ぶ交通ドローンへアクセス。賞金稼ぎのIDで認証を通過すると、エルフの売人に追いつくためのショートカットを検索する。
ガソリンエンジンの乗り物を使って、旧青山通りを横切れば追いつけるらしい。サイボーグ化された脚部では速度不足というわけか。
すぐさまガソリンエンジンの乗り物を探す。自動運転の車を盗んでも速度が出ないから意味がない。環境に悪いとされるガソリンを燃焼させて走る乗り物が最適なのだ。
神様は幸運を授けてくれたらしく、スポーツタイプのバイクが通りかかった。
「おい貸してくれ」
「貸すって、バカなことをいうな!」
「ちゃんと後で返すってば」
げしっと運転手を蹴り落とすと、バイクを奪った。
運転手が言葉にならない悲鳴をあげながら警察に通報したようだが、あとまわしだ。
アクセルをひねって加速――旧青山通りへ進入。
歩道をウイリーで飛びこえ、一方通行の道を逆走して、露天の荷物を跳ねとばした。
モーションセンサーに表示された赤い印が、眼前に迫った。
旧青山通りを抜けて、主要道路の分岐路の先へ進むと、ついに肉眼でエルフの売人の横面が拝めた。
裏家業をやってきた人間特有の鋭さがあった。だが魔法を連発しすぎて魔力が枯渇する直前らしく、顔色が悪い。だんだんとテレポートの頻度も下がってきた。こちらの接近にも気づいていない。
狩りの時間だ。同情はない。ただ賞金のために撃つのみ。
バイクを片手運転に切り替えると、脇に吊り下げたホルスターから50口径の拳銃を抜く。ジャイロスコープで照準を補正――銃口をエルフの頭部へあわせた。
エメラルドみたいな瞳と尖った耳が拡大された。
そこへ向けて発砲――排出された金属の薬きょうが朝日を反射してライトのように光る――射出された大口径弾は標的を粉砕するために音速の約二倍で飛んで都会の空気を切り裂いていく。
弾丸がエメラルドみたいな瞳と尖った耳をえぐる――はずだった。
だがなにも起きなかった。
脳内の弾道センサーは弾丸が消失したことをエラーメッセージとして報告していた。
現状を把握するために知識と知能を総動員しようとしたところで、背後から氷のような殺気。
「そのエルフは僕の友人でね、殺らせるわけにはいかないのさ」
普通の人間がフライの魔法で宙に浮いていた。ひょろっとした体格で、虫を殺すのすら躊躇しそうな優しい顔をしているのに、目だけが狂った獣のように飢えていた。ファンタジー異世界で流通する対魔法性のローブを着ているのだが、顔つきからして自分と同じ日本人らしい。
だがおかしい。地球人は魔法が使えないはずなのに。
「てめぇ、なにもんだ」
「シンジ・ムラカミ」
シンジ・ムラカミの名前と顔写真をデータベースで検索。数年前、在籍していた高校に通学中、交通事故に遭うが、行方不明になっていた。事故現場で死体は発見されていないという。
「噂の異世界転移か」
賞金首を殺すのを邪魔したのだから、シンジ・ムラカミを殺しても咎められることはない。それに、うまくいえないのだが、野生の直感みたいなものがとりあえず撃ったほうがいいと訴えていた。
予備動作も警告もなしに三連続で発砲。
だがすべての弾丸が消失した。シンジが手のひらを広げただけで。
「君、ちょっと短気すぎないかい」
「お前みたいに悠長なやつが嫌いでね」
さらに発砲。だが結果は同じ。シンジの狂気に蝕まれた瞳が水を得た魚のように飛び跳ねた。
「はっはっは。君みたいな威勢のいいバカを殺すのにも飽きてるから、見逃してあげるさ」
見逃してあげる――誇張ではないだろう。これだけ実力差があったら、いつだって殺せる。
だがその余裕は、賞金稼ぎとして何人も殺してきた男にとって屈辱だった。
激怒した東征は、奥歯が割れそうなほど力むと、己の頭を指差した。
「今のうちに殺しておけよ。絶対に後悔するぜ」
「君の名前は?」
「稲村東征。賞金稼ぎの稲村東征だ」
「覚えておこう稲村東征。あとそのバイク、借り物だろ? 僕が魔法を使ったら壊れちゃうから、次会うときは自分の持ち物だけでくるんだよ」
こうしてシンジ・ムラカミは、エルフの売人を肩に担ぐと、いきなり消えた。
どうやって消えたのかはわからないが、どこへ逃げたのかはわかる。次元連結トンネルを通って、ファンタジー異世界へ戻ったのである。
戻った――あの男にとって、故郷の世界は、どちらなんだろうか。
おまけ:東征のステータス(某核戦争後洋ゲー基準)
Strength「4」 Perception「5」 Endurance「4」 Charisma「10」 Intelligence「3」 Agility「8」 Luck「1」
Speech(会話)スキルとGuns(銃)スキルが極端に高い。次点でExplosives。
※あくまでおまけです。漫画やラノベのあとがきで触れるお遊びと同じものだと思ってください。