18話 陰謀の果てに。錯綜する立場
蛇の鎖が焼き切られると、陽炎がこつ然と消えた。封入されていた毒ガスと高温が外部に開放されて、東征チームは体内の循環機能を防毒モードへ切り替えた。
ちりちりと空気が焦げるなか、シンジはこきこき手足を鳴らした。
「東征。このメモの場所へいってくれ。とある女性から次元連結トンネルに関する詳しい話を教えてもらえる。それと約束のお金も渡してくれるよ」
メモ――鉄が溶けるほどの高温にさらされていたのに、なんで紙と鉛筆が原形を保ったままなのか。シンジ本人だって火傷すらしていない。
まったくもって油断ならないやつだ。
「おいシンジ、仲良くされても困るな。ノリによっちゃ、背中から撃つんだぜ」
メモを受け取りながら言葉でけん制した。いつでも銃を抜けるように心構えて。
「べつにいいよ。僕は弾丸を食らったところで死なないし、東征に撃たれるなら見逃してあげてもいいぐらいさ」
シンジは胸に手を当てて会釈した。真顔である。どうやら演技ではないらしい。
「なんだお前気持ち悪いやつだな……」
「はっはっは。それはドレッドヘアーの彼にいってあげなよ。僕は無粋なことをしないから、これ以上は語らないけどね」
シンジは、グスタボを一瞥してから、テレポートの魔法で地上へ出現――足元で展開する親衛隊へ高らかに告げた。
「もはや身元が割れてお尋ね者あつかいだろうから自己紹介しておこう。僕は義賊のシンジ・ムラカミ。わかりやすくいうと、君たちの敵だ」
詠唱を省略して、ノーモーションで“魔法”を発動――形からして、よくあるサンダーの魔法だったんだろう。だが出力が桁違いであり、雷雲が目の前に召喚されたかのように黄色と白の稲光が地上を舐めていく。
学び舎から正門手前まで綺麗に舐めとると、敷地に踏みこんでいた親衛隊は消し炭になっていた。
正門の外で待機していた、親衛隊の隊長――銀髪の男が、手近な木を蹴った。
「なんでシンジ・ムラカミは魔法まで使えるのだ。あいつは魔術師ではないのか……?」
一方、賞金稼ぎたちだが、古井戸の近くで手短に会議をしていた。もはや盗聴もクソもない状況なので肉声である。
「おい東征。なんだあの化け物は。2000万ドルじゃ安すぎるだろ」
モヒカンのロシア人が、サンダーの魔法を撃った直後のシンジを見て、冷や汗をかいていた。
「俺もあそこまでヤバイやつだと思ってなかった。ついでにこのデータを見てくれ」
東征は、シンジが毒ガス・高温・酸素なしで生存していたデータを同業者たちへ配布した。どよめきが広がっていく。デスメタルを演奏しそうな見た目のイギリス人が、水をがぶ飲みしてからいった。
「食べ物に毒を混ぜても、武器に毒を塗っても、効果がないってことか。悪いがオレは降りるぜ。自慢の武器が通じないんじゃ自殺するようなもんだ」
毒だけではなく、仕掛け爆弾や狙撃などの間接的に殺すのが得意なやつらは、賞金レースから降りてしまった。これだけ戦力が減ってしまうと、無敵のシンジ・ムラカミを殺すことはできない。なにか作戦が必要だ。
しかし魔法大学および王都から脱出しないことには、地球へ帰ることもできない。賞金稼ぎたちは協定を結んだ。
――王都を脱出するまで無償で協力すること。
めずらしく賞金稼ぎたちが手を組んだところで、親衛隊にも動きがあった。
親衛隊の部下が、銀髪に耳打ち――「思想犯たちが王都の近くに潜伏しているという情報が入りました。過激な宣伝をやるつもりでしょう」
「なにもこんなときに……! しかたない。衛兵と連係して、魔法大学で暴れるバカたちと思想犯を同時に対処していく」
シンジ・ムラカミ・賞金稼ぎ・思想犯・親衛隊。それぞれの思惑が交差して、王都は混乱に包まれた。
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文化を生み出していた芸人たちは身の危険を感じて宿へ引っこんだ。商運を試していた露天商は本日店じまい。地元民は火事場泥棒を恐れて玄関と窓を板で補強していく。
そして裏通りの悪人たちが“稼ぎどき”を察知して表通りへ出た。火事場泥棒ほど楽にやれるシノギはない。だがなぜか目の前には共産主義者の乗りこなす蒸気自動車。“赤い旗”と“カラシニコフ”を掲げた男たちが檄文を読む。
「裏通りの住民たちよ! 君たちが犯罪に手を染めるようになったのは貧困ゆえではないのか!」
裏通りの悪人たちが赤い旗を無視したら、問答無用で射殺された。
「貧困が原因でないなら、ただの悪人だな」
なお他の思想も同じようなことを王都の各所でやっていた。地元民の人気を獲得するために自警団をやっているわけだ。もちろん己の思想に染められそうな悪人は区分けして。
そんな血なまぐさい宣伝活動を妨害するために親衛隊がやってきた。
「またお前らか。いくら王都のゴミを掃除しても、地元民の人気を奪えると思うなよ」
「おのれブルジョア貴族め! お前たちに目にモノみせてやる!」
思想犯VS親衛隊――ただし両者とも、流れ弾が地元民に当たろうと、まったく気にかけていなかった。なぜなら自分たちが絶対に正しく最高の地位にあると思っているため、市民が何人死のうと必要な犠牲だと判断しているからだ。
いうまでもないが、思想犯も親衛隊も地元民に嫌われていた。
● ● ●
――ところかわって魔法大学上空。シンジ・ムラカミが、窓を破って学長室へ侵入した。トロフィーと賞状。歴代の学長たちの油絵。そして生徒たちからの感謝状。どれも学び舎の定番メニューだった。
「影武者さん。本物の学長を出してくれないかな」
影武者――学長室の高級椅子から転げ落ちた中年男性は偽物だった。なぜなら数年前に、先代の学長と相打ちになって死んでいるからだ。まさか栄えある魔法大学の先代と当代の学長が殺し合いをやって相打ちで死んだなどと公表できるはずもなく、王族にすら秘匿されていた。
そんな権威性を損なう秘密をシンジが知ったのは、魔法大学の金庫を破るときだった。影武者を気絶させようとしたら、本物の学長が背後に迫ってきて、古井戸の地下室に封印されてしまった。
本物の学長は、どうやらこちらの“奥の手”を半分ぐらい解き明かしているらしく、攻撃せずに封印を選んだ。まったくもって気に食わない。次に会ったら絶対に殺してやろう。だからやつが隠れた場所を知る必要があった。
「しらない! 金で雇われてここにいるだけで! どうか命ばかりは!」
影武者に膝をついて命乞いされた。
「まぁ記憶を読むだけだから、そんなに力まなくても」
影武者の頭に手をかざして記憶を読む。
彼は王都に住んでいた司書だ。魔法大学出身であること、知識が豊富なところが本物の学長に気に入られて、金で雇われた。見た目が変化したのは、地球の整形技術だった。遺伝子レベルで書き換えられているので、探査の魔法では見抜くことができない。
「やっぱり地球が関わってくるか……」
ぼやきながら影武者から手を離すと、彼の股間が黒く染まってアンモニア臭くなった。
「き、記憶を読むって……文献でしか存在の確認できない、失われた古代魔法ではないか……」
「僕は使えるんだよ。というか、使えない魔法や魔術はないと思っていいさ」
シンジのチート能力は、本来隠すようなものではなくて、膨大な魔力量である。通常の魔法使いや魔術師が一万人束になろうとも、シンジの魔力量には届かない。隠しているのは、膨大な魔力を使ってなにをしているか、だった。
なおこれまで義賊としての活動がまったく外部に知られることがなかったのは、失われた古代魔法を活用して身元に繋がる情報を消していたからだ。しかしそれも本物の学長に見破られたので、お尋ね者になってしまった。
「殺さないでださい……このとおり……」
影武者は、ぶるぶると震えていた。まるで生まれたての子羊だ。
「安心しなよ。君を殺すつもりはない。本物は殺すつもりだけど」
「…………あの、本物って、誰なんですか?」
「僕が知りたいぐらいさ。まぁなんとなく検討はついちゃいるけどね。ドレッドヘアーの彼のおかげで」
廊下からガタガタと金属製の足音が連なると、親衛隊が学長室へ突っこんできた。先頭は銀髪の男。サーベルを抜いて臨戦態勢。
「とうとう本性を表したな、シンジ・ムラカミ」
「そういう君は、いつでも本性丸出しだね、デンゼル・リーライ・ベリベル」
デンゼル・リーライ・ベリベル――銀髪の本名だ。貴族なのでリーライという精霊名が与えられている。
この精霊名こそが、彼が信じている教条と関わっていた。『精霊のご加護によって選ばれた貴族と王族が、迷える市民を従える』という土着の宗教だ。
ただしデンゼル率いる親衛隊は先鋭化して『精霊のご加護によって選ばれた上級民は、下賎な民をどのように扱っても問題ない』と悪化していた。
彼らは神聖タラバザール王国の嫌われ者であり、衛兵たちにも毛嫌いされていた。
「学長。そこから離れてください。巻きこまれますよ」
デンゼルが影武者を学長室の外へ追い払った。
「デンゼル。あの男は影武者だよ」
シンジがにこりともせずにいうと、デンゼルが目をかっと見開いた。
「信じるものか。地球人の言葉など」
「僕は自分自身をタラバザールの民だと思ってるんだけど?」
「異世界転移などとわけのわからないことをしたやつを、同じ世界の人間と認めるはずがないだろう」
「いつでもどこでも移民は苦労するってわけさ」
「移民ですらない。転移者は生ゴミだ」
「今の僕を怒らせるなんて、君は自殺希望者かな?」
シンジが魔術でデンゼルを殺そうとしたら、学長室前の廊下で生徒が腰を抜かして倒れていることに気づいた。一人や二人ではない。影武者といえど敬愛されていた学長の危機に、生徒たちが駆けつけてきたのだが、本物の殺気を浴びたら動けなくなったのだ。
どうやら影武者は人格者らしい。本物の方が腐っていて、裏から命令して影武者に実行させていたことが、まったく尊敬できない内容だっただけで。
もし膨大な魔力量を持った人間が、攻撃魔法なり魔術なりを使ってしまえば、桁違いの出力で現象が発生する――影武者を助けようとした勇敢な生徒たちは巻きこまれて死ぬだろう。
「やだねぇ。強すぎるのも問題だよ」
以前、地球でラルフを助けたときも、東征を殺すか殺さないか迷ったのだが、あのときも強奪したバイクがあったから撃たなかった。
さて、デンゼルを殺さなかったとして、東征のときみたいな幸運になるだろうか。それとも不幸になるだろうか。
もう少し迷いたかったのだが、優先すべきことが他にもあったので、テレポートの魔法で学長室を抜けた。




