17話 魔法大学調査
賞金稼ぎの誰もが心の中で「自爆した若者ナイスフォロー」と賞賛しつつ、魔法大学の敷地へ侵入していく。ここからは狩りの即興演奏だ。早い者勝ちでシンジ・ムラカミ本人を狩るか、彼につながる情報を手に入れて同業者に売って様子見するか、共同戦線を張って賞金を分けるか。
自由にやっていい。同業者はライバルでもあるし敵でもあるし味方でもあるわけだ。
東征チームも魔法大学へ入ろうとするわけだが、一瞬だけ自爆現場を見た。自爆した少年に、そして巻きこまれた門番にも同情はする。気になることは、門番たちが次元連結トンネルについてなにか知っているような口ぶりだったことだ。
真相は魔法大学の調査であきらかになるかもしれない。
東征チームも自爆現場を乗り越えて、魔法大学の敷地へ侵入した。
ローブを着た警備員たちが爆発の詳細を調べるために正門方面へ走っていく。学者も生徒もてんやわんやの大騒ぎで落ち着きを失っていた。現地の混乱は賞金稼ぎにとってチャンスだった。正門の近くに隠れていたメンツに卓越した幸運の持ち主でもいたのだろうか。
『おい華舞。お前の反権力センサーだと、この大学のどこが一番偉いやつが避ける場所になる?』
東征は太い柱の裏に隠れて、華舞に無線で聞いた。魔法使いの本拠地では、魔法による盗聴を本格的に警戒しなければならなかった。
『圧倒的に地下ですよ。ビンビン感じます』
華舞が、カンカンっと大道芸人の靴で地面を踏んだ。
反権力の彼女が怪しさを感じたなら、地下が権力者の汚点と失点の隠し場所だろう。
なんで汚点や失点が必ずあるかと考えたのか? シンジ・ムラカミほどの強者が襲撃したなら“無傷”のはずがないからだ。かならず権威性を否定する傷跡が刻まれて、失墜を恐れた魔法大学の責任者が隠蔽工作を行ったはずだ。
『決まりだ。地下を調べるぞ』
大学の校内図が通路の分岐路に張ってあったが、地下室は記載されていない。しかし音響探査システムで地下を調べると、巨大な空洞が隠れていた。秘密の地下室というわけだ。
音響探査を継続しながら歩きまわると、地下の入り口が大学の裏手にある古井戸だと判明した。水は枯れていて、井戸の底に生々しい靴の跡が残っていた。直近で誰かが利用したのである。
魔法使いなら空を飛んで降下していくのだろうが、東征たちはロープを使って底まで降りた。
じりっと乾いた砂利を踏みしめると、どこからともなくカビ臭さと魔力が漏れてくるのを感じた。井戸の内壁で空気が流れているのだ。どうやら隠し通路まであるらしい。
グスタボが井戸の壁を手の甲で叩いて、無線で伝えてきた。
『おそらく特定の魔力に反応して隠し通路が開放される仕掛けだろう。もちろんオレたちに魔力なんてないから、突破するなら物理的に壊すことになる』
魔法大学の建造物を破壊するか否か。不法侵入だけではなく、建造物破壊までついたら、さすがに“怒られる”だろう。最悪、地球での生活に影響するかもしれない。
なお華舞はウキウキしていた。
『早く壊しましょうよ。宝探しみたいで楽しいですから』
宝探し。高額の賞金首を捜しているのだから、あながち間違いでもない。だがラルフのいっていた『なんで逃走幇助だけで2000万ドルなんだ?』という言葉が蘇る。
もしかしたら、隠し通路へ侵入したら、大きな陰謀に巻きこまれて引き返せなくなるのかもしれない。
賞金稼ぎなんてヤクザな仕事の許容量を大きく超える流れが押しよせてくるかもしれない。
だが、貧民たちを逃がした小さな集落で、すでに選択は終えていた。
東征は超高温のバーナーで古井戸の壁を焼き切った。
がらんっと壁がくりぬかれると、空気がぱぁんっと破裂するほどの魔力が漏れてきた。
「まさか、君たちが助けにくるとはね」
なんとシンジ・ムラカミが、煮えたぎる陽炎の中に浮かんでいた。 隠し部屋のサイズは銭湯の男湯と女湯を足したぐらいあって、球体をくりぬいたような形をしている。どうやら古井戸に漏れていた魔力はシンジのモノらしく、壁と床がパキパキと削れるたびに空気の流れに変化を加えていた。
ラルフにまで姿を見せなかったということは、魔法大学の誰かに捕獲されたんだろう。だが不思議と悲壮感はない。ただ弱火でじっくり煮こんだような怒りを感じるのみだ。
まずは肉声でバカにしてやろうと思ったのだが、魔法の盗聴が怖かったので、さらさらと紙にメモを書いて伝える。
――で、なにやってんだお前は?
だがシンジに大笑いされてしまった。
「魔法の封印が施された壁をバーナーで焼き切って、ここの所有者に気づかれないと思ってるのかい?」
あまりにも正論――東征はため息をついてから、肉声を使うことにした。
「うるっせぇなぁ。で、なんでお前は捕まったんだ?」
「ちょっと想定外なことが起きてね。まぁ、油断だよ油断。笑いたければ笑えばいいさ」
「自信満々にいうなよ。それと大事なことを忘れてると思うが、俺はお前を殺して賞金が欲しいんだぞ。なんで助けると思ってるんだ?」
「少しの間だけ休戦協定を結ばないか? ちゃんと一時金は払うから。ちょっとねぇ……優先して殺したいやつがいるんだよ。あいつだけは絶対に許さない」
シンジはこめかみをピクピク動かした。よっぽど腹の立つやつの罠にかかって、古井戸に閉じこめられたらしい。
「だいたいお前を閉じこめたやつも詰めが甘いんじゃないのか。なんできっちりトドメをさしておかないのか」
「君たちセンサーを持ってるだろ。陽炎の中がどうなってるか調べたらどうだい」
各種センサーの反応――毒ガス・鉄が溶けるほどの高温・酸素なし。人間が生きていられる環境ではなかった。ためしに大道芸で稼いだ現地の硬貨を陽炎に投げたら、ぐしゅっと分解されてしまった。高温で溶けたのではなく、なにか別の原因で金属の結合が解体されてしまったのだ。
「……なんで生きてんのお前」
「チート魔術師は伊達じゃないよ。僕を殺そうと思っても殺せないから、こうやって閉じこめたわけ」
「なぁ、そろそろお前のチート教えてくれてもよくないか?」
「かりにも僕を殺そうとしてる相手に、手の内あかすはずないだろ。三流の悪役じゃないんだからさ」
「お前、本当に性格悪いな」
「君にいわれたくないよ」
グスタボと華舞も笑いをこらえていた。なんともいえない雰囲気になったところで、古井戸の上が騒がしくなってきた。魔法大学の関係者と賞金稼ぎたちが揉めているのだ。
シンジが指を三本たてた。
「東征。君には選択が三つある。僕をここから逃すか、僕を殺そうとして返り討ちに遭うか、なにもなかったことにしてここを出ていくか。ちなみに僕を逃がしてくれるなら、バーナーで部屋の隅にある蛇みたいな鎖を切ってくれればいいよ」
1.シンジを陽炎から逃がす。一時的に金が増えるが、この先なにが起きるのかさっぱりわからない。少なくとも次元連結トンネルに関する陰謀に近づく。冒険家だったら、断然1を選ぶだろう。
2.シンジを陽炎から解き放つが、賞金2000万ドルを求めて戦う。陽炎内部の極悪な環境で生きていられる化け物に勝つ方法は少ないだろう。だがまっとうな賞金稼ぎの道でもある。
3.シンジとの因縁を忘れてケツをまくって逃げる。常識人やカタギの人間なら、いっさい関わらないのが懸命だ。しかし賞金稼ぎとしての存在意義はゼロだ。
仲間たちに、どれを選ぶかたずねる。最初にグスタボが返事をした。
「……オレは真実を知りたい」
学問が好みのグスタボは、謎を解明する1に一票入れた。だがちょっと彼らしくない気もした。いつもの行動パターンなら消極的賛成で3を選ぶ気がする。物乞いの子供を助けたときのような義侠心を奮わせる状況ではないからだ。
「わたしは彼と戦いたいです。強いならなおさら」
拳法家の華舞は、シンジと交戦する2に一票入れた。実に彼女らしかった。なんの疑問もない。
そして東征だが、いつものグスタボみたいに3のケツをまくって逃げるに心惹かれていた。シンジの強さにビビっているのではなくて、親衛隊と思想犯たちの存在が、奥歯にモノがはさまったみたいに気になっているからだ。
もしかして、シンジと、そしてシンジを閉じ込めたやつの手のひらで踊らされているんじゃないか? そんな疑心暗鬼が思考回路をさまよっていた。ヒントがほしくなって、いつもと違う選択をしたグスタボに疑問をぶつけてみることにした。
「なぁグスタボ。なんでお前真実を知りたいわけ?」
「乗りかかった船、というのは動機にならないか?」
「なるっちゃなるなぁ……だが俺の直感が、お前らしくないっていってるんだよ」
するとシンジが、グスタボを見て、いたずら小僧みたいな顔になった。
「はっはっは。そういうことか。いやー、あなたも人が悪いですね。たしかにその可能性はありましたか。僕の想定を上回っていますね、この流れは」
いきなりシンジが敬語になった――理由を聞きたかったが、さえぎるように同業者の通信が届いた。
『おい東征、逃げるぞ! 親衛隊が魔法大学までぶっこんできた!』
もう時間が残されていない。チームの意見が割れたなら、リーダーは強固な意思によって決断しなければならない。
いまもっとも大事なことはなんだ? 生き残ることだ。なら正確な情報が必要だし、逃げ出すための囮が必要だろう。
うまくやれば、シンジから陰謀の裏側を教えてもらえるだろうし、囮もやってもらえるんじゃないか。
「三本の折衷案に近いものを選ぶんだけどな、とりあえず鎖を切ってから、ノリで後の行動を決めるってどうだ?」
という決断に、まず華舞が拍手した。
「ノリで決めるのは大事ですね。とくにいまは案件の流れが速すぎるので、理性だけで判断してたら死にますよ」
次にグスタボがサングラスをかけなおした。
「あまり好みの判断ではないが、鎖を切るという一点で同意する」
決まりだ――東征はバーナーで蛇みたいな形の鎖を焼き切った。