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16話 王都の栄光

 王都〈フェルケル〉は芸能が活発だった。大通りでも、噴水の広場でも、防壁の内沿いでも、芸人たちが汗水たらして一芸を打っている。人気のある芸人にはお客さんがつくわけで、王都の住人から物見遊山の旅人まで、わいわいと声援を送っていた。


 そんな活気から商運を嗅ぎ取った商人たちも集まってきて、割引サービスの声と、肉と砂糖の焼ける匂いが、王都の隅々まで行き渡っていく。


 せっかくだから東征チームも上京してきた大道芸人として王都入りした。鹵獲した戦闘車両は防壁の外へ光学迷彩で隠してあるので、よっぽどのことがないかぎり見つからないだろう。


 グスタボが持ち前の教養でアコーディオンを弾いて、華舞が間接のロックを外して軟体曲芸を披露して、東征が話術を活用して司会進行だ。


「よってらっしゃ、みてらっしゃい。こちら魔法で関節がとけちゃった軟体娘だよ。どうぞごらんあれ」


 東征チームは噴水広場の片隅で曲芸を披露しながら、各自で偵察用ドローンを飛ばして、王都を上空から調査していた。さすがに行政の中心地だけあって、各種建物は石材で設計されているため耐火性に優れていた。


 しかし防壁の薄さからして遠投投石機などの物理的な攻撃を想定していないらしい。おそらく国家としての防衛戦略は、敵軍が王都に接近する前に衛星都市で撃退することだろう。もし砲弾が届く距離まで侵入されたら降伏するはず。


 そんな設計思想ならば、王都が平時でもっとも安全な場所だ。自己顕示欲丸出しの巨大な屋敷に、政治を担う王族と貴族の親類縁者が住んでいた。彼らを護衛するのは魔法使いで、屋敷ごと魔法障壁で囲っているところが多い。もし暗殺したいなら、魔法障壁を突破する方法を考えなければならないだろう。


 東征チームにとっての最重要案件である魔法大学の位置だが、厄介なことに城の隣にあった。かつてオジサンが魔法は権力者のためのもので、魔術が個人用といっていた意味を理解する。王制で運用される国家において、城という権威の象徴の近くになにを置くかが、政治的な意味で大事なファクターになるわけだ。


 仲間たちと意見を交換していくわけだが、魔法で盗聴される可能性があるため、サイボーグ限定の規格を使った無線通信でやりとりしていく。


『おいグスタボ。いきなり魔法大学に行くか?』

『行くしかないだろう。オレたちにはコネも時間もないのだから』


 軟体曲芸をやっている華舞もなにか言おうとしたのだが、ひとりの観客が話しかけてきた。


「あなたの化粧品について教えてもらっていいかしら? ずいぶんと綺麗な色をしているから」


 紫色の髪を地面まで垂らした女性だった。二十代後半ぐらいだろうか。がばっと胸元の開いた洋服を着ていて、夜の街で遊んでいそうな雰囲気がある。


「えっと……わたし地球人のサイボーグなので、化粧ではなくてホログラフィなんです」


 ぺりっと唇のホログラフィを外すと、地の色がむき出しになった。


「もちろん地球の方というのはわかっていたわ。ただ――なんでスパイみたいなことをしているのかなーって」

 

 紫色の髪の女性が、にぃーっと童女みたいに微笑んだ。


 東征とグスタボと華舞の表情が引きつった。どうやらドローンを飛ばしていることがバレているらしい。衛兵を呼ばれたら面倒なので、華舞が継続して会話を続けていく。


「いえ、地元の皆さんに迷惑をかけるつもりではないので、お気になさらずに……」

「ふーん。むしろ迷惑をかけてほしいぐらいねぇ。最近退屈だから」

「えぇ!?」

「親衛隊に見つかると大変よ。さっさと裏道を通って魔法大学へ向かったほうがいいわ」


 ぺらぺらとこちらの意図を見抜いてくる――さすがに東征が目つきを鋭くした。


「お前はなにものだ?」

「魔術師ギルドのマスター・ヴァネッサよ。わたしねぇ、魔法大学が嫌いなの。もし地球の皆さんが爆弾持ってるなら、あのムカツク建物を壊してくれないかしら」


 過激な女である。目つきにいたってはシンジと一緒だった。戦闘狂かもしれない。


 こんな危ないやつと肉声で会話を続けるのは危険だ。爆弾みたいな過激なキーワードを拾われて、衛兵が集まってくるかもしれない。


 短く適切に、それでいてやや強めに断った。


「親衛隊の警告は感謝する。だがこれ以上関わってくるな」

「はい、さようなら」


 魔術師ギルドのマスター・ヴァネッサは、踊るような足取りで真昼の酒場へ消えた。クラクラするほどの甘ったるい残り香で気づく。あの女、血の臭いを隠すために化粧品と酒を常用しているようだ。


 ヴァネッサと入れ替わりで本当に親衛隊が大通りを下ってきた。彼らの会話を強化された聴覚で聞き取ってみた。


「魔法大学を爆弾で壊すなんて会話してましたね」「言ったのはヴァネッサだな。あいつならやりかねない」「なら一緒に話してた女と男は?」「例の地球人かもしれない。調べてみよう」


 やっぱり王都みたいな場所だと魔法で会話が盗聴されるわけだ。東征チームはさっさと裏通りへ隠れて、親衛隊の顔ぶれを確認した。


 指揮するのは、東征と一騎打ちした銀髪の男だった。以前よりも瞳が爛々と光っていて、新調したサーベルが太陽の光を吸い取って獲物を待ち構えていた。

 

 あんな狂犬が巡回しているのでは、もはや大道芸人という偽装身分すら危険だろう。かといって彼らが街中に姿を現してから城門を出るのでは、身元を怪しんでくれといわんばかりである。


 ふたたび無線通信で会話していく。


『しゃーねぇ。魔法大学にいって今日中になにも見つからなきゃ、薄い防壁を足で乗り越えて王都を脱出。可能なかぎり戦闘車両と荷物は回収して、親衛隊の影響下から脱出することを優先するか』


 作戦が決まったので、裏通りをたどって魔法大学へ向かっていく。アルコールと反吐の臭いが漂ってきた。物乞いがワラに包まって眠っていた。いくら華やかな王都でも一歩裏へ踏みこめば、東京シティと同じ闇が広がっているわけか。

 

 人間なんて、地球だろうと異世界だろうと、根元は一緒なのかもしれない。


 後ろめたさの共通点を噛み締めていると、魔法大学の正門が見えてきた。


 普通の人間を拒むような門構えで、青白く光る材質だ。その前に門番が三人立っていた。剣で武装した衛兵と、魔法の杖を持った魔法使いと、弓と魔法の杖を持つ騎士である。

 

 どうやって突破したものか悩んでいたら、モーションセンサーが微妙な数値を物陰から感知した。


 なんと同業者たちが、魔法大学を囲むように集まっていたのだ。しかも監視ドローンや魔法使いの探査の魔法から隠れるために、マントそっくりな対魔法用電子迷彩を身体に巻きつけて姿を消していた。


 全員到達するところが一緒――賞金稼ぎの誰もが、シンジ・ムラカミが魔法大学で消息を絶ったことを突き止めていた。


 東征チームはトラブルだらけだったから苦労して到着したが、おそらく同業者たちは最短距離で到着したことだろう。時間に余裕がある分、情報の入手度合いは彼らのほうが上だ。


 とある同業者が、東征に無線通信を繋いできた。


『お前ら正義の味方をやったみたいだな。おかげでこっちはまったく目立たないで王都入りできたぞ』


 げらげらと笑い声が脳内に響いた。それも一人じゃなくて複数。ここに集まった連中の笑いの種になっているようだ。


『くそが。ラクしたぶん金払え』

『地球に帰ったらビールの一杯ぐらいおごってやるよ』

『せめて枝豆つけろ』

『はっはっは。それぐらいならお安いごようだな』


 という通信内容に、少しだけほっとした。少なくとも魔法大学というヒントに行き着くぐらい優れた連中は、東征を『シンジ・ムラカミと繋がった内通者』としてマークしていないわけだ。


 これなら魔法大学の調査中に背中を撃たれる可能性は低いだろう。だから素直に疑問をぶつけた。


『なんでお前ら内部に入らないわけ?』

『入れないんだよ。ちょうどまた招かれざるお客さんがきたぞ』


 招かれざるお客さん――薄手のローブを着たリザードマンだった。爬虫類に類似した人型であり、鱗と尻尾が緑である。衣服からして魔法使いなのだろうが、いつもの魔法大学のローブと違って、デザインは安っぽいし生地も悪かった。そんな素人くさいリザードマンが、門番に話しかけた。


「〈エミクル〉の町からやってきた魔法使いです。挑戦させてください」


 すると門番が、正門を手のひらで示した。


「挑戦者よ。あなたの魔力量が魔法大学にふさわしいか、試すのです」


 挑戦者と呼ばれたリザードマンは、ごくりと喉を鳴らすと、正門に触れた――ばしんっと弾かれてしまう。


「……また来年きます」


 リザードマンはがっくり肩を落とすと、とぼとぼ来た道を引き返していった。


 初見の東征も、事情を理解した。


『つまり、魔法使いになって、かつ魔力がたくさんないと、入ることすらできないわけか。他の侵入方法は探したのか?』

『敷地の外周部まで、バカみたいに強力な魔法障壁で囲まれてる。地面を掘削することも考えたが、もし地盤沈下を起こしたら王都の地球人に対する反発が強くなるだろ。そうなったら今後の商売あがったりだ』


 あくまでシンジ・ムラカミの首にかかった賞金に興味があるのであって、魔法大学に侵入することそのものが目的ではない。強行策を実行して、よけいな敵を増やす必要はなかった。


 都合よくトラブルでも起きてくれれば、どさくさにまぎれて侵入できるのだが。


 ――と賞金稼ぎの誰もが思っていたら、血走った目の少年が正門へ近づいていく。顔の形や雰囲気からして、どうやら地球人のようだ。しかし金のために人を殺せる顔をしていないから、賞金稼ぎではない。


 もしやと思って顔写真を地球のデータベースで検索したら、やっぱり異世界転移した若者だった。しかしシンジ・ムラカミとは違うタイプのようだ。怒りで髪の毛が逆立っているのだ。


「ぼくは、念願かなって異世界転移しました。でも、次元連結トンネルができたせいで、転移に意味がなくなったんです。いつだって地球に帰れてしまうし、どんどん地球の専門的な知識が入ってくるせいで、普通の高校生である僕が活躍できるところがなにもなくなった。こんなの詐欺だ」


 いきなり不満をぶつけられた門番は、目を白黒させた。だがすぐ冷静さを取り戻して、少年にたずねた。


「あなたは、なぜ、魔法大学へ?」

「次元連結トンネルを構成する魔法式を逆操作したら、魔法大学の専門家が扱う高度な技術の結晶でした。あなたたちの誰かでしょう。あの詐欺みたいなトンネルを作ったのは」

「挑戦者よ。あなたの質問に答えることがあるとすれば、この門を突破できたときです」

「そうやって選民意識むきだしにしてさ! ムカツクんだよ異世界の連中は!」


 キレた若者が、なにかの魔法を詠唱していく。身体がエンジンみたいに躍動してじゅうじゅうと蒸気を放っていた。とんでもない出力の魔法を撃つ気だ。


 様子見している賞金稼ぎたちには馴染みのない詠唱文だったが、門番たちの顔が大事件を前にしたように引きつった


「まずい! 自爆魔法だ! さっさと凍らせろ!」


 門番三人が同時にフリーズの魔法を放って凍らせようとした。だが一歩間に合わず、閃光と大音響が広がった。爆風が砂ぼこりを嵐のように吹き飛ばして、門番と正門が木っ端微塵に砕けて、魔法障壁に大穴が空いた。

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