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杖と刃  作者: VV
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【第1話】英雄と町娘

【挿絵付き】http://oznovel.com/novel/other01/top.html

私の師は英雄と呼ばれた魔法使いだった。



どんな願いも叶えてしまう世界にたった1本しかない魔法の杖。

その杖を自分のためではなく人のために使おうとした師は杖を手に世界中を旅していた。




「魔法を自分のために使ってはいけないよ。使うと悪い魔法使いになってしまうからね」




私がまだ見習いだった頃、師が口癖のように言っていた言葉を思い出す。

普通の家に生まれた私に師が最初に教えてくれたこと、それは人間と同じように魔法使いにも善と悪があるということ。善い魔法使いは魔法を他人のために使い、悪い魔法使いは魔法を自分のために使う。そして悪の道へと走った者は二度と元の道には戻れないという話を私は子供の時から聞かされ続けた。



家庭を持たず、短い生涯を善い魔法使いとして捧げた師。

魔法使いの掟がどうとかではなく、ただ魔法使いとして生まれてきた己の務めを果たしたかったと師は言った。




「お前もその杖で世界を見ておいで」




そう言って師は私に魔法の杖を託し、静かにこの世を去っていった。

安らかに眠る亡き師を見送った後、私はその杖を手に1人旅へと出た。



山を登り、谷を越え、海を渡り、私はいろんな国でたくさんの人間と出会った。王族、軍人、商人、平民、相手がどんな人物であろうと私は平等に杖を振るい続けた。




「善い魔法使いは常に中立でいなければいけないよ」




また師の口癖を思い出す。

旅の道中、私の頭から彼の言葉が離れることはなかった。長い間師と共に暮らしていたせいもあるのだろうか。



師の教えを忠実に守りながら旅を続けるうちに、私という魔法使いの噂は瞬く間に広まり、人間は私をも英雄と呼ぶようになった。






***






そんなある日、旅の疲れを癒やそうと立ち寄った町で私は1人の娘と出会った。




「丹精込めて育てたお花です。1本いかがですか?」




カゴいっぱいに詰められた花々。しかし花なんかよりもその花を配る彼女に興味をもった。



質素な服につま先が白く擦り減った古靴。

擦り傷だらけの手に化粧っ気のない控えめな顔。



今までたくさんの娘達を見てきた。

全身を上質な絹と宝石で着飾った貴族の娘。朝から晩まで土と汗にまみれ働く農家の娘。どれも美しく、平凡で、願いという欲望にまみれた醜い女ばかり。



でも彼女だけは違った。

彼女の裏表のない笑顔に目を奪われ、ひと目で私を夢中にさせた。



彼女はカゴの中から1本の花を取り、私へと手渡した。彼女の髪と同じ淡い紫色の花。

花を受け取ると私は懐から杖を取り出し、




「お礼に君の願いを叶えてあげましょう」




しかし彼女は首を横に振る。




「ありがとう魔法使いさん。でもごめんなさい。このお願いは自分の力で叶えたいの」




そう言って彼女は笑顔でその場を去っていった。



予想外の言葉に私は何も言えなかった。

ただ呆然と目の前から去って行く彼女の後ろ姿を見つめた。風に揺れる彼女の髪がとても綺麗だったと思った。



その時私ははじめて恋というものを知った。






***






次の日、私は彼女のことが頭から離れず特に用もなく広場へと向かった。

彼女は昨日と変わらない服装で広場の中心に立ち、目の前を通り過ぎていく人達に花を手渡していた。




「こんにちは魔法使いさん。今日もいいお天気ね」




お互いに目が合うと彼女は私を避けるどこか笑顔でこちらへと駆け寄ってきてまた花を1本手渡してきた。昨日と同じ紫色の花。



咄嗟に私も懐から杖を取り出すが、彼女はまた首を横に振り何も言わずただ笑って私の前から去って行った。

次の日もその次の日も、彼女は花だけを渡し去って行く。そんなやり取りが何日も続き、気が付けば私の手にはいつも紫色の花が握られていた。



せめて花の代金だけでもと杖ではなく金貨を1枚渡そうとするが、それさえも彼女は頑なに拒んだ。

不思議に思った私は首を傾げ理由を尋ねると、彼女は満面な笑みを浮かべこう言った。




「お花をもらうと嬉しいでしょ?魔法使いさんがその杖でみんなを笑顔にするみたいに私はこのお花でこの町を笑顔にしたいの」




それが私の夢。

夢は自分で叶えたいから魔法もお金もいらないの。



その言葉に思わず笑みが零れた。

きっと今の彼女に魔法使いも杖も必要ない。改めてそれを実感した私は杖を奥底へとしまった。



はじめて魔法の杖をいらないと言った人間に出会った。

少し寂しい気持ちもあったが、彼女が笑顔でいてくれるなら私はそれでいい。



でももし自分できることがあるのなら、ほんの少しでも彼女の夢に手を貸してやりたい。

そう思ってしまうのは私がお人好しの魔法使いだからだろうか。

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