(47)議決
「みな、集まったかの」
すでに春から夏に移ろうかという季節であるが、夜はまだ肌寒い。
寄り合い所の大広間の暖炉では、薪がこうこうと燃え盛っていた。
「それでは、会議を始める」
参加者は、四十名余。
四分の三人ほどが老人で、残りのほとんどが主婦だ。
タチアナとトゥーリも参加している。
若手の男性としては、儀一、イゴッソ、ドランの三人のみ。
イゴッソは上機嫌のようで、にやついた笑みを浮かべていたが、対照的にドランは苦虫を噛み潰したような顔で、そっぽを向いている。
そしてもうひとり。
珍しいことに、ランボが参加していた。
カロン村でのランボの立場はかなり特殊である。
鍛治士であり、石切り職人であり、大工でもあるこのドワーフは、村人たちの生活を支えている重要人物だ。しかし、モノづくり以外のことにはまったくの無頓着で、村の決めごとにはまるで興味を示さなかった。
彼がこの場にいるだけでも、今回の話し合いがこれまでとは異なるものであることを、参加者たちは感じ取っていた。
「まずは、これを見てもらおうかの」
ヌジィが黒塗りの鞘に収められた刀を掲げると、どよめきが湧き起こった。
「みなも噂では聞いておると思うが、この村で、勇者の剣が発見された。春先のことじゃ」
ヌジィは都合の悪い部分を端折って説明した。
自分の家に代々伝わる“勇者のメダル”が、そのありかを示す鍵だった。“シェモンの森”にある“オークの石像”にメダルを嵌めることで、中に隠されていた剣が姿を現した。そして、メダルは剣の鍔だった。
都合の悪い部分というのは、儀一がすべての謎を解き、この剣を手に入れた功労者だということである。
「六百年前の代物じゃが、ほれ、この通り――」
ヌジィは鞘をずらして少しだけ刀身を覗かせた。
室内の明かりを反射して、刀身がぎらりと冷たく輝いた。
広間中に感嘆の声が漏れ、みなが勝手に喋り出した。
勇者シェモンが伝説の剣を使ってオークを石に変えたという言い伝えはあったが、まさかそのようなものが隠されているとは。まるで打ち立てのようじゃ。あまりにも綺麗すぎる。本当に六百年も前の剣なのか。いやしかし、伝説の剣ならば、あるいは……。
「みなの疑念は、もっともじゃの」
ヌジィは先手を打っていた。
「そこでワシは、勇者の遺物に詳しいお人に、鑑定を依頼することにした。おい、モゼや!」
「は~い」
大部屋の外で待機していた孫娘のモゼが、二人の客人を連れてきた。
ひとりはマギーである。年に二回ほどカロン村を訪れる行商人だ。そしてもうひとりは、恰幅のよい中年の男で、遺物収集人だという。
「マギーさんから話をお聞きして、駆けつけました」
遺物収集人というのは、今では作製方法が失われた魔法装置や、勇者に関わりのある品物などを集める人々のことだ。
商売のためではない。彼らは莫大な資産家であり、ようするに金持ちの道楽であった。
ポルカの町から船で十日ほどかかる大きな町から、収集人はわざわざやってきたのだという。
「では、鑑定を頼みますぞ」
ヌジィは勇者の剣を渡した。
すでに鑑定済みであるが、村人たちの前で鑑定する素振りを見せれば、いい演出になるだろうと考えたのだ。
収集人はゆっくりと鞘を抜いた。
片目を閉じて、真剣な様子で刃紋を観察する。
ぴくりと眉を動かした。
「おや? 昨日よりも、輝きが増したような……」
収集人は墓穴を掘った。
「ふん、刀の主がいるからな」
ぼそりと呟いたのは、ランボである。
あまりにも小さな声だったので、収集人と勇者の剣に注目していた参加者たちは反応しなかった。
「いや、素晴らしい。謂れもはっきりしていますし、鍔の裏側に刻まれている文字も、勇者の筆跡と一致します。これはまぎれもない本物でしょう」
「不躾な話で申し訳ないが、どれくらいの価値がありますかな」
ヌジィの問いに、収集人は難しい顔になった。
もちろんこれも演技である。
「現在、勇者シェモンゆかりの武具は、七点が確認されているのみです。しかもこの剣の状態は一級品。もう少し詳しく調べる必要がありますが、そうですな……」
収集人が口にした金額は驚くべきものであった。
ざわめく村人たちに満足したように、ヌジィは口元を緩める。
「お手数をおかけしましたな。モゼや、お二人をお連れしなさい」
「はい」
ちらりと、意味ありげな視線を儀一に向けてから、モゼはマギーと収集人を連れて大広間を出ていった。
「みなも分かったじゃろう。この剣は、まぎれもなく伝説の勇者の剣。村に伝わる宝じゃ」
個人には所有権がないということを、暗にヌジィは強調した。
そして、この剣の処遇についての話に入る。
「ワシは、この剣を売るべきだと思う」
しんと周囲が静まり返った。
「みなも知っての通り、西の大砦へ働きに出た男たちは、戻って来れん。作業が遅れていることもあるが、怪我人が出て、治療費がかさんでいる事情もある。今のまま村に戻っても、期待されたほどの金を持ち帰れんということじゃ。このままでは、秋の収穫の時期にさえ、間に合わんかもしれん」
しかし、収集人に勇者の剣を引き取ってもらえば、出稼ぎの必要はなくなる。
「家族が、帰ってくるのじゃ。そして今後十年、いや二十年は、食べ物に困ることはないじゃろう。子供たちにひもじい思いをさせずにすむ」
このようなことを言われて、反論できる者はいない。
その後ヌジィは、参加者に意見を求めた。
臆せず口にしたのは、タチアナである。
「その剣は、いつでも売れるんでしょ。男たちが帰ってから、全員で話し合ったほうがいいんじゃない?」
ヌジィは懐から皮紙を取り出した。
「答えは、すでに聞いておる」
ヌジィの息子、ドランの父親は、出稼ぎに出ている男たちの取りまとめ役をしており、カロン村に戻ってきたあかつきには、村長の後を継ぐことが決まっていた。
「今回の件について、事前に連絡をしておっての」
仮に勇者の剣が本物だった場合、売却に賛成するかどうか。
その回答を、ヌジィはすでに手に入れていたのだ。
これは鑑定の結果が出る前の話である。ヌジィの用意周到さに、末席にいた儀一が、やや感心したような表情を見せた。
「全員が、売却に賛成しておる」
砦の仕事は危険で、つらい。
怪我人も出ているし、半年以上家族の顔すら見ていない。
さらに、作業期間が延びるのだという。
心が挫け、同意したとしても致し方のないことであった。
「他に、意見のあるものは?」
あまりにも大きな話であり、急な展開であった。
村の宝を手放すということに抵抗感がないわけではないが、降って湧いたような話である。それに、息子であり、夫であり、子供たちの父親が帰ってくるのだ。
反対することなど、できようはずもなかった。
「では、勇者の剣を売却することを、決定と――」
「おい」
ぼそりと、声がかけられた。
「それでいいのか?」
ドワーフのランボだった。
「ランボ殿、どういうことじゃ?」
「それで、本当にいいのかと聞いている」
ドワーフの真意を、ヌジィは測りかねた。
「ランボ殿も、大切な村の一員じゃ。意見があるならば、遠慮なく――」
「意見などない。ただの確認だ」
やや戸惑いながらも、ヌジィは肯定した。
「むろん。たった今、決まったことじゃからな」
「そうか、分かった」
ひとりランボは立ち上がると、無言のまま寄り合い所を出て行った。
意外な人物による突然の行動に、大広間はしばし騒然となる。
「ランボ殿にも思うところがあるのじゃろう。明日にでも、ワシが出向いて話をしてみよう」
ヌジィはみなに静まるように命令し、場の雰囲気を改めた。
「実は今日はもうひとつ、話すべき案件があっての」
合図を受けて、イゴッソが立ち上がった。
末席に座っている儀一の方をちらりと見て、ごほんと咳払いをする。
「みんなに聞いてもらいたい話がある。“シェモンの森”に関することだ」
“シェモンの森”は今、必要以上に樹木が切り倒されて、若木ばかりになっている。このままでは、森は枯れ果て、いずれは荒野になってしまうだろう。
“村会議”に参加している老人たちにしてみれば、何度も繰り返し聞かされた話でもあった。
うんざりしたようなため息が漏れる。
「オレは見たんだ。異国人たちが、魔法を使って木を切り倒しているのを」
本当は、魔法を使った木こりなど邪道だと主張したかったのだが、それはヌジィから止められていた。村人たちからすれば、方法などどうでもよい。訴えかける材料としては弱かろうと。
それよりも、
「森の管理者として、今の状況を見逃すわけにはいかねぇ」
自分の立場を強調したほうがよい。
「あの森は、勇者シェモンの教えを受けたオレたちのご先祖様が作り、育て、大切に守ってきた森だ。余所者なんかに荒らされていい場処じゃねぇ。それにこいつらは、貴重な薪や木炭を朝市で大量に売り捌いてやがるんだ。オレは、悔しい!」
イゴッソは下手な泣き真似をした。
先祖から受け継いだ仕事に誇りを持ち、黙々と仕事をこなしてきた実績があれば、少しは共感を得られただろう。
しかしイゴッソは、サボり癖のある木こりだった。
儀一が木こりになる前は薪の配給も滞っており、冬の間にみんなが凍え死ぬと噂されたくらいである。
「ギーチさんや」
ヌジィが儀一に問いかけた。
「イゴッソはこう言っておるが、何か反論はあるかの?」
「いえ。特には、何も……」
儀一の答えは想定外のものだった。
こうなったら、たたみかけるのみ。
ヌジィとイゴッソは視線を交わし合った。
「村長。森だけじゃねぇ。魚の件もありますぜ」
儀一たちは“アズール川”で勝手に魚を捕っている。
一日に何匹もだ。
それを朝市で売って、ひとりだけ大儲けしている。
「ワシは朝市に出んから、初耳じゃったが」
ヌジィは嘘をついた。
「ギーチさんや。イゴッソの言うてることは本当かの?」
「はい」
森や川で得た食料は、朝市で売っても問題ないということになっている。
しかし、今は村の非常事態。
それに儀一は新参者である。
魚が捕れるのであれば、村長である自分にひと言相談して然るべきではないか。
諭すように注意すると、儀一は素直に謝った。
「勝手なことをして、すいませんでした」
それにしてもと、ヌジィは思った。
儀一に加勢してくると思っていたタチアナとトゥーリが、やけにおとなしい。
いや、悔しそうな顔で俯いているようだ。
「さて、困ったことになったの」
少し考えるふりをしてから、ヌジィは提案した。
“シェモンの森”から切り出す樹木の数を制限する。
具体的には、村人たちに配る必要最低限の本数だ。朝市に出せるほどの量は残らない。
魚については、塩漬けにして高台の食糧庫に保管する。
「無事に冬を越せたとはいえ、今年の収穫が終わるまでは、食糧不足が続く。貴重な魚をひとり占めされては、不満に思うものも出てこよう。みなに平等に配給すべきではないか?」
老人たちがそろって頷いた。
ヌジィはさらに付け加えた。
「確か、ギーチさんが提供してくれているオニギリは、コメという穀物で作るのじゃったな?」
「はい」
「そのコメも、一度食料庫に収めてはどうじゃ。これ以上下手な疑念を持たれては、互いによいことはないじゃろうて」
相手への要求は、より大きく、大げさにすべき。
たとえ譲歩したとしても、最終的に得られる利益が大きくなるからだ。
それに、こちらには最終的な決定権がある。
「もしお断わりした場合、どうなるのでしょうか?」
遠慮がちに、儀一が聞いてきた。
「ふざけんじゃねぇ!」
ここぞとばかりに、イゴッソが怒りを爆発させた。
「お前たち異国人を助けてやったのは、オレたちだ。恩を仇で返すようなマネをしやがって。もし従えないなら、村を出て行け!」
「これこれ、イゴッソや」
好々爺とした笑みを湛えながら、ヌジィはイゴッソをなだめた。
「そう頭越しに怒鳴りつけるものではないぞ。ギーチさんはこの村に来てまだ間もない新参の身。勝手が分からず暴走してしまうことも、時にはあるじゃろうて」
じゃがと、ヌジィは鋭い視線で儀一を射抜いた。
「村の決まりには、従ってもらわねばならぬ。最終的な処遇は、会議の中で決定することになるが、最悪、イゴッソの言う通り、この村から出て行ってもらうことになるかもしれんぞ」
もっとも重い処分。
村からの追放を決定するためには、“村会議”の参加者全員の賛成が必要となる。
現状では無理なのだが、こういった決議を求められた時点で、終わりともいえる。みなから白い目で見られ、まともに村で生活することはできなくなるだろう。
「分かりました」
儀一はそう言って頷いた。
それはそうだろうと、ヌジィは思った。
生活の拠点をそう簡単に移せるわけがない。幼い子供が四人もいては、なおさらだ。他の町や村に移動するだけでも日数がかかるし、移住先で仕事を得られるとは限らない。
結果は見えている。難民扱いとなり、路頭に迷うだけだ。
すべての懸案事項は解決したと、ヌジィは安堵した。
収入源を失った儀一は、もう派手な行動を起こすことはできないだろう。
やつらの生活が困窮した時には、優しく手を差し伸べてやろうか。
「この村から、出て行きます」
「は?」
それは苦渋に満ちた口調でも、晴れやかな口調でもなかった。
決められた事実を報告するように、儀一は淡々と言葉を紡いだ。
「僕たちのような身元も定かでない異国人を受け入れてくださって、ありがとうございました。おかげさまで無事に冬を越せましたし、言葉も覚えることができました。この場を借りて、お礼を申し上げます」
大広間はしんと静まり返った。
「あ~あ」
深い、ため息が漏れた。
「ここに来るまでは、絶対にギーチを止めようと思ってたんだけど。その気も失せたわ」
「逆に、申し訳ないわね」
タチアナとトゥーリだった。
彼女たちは“村会議”での話し合いの内容とその結末について、儀一から事前に聞かされていたのである。
行商人のマギーの話では、ヌジィが勇者の剣の鑑定を行うのだという。剣が本物であるならば、国宝級の価値があるらしい。
モゼから得た情報では、“村会議”を行う前の会合で、ヌジィは剣の話を出し、売却すれば村が助かるということをほのめかしていたそうだ。
『ケチなおじいちゃんが、自腹を切ってまで鑑定させるなんて、そうとしか考えられません!』
とのことである。
伝説の剣といえでも、観光資源として利用しないのであれば、村の中で保管していても意味はない。逆に噂が噂を呼び、よからぬ考えをいだいた輩がやってこないとも限らない。
いっそのこと売却してしまえば、みんなが助かる。
出稼ぎに出ている男たちを引き合いに出されたなら、“村会議”で反対できる者はないだろう。
そして仮に、莫大な売却益が出たならば、自分たち異国人の扱いも変わってくるはず。
村にとって必要がなくなれば、色々と制約をかけて来ることは目に見えていた。
だから、足かせを嵌められる前に、カロン村を出て行く。
村の主要な人たちが集まる会議だから、ご挨拶をするにはちょうどよい場だろう。
「ふざけるなっ!」
突然、怒声を上げて立ち上がったのは、ドランだった。
「お前、このオレに勝ち逃げする気か?」




