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(46)加速

 春の間、二日か三日に一度、儀一はポルカの町を往復した。

 時には蒼空をつれて、時にはひとりで。

 その回数は二十を超えた。

 石材置き場の片隅で、子供たちが臨時の“子供会議”を開いていた。

 議題は、儀一の商売の成果について、である。

 

「で、どうなの、蒼空? 貧乏、脱出できそう?」


 真剣な眼差しで、結愛が聞く。

 以前、ミミリの薬を買ってもらおうと話を持ちかけた時、自分たちの保護者である儀一が口にしたひと言。


『うちはね、貧乏だよ』


 大人が考える以上に、子供たちはショックを受けていたのである。

 貧乏は罪。そして悲しい。

 少しでも稼ぎの足しになるのならと、結愛は積極的にお手伝いをしていた。

 薪を運び、発火パイロキネシスを使って乾かす。火炎球ファイアボールを使って魔木炭を作る。魔木炭をガラ麦の藁の紐に括りつける作業は、手が真っ黒になるのだが、結愛は蓮とは違って、文句を言ったり弱音を吐いたりはしなかった。

 だが、あんな木の消し炭で、本当にお金が手に入るのだろうか。

 その懸念が、いまだ消えていない。


「それはたぶん、だいじょうぶだと思います」


 蒼空は自信あり気に答えた。


「魔木炭は、ポルカの町にいるドワーフ、グーコスさんが買ってくれているのですが、その金額は、朝市とは比べ物になりません。受け取ったお金の枚数からして、十倍くらいは稼いでいるはずです」


 朝市での商売は、カロン村の人々との交流が主な目的である。

 あこぎな商売をして恨まれるわけにはいかないという事情もあった。


「十倍! すげぇじゃん」

「すごいすごい! お金持ちだぁ!」


 単純に蓮とさくらは喜んだが、結愛は懐疑的だった。


「十倍っていっても、元が十円だったら百円だし」

「それは、ぼくも気になりました」


 だから蒼空は、思い切って儀一に聞いてみたのだという。


「日本円だと、いくらくらい儲かったのかって」

「それで? それで?」


 少し考えて、儀一は教えてくれた。


「一回の取り引きで、だいたい二万円くらいだそうです」

「……お洋服とか買ったら、それくらいかかるよね?」

「さくら、知らない」


 結愛たちは、実はかなり裕福な家庭の子供である。

 特に女の子の場合、親が頑張って着飾らせる。

 洋服についていた値札の金額を、結愛は覚えていたのだ。

 欲しいと言ってもいないのにぽんぽん買ってくれるのだから、たいした金額ではないのではないか。


「で、でも。十五回くらい取り引きをしてますから」


 蒼穹空は焦ったように計算した。

 三十万円くらい稼いだ計算になる。


「ふ~ん」

「それに、ああそうだ!」


 蒼空は大切なことを思い出した。


「“臭キノコ”――じゃない。ジュエマラスキノコですよ!」


 秋に儀一とカミ子が収穫した高級キノコである。

 ずっと蒼空の四次元収納袋フォーディメンションパックに収納していたものを、儀一は売り捌いたのだ。

 その数、二百個余り。


「おじさんは、ポルカの町の人たちから高級レストランの場所を聞いて、直接売りに回ったんです」


 いわゆる飛び込み営業である。

 通常、信頼の置けない業者は門前払いになるところだが、こちらには現物がある。

 大玉のジュエマラスキノコを目にした料理人たちは、みな驚いた。


「どうして今の時期にキノコが採れるんだって」


 冬に枯れたキノコは、まだ土の中だ。

 夏から秋にかけてが収穫時期となる。


「で、いくらで売れたの?」


 結愛の問いに、蒼空は答えることができなかった。


「聞いてません」

「なんでよ」

「だって……」


 毎回毎回、儲かった金額を聞くのは恥ずかしい。

 ぼそぼそと告白した蒼空を、結愛はばっさり切り捨てた。

 

「使えないわね」

「……うっ」

「もういい。あたしがおじさまに聞いてくる!」


 儀一の稼ぎが少ないのであれば、もっともっと手伝わなくてはならない。

 きりりとした双眸に決意の炎を宿しながらおにぎり屋に向かおうとした結愛の前に、少年がやってきた。

 ブッキである。


「お、ブッキ、今日は遅かった――」


 声をかけた蓮は、言葉を失った。

 ブッキの口元が、青く腫れていたのである。

 結愛が駆け寄り、傷の具合を見た。


「ちょっと、どうしたのよ」

「……兄ちゃんに、殴られた」

「ひどい。血が出てるじゃない」


 ポケットからハンカチを取り出す。

 朝市で手に入れた布を、ねねが加工してくれたのだ。


「さくら、水筒出して」

「うん」


 さくらが携帯している水筒の水に浸して、優しく押し当てる。

 ブッキは真っ赤になって押し黙った。


「も、もういいから」


 ブッキによると、兄に殴られるのは珍しいことではないらしい。


「実はさ――」


 悔しそうに、そして申し訳なさそうに、ブッキはお願いした。


「お前らのおじさんのことで、聞きたいことがあるんだけど」






 ブッキは家に帰ると、兄のドランに報告した。


「明日、ひとりで“シェモンの森”に行く? 本当か?」

「レンたちが、そう言ってた」

「何をしに行くんだ? 木こりの仕事か」

「知らない」

「ちっ」


 使えない弟だといわんばかりに、ドランは舌打ちした。

 三日後、“村会議”が開かれる。

 今回は重大案件を取り扱う、正式な会議だ。

 儀一やタチアナ、トゥーリといった主婦たちも参加するし、ドランも初めて、祖父から参加することを許されていた。

 ひとりでも多いほうが有利からだという。

 事前にドランは議題を聞いていたが、それは俄かには信じがたいものであった。

 儀一が“勇者のメダル”の謎を解いて、この村に隠されていた“勇者の剣”を手に入れたのだという。

 その処遇について話し合うらしい。

 心当たりはあった。

 倉庫から“勇者のメダル”をこっそりと持ち出そうとした弟のブッキだ。

 幼い頃の自分と同じく、“石牢”に閉じ込められた弟は、祖父に説教をされていた。

 その時のメダルを、儀一が手に入れたのだろう。

 

「やつが出かけたら教えろ。いいな」

「……」


 生意気にも、ブッキは不服そうに唇を突き出して睨みつけてきた。

 ブッキは“四角岩”の仕掛け(ギミック)を、すべて乗り越えたらしい。ドランがヨリスとダーズといっしょに挑戦した時には、最初の天秤で脱落した。

 ブッキよりも年上だったにも関わらずだ。

 そのこともあってか、この弟は自分に反抗するようになった。

 一発殴ったら、大人しくなったが。

 

「なんだ? 文句あるのか」


 拳を握り締めて振り上げると、ブッキは怯えたように身を竦めた。


「……分かった」

「ふんっ」


 最初から素直に従っていれば怖い目に合わずに済むのに、馬鹿な弟だ。

 本当であれば、ヨリスとダーズを連れていきたいところだが、二人とは仲たがい中である。

 ひとりで決着をつけなくてはならない。

 翌日。

 ブッキの連絡を待って、ドランは“シェモンの森”に先回りした。

 そこは木こりの仕事場であり、森の中の開けた部分に、頼りない苗木がまばらに生えていた。植樹された木なのだろう。

 のこのことやってきた儀一は、切り株のところに腰をかけた。 

 誰かを待っている様子である。

 木刀で肩を叩きながら、ドランはゆっくりと儀一に近づいていった。

 

「よお、異国人」

「……」

「こんなところで、何してやがる。逢い引きか?」


 自分で口にしておきながら、ドランは不機嫌になった。

 ねねのことを思い起こしたからである。


「待ち合わせです」


 儀一はゆっくりと立ち上がった。

 警戒はしているようだが、素人の立ち方――棒立ちだ。

 

「“勇者の剣”を手に入れたってのは、本当か?」


 ぶんと木刀を鳴らして、ドランは聞いた。


「ええ、まあ」

「オレに寄越せ」


 こんなひょろりとした男に、伝説の剣はふさわしくない。


「村長さんが持っているはずですが」

「なに?」


 あのじじいと、ドランは唸った。 

 詳しい話を、ドランは何も聞かされていなかった。最後はワシの提案に賛成しろと、命令されただけである。


「それで?」

「あん?」

「今日は、どのような御用向きで?」

「ふん、お前と勝負をつけにきたんだよ」


 この異国人は、ずいぶんと言葉が達者になった。

 ドランとしては、駆け引きをするつもりはなかった。

 儀一を脅して、“勇者の剣”を奪い取る。持っていないのであれば、叩きのめして、上下関係をはっきりさせる。 

 祖父と同じく、ドランにも人身掌握術に関する考え方があった。

 それは、力による支配だ。

 残念ながら、魔法を使う子供と金髪の女には敵わない。

 だからせめて、この男だけには勝たねばならない。


「こいつは、さすがに大人気ねぇか」


 木刀を投げ捨てると、ドランは一気に間合いを詰めた。

 危険を感じたのか、儀一が身構える。

 正中線ががら空き。素人の構えだ。

 一発では終わらせない。

 命乞いをするまで、叩きのめしてやる。

 ドランは半身に構えた。

 右の拳は脇の前。軽く握り締める。

 インパクトの瞬間に力を込めた方が、スピードも破壊力も大きくなるのだ。

 

「どりゃあああ!」


 怒声とともに繰り出す、上背をいかした打ち下ろし(チョッピングライト)

 相手は怯え、縮こまり、防御するしかない。


加速アクセル


 奇妙な呟きが聞こえた、ような気がした。

 必殺の拳が受け流されると同時に、顎先あごさきに衝撃が走って――

 ドランは崩れ落ちた。






「……いたたた」


 やはり、素人が喧嘩をするものではない。

 儀一は自分の拳の状態を確かめた。

 どうやら骨折はしていないようだ。

 足元にはドランが倒れていた。

 白目を剥いて気絶している。

 呼吸は――問題ないようだ。

 儀一はドランの身体を動かすと、緊急救命の講習で習った回復体位をとらせた。


「これで、諦めてくれたらいいのだけれど」


 昭和の不良漫画であれば、負けた相手に敬意を示した番長が、舎弟になったり戦友となったりする展開もあるのだが。


「まあ、いらないか」


 放っておくことにする。


「おっちゃん!」


 突然、木陰から蓮が飛び出してきた。

 ひとりではない。蒼空、結愛、さくら、そしてドランの弟であるブッキもいて、駆け寄ってくる。

 目をきらきらとさせて、嬉しそうに。

 儀一は頭を抱えたくなった。

 ドランの企みを、子供たちは事前に知らせてくれた。

 不意を突かれても困るし、ブッキがさらなる暴力を受けるかもしれない。

 そう考えた儀一は、逆にドランをおびき寄せることにしたのだ。


「家で待っているようにって、言ったよね?」


 一応、確認する。


「だってさ、おっちゃんが危なかったら、助太刀しないと」

「そうです。これは、ぼくたち全員の問題なんですから」

「あいつ、今度やったら燃やすっていったのに。でも、さすがはおじさま!」

「ぎーちおじちゃん、つよい!」


 儀一はため息をついた。

 自分や大切な仲間を守るためならば、ためらうことなく魔法を使うこと。

 子供たちにそう教え、魔法で撃退する訓練までさせていた儀一としては、注意することもできない。

 身から出たさびである。

 心配なのは、目の前で兄を殴り倒された少年の心情だったが、


「こんなやつ、兄ちゃんなんかじゃない!」


 そう言って、ブッキは気絶しているドランの尻を蹴った。

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