(44)始動
「ちょっと山田さん! あれはないでしょ!」
その日の夜、カミ子がマンションのベランダからリビングにずかずかと入ってきて、文句を言った。
夕食時である。
「神様」
「なに?」
「前の姿に戻ったんですね」
「悪い?」
「いえ」
どういう心境の変化か、カミ子は一番最初に出会った時の姿、金髪碧眼の美青年になっていた。
憤りは収まらず、カミ子はビシッと指差した。
「もうちょっと空気を読むとか、考えてよね!」
「すいません」
と、儀一は素直に謝った。
「神様の特殊能力がなくなってしまうのは、惜しいと思いまして」
「そりゃあそうかもしれないけどさ」
あまりにもデリカシーがなさすぎると、カミ子は主張した。
「そんなんじゃ、女の子にモテないよ!」
儀一の湯呑みにお茶を注ぎながら、ねねが小声で言った。
「あまりモテても、困ります」
「そこ、密かに自己主張しない!」
儀一は特殊能力の超強奪を使って、カミ子の特殊能力をすべて奪うことに成功した。
現在所有している能力は、召喚魔法二種類に、水属性魔法、時間魔法、さらには鑑定、超強奪、身体能力向上、感覚機能向上、魔力拡張という豪華なラインナップである。
特に水属性魔法の魔法レベルは十であり、使い勝手もよい。
今後の生活の安定性は、飛躍的に高まったといえるだろう。
「まったく。少しは心配してくれるのかと思いきや、なんだいなんだい」
カミ子は拗ねたように子供たちを見たが、相手にされなかった。
みな新しいお客様の接待に余念がないらしい。
「シンディちゃん、おいしい?」
さくらが隣にちょこんと座っている銀髪の少女に聞いた。
「これは美味じゃ。異世界同士の食材と調味料のコラボレーションか。なんとも斬新な」
「天ぷらっていうのよ。衣をつけて油で揚げると、さくさくふわふわになるの」
結愛が説明する。
今日の夕食は天ぷらである。山菜や野草、魚、芋など、食材はバラエティに飛んでいる。天つゆはマンション内の調味料で作ったもの。
ごくりと、カミ子は唾を飲み込んだ。
「ソースをつけてもうまいんだぞ」
「塩もいいですよ」
蓮と蒼空もおすすめを紹介する。
子供たちに囲まれて、銀髪の少女はご満悦のようだ。
「一度に言われても、食べきれんぞ。ほっほっほ……」
「ちょっとシンディ、なんでここにいるのさ!」
銀髪の少女――シンディアラはじろりとカミ子を睨んだ。
「このような場所があるから、お主のような輩がわらわの世界に入り込む。いっそのこと塞いでしまおうと考えたのだが、そこの儀一が、夕食をぜひにというのでな。ご相伴にあずかっているところだ」
「乗せられてるよ!」
その結果、シンディアラはねねの料理がいたく気に入ったようで、このマンションを利用することについては黙認するということになった。
「だが、お前は別じゃ」
「……っ」
「わらわの民に、下手に知識や力を与えられては困るからの」
出入り禁止を宣告されたカミ子は絶句した。
神々は自分たちが管理している世界を他者によって乱されることを嫌う。
これは当然の措置といえた。
「そ、そんな固いこと言わないでよ。ほら、ボクのおかげで異世界コラボレーションの料理を楽しめるんだからさ。ちょっとくらいいいだろう?」
「ダメじゃ」
「シンディ〜!」
カミ子は子供たちがじと目をするほどのしつこさで食い下がり、シンディアラが遊びにきた時のみ、同行してよいということになった。
荷車が完成した。
大きさはタタミ二畳くらい。布製の幌が付いており、人や荷物を運ぶことができる。
儀一のミニバイク”モンキー”や土の精霊グーが引けるように、取り付け部分が工夫されていた。
今のところ“シェモンの森”から切り出した薪や、魔木炭の運搬に使っている。これまでは木こりのイゴッソの荷馬車を借りていたのだが、嫌われていることが分かっていたので、いざという時のために儀一がランボに製作を依頼していたのだ。
この荷車には、別の用途もあるのだが、儀一はまだねねにしか伝えていない。
着々と、準備が整いつつある。
カロン村の畑を短期間で耕し尽くしたことで、行動の自由を手に入れることができた。
蒼空を連れて、ポルカの港町へと向かう。
目的はふたつ。
ひとつ目は、もちろん商売だ。
「おお、これはこれはギーチ殿。久しぶりですなぁ」
六角形の“鉄結晶”をモチーフにした看板が目印の“グーコスの鍛冶屋”。
自分の店の中だというのに、ドワーフのグーコスは声を落として報告してきた。
「ギーチ殿に売っていただいた魔木炭を、試供品として仲間たちに送ったのですが」
これが、大好評だったという。
もちろん入手経路は秘密にしているが、予約注文が殺到しているとのこと。
「今日は手ぶらのようですが、いつ持ってきてくださるのかな?」
「蒼空君」
「はい。四次元収納袋」
蒼空の腹に現れたポケットから、藁の縄で縛られた魔木炭が次々と出てきた。
「なんと!」
「魔法です。このことは秘密にしてください。ガレジさんも、いいですね?」
「う、うっす」
グーコスと、弟子であるガレジにも口止めをする。
蒼空の空間魔法の魔法レベルは、三に上がっていた。四次元収納袋に収納可能な重量は、百二十キロである。レベル一では三十キロ、レベル二では六十キロだったので、倍々で増えている計算だ。このままレベルが上がれば、トラック並みの運搬能力になるだろう。しかも、収納中は重さを感じず、品質も劣化しない。ポケットの大きさのものしか入らないのが玉に瑕だが。
魔木炭の品質を確かめたグーコスは、即金で代金を支払った。
「あるだけ買いますぞ」
「ありがとうございます。しばらくは、通い詰める予定ですので」
もうひとつの目的は、ポルカの町を知ること。
そのためには、町の人と話をするのが一番だ。
儀一は蒼空を連れて、時間が許す限りポルカの町を見て回ることにした。
「きれいな町ですね」
潮風を受けながら、蒼空が気持ちよさそうに呟いた。
ポルカの町は、出入り口のある北側が高台、南側に海が広がっている。
高台から見下ろすと、長い下り坂の先に海が見える。
逆に海側から見上げると、町の建物が一望できる。
坂のある町は、景色が際立つようだ。
「交番もないから、はぐれたら大変だ。手を繋いで歩くよ」
「は、はい」
他の子供たちがいたら、嫌がっていたかもしれない。
「いらっしゃい! 新鮮なギョロ魚が入ったよ! この鱗の輝きを見ておくれ。今夜の料理はギョロ魚スープで決まりだ。さあ、買わなきゃ損だよ!」
魚屋や市場などでは大声が飛び交っていた。
足の早い商品を売らなくてはならない。店同士で競い合いながら、自然と声が大きくなっていったのだろうか。
「まだ若いのに、こんな大きな子供もいて。あんたも大変ねぇ」
親子だと思われることも多く、蒼空は恥ずかしそうに赤面したり口ごもったりしてしまう。
儀一は特に否定もしなかった。その方が相手の警戒心が薄れるだろうと考えたからだ。
儀一は自分たちがカロン村から来たことを伝え、町の見どころや名物などを聞いた。
「じゃあ、そこへ行ってみようか」
「ぼくだけ、いいんでしょうか?」
生真面目な蒼空は、他のみんなに申し訳ないと考えたようである。
「次にみんなと来た時に、蒼空君が案内してあげたらいいんだよ」
現地に詳しい案内役がいるだけで、観光はさらに楽しくなるものだ。
出店で海産物の串焼きを買って、食べ歩きをする。
「蒼空君、タッパーを出してくれるかな」
「はい」
みんなの分はタッパーにしまってお土産にする。
四次元収納袋の中は時間が凍結されるので、焼き立てのまま届けることができる。
蓮たちの喜ぶ顔と羨ましがる顔が、思い浮かぶようだった。
「売れました」
カロン村に戻った儀一は、トゥーリにお金を渡した。
荒野鼠の革を加工して作ったスニーカー、“カロン靴”の代金である。
ずしりと重い皮袋の中身を確認すると、トゥーリは顔を青ざめさせた。
「こ、こんなにもらうわけにはいかないわ。半分で、いいです」
珍しく動揺しているようだ。
「手間賃はいただいてますからご心配なく。それと――」
儀一は新たなる注文書を渡した。
「今回は五十足、注文をいただきました」
「え?」
「靴屋の店長さんに使っていただいたのですが、とても気に入っていただけたようで」
「そ、そうですか」
「材料は足りますか?」
「え?」
「荒野鼠の革です」
トゥーリは考え込んだ。
「どうかしら。前回はタチアナにかき集めてもらったのだけれど」
「ウィージ村にも売っていましたので、必要があれば買い出しに行きます。ただ、僕では素材の良し悪しが分かりません。ちょっと考える必要がありますね。タチアナさんも含めて、打ち合わせをしましょう」
「う、打ち合わせ?」
何もかも初めての経験に、おっかなびっくりという感じである。




