(42)オーク・スレイヤー
「あるいは、そうじゃないかと思っていたけどねぇ」
カミ子はさりげなく分かっていたアピールしたが、誰も聞いていなかった。
気分はもはや宝探しのクライマックスである。
蓮、結愛、さくらなどは財宝を見つけたあとの使い道で盛り上がっていた。
宝くじでもなんでも、当たる前に妄想するのが一番楽しい。
「ぜってー、別荘だって!」
「旅行に決まってるでしょ」
「さくらはねー、ぬいぐるみ百個!」
「多数決で決めようぜ。蒼空も別荘だよな?」
「え? うん、まあね……」
そんな中、蒼空だけはひとり、微妙な気分だった。
この少年は儀一に憧れている。
それは結愛も同じだが、蒼空の場合、単純な憧憬の気持ちだけでなく、いつかは自分も儀一のような大人になりたいと考えていたのだ。
“四角岩”での謎解は、自分なりに頑張ったと思う。
だが儀一の思考は、蒼空の想像を突き抜けていた。
“勇者のメダル”をちょっと見ただけで、たったそれだけで、財宝の明確な位置まで迫ろうとしている。
同じだけの情報を、自分も知っていたはずなのに。
蒼空は前を行く儀一の背中を見つめた。
カミ子が遠回しに財宝の内容を聞き出そうとしているが、あいまいな表現でごまかしているようだ。
自分が大人になった時、この人のようになれるのだろうか。
とても敵わないような気がする。
「そら君、どうしたの?」
さくらが不思議そうに聞いてくる。
「いえ、何でもありません」
駆け寄ればすぐに追いつけるはずの距離が、あまりにも遠すぎるように思えた。
“シェモンの森”の遊歩道を歩いて、泉に到着した。
まだ春先なので、木陰には少し雪が残っている。
だが、地面には若草が芽吹き、小さな野花が揺れていた。
泉のほとりには“オークの石像”があった。
子供くらいの背丈で、球と円柱を組み合わせたような造形。
かなりデフォルメされた石像だ。
丸い頭部、その口元の部分には小さな突起がふたつついている。
「お宝、もらった!」
突然カミ子がダッシュして、石像を調べ始めた。
「あっ、ずりぃ!」
蓮たちも慌ててあとに続く。
あきれたように、あるいは苦笑しつつ、儀一、ねね、ランボの三人はのんびりと歩いていく。
ここは村人たちの憩いの場である。石像を調べただけで見つかるのであれば、すでに誰かが発見しているだろう。
カミ子たちが押しても引いても、“オークの石像”はぴくりとも動かなかった。
「どうするつもりだ?」
ランボが聞いてきたが、ここからはノープランである。
儀一は“勇者のメダル”を取り出した。
子供たちの話では、“四角岩”に近づくとメダルが光りだし、岩の表面の窪みに向かってメダルをかざすと、扉が開いたのだという。
結果的にそれは罠だったようだが。
“勇者のメダル”は光らなかった。
これはあてがはずれたか。
――いや、違う。
鍵となるメダルがそんな分かりやすい反応を示すのであれば、それこそ罠の可能性が高いだろう。
どこかに、それらしいところは。
儀一はメダルの形状から、“オーク石像”の口元のあたりから突き出ている牙に目をつけた。
この二本の突起が、ちょうどメダルの丸くかけた部分にすっぽりと入った。
がこんと音がして、メダルが石像にめりこんだ。
その瞬間、周囲の音が消えた。
「……」
気がつけば、いつの間にか霧が立ち込めていた。
やけに静かで、肌寒い。
泉のほとりであることは間違いないようだが、自分の他に誰もいない。みんなはどこにいったのだろうか。
すぐ隣には、“オークの石像”が……。
割れていた。
頭頂部から地面の設置面まで、真っぷたつになって、左右に転がっている。
残っていたのは芯の部分。
錆び付いた鉄の棒の板のようなものが、地面に突き刺さっていた。
『返せ……』
霧が立ち込める泉の方から、声が聞こえた。
やけにあかるい湖面に、黒い影のようなものが揺らめいている。
『返せ……』
黒い影は少しずつこちらに近づいてくる。
それにともない、声も大きく、不気味に響いてくる。
黒い影の正体が明らかになった。
それは、骸骨だった。
ざんばらの黒髪、そして額には鉄金の鉢巻。
あとは、黒色の鎧を身に着けているようだ。デザインは西洋の甲冑ではなく、日本の鎧に近い。
世界観が少しずれているような気もするが、落ち武者の幽霊という表現がぴったりだろう。
『返せ……』
呻くような、すべてを呪うような声を響かせながら、骸骨は湖面を滑るように近づいてくる。
言われた通り、儀一は返すことにした。
見たところ、落ち武者の幽霊は大切なものを持っていないようだ。
メダルに刻まれた十字架は、これだったのか。
儀一は“オークの石像”から出てきた錆びた鉄の板に、地面に転がっていた“勇者のメダル”を差し込んだ。
スリットの大きさが、板の幅にぴったりである。
メダルの裏に刻まれた“昔文字”。
我を主の元に返すべし。
さすれば、力は蘇らん。
主とは、勇者のことではなかった。
メダル――いや、鍔の主は、刀身だったのだ。
かちゃりとメダルが嵌ると、錆びた鉄の板――刀身が目も眩むような輝きを放った。
光の帯は天を貫き、雲を蹴散らす。
周囲に立ち込めていた霧が吹き飛ばされた。
「げげっ!」
近くでカミ子の叫び声が聞こえた。
いつの間にか周囲の光景がもとに戻っている。ねね、ランボ、そして子供たちもいて、みな驚いたように目を丸くしていた。
湖面には、ひとりの男が立っていた。
先ほどの骸骨ではなく、壮年のたくましい男だ。
太い眉に長いもみ上げ、そして見事に分かれた顎。黒髪黒目で、頭の後ろで髷を結っている。
『拙者は』
男は少したどたどしいバシュヌーン語で語りかけてきた。
『拙者の名は、蜷川新右ヱ門と申す。こちらの世界では、シェモンと呼ばれているが』
勇者シェモン。
その顔立ちは明かに日本人であった。
『ミルナーゼを管理する女神殿に請われて、この世界に馳せ参じることになった。いや、羽目になったと言ったほうが正しいか』
勇者シェモンは少し困ったように頭をかいた。
『ちょっと、シェモン。真面目に話しなさいよ。これ、撮り直しきかないんだから!』
姿は見えないが、どこからか女性の声がした。
『ニジェ殿、そなたは無駄に凝りすぎるのだ。こういうものは、手紙とともに残せばよかろうに。奇妙な罠まで作って』
『ほら、文句いわない。さっさと語る!』
シェモンはため息をついて、居住まいを正した。
『さて、勇敢なるカロン村の民よ。ここに来たということは、力が必要になったのであろう。その時が来たのだ。約定に従い、女神より授かりし刀をさずけよう。願わくば、この世界の民に、穏やかなる平和が訪れんことを』
男くさい微笑を浮かべたシェモンの姿が乱れる。
ジジジッと、周波数のずれたラジオのような音とともに、どんどん姿が崩れていく。
最後に消える瞬間、
『ふう、これでよいでござるか?』
『ばか、まだ終わってな――』
ぷつんという音とともに、静かになった。
なんともいえない雰囲気の中、ランボが近づいてくる。
「まったく、あっさり手に入れおって」
ぶつくさ文句らしきものを呟きながら、懐から何かを取り出して、刀の根元の部分に取り付けた。
どうやら刀の柄らしい。
最後に刀を地面から抜くと、刀身を観察した。
「なんと、美しい……」
さび付いていたはずの鉄の板は、美しい刃紋を持つ見事な刀になっていた。
刀身は五十センチほどで、ゆるやかな反りがある。
太刀ではなく、脇差と呼ばれるものだろう。
十分に鑑賞したあと、ランボは刀身を布切れで丁寧にふいて、黒色の木刀の中に収めた。どうやら鞘だったようだ。
やけに準備がよい。
「ほれ、もっていけ」
「いいんですか?」
刀を受け取った儀一は、特殊能力の鑑定を使った。
名称、オーク・スレイヤー。勇者シェモンが女神シンディアラから授かりし、神刀。今から六百十二年前、勇者シェモンによってカロン村に安置された。現在の所有者は、山田儀一。
リアルタイムで情報が更新されているようだ。
子供たちが驚きの声を上げながら駆け寄ってきた。
「すげー、刀だ刀!」
特に興奮しているのは蓮である。
「おっちゃん、抜いてみて」
「……あとでね」
正直、刀をもらっても困るというのが、儀一の心境であった。
子供たちが騒ぎ立てる中、好奇心旺盛なはずのカミ子だけが、青ざめた顔で上空を見つめていた。
先ほど刀から発した光の帯が雲をかき消した場所だ。
「あ~ぁ、終わった」
何かを諦めたように、カミ子は呟いた。




