(41)謎解き
儀一がまず向かったのは、石材置き場だった。
“石牢”を調べるのかと蒼空が聞いてきたが、そうではなかった。
“石牢”は、文字通り“石牢”だ。罪を犯した人間を閉じ込めておく施設に過ぎない。
目的は、ランボと話をすることである。
石材置き場の倉庫でおにぎり屋を開くと、ランボが朝ごはんを食べにきた。
「今日は、お味噌汁と焼き魚も作ってきました」
「おお、これはこれは。いつもすまんな、ネネさん」
一瞬、ランボが不審そうな顔をしたのは、カミ子がいたからだろう。
村の噂に疎いランボは、引きこもりのカミ子のことを知らなかったようだ。
「やあ、ドワーフ君。昨日は世話になったね」
偉そうに声をかけたカミ子をじろりと睨んだものの、特に怒ったりはしなかった。
儀一は昨日の件で迷惑をかけたことを侘び、それから要件を切り出した。
「実は、勇者の財宝のことで、お聞きしたいことがありまして」
「なんだ、ギーチ。いい年した大人が、夢にでも浮かされたのか?」
老ドワーフは意外そうに眉根を動かす。
「財宝なんぞ、あるわけないだろうが」
「おそらく、そうだと思います」
メダルの裏に刻まれていた文字からしても、財宝の類ではないのだろう。
「ですが、心あたりがありまして」
「ふん、“四角岩”にでも挑戦するのか?」
ランボはおにぎりを頬張った。
「あそこは、村が危険に陥った時のための罠でしょう」
「……」
誰も死ぬことのない優しい仕掛け。
ムンクのおかげで、子供たちはかなり効率よく先に進むことができたようだが、通常であれば、もっと苦労したことだろう。仕掛けに嵌り、失敗していたかもしれない。
実際、子供の頃に挑戦したというタチアナとトゥーリの話では、立ち上がることができないほど疲れ果てたという。
それこそが“四角岩”の目的なのではないかと、儀一は言った。
勇者にまつわる財宝があるという噂が広がれば、よからぬことを企む輩も現れるかもしれない。もし仮に、暴力的で、村に危害を加えることを躊躇わない人物が現れたら。
その時には、宝のある場所として“四角岩”を案内する。
魔法も使えない空間で、狼藉者は疲れ果て、最終的には“石牢”の中に閉じ込められる。
あとの生殺与奪は自由というわけだ。
「それで?」
ランボはじろりと儀一を睨みつけた。
「ワシに、どうしろというんだ?」
儀一は許可を取りつけようとした。
勇者の財宝を探す許可を、である。
「どうしてワシに聞く? 勝手に探せばよいだろうが」
宝探しの目的は、一攫千金を狙うことでも、好奇心を満たすことでもなかった。
カロン村には、勇者にまつわる遺物が各所に残っている。もし“四角岩”と同じような仕掛けがあるのであれば、明らかにしておいたほうがよいだろうと儀一は考えたのだ。
好奇心旺盛な子供たちやドキュメンタリー好きのカミ子がまた暴走しないとも限らない。
そして宝探しの許可を求めたのは、勇者の財宝について、この老ドワーフがが何かを知っているのではないか考えたからである。
「勇者の財宝が、村にとって大切なものならば、そっとしておいたほうがよいでしょう」
「……」
ランボは沈黙した。
これは、強引に宝探しをするつもりはないという意思表示である。
ランボが止めるのであれば、素直に諦めたほうがよいだろう。それはすなわち、危険が伴うということでもあるからだ。
「あるいは村長さんなら、知っているのかもしれませんが」
「誰も、何も知らんよ」
何かを諦めたように、ランボは大きく息をついた。
「“四角岩”のことも、己の慢心を戒めるための教訓としているくらいだからな」
だからこそ、苦い経験をした大人たちは、“四角岩”のことを教えない。
“石牢”に閉じ込められた子供たちに向かって、「それ見たことか。世の中には、ままならぬことがあるのだ」と、偉そうに講釈をたれるのだ。
「お前さんがそれを手に入れたところで、変わりようがない。すでに、自分たちの役割すら忘れているのだからな」
「役割、ですか? それは勇者シェモンの……」
ランボは髭で覆われた口元を歪めた。
「お前さん、ちと勘がよすぎるぞ」
ちょっと待ってろと言い残して、ランボは席を外した。
戻って来た時には、黒い木刀のようなものを肩に担いでいた。
「ギーチよ。少しだけ、宝探しに付き合ってやる。もしかすると、あやつらの目を覚まさせるきっかけになるかもしれんからな」
カロン村について間もない頃、知り合ったばかりのタチアナとトゥーリに、儀一たちは村案内をしてもらった。
最初に連れてこられたのが、村の中央にある高台だった。
頂上へ登る石畳の階段の傍には、白い樹皮を持つ巨木が一本ある。
儀一たちはその樹木を見上げていた。
「おっちゃん、ここに宝があるの?」
目をきらきら輝かせながら、蓮が聞いてくる。
「いや、ここにはないと思うよ」
儀一はタチアナから聞いた話を、もう一度子供たちに伝えた。
この木は樹齢六百年という御神木で、勇者と関係があるらしい。
「さて問題です。この木は、何と呼ばれているでしょうか?」
「“白木の門”!」
ここは子供たちの遊び場のひとつである。
全員が答えることができた。
「正解。でも、ちょっと変だよね」
「え?」
門というわりには、樹木は階段の傍に一本しかない。
「本当は、階段の両側にあったんじゃないかな」
その場所には何もなかったが、わずかに土が盛り上がっていた。
ひょっとすると、まだ木の根が残っているのかもしれない。
「どうでしょうか?」
問いかけられた老ドワーフは、一瞬口ごもった。
「二百年前ほど前に、雷が落ちてな……」
儀一たちは五十段ほどある石畳の階段をのぼった。
高台の頂上は見晴らしがよく、村の周辺の様子を一望できる。
儀一は“勇者のメダル”を取り出した。
まずは裏面をみんなに見せる。
「裏に書いてある“昔文字”の向きから」
くるりとひっくり返して、
「三角が上で、四角が下ということが分かる」
メダルの向きを確定させることは重要だ。
ねねと子供たちが、うんうんと頷く。人に教えてもらうことが気に食わないのか、カミ子はそっぽを向いていたが、明かに聞き耳を立てていた。
「このメダルは、勇者の財宝のありかを示した地図なんだよね?」
「はい。ブッキがそう言ってました」
と、蒼空が答える。
「地図ということは、地形を写し取ったものだから――」
儀一は北の方角に向かって、“勇者のメダル”を掲げてみせた。
「たとえば、この三角を“オークの森”の先にある“デルシャーク山”だとすると」
スリットの部分が、東から西へと流れる“アズール川”となる。
「メダルの丸く欠けた部分は、太陽と月だね」
この世界の太陽と月の位置は固定されている。
東と西だ。
子供たちが「おおっ」と、声を上げた。
「スリットの下の右側にある二本線は、おそらく“白木の門”。まだ雷が落ちる前、このメダルが作られた当時のね」
このように仮定すると、高台の南西にある“石切り山”、つまり“四角岩”が、そのままメダルの四角に対応する。
高台から周囲を眺めてみるとよく分かる。
位置関係はぴったりだ。
「となると、残されたのは?」
「十字架のマーク!」
二本線の左側、“白木の門”のちょうど西にあるのは……。
全員がその場所に目を向ける。
“シェモンの森”。
六百年前に、人工的につくられたという森だ。
木こりである儀一の仕事場でもある。
森の中に湧き出ている泉のほとりには、やはり勇者にまつわる遺物があった。
遥かなる昔、伝説の剣を使って、勇者が魔物を石に変えたのだという。
夫婦や恋人たちが背中合わせになって座ると、子宝に恵まれるのだという。
それは――
“オークの石像”と呼ばれていた。




