(40)宝探し
石材置き場はちょっとした騒ぎになった。
他の子供たちが遊んでいたし、おにぎり屋には儀一とねね、そしてタチアナとトゥーリまでいたのである。
“石牢”から出されておにぎり屋のある倉庫に連れてこられた子供たちは、ばつが悪そうな顔で縮こまっていた。
「ふう〜ん」
含みのある視線で、タチアナがアイナを見下ろした。
「アイナ。今日はユアとサクラといっしょに、村はずれで遊ぶって言ってなかったっけ?」
「そ、それは……」
アイナは口ごもる。
「トゥーリ、何か聞いてる?」
「同じよ。そろそろ草花が咲く頃だから楽しみだって、可愛らしいことを言ってたわ」
トゥーリもまた、冷ややかな視線をミミリに向けた。
「ああ、そうそう。まだ喘息が治ってないから、遠くに行っちゃダメよって、注意したような気がするわ。ひょっとして、気のせいだったかしら?」
「……うっ」
ミミリは下を向いたま硬直している。
タチアナが目を釣り上げた。
「親に黙って行動して、しかも何も得られなかったわけだ。覚悟はできているわね、アイナ!」
「お、お母ちゃん、待って」
「待つか!」
悲痛な叫び声が倉庫の中に響き渡った。
アイナを抱え上げたタチアナが、問答無用で尻を叩いたのだ。その数、計二十回。アイナは痛みと、同い年の友達に恥ずかしい姿を見られるという、二重の苦しみを味わうことになった。
「ミミリ?」
「ふぁ、ふぁい!」
トゥーリの表情は、あくまでもにこやかだった。
「分かっていると思うけれど、私は、みんなの前で怒ったりしないわ。家に帰ったら、たっぷりお話をしましょう。あなたは自分が何をしたのか、きちんと理解する必要があるわ」
「ふぁい」
ミリアの目から光が失われた。
その表情は、この場で尻を叩かれた方が遥かにましだと語っているようだった。
「まったく……」
たくましい両腕を組みながら、ランボが呆れたように指摘する。
「お前さんたちも同じことをやらかして、親に叱られただろうに」
タチアナもトゥーリも意に介さなかった。
「私はちゃんと親に言ったよ。宝探しに行くって」
「信じなかったのは、親の責任よね?」
蓮、蒼空、結愛、さくらの四人は、衝撃のあまり硬直していた。
尻叩きの刑があることは知っていたが、実際にお目にかかれるとは思わなかったのだ。自分たちの行く末を案じて、陰鬱な気分に陥ったのである。
しかし、儀一は叱らなかった。
それどころか、タチアナとトゥーリに深々と頭を下げて詫びたのである。
「本当に、申し訳ありませんでした」
“石切り山”へ行くことの許可を出したのは儀一である。
そのせいで、蓮たちだけでなく、アイナとミミリまで危険に曝すことになった。自分もよく知らない場所なのだから、もっと慎重に判断をすべきだった。
隣にいるねねは、何とも表現のしようのない悲しそうな顔で、子供たちを見つめている。
この状況は、はっきりいって怒られるよりも堪えた。
「ギーチは悪くないわ」
タチアナは軽い感じで言った。
勇者の財宝の伝説は、カロン村では有名な話である。その鍵が“勇者のメダル”にあることも、一部の村人たちは知っている。
だから子供たちは、喜び勇んで宝探しをする。
「子供の頃、私とトゥーリも、ドラ坊――ドランから“勇者のメダル”を借りて、“四角岩”に入ったことがあるの」
「借りたっていういうより、あなたがまきあげたのよね」
「一緒に行ったんだから、同罪でしょ!」
村の周辺にある勇者の遺物の中で一番怪しいのは、“石切り山”に不自然に残っている“四角岩”だ。
そして、“勇者のメダル”にも四角い印がついている。
まずはメダルを持って行ってみようと考えるのは道理であった。
苦い過去を思い出すかのように、タチアナは語った。
「“勇者のメダル”があれば、“四角岩”の中に入ることができる。そこには四つの部屋があって、変な仕掛けがあるのよ」
天秤、粘土の壁、砂の穴、そして滝。
タチアナはトゥーリを助けるために、滝の部屋で溺れてしまった。
「気づいた時には、“石牢”の中にいたわ」
そして、大泣きしていたトゥーリに抱きつかれたのだという。
通路の崩落で潰されたとしても、水で溺れたとしても、死ぬことはない。どの部屋で失敗しても、最終的には“石牢”に送られる。
そのことを教えてくれたのは、“石牢”の管理人であるランボだった。
「ドラン、ヨリス、ダーズの三人も挑戦したみたいだけど、最初の天秤で失敗して、泣きべそかいてたっけ」
「そういう意味では、全員が最後までたどり着けたのは、褒めてあげてもいいのかもしれないわね」
気がつけば、さくらがうつらうつらとしていた。
他の子供たちも疲れきっている様子だ。
「今日はもう、よかろう」
ランボが子供たちに救いの手を差し伸べた。
「早く帰って、水を飲んで休め」
「あれ? そういえば……」
蓮がからからになった舌を出した。
滝の部屋で水分補給をしたはずなのに、何故か喉が渇いている。
「あの部屋のものは、すべて幻だからな」
ろくな説明もせずに、ランボは出ていってしまった。
結局、その日はすぐに解散することになった。
「ほら、さくら君。おんぶするよ」
「ん~。のど、かわいた……」
「家に帰ったら、お茶があるから」
儀一がさくらを背負う。
「創湧水――操水」
少しでも楽をするために、カミ子が蜘蛛担架を作り出した。
ちゃっかり水分補給も済ませたようだ。
「あ~、疲れた。今日はずいぶんとカロリーも消費したし、酒でも飲んで寝よっと」
「神様。子供たちを守ってくれて、ありがとうございました」
「え? 守る?」
カミ子が水属性魔法を使って子供たちを助けたのだろうと、儀一は考えたのである。
カミ子は挙動不審な様子を見せたが、
「え~と、まあ、大したことはないよ?」
子供たちは反論する気力もないようだ。
「みんなも乗せてもらったらどうだい?」
「……いい」
さくらを背負った儀一とねねのあとを、蓮、蒼空、結愛がついていく。
足取りが重い。
それ以上に、心が重かった。
儀一は自分たちを信頼して、“石切り山”への散歩を許可してくれたのだ。
その信頼を裏切ってしまった。
それに、ねねを悲しませた。
せめて財宝の欠片でも手に入れることができたなら、少しは報われただろう。
しかし、冒険の結末は、石牢の中である。
とぼとぼと俯きながら歩く子供たちの姿は、戦いに敗れた敗残兵のようだった。
実際のところ、子供たちが“四角岩”に入って“石牢”に出るまでの時間は、三時間足らず。
時刻はまだお昼過ぎである。
家に帰ると、すぐに水分補給と食事をして、お風呂に入り、それから昼寝をする。
カミ子は酒を飲んで爆睡してしまったが、子供たちはすぐに元気を取り戻したようだ。
夕食前に寝室から出てきた子供たちは、まず儀一とねねに謝った。
黙っていて、ごめんなさい。
これからは、ちゃんとお話をします。
「とにかく、みんなが無事でよかったよ」
儀一は子供たちをテーブルにつかせると、どんなことがあったのか、話を聞くことにした。
「あ、そういえば――」
蓮がテーブルの上に置いたのは、“勇者のメダル”だった。
「ブッキに返すの忘れてた」
「へぇ、これが」
儀一はメダルを観察した。
ブッキ曰く、勇者の財宝のありかを示す地図らしい。
「素材は金属だね。けっこう軽い」
「裏に、昔文字が書いてあるんだ」
「昔文字?」
メダルの裏には文字らしきものが書かれていた。バシュヌーン語に似ているが、ちょっと形式が違うようだ。
儀一はメダルをねねに渡した。
「ねねさん、分かりますか?」
ねねは解読の特殊能力を持っている。
これは文字を読解する能力であり、言語の種類を問わない。
「え~と、読めますね」
我を主の元に返すべし。
さすれば、力は蘇らん。
「主って、勇者のことかな? 力っていうのが、財宝?」
しかし、六百年も前の人物である。
もう一度メダルの表面を観察する。
形は楕円形で、端の方が二ヶ所、丸く欠けていた。
中央にはスリットがあり、表面には様々な模様が描かれている。
三角に四角、プラス――いや、十字架のようなもの、そして二本線。
「図形の意味は分かりませんでしたが、ブッキが、“四角岩”が怪しいと言ったんです」
蒼空が説明を始めた。
“石切山”には塩がとれる泉があり、そこに“四角岩”があった。カミ子が水船を作って、泉の中に入ることにした。“四角岩”には小さな窪みがあり、ブッキが“勇者のメダル”をかざすと、壁の一面が消えた。“四角岩”の中に入ると、再び壁が現れて、全員が閉じ込められてしまった。
それから、エレベーターで下がるような感覚を受けた。
「おそらく、地下に潜ったのだと思います」
突然、魔法が使えなくなり、カミ子は役立たずになった。
そして、四つの部屋とそれぞれの仕掛け。
幸いなことに、ムンクだけは呼び出すことができて、いっぱい助けてもらった。
子供たちにとっては大冒険だったようで、みんなが代わる代わる話に参加して、収拾がつかなくなる。
とりとめのない情報の断片を、儀一は頭の中で整理した。
タチアナやトゥーリ、そしてドワーフのランボの話では、“四角岩”に入った者は、最終的には生きたまま“石牢”にたどり着くのだという。
では、仕掛けを作った目的はなんだろうか。
そもそも、到着地点がおかしい。
これは、ひょっとすると――
翌日の朝。
朝食を食べ終えると、お茶を飲みながら儀一は言った。
「今日は、宝探しをするよ」




