(38)仕掛け
それは、まるで蟻の巣のような構造をしていた。
細長い通路を抜けると部屋があり、意地の悪い仕掛けが待ち受ける。
最初は天秤。
次は、粘土だった。
部屋の四方の壁が、粘土のような物資で覆われていたのである。
「いきどまりか?」
「それだと、さっきの仕掛けの意味がないよ」
先へ行かせたくないのであれば、行き止まりにしておけばよい。
わざわざ通路があったのは、向かわせたい場所があるからだと、蒼空は推測した。
「きっと、どこかに出口があるはず」
壁を覆いつくしている粘土は、水分を多く含んでいるようで、かなり柔らかい。学校でつかう粘土と質感が似ている。
素手で掘り進めることもできそうだ。
しかし、一辺が十メートルほどもある壁面をあてもなく掘り進めていくのは、時間も体力も使う。
ここでも活躍したのは、ムンクだった。
子供たちの様子を見て、手伝いたくなったらしい。触手の先を三本の鉤爪のような形に変化させて、くるくると回転させる。まるで耕運機のような勢いで、粘土の壁を掘り起こしていく。
ほどなくして、壁の奥に新たな通路が出てきた。
作業時間は、わずか十五分ほど。
「ムンクちゃん、すごーい!」
地の底まで落ちきったカミ子と比べて、ムンクの評価はうなぎ登りである。
不機嫌そうに、カミ子が鼻を鳴らした。
「ふんっ、ボクだって魔法を使えたら活躍できるんだからね。そこのところ、ちゃんと理解してもらわないと。まあ、子供だから仕方がないけどさ」
完全に負け惜しみの台詞が、小物さに拍車をかけている。
儀一がいたならば、後々面倒になるだろうからと、カミ子のフォローに回っただろうが、直情的な子供たちは、冷ややかな目でカミ子を見つめるのみ。
「よし、行くぞ!」
蓮を先頭に、一向は通路の奥へと進んでいく。
次にたどり着いたのは、直径三十メートルほどの巨大なドーム状の部屋だった。
今度は真正面に新たな通路の入口が見えた。
しかし、簡単にはたどり着けないようだ。
地面が細かな粒の砂で覆われており、すり鉢状に窪んでいたからである。
窪みの底を観察すると、奇妙な二本の突起物が突き出ていた。
突起物は時おり振動して、砂の斜面を崩している。
岩の破片などではないようだ。
「あれも魔法装置だね。さっきの石人形と同じやつ」
げんなりとしながら、カミ子が解説した。
魔法装置とは、属性魔法と精霊魔法を組み合わせた特殊な魔法で、創意工夫によって様々な仕掛けを作ることができる。カミ子の水属性魔法、操水も、実はこの魔法を応用しており、決められた手順通りに動く蜘蛛担架などを生み出していた。
「あそこに落ちたら、食いついてくるんじゃない?」
もしかすると蟻地獄のような姿をした魔法装置なのかもしれない。
カミ子の予想を聞いて、子供たちがとった行動は……。
「ムンクちゃん、パーンチ!」
さくらの可愛らしい掛け声とともにムンクが突撃して、突起物を粉砕した。
最初の部屋での石人形との戦いがヒントになったようだ。
「一応、落ちないように注意しようぜ」
蓮がお手本を見せるように、両手両足を上手く使いながら斜面をゆっくりと歩いていく。
落ち着いて慎重に進めばそれほど難しくはないのだが、焦って手足をばたつかせると、振動で砂が崩れてしまう。
「ぎゃあああ、落ちるぅうう!」
大騒ぎしたカミ子が、斜面の中ほどまでずり落ちてしまい、蓮と蒼空に助けてもらうはめになった。
「ボクは大人だから、君たちよりも重いんだよ。こういった場面では不利に働くんだ。そこのところ、ちゃんと理解――」
蓮や結愛などは、「あー、はいはい」という感じで受け流す。
ちゃんと相手をしているのは、さくらくらいのもの。胸の前で両手をぎゅっと握り締めて、カミ子を元気づけた。
「だいじょうぶ。カミ子ちゃんは、やればできる子だよ」
「……」
まるで、できの悪い子供に言い聞かせる母親のような台詞であった。
ムンクの活躍で、部屋の仕掛けをを効率よく抜けられたのは事実だ。
しかし、どうにもならないこともあった。
疲労と、空腹である。
「疲れた! お腹空いた! 手と膝と腰が痛い。もうヤだ、帰る!」
真っ先に弱音を吐いたのは、堪え性のないカミ子だ。
通路は狭く、大人のカミ子だけは四つん這いになって移動しなくてはならない。
多少は同情の余地があるだろう。
「おい、カミ子、さっさと歩けよ」
先頭を行く蓮が、不満そうに口を尖らせたが、
「じゃあさ、お昼にしようよ」
結愛が同意したのは、アイナとミミリの疲れきった様子を見かねたからである。
観察力と仲間たちへの気遣いに関しては、同年代の子供たちの中では頭ひとつ飛び抜けている。
「え~、まだいけるだろ」
「無理。それに、ミミリは薬を飲まないと」
「あ……」
だからこそ、いざという時の発言は、蓮以上の説得力を持つ。
蒼空も賛成した。
「そうですね。お昼にはちょっと早いかもしれませんが、食事はとれる時にとった方がいいと思います」
その言葉を聞いて、アイナとミミリがへたり込んだ。
ブッキは無言だったが、表情に余裕はなさそうである。
“四角岩”の中に入ってからまだ二時間足らず。しかし、緊張の連続で、本人たちが感じている以上に消耗していたようだ。
部屋の中だと変な石人形が出るかもしれないので、通路で休むことに決まった。
探検や冒険には、お弁当が必需品だ。
ピクニック気分とはいかないまでも、少しだけ気持ちを和らげて、ラップに包まれたおにぎりと水筒を取り出す。
その時だった。
何かが崩れるような音と、重い地響きが聞こえてきた。
「な、なんだ?」
「しっ、静かに」
自分たちが進んできた方角から聞こえてくる。
音と振動は、少しずつ大きく、そして激しくなってくる。
「近づいてない?」
結愛が不安そうに腰を浮かした。
最初に気づいたのは、一番後方にいたカミ子だった。
「うわっ、通路が崩れてるよ!」
壁がうっすらと光を放っているので、かなり遠くまで視界が通る。
そのおかげで事態が判明した。
通路の奥の方の壁が崩壊し、土砂で埋まっていく。
崩壊の波は、少しずつこちらに近づいていた。
「に――」
蓮が叫んだ。
「逃げろっ!」
おにぎりや水筒をしまっている時間はない。全員が意味不明な悲鳴を上げながら、がむしゃらに通路の先に進んでいく。
「ちょ、ちょっと待って。ボクは立てないんだよ!」
後方から迫ってくる音と振動に怯えながら、四つん這いで全力疾走するカミ子の顔は、神のごとき美貌が台無しになるほどに歪み、引きつっていた。
「ぎゃあああ!」
「で、出口だ!」
転げるように通路を抜けた直後、通路は完全に崩壊した。
砂ぼこりから身を守るようにうずくまる。
しばらくして、ようやく目を開けることができた。
「じ、時限式とか、意地が悪すぎるだろう。まったくもう、製作者の顔をぶん殴ってやりたいよ」
カミ子が悪態をつく。
アイナとミミリはそれどころではなく、あまりの衝撃に言葉もない様子。
緊張と恐怖から、再び泣き出しそうな気配だったが、
「あ~、助かったぁ!」
まるで伸びをするように、蓮が床の上に大の字になった。
「――はっ」
すぐに立ち上がって、きょろきょろと周囲を見渡す。
「ここの仕掛けは? おおっ、滝があるじゃん!」
そこは、半径十メートル、高さ二十メートルくらいの円柱形の部屋だった。
天井の中心部から、大量の水が落ちてくる。
地面には丸い窪みがあって、小さな泉を形成していた。
「出口は……と、うわっ、上の方にあるぞ」
高さ十メートルほどのところの壁に、ぽっかりと穴が開いている。
とてもよじ登れそうにない。
「おい、蒼空。また考えてくれ」
「ちょっとは休ませてよ」
やれやれと蒼空が腰を浮かす前に、ブッキが立ち上がった。
「なんで……」
“四角岩”に入ってから、ブッキは比較的大人しく、蓮や蒼空のいうことを聞いていた。
だが、本当は不安で不安でしかたがなかった。
家に帰れない。ここで死んでしまうかもしれない。
それなのに、異国人の少年少女たちは、まるで絶望していない。
特に蓮は、自分やアイナやミミリが泣き崩れそうになっているこんな時でも、まるで危険をかえりみない冒険者のように、元気な姿を見せている。
同じくらいの歳なのに。
背丈も足の速さも、そんなに変わらないのに。
なんで――
「平然としてるんだよ! 僕たち、死にかけたんだぞ。それに、食料もなくなったし。少しは心配しろよ!」
みんなのことを、自分自身のことを。
それはブッキ自身、まるで整理のついていない感情だった。精神的なストレスで苛立ち、単純に友達に負けたくないという気持ちがきっかけとなり、爆発しただけに過ぎない。
「だってさ」
蓮はけろりと言ってのけた。
「オレたち、勇者の宝物を探してるんだぜ」
これだけ変な仕掛けがいっぱいあるのだから、ここに宝がある可能性は高い。
「もし見つけたら、ヒーローじゃん」
ブッキはぼう然とした。
自分たちは罠にかかり、命からがら逃げ出している途中だというのに、まさか宝探しで浮かれているとは思ってもいなかったのだ。
「あんまり、気にしない方がいいよ」
少し気の毒そうに、蒼空がブッキに言った。
「蓮は、あんまり深く考えないタイプだから」
「そうそう。変なのは、連だけだし」
微妙なニュアンスや単語をカミ子に頼りながらも、結愛はブッキと、そしてアイナとミミリにも伝えた。
自分たちは“オークの森”で何度も死にそうな目にあった。
その時には何もできなかったし、弱音を吐いてみんなで泣いたりもした。
特別、強いわけじゃない。
ただ少し慣れているだけ。
大切なのは、考えること。
そして今できることを、きちんとやること。
「それを、おじさまから教わったの」
結愛は横目で蓮を見て、意地の悪い笑みを浮かべた。
「それに蓮も、最後は赤ちゃんみたいに大泣きしたしね」
「なっ――」
“オークの森”を抜けて、アズール川を渡りきった時である。
蓮が真っ赤になりながら猛抗議している間、ブッキは脱力したように立ち尽くしていた。




