表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/78

(37)天秤

 通路の壁や地面はむき出しの土のようだが、ほんのり白く光っていた。地面の中にいるはずなのに、暗闇の中を手探りで進む必要がない。これは信じられないほどの幸運、あるいは僥倖ぎょうこうだったのだが、そのことに子供たちは気づいていない。

 助かった後に命を落とす危険があったことを認識したのだろう。アイナとミミリがわっと泣き出した。

 ムンクが触手を伸ばして、二人を慰めようとする。

 実のところ、ブッキも泣き出しそうだった。

 蓮と蒼空が泣いていないから、やせ我慢していただけだ。


「こ、これから、どうすんだよ」


 八つ当たり気味に聞くと、蓮は不敵な笑みを浮かべた。

 信じられないことに、その表情は、この危機的な状況を楽しんでいるようにも見えた。


「先に進むしかねーだろ。ここで座っていても、しょーがねーし」

「だね」


 一方の蒼空は、冷静そのもの。余裕があるわけではなさそうだが、だめなものはだめと割り切っているようだ。

 結愛とさくらは、アイナとミミリを元気づけている。


「だいじょうぶだよ。きっと何とかなるって」

「そうだよ。ムンクちゃんもいるし」


 このような状況だというのに、異国から来たという四人の子供たちは、悲観もせず、絶望もしない。

 何なんだこいつらはと、ブッキは自分でもよく分からない理由で不機嫌になった。

 アイナとミミリが落ち着くのを待ってから、蓮を先頭にして歩き出す。


「しんがりはボクが務めるから、安心してくれたまえ」


 カミ子が力強く宣言したが、今のところ一番後ろが一番安全であることは、誰の目にも明らかだった。しかも、ムンクとさくらを抱きかかえるようにして、へっぴり腰で歩いている。

 この人はだめだ、頼りにならない。

 暗黙のうちに、子供たちの間で共通認識が形作られていた。

 通路はやや下り坂で、高さや幅は一メートルもなかった。大人は四つん這いになって歩く必要があり、かなり疲れる。

 服が汚れる、手と膝と腰が痛いと、カミ子はさんざん文句を言ったが、誰も相手をしなかった。

 しばらく歩くと、開けた場所に出た。

 半径五メートル、高さ十メートルほどの、筒状の部屋である。


「ちょっとストップ」


 先に蓮が入って、周囲の壁と、それから天井を念入りに確認する。また先ほどのような仕掛けがあるかもしれないと考えたのだ。


「とりあえず、だいじょうぶそうだ。入っていいよ」


 部屋の中央には奇妙なものがあった。

 全員が座れそうなほど巨大な金属製の皿がふたつ。皿の端には太い鎖が繋がれていた。ひとつの皿に四本ずつ。鎖は皿の上部でさらに太い一本の鎖で繋がれていて、それが天井まで伸びている。

 巨大な皿に、蒼空が慎重に手を触れる。


「固定されていないようです」


 皿の下にはちょうど同じ大きさの丸い穴があいていた。縦穴である。ほとんど隙間がないので、深さは分からない。


「試しに乗ってみようぜ」

「あ、蓮――」


 バカと、結愛が叫んだ。

 ガラガラと何かが回るような音がして、蓮が乗った大皿が縦穴の中に下がっていく。

 同時に、蓮が乗っていない方の皿が引き上げられた。


「うわっ」

「蓮、戻って!」


 とっさに差し出した蒼空の手につかまって、蓮が穴の中から這い上がる。

 皿の動きがぴたりと止まった。

 二つの皿の重さが釣り合い、ちょうどバランスがとられている状態のようだ。

 それは、巨大な天秤のようだった。


「バカ蓮、ちょっとは考えてから行動しなさいよ!」

「うっせーな。仕掛けがわかったんだからいいだろ」


 蓮と結愛が言い争っている間に、蒼空が考え込む。


「他に出口がないとなると、この皿に乗れってことかな」


 問題は上に上がるか、下に降りるかである。

 鎖が伸びている天井を観察する。天井にも丸い穴が開いているようだ。いろいろな角度から観察すると、穴の先に通路のようなものを確認することができた。

 一方の下の穴はというと、皿が動いたことで覗けるようになったが、こちらは暗闇で先が見えない。


「たぶん、上ですね」


 蒼は全員に説明した。

 おそらくこの天秤に乗って、上へ上がるのが正解なのだろう。

 こちらの人数は子供が七人とカミ子がひとり。

 ふたつの皿に分散して乗れば、片方が上がり、片方が下がる。

 

「あー、どっちに乗るかは、ジャンケンで決めない? ほら、公平にさ」


 少し焦ったように、カミ子が提案した。

 体重だけ考えれば、カミ子ひとりで二人の子供が助かる計算になる。そのことに気づき、先手を打ったのだ。


「誰かを犠牲にする方法は論外です」


 蒼空は顎先に指を当てて、再び考え込んだ。

 少年の言動は、儀一を意識してのものだった。口には出さないが、蒼空は儀一に尊敬と憧れの感情を抱いており、常日頃からこっそりと観察して、モノマネまでしていたのである。


「そうだ。ムンクに穴の先を見てきてもらいましょう」


 まずは、情報収集である。


「うん。ムンクちゃんお願い」


 ムンクは嬉しそうにカミ子を振りほどくと、鎖が出ている天井の穴に入っていった。

 すぐに戻ってきて、今度は下の穴へと向かう。


「うん、うん。わかった」


 さくらと精霊たちは、会話をせずとも意思疎通を図ることができる。

 蒼空が予想した通り、上の穴には別の通路へ繋がる入口があるらしい。下の穴は行き止まりとのこと。

 問題は、どうやって全員で上がるかだ。


「何か、おもりになるようなものがあれば……」

「うわっ、なんだこいつ」

 

 ブッキが叫んだ。

 すぐそばにあったのは、石の塊。複数のブロックを積み上げたような構造で、人形のような形をしていた。

 体長は五十センチに満たないだろう。しかし、ただの石ではない。ひょこひょこと二本の足らしきものを動かしながら近づいてくる。

 まったく感情らしきものを感じさせない動きに、パニックに近い戦慄が走――


「うぉりゃ!」


 蓮がドロップキックを食らわせた。

 石の人形は仰向けに倒れて、バラバラになった。


「なんだこいつ、弱いぞ」

「蓮、あんたねぇ」


 結愛が呆れたように注意する。


「もう少し、慎重に行動しなさいよ! この、考えなし!」

「な、なんだよ。倒したんだからいいじゃん」


 結愛としても、理想の対処法というものがある。冷静かつ的確で、間違いのない選択。それはやはり、蒼空と同じく、儀一のイメージが強かった。

 地面に倒れてバラバラになった石人形は、動かなくなった。残されたのは、積み木のような四角や三角の塊のみ。


「ま、またきたよう」

「壁の中から、出てくる」


 アイナとミミリが、指を指す。

 同じような構造を持つ石人形が、壁の中からにゅっと出てきて、ひょこひょこと歩いてくる。

 その数、二十体以上。

 今度こそパニックに近い戦慄が走――


「ムンクちゃんパーンチ!」


 場違いなほど可愛らしい掛け声とともに、ムンクの触手が伸びて、石人形たちを一方的に殴打した。

 石を砕くほどの威力はなかったが、バランスを崩して倒れ込んだ石人形たちは、バラバラになって動かなくなる。


「さくら!」

「なぁに、ゆあちゃん」

「うっ……。ナイス!」


 満面の笑みのさくらを、結愛が褒める。


「えへへ」

「なんだよそれ!」


 蓮の抗議を、結愛は無視した。

 バラバラになった石の残骸を見て、蒼空が閃く。


「いや、これでいいんだ。どんどん倒そう!」


 石の人形は強くない。

 頭の部分に荷重をかけると、すぐに倒れる。

 九割ほどをムンクが、そして一割を蓮を中心とした子供たちが倒した。

 時間にすれば、三十ほど経っただろうか。

 新たな石人形は生まれず、地面の上には石の残骸だけが残った。


「これをおもりにするんです」


 まず、両方の皿に同じ重さの石を積み上げる。天秤の皿は動かないはず。それから、ひとりずつ皿の上に乗って、体重分の石を皿の外に投げ捨てるのだ。

 均衡を保ったまま全員が皿の上に乗ったところで、さらに石を投げ捨てる。


「そうすれば――」


 全員で、ここから抜け出すことができる。

 蒼空の言葉に勇気づけられた子供たちは、協力して石を運ぶことにした。


「ボクは、箸より重いものを持ったことないんだけどなぁ」


 比喩的な意味で使われる表現だが、カミ子の場合、掛け値なしの本音である。

 ぶつくさ文句を言いながらも手伝ったのは、子供たちの冷たい視線に耐えかねたからだろう。

 バランス調整はかなり難しかった。

 石の大きさを変えながら何度もやり直しをして、ようやく全員が皿の上に乗り込む。


「よし、いくぜ」


 蓮が最後の石を下ろすと、ガラガラと音を立てながら、ゆっくりと皿が上昇していった。

 下の穴に下がっていった皿が、行き止まりの地面に着地したのだろうか。しばらくすると、皿の動きは止まった。

 ちょうどよい位置に、横穴へと続く入口がある。

 自分たちは難関を突破したのだと、子供たちは感じた。

 みんなで協力して石人形を倒したり、おもりとなる石を運んだりしたので、握力がなくなりかけている。

 だが、先に進むことができた。

 この通路の先には出口があるかもしれない。

 そんな淡い期待は、何度も裏切られることになる。

 通路の先には再び部屋があり、様々な仕掛けが待ち受けていたのだ。

 少年少女たちは、少しずつ疲弊していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ