(35)探検
「へぇ、勇者の財宝。なかなか面白そうな話じゃないか」
村はずれの待ち合わせ場所。
集まった子供たちの話に、カミ子は興味を示した。神々の戯れでドキュメンタリー番組を制作していたカミ子である。こういった話には目がないのだ。
一方、ブッキ、アイナ、ミミリの三人は、予期せぬ金髪碧眼の美女の登場に、戸惑っているようである。
“石切り山”には、子供だけで立ち入ることは禁止されている。
もしバレたら、全員が怒られるだろう。
だが、カミ子を連れていけば問題ない。
保護者である儀一の許可も得ている。
蒼空の説明に、アイナとミミリは納得したが、ブッキは不満顔を隠せなかった。
男だけの探検のはずが、女の方が多くなってしまっている。
しかも、大人まで入ってきた。
「君、ブッキ君といったかな。どうしたんだい? ボクと一緒に探検するの、いやかい?」
カミ子は妖艶な笑みを浮かべながら、ブッキの頭を撫でる。
「い、嫌じゃない、です」
「ふふっ。それじゃあ、一緒に楽しもうじゃないか」
見た目ほどカミ子に余裕があるわけではなかった。何しろ彼女は、弛んだお腹を引っ込めながら無理やり一張羅の白いドレスを身につけていたのである。
ねねから服を借りることもできたのだが、地味なごわごわした服で外出することを、彼女はよしとしなかったのだ。
根気もやる気もないが、見栄だけは一人前である。
「ミミリ君といったかな。喘息はだいじょうぶかい?」
雪だるまのような服を着たミミリが、こくりと頷く。
「厚着してきた。それと、薬も持ってる」
「よし」
カミ子は偉そうに頷いた。
「では、カミ子探検隊、出発するぞ! おー」
子供たちは戸惑ったように、ばらばらと手を上げた。
カロン村を出発して十分後、カミ子はギブアップした。
お腹を引っ込めながら身体を動かすのに、限界を感じたようである。
「蜘蛛担架」
水属性魔法で形作った足つきの台座に乗って、優雅に移動する。
「カミ子、ダイエットするんじゃなかったのかよ」
さすがに蓮も呆れたようだ。
「うっさいなぁ。帰りはちゃんと歩くよ。もう少しお腹が引っ込んでから」
ブッキ、アイナ、ミミリの三人は魔法が珍しいらしく、蜘蛛担架に群がった。
「ねえ、カミ子ちゃん、乗っていい?」
「私も乗りたい」
アイナとミミリは遠慮なく飛び乗ってカミ子に抱きついたが、ブッキは意気地がないようだ。
「どうしたんだい、ブッキ君。来ないのかい? 特等席が空いているよ」
カミ子が豊かな胸をぽんぽんと叩く。
「い、いいっ! 歩けるから!」
「ふふっ」
新鮮な少年の反応に、カミ子はいたく気をよくした。
これなのだ。完璧な容姿と完璧なスタイルを持つ女性の姿であれば、男などイチコロ。こうやって世の中の男たちを虜にして、楽な生活を満喫するはずだったのに、まったくもって計画倒れであった。
特に儀一などは、一緒に生活しているというのに、ぴくりとも反応しない。
密かにカミ子は不満を募らせていたのである。
「じゃあ、さくらが乗る!」
特等席は、さくらが独占することになった。
予定通り三十分ほどで、“石切り山”の入口に到着した。
そこは、高さ三十メートルはあろうかという、切り立った岩壁だった。
「遥かな昔、ここから岩を切り取って、大きな船を使って西に運んで、巨大な砦を築いたらしい」
説明したのはミミリである。
「ミミリちゃん、詳しいね」
感心したようなさくらに、ミミリが赤くなって俯く。
「お母さんにいろいろ聞いた。ずっとベッドで寝てたから」
ミミリの言う通り、岩肌には明らかに人工のものと分かる鋭い切り口が残っていた。
また、岩肌を削って階段を作ったらしい。入口の部分が崩れていて上がることはできなかったが、目も眩むような高さだった。
「それで、“四角岩”はどこにあるんですか?」
目的は観光ではない。
蒼空の問いかけに、ブッキが頷く。
「こっちだ」
そこは、岩壁から少し離れた場所。
白っぽい地面に小さな泉が湧いており、泉の中心部に、見事な立方体の岩があった。
「この泉、舐めると塩っ辛いんだぜ。そんで、この水を乾かすと塩がとれる。それを、村のみんなに配給してるんだ」
「へー、どれどれ」
「からっ!」
真っ先に泉の水を舐めたのは、蓮とカミ子だ。
「二人とも、目的地はあそこですよ」
女の子たちが見ている前で不衛生な行為を慎んだらしい蒼空が、泉の中央にある“四角岩”を指差した。
「確かに、ま四角ですね。ブッキ、メダルを」
「おう」
全員がメダルに集まり、形を確かめる。
結愛が不安そうに聞いた。
「あそこまで行くの? 塩水なんでしょ?」
「足が、ふやけそう」
アイナも心配顔である。
「底がつるつるしている。滑ると危ない」
泉の浅い部分を確かめながら、ミミリが指摘した。
「ふふん。カミ子探検隊に、不可能という文字はないのさ」
不敵に笑ったカミ子が、両手を使って空中で何かをこねるような仕草をした。
「水舟」
蜘蛛担架が解体され、ゴムボートのようなものが形作られる。
水の膜の中に空気を閉じ込めた魔法の舟だ。
「おおっ、カミ子すげー」
「一条君。君は、素直なところが長所だね。常日頃からボクに対してそういう態度をとってくれたまえよ」
全員が乗り込むと、水舟はひとりでに動き出した。縛水は、水を自在に操る魔法である。オールで漕がなくても動かすことができるのだ。
近くに来ると、“四角岩”は想像以上に大きいことが分かった。一辺が三メートルはあるだろうか。完全な立方体で、表面には傷もない。カミ子は水舟で“四角岩”を一周した。
「あそこに、丸い窪みがありますね」
蒼空が目ざとく見つけた。
確かに、平らな岩の表面に小さな丸い窪みがある。
「あれ、なんか光ってる」
ブッキがポケットから“勇者のメダル”を取り出した。
メダルが白く輝いている。
何かに導かれるように、ブッキはメダルを“四角岩”にかざした。
メダルから目も眩むような光がほとばしり、“四角岩”の丸い窪みに吸い込まれる。
何の物音も立てず、岩の壁面が消えた。
窪みのある一面だけだ。
それは、蓋の空いたコンテナの様子に似ていた。
「へえ、魔法装置? 幻覚と物理障壁の組み合わせ? しかも大地の精霊の力を借りた、永続的な仕掛けか。凝ってるじゃないか」
カミ子は感心したようだが、子供たちは声もなかった。
まさかこんなにあっさりと、宝への入口が開かれるとは、思ってもいなかったのである。
“四角岩”の内部は、明るい。
「よし、中に入ってみようか」
「カ、カミ子さん、罠ってことは?」
かろうじて蒼空が口にしたが、それは明確な理由があるわけではなく。未知に対する本能的な恐怖が湧き起こったからに他ならない。
「何言ってるの、宝探しに来たんでしょ?」
ゆえに、カミ子の言葉に反論することができなかった。
「よし、いくよ!」
水舟が、音も立てず“四角岩”の中に滑り込む。
まるで獲物を待っていた魚のように、入口の壁が閉ざされて、カミ子と子供たちは、まるで重力が消失したかのような、奇妙な浮遊感にとらわれた。




