(33)メダル
冬の終わりか春先か、まだ不分明な頃。
肌寒い朝の空気を切り裂くように、木刀が唸る。
自宅の庭で素振りをしながら、ドランは荒ぶる気持ちを落ち着けようとしていた。
異国人がこの村にやってきてからというもの、ドランはずっと不機嫌だった。
カミ子には水属属性の魔法でぼこぼこにされ、“村会議”では恥をかかされた。
その後、ネネを力づくでものにしようと画策したのだが、結愛の放った火炎球を見て、腰を抜かしてしまった。
そして、とどめのひと言。
『私、好きな人がいるんです』
こっちは楽な生活をさせてやろうと思って手を差し伸べてやったというのに、上から目線で何を断ってやがる。
自分が想像以上の精神的ダメージを受けていることを、ドランは認めることができなかった。
取り巻きであるヨリスとダーズは「お前の言うことなんか聞かない。もうこりごりだ!」と、離れていく始末。
こうなったら、もうやつしかいない。
ギーチ。
あの男だけでも、叩きのめさなくては顔が立たない。
朝の鍛錬を終えたドランは玄関へ向かう途中、蔵の鍵が開いていることに気づいた。
そこからこそこそ出ていこうとする弟。
「おいブッキ、何してる!」
驚いた弟は尻餅をついて、何かを落とした。
それは、手のひらサイズの金属製のメダルだった。
「に、兄ちゃん」
明らかに「やばい」という感じで、弟はメダル隠した。
あれは――
見覚えがあった。
自分がまだ子供の時に体験した、苦い思い出の品。
「これは、その……」
「使い終わったら、ちゃんと返すんだぞ」
意外そうな顔で、弟が見返してきた。
別に親切心で言ったわけではない。
あれは、そう。自分が英雄であるとい馬鹿な幻想を打ち壊してくれる、教訓だ。
小生意気な弟に教えてやる必要性を、ドランは欠片ほども感じなかったのである。
「へへん、これが勇者さまのメダルだぞ!」
得意げに胸を張りながら、ブッキは自慢した。
石材置き場の岩の上である。
「とうっ」
飛び降りて着地すると、蓮と蒼空の前にメダルを突き出す。
それは、ブッキの家に昔から伝わる“勇者のメダル”だった。
カロン村は勇者シェモンとの縁が深い。
高台前の巨木“白木の門”、“シェモンの森”の泉のほとりにある“オークの石像”、“石切山”、そしてこの石材置き場にある“石牢”など、勇者の伝説にまつわる遺物が多く残されていた。
言い伝えでは、今から六百年ほど前に現れた勇者シェモンは、アズール川を渡ってきたオークたちの大群を、たったひとりで退けたという。
その後勇者はカロン村にしばらく滞在して、様々な遺物と伝統を残した。
カロン村の男たちが木刀を作って剣術を学ぶのも、勇者の影響らしい。
「へぇ〜、なんか、わくわくするな」
ブッキの期待通り、ノリのよい蓮が興味を示した。
「ずいぶん古いメダルですね。ちょっと見せてもらってもいいですか?」
こちらは何かと理屈っぽい蒼空だ。
「いいけど、ちょっとだけだかんな」
異国人である二人は、ずいぶん言葉を話せるようになった。
今までは身振り手振りで伝え合っていたのだが、冬の間にかなり勉強したようだ。
「“勇者のメダル”には、宝の地図が隠されているんだって。父ちゃんが言ってた」
「宝って?」
「え~と。お金とか、宝石とか?」
「地図って?」
「地図っていうのは……」
まだ少し、説明は必要だが。
とにかく、ブッキは蓮たちに自慢するために、危険を冒してまで家の蔵から持ち出してきたのである。
「いろいろな印がついてますね」
蒼空がメダルを観察した。
“勇者のメダル”は金属製である。鈍い銀色の光沢を放っているが、鉄や銀ではないらしい。なにしろ六百年も経っているというのに、サビひとつないのだから。
形はやや潰れた円形で、端の方が二ヶ所、丸く欠けている。中央には細長いスリットがある。また、表面には図形のようなものが描かれていた。
「三角に四角。それと、プラスとイコール?」
裏面には文字が彫られていた。
「これ、何て書いてあるんだ?」
蓮の問いに、ブッキは少し難しい顔を作った。
「“昔文字”で書いてあるらしい。父ちゃんも爺ちゃんも読めないみたいなんだ」
「“昔文字”って?」
「今は使ってない文字のこと!」
やはり、いちいち説明するのは面倒くさい。あまり根気のないブッキは、つい不機嫌になってしまう。
「ねえねえ、みんな何してるの?」
ぱたぱたとやってきたのは、さくらという異国人の少女だった。頭には水の精霊ムンクをのせている。すぐ後ろには結愛とアイナ、そして珍しいことにミミリまでいた。
「“勇者のメダル”です。お宝のありかが隠されているみたいなんです」
「あ、こらっ」
あっさりと蒼空がバラした。
男だけの秘密だったのに。
「宝物? 男子って、そういうの好きだよね」
「あっ」
結愛が蒼空からメダルを取り上げた。
「ふ〜ん」
「か、返せよ」
ブッキは力なく命令した。
結愛は村の女の子の中で一番気が強くて、くやしいけれど一番の美人だ。
「別に取ったりしないわよ。見るだけ」
そう言って結愛は、さくらにメダルを渡した。
「メダルって、一等賞になったときにもらえるやつだよね? すごーい!」
さくらは村の女の子の中で、一番のほほんとしていているが、一番可愛らしい。
「ま、まあな」
一等賞の意味はよく分からなかったが、とりあえずブッキは頷いておいた。
「“勇者のメダル”って、聞いたことあるよ」
アイナが意外な情報を提供してくれた。
「お母さんが子どもの頃、宝を探そうとしたんだけど、ひどい目にあったんだって。ミミリも聞いた?」
「聞いた。うちのお母さんと二人で探したらしい」
ミミリは喘息持ちで、寒くなると家から出てこない。今年は特に症状がひどかったらしいが、顔色を見る限り、問題はなさそうだ。
メダルは巡り巡って、再びブッキのところに戻ってきた。
「じゃあさ、オレたちで宝物を見つけようぜ!」
ブッキが一番口にしたかった言葉を、蓮に言われてしまった。
だがこちらには、切り札となる情報がある。
「さすがにこれだけじゃ、場所が分からないよ」
蒼空は慎重で頭がいい。
だからブッキはこのメダルを持ち出して、お宝の謎を解こうとしたのだ。
「父ちゃんの話だと、メダルに刻まれている図形が、謎を解く鍵らしい」
「図形って?」
「このメダルに彫られてる、こういうやつ」
四角、線を二本クロスさせたものと、並べたもの。
「こういう形のものが、村にあるんじゃないか」
蓮は勘が鋭い。
「ああ、あるよ」
こればかりは、昔から村に住んでいる者しか分からないだろう。
「他の図形は分からないけれど、四角だけはある」
それは、村の南西にある“石切り山”。
普段はあまり立ち入る場所ではないのだが、山の石を四角に切り残した場所があるのだ。
「それって、“四角岩”のこと?」
アイナも思い当たったようである。
「うん。そこにこのメダルを持っていけば、何かが分かるはずだ」
「おおっ」
蓮と蒼空は俄然やる気が出てきた様子。
しかし、
「まだ寒いから、遠くにはいけない」
ぼそりとミミリが呟いた。
「じゃあ、もう少し暖かくなってから行こうよ」
結愛の提案に、さくらとアイナが賛成した。
「お、お前らも行くのかよ?」
これは、男だけの探検――
「なに? 行っちゃだめなの?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「じゃ、決まりね!」
なし崩し的に、春のお祭りの前、ということになった。




