表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/78

(31)ただいま

 雪の中、子供たちは走った。

 そのあとにタチアナ、少し遅れてねねが続く。

 地面に降り積もった雪は、十五センチから二十センチくらい。だが、水分をあまり含んでいない新雪ので、それほど足を取られることはなかった。

 空は暗いのに、地面が明るい。

 夕暮れよりも視界がよいくらいだ。

 午後五時五十分。

 村の北の入口に到着すると、懐中電灯を持った蒼空が、東の空を照らした。

 

「方角は、あっちです!」


 懐中電灯の光は雪に当たり、きらきらと輝く。

 光はかなり遠くまで届く。

 これを灯台のようにして、儀一の目印にしようというのかと、ねねは考えた。

 しかし、違った。

 子供たちは、みんな状態盤ステータスプレートを確認している。

 午後五時五十五分。


「変わった!」


 子供たちが騒いだ。


「何が変わったの?」


 ねねが聞くと、


「魔力の円!」

「色です」

「緑!」

「緑になった!」


 子供たちは興奮気味に答えた。 

 状態盤ステータスプレートの特殊能力ボタンをタップすると、対象の人物の魔力の量を表す円が表示されるのだが、儀一の魔力円が、満タンの状態である青色から、緑色へと変化したのだという。

 儀一が今、何らかの特殊能力を行使したのだ。

 結愛が魔法の杖を取り出した。


「結愛さん、あの光の方向です」

「分かってる」


 蒼空の照らす懐中電灯の光の先を、結愛がきっと睨みつける。

 少し時間が経過したところで、蓮が叫んだ。


「六時まで、あと三十秒!」


 二十九、二十八、二十七……一秒ごとのカウントダウン。

 微妙にリズムが遅れたり早くなったりしているのは、致し方のないところだろう。


「五、四、三、二、一――ゼロ!」


 結愛は杖を東の空に向かって突き出した。


火炎球ファイアボール!」


 大人すら丸呑みできそうなほど巨大な炎の塊が、杖の先から発射された。

 ゴウッ。

 花びらのように舞い散る粉雪こなゆきを巻き込み、消し飛ばしながら、炎の球はぐんぐん上昇する。


「お願い、届いてっ!」


 少女の祈りは、天に届いた。

 炎の球が、はるか上空で爆発したのだ。

 四方八方に渦を巻き、火炎のおびをたなびかせる。

 同時に発した鮮やかな光は――

 無数の雪の花びらに乱反射して、空全体をぼんやりと、鮮やかなオレンジ色に染め上げた。





 これは儀一の保険だった。

 降雪についてもそうだが、安全の確認されていない街道をかなりのスピードで走るのだから、危険がつきまとう。

 いくら注意を払ったとしても、突然岩に乗り上げたり、窪みにタイヤを取られて転倒する可能性はいなめない。

 最悪、怪我をすることも考えられる。

 昼間であれば足を引きずってでも戻れるかもしれないが、夜になるとさすがに厳しい。仮に、カロン村の方角を見失ってしまえば、身動きがとれなくなるだろう。

 だからもし、自分が夜までに帰らなかったら。

 午後六時ちょうどに、村の北の入口から東の空に向かって、火炎球ファイアボールを撃って欲しい。

 合図は、十分前――


『結愛君も、頼んだよ』

『うん、まかせて』


 出発前、儀一が結愛の頭を撫でながら頼んだのは、このことだったのである。

 難しい儀一の注文に、結愛は――子供たちは見事に応えた。

 

「うわっ、ユア。なにそれ、すごい……」


 初めて目にする火属性魔法に驚いたのか、タチアナがぽかんと口を開けている。

 

「儀一さん……」


 結愛から事情を聞いたねねは、胸が締めつけられる思いだった。

 少しだけ、希望が見えたのかもしれない。

 だが、儀一が合図を送ったということは、ポルカの町を出発して、どこかで立ち往生していることを意味する。

 もし、今の光が届いていなければ。

 

「三十分したら、もう一回やる」


 そんなねねの不安を払拭ふっしょくするかのように、結愛が力強く宣言した。

 今の結愛の魔力で撃てる火炎球ファイアボールは、二回まで。

 三回は、ぎりぎり撃てない。

 これが、最後のチャンスだ。

 

 ねねも自分にできることはないかと考えた。暗闇にいる儀一にとどけられる光は、他に用意できないか。

 ひとつだけ、思いついた。


「薪を、組みましょう」


 キャンプファイヤーのように薪を燃やせば、あるいは目印になるかもしれない。

 それに、暖をとることもできるだろう。

 

「うちのも、持ってくる!」


 タチアナも協力してくれるようだ。

 ねねと子供たちは一度家に戻り、持てるだけの薪と魔木炭を運び出した。

 まずは降り積もった雪を取り除かなくてはいけない。


「ねね先生、ここは僕が――」


 蒼空が使ったのは、風属性の魔法、空打槌エアハンマー

 空気の塊を斜めからぶつけて、地面の雪を弾き飛ばす。この技は儀一との魔法練習で習得したものだ。


「ソ、ソラも、魔法使いなんだ……」


 もはや驚きを通り越したように、タチアナが脱力した。

 更地さらちになった場所に、薪を井桁いげたに組む。キッチンから持ってきたサラダ油をかけて、ライターで火をつけた。

 そうこうしているうちに、六時半になる。


火炎球ファイアボール!」


 二度目の発射。

 空がオレンジ色に燃え上がった。

 蓮は道の真ん中で光刃剣を出して、交通整理のような感じで大きく振り回す。

 タチアナは、もはや何も言わなかった。

 ねねもまた、懐中電灯を持って、様々な角度で照らした。

 十分、十五分と経っても、儀一は現れない。

 他に、他に何か手立ては――

 気がつけば、さくらがじっと井桁を見つめていた。正確には、井桁の下を流れる、炎の熱で溶けた雪を、である。


うんでぃーね(波乙女)!」

  

 ねねははっとした。

 地面の雪解け水が集まって、小さな楕円体を形成する。

 三つの球状の窪みと、二本の触手。

 水の精霊、波乙女ウンディーネのムンクだ。

 今日はずっとマンションにいたので、さくらは一度も精霊魔法を使っていない。水の量が足りなかったせいか、出現したムンクは、片手でつかめるくらいの大きさだった。


「ムンクちゃん。ぎーちおじちゃんを、探したいの」


 カミ子によると、精霊は人の思考や感情を感知することができ、術者であるさくらとは、双方向で意思疎通が可能だという。

 数々の奇跡を起こしてきた精霊である。

 ねねは期待を寄せたが、


「……そう」

 

 さくらはしゅんとしてしまった。

 “オークの森”では、かなり遠くにいるオークたちの感情――怒りや殺気を感じ取って飛び出していったムンクだったが、今回は動かなかった。

 距離が遠すぎるのか、オークほどの強い感情を、儀一が持っていないのか。

 その両方かもしれない。


「精霊……」


 ねねはさくらが呼べるもうひとつの精霊のことを考えた。

 土の精霊、地住人ノームのグーは、単なる移動手段ではない。

 ひとたびさくらがお願いすれば、土の巨人となって大暴れするのだ。

 そう、見上げるほどの巨人になって……。

 

「さくらちゃん、グーちゃんを呼んでくれるかしら」


 巨大化したグーに井桁の炎を持ち上げてもらったら、遠くまで見えるのではないか。

 それこそ、灯台のように。

 ねねの指示に従って、さくらがグーを呼び出す。


「グーちゃん、お願い!」


 土偶どぐうのような姿形をしたグーが、がたがたと震え出した。

 周囲の雪がふわりと浮き、ピシッ、ピシッと音を立てながら弾ける。

 土くれの体が泥のように柔らかくなり、一気に巨大化した。

 頭までの高さは、四メートルを超えるだろう。手足は長く、体型はややスマートになる。イメージ的には埴輪はにわに近い。

 それは文字通りの、土の巨人だった。

 グーは片手で井桁を掴み取ると、それを頭上に掲げた。

 自由の女神――とは似ても似つかない姿だが、これまでよりも遥かに高い位置で、炎が燃えている。


「みんな、離れて!」


 ねねは子供たちと、もはや茫然自失ぼうぜんじしつとなっているタチアナを避難させた。

 薪や炭がこぼれて、周囲に散らばる。

 この行動時間アクションタイムには、制限があった。

 八十秒を過ぎると、巨人は地面に溶けるようにして消え去ってしまう。

 後に残ったのは、薪や炭の燃えかすのみ。

 ねねのとった手段は、悪手とまではいえないものの、最善の手ではなかった。

 グーが持ち上げた段階で、井桁が崩れて炎が弱まっていたし、暖をとるための火もなくなってしまった。

 それにグーの移動力を使えば、懐中電灯を持って儀一を捜索することもできたのだ。グーの通ったあとには二本の線がつくので、帰り道に迷うことはない。

 

「あ、あれ……」


 蓮の光刃剣ライトセイバーが、弱々しく点滅する。


「いけない」


 蒼空がはっとしたように、状態盤ステータスプレートを確認した。


「魔力が切れかけてるんだ。蓮、早く剣を離して!」


 光属性魔法である光刃剣ライトセイバーは、出現させた時に一気に魔力を使うが、その後も継続的に魔力を消費していく。存在レベルが十とはいえ、一時間近く使い続けていたので魔力は枯渇寸前だった。

 蓮が慌てたように光刃剣ライトセイバーを投げ捨てる。

 極端に光源がとぼしくなった。

 それから十分後。

 いつの間にか、時刻は午後七時を過ぎていた。


「ねね。みんな冷え切ってるし、子供たちは、一度家に戻したほうが……」


 タチアナがねねの肩に手を置く。

 しかしねねは、反応することができなかった。


「もっと――もっと、強い炎が出せたら」


 結愛がぽつりと呟く。

 一時期、破壊の魔法を使うことを恐れていた少女が、大切な人を助けるために、強い力を欲している。

 

「――くっ」


 蒼空は後悔していた。

 自分が一緒についていけたなら、様々な道具を持ち込むことができたはずだ。この状況を、乗り越えられたかもしれない。

 

「ぎーち、おじちゃん」


 ムンクを抱きかかえながら、さくらが不安そうにしている。

 これから何が起ころうとしているのか、完全には理解していないのだろう。

 そして蓮は、


「……からさ」


 北を走る街道に向かって、思い切り叫んだ。


「お土産なんかいらないからさ、帰ってきてよっ!」


 声は響かない。

 残酷なまでに、雪がすべてを吸収してしまう。

 だが――

 ざっざっざ……。

 静寂の世界でも、ひとつだけ大きく聞こえる音がある。

 それは、雪を踏みしめる音。

 その足音は、蓮が向いている北の方角からではなく、東の方角から聞こえてきた。


「はっ、はっ、はっ」


 息が、荒い。


「悪い、けど。お土産は、買い――そびれちゃってね」


 無意識に、ねねが懐中電灯を向ける。

 そこには、雪だるまがいた。

 ぜいぜいと、肩で息をしている。

 丸い頭が落ちた。

 ヘルメットだ。

 ついで首にかかったゴーグルと、グローブが投げ捨てられる。


「ああ、暑い――」


 この場にもっともふさわしくない言葉を口にして、儀一はにこりと笑った。


「ただいまぁ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ