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(27)鍛治屋

「カロン村から、来ました」

「ほう。いつ雪が降ってもおかしくないこの時期に、歩きでか。ご苦労なこった。で、要件は?」

「木炭の、納品です。それと、薬を買いに」

「うん?」


 ポルカの町は、人口約三千。

 国から行政を委任されている役人よりも、地元の漁業組合の勢力が強いらしく、町の警備などは漁師たちが当番制で行なっている。

 ゆえに、それほど規律は取れていない。

 髭面ひげづら強面こわおもての門番も、服装は普段着で、愛想のかけらもない仏頂面ぶっちょうづらだ。手にしているのは槍ではなく、身の丈ほどもあるもりだった。


「お前、ちょっと発音が変だな」


 門番は胡散うさん臭そうに儀一を見つめた。


「異国人か?」

「はあ、そうです」


 銛のが、石畳をガチンとたたく。


「一応、荷物の中身を確認させてもらうぞ」


 儀一は素直にかごをおろして、蓋を開けた。


「変な色の炭だな」

「ドワーフのグーコスさんへ、納品です」


 門番はくわっと目を見開くと、


「なんだ、グーコスさんの知り合いか! おう、通れ通れ」


 儀一の肩をばんばん叩き、がははと笑った。

 急に愛想がよくなった。


「オレたち漁師は、みんなグーコスさんの世話になっとるんだよ。舟の金具とか、釣り針とかな。ほれ、こいつもグーコスさんがこさえたんだ」


 儀一の目の前に、もりを突き出す。

 近い。


「いい銛ですね」

「おうよ。サハギンなんざイチコロさ!」


 サハギンとは半魚人のような魔物だという。全身が硬い鱗覆われており、鋭い鉤爪を持つ。


「この町は、初めてなんです。グーコスさんの店を、教えてもらえますか?」

「おういいぞ。この中央通りをまっすぐ行って、あそこの丸い看板がある交差点を……」


 ねねから借り受けた翻訳の能力は、正しく作用していた。

 相手が発する言葉は分からないはずなのに、何故か意味が通じる。少し頭が混乱しそうだが、割り切って任せてしまえば問題ないだろう。

 逆に、ある程度バシュヌーン語が分かってくると、自分が理解した内容と翻訳された内容の差異に戸惑うことがあるという。

 最近ねねは、翻訳の能力を無効化しているそうだ。

 ポルタの町は、どこか地中海を思い起こさせるような、穏やかな街並みをしている。石畳は灰色、周囲の家々の壁は色褪いろあせた黄色が多い。

 儀一は印象派の巨匠、フィンセント・ファン・ゴッホが描いた“黄色い家”を思い浮かべた。

 門の前の道、中央道路は道幅が広く、なだらかな下り坂で、突き当たりには灰色の堤防らしき壁が見えた。堤防の先には穏やかな海がある。

 通りには大人がぎりぎり二人乗れるくらいの小型馬車が、三台並んでいた。四本足のダチョウのような奇妙な動物につながれている。馬車ではなく、鳥車とでもいうのだろうか。

 一度乗ってみたい誘惑にかられたが、目的地はそれほど遠くなかったし、それに時間もなかった。

 人通りはまばらで、視界に映っているのは十人ほど。

 ここが一番土地が高いらしく、町並み全体が見渡せる。

 いい景色だなぁと、儀一は感心した。

 港町には、坂道がよく似合う。

 儀一はお上りさんよろしく、きょろきょろともの珍しそうに周囲を眺めながら、目的の区画へと向かった。

 中央通りを一本曲がった通にあるので、迷うことはないはず。

 やがて、ランボに聞いていた目印である、六角形の“鉄結晶”をモチーフにした鉄製の看板が見えた。

 “グーコスの鍛冶屋”だ。

 周囲には多くの商店が立ち並んでいた。看板の文字を確認してみると、木工、石細工、瓦、器、染め物、カゴとザルといったモノづくりの店が多いようだ。

 “グーコスの鍛冶屋”の外見は、お洒落な店だった。黄色の壁にレンガの三角屋根。店の正面に巨大な鉄製の歯車が現代アートのように飾られており、その中心部が出入口になっている。

 店構えには店主の性格が表れるというが、かなりユニークな性格の持ち主なのかもしれない。

 時刻は正午前。

 飛び入り営業であれば、絶対に避ける時間帯だったが、先方に午後から予定が入っていたら、貴重な機会を失うことになる。ここは非礼を承知で飛び込むしかない。


「こんにちは」


 店内は十乗ほどのスペースだった。

 奥側にはカウンター、中央部にはテーブルと椅子。壁には商品棚があって、様々な鉄製品が飾られていた。火かき棒やもりなどが目立っている。

 カウンターにはそばかす顔の若者がいて、腕を組みながらこくりこくりと眠りこけていた。


「あの、すいません」


 近くで呼びかけても起きる気配はない。疲れているのか、熟睡しているようだ。

 肩を揺すると、


「はい、親方っ、寝てません!」


 反射神経を総動員したかような動きで、一気に立ち上がった。

 この若者と親方の関係性が透けて見える光景だった。


「……って、あれ。なんだ、お客さんかぁ」


 そばかす顔の若者は、心底ほっとしたように緊張を解くと、どかりと椅子に腰を下ろした。

 そして欠伸を噛み締めながら、案内をする。


「ご新規さん?」

「はい、そうです」

「ええと、釘とネジは右の棚、針や重りは左の棚。ご注文ならカウンターでどうぞ」

「グーコスさんに、お話があるのですが」

「だから、注文はオレが聞きますよ。親方は今、忙しいんだ。細々(こまごま)した部品は断ることだってあるし、その判断を、弟子であるオレが任されているわけ」


 若者は得意げに鼻の穴を膨らませた。

 オレを軽んじるなよ、ということらしい。


「もしかして、ガレジさんですか?」

「な、なんでオレの名前知ってるの? ひょっとして、俺の作品の、ファンとか?」

「いえ」


 儀一はランボの紹介状を見せた。


「僕は、儀一と言います。カロン村から来ました。そしてこれは、ドワーフのランボさんの紹介状です。あなたのことも、ランボさんから聞きました」


 皮紙にはドワーフの文字が書かれている。


「カロン村! ラ、ランボさんの!」


 若者は驚いたように立ち上がると、へりくだったような笑みを浮かべながら、両手を擦り合わせた。


「“グーコスの鍛冶屋”へようこそ。ささ、向こうのテーブルにおかけください。今、“花茶”をお出ししますので」






 ガレジの師匠であるドワーフのグーコスは、徹夜の作業を終えた後で、まだ寝てるらしい。


「昼過ぎには店に顔を出すと思いますけど。直接工房に行きますか?」


 ここは既製品を販売したり、注文を聞いたりする店舗で、グーコスの住居兼工房は町外れにあるそうだ。


「いえ、また来ます」


 この町での目的は、薬を買うことである。先に薬屋の位置を確認しておくべきだろう。


「“モライド横丁”の場所を、教えてもらえますか?」

「ああ、それだったら――」

 

 ガレジは大通りまで出て、大げさな身振り手振りで丁寧に教えてくれた。

 帰り道を確認しながら歩を進める。

 通りを一本横道に入ると、そこは迷路のような路地裏だった。

 道は狭く、薄暗い。

 風の流れもなく、いその香りが鼻につく。


「だんな、靴、みがこうか?」


 台詞はしぶいが、声が甲高い。

 視線をやると、細道の脇に少年が座っていた。帽子を目深に被り、手にはボロ布を持っている。

 少年の前には、足を置くための台があった。

 この世界にも靴磨きの少年がいるのかと、儀一は驚いた。

 しかしよくよく考えてみれば、力のない子供が金を稼ぐ手段など限られてくるし、靴の主要な素材が革であることからも、ある程度需要が見込めるのだろう。

 残念ながら、今は銅貨一枚でさえ無駄にすることはできない。


「また、今度ね」

 

 そう言って、儀一は少年の前を通り過ぎた。

 “モライド横丁”は薬屋が集まる区画である。

 小さな円形交差点ラウンドアバウトの周囲に、三角屋根のよく似た建物が、五、六件。看板を確認すると、すべてが薬屋だった。

 儀一は一番清潔そうな店に入った。

 独特の匂いが鼻につく。表現が難しいが、“正露丸”に近いかもしれない。


「いらっしゃいませ」


 カウンターの女性が言葉を発した。手元で書類を書いており、視線すら上げていない。

 店内にはソファーが複数配置されていて、数人の老人が不健康話に興じていた。

 どこか既視感デジャビュを感じてしまう光景だ。

 壁際には棚があり、ガラス製の瓶が置かれていた。中には乾燥させた植物や昆虫、わけの分からない固形物などが入っている。


「この薬が、欲しいのですが」


 儀一はカウンターに皮紙を置いた。

 これはトゥーリが用意したもので、喘息の薬のレシピが書かれている。

 受付嬢はちらりとレシピに目をやって、ため息をついた。

 

「これは、魔法薬ですね。他の店へどうぞ」


 反応が冷たい。

 にこにこと微笑みながら「魔法薬とはなんですか?」と聞くと、受付嬢は再びため息をついた。


「魔法薬は、うちは取り扱っていません」


 そういうことを聞いているのではないのだが。

 あくまでも穏やかに、辛抱強く問いを重ねていくと、受付嬢はため息混じりに教えてくれた。

 薬は、大別すると二種類に分かれる。

 一般的な薬“通常薬”と、魔法を使って精製する“魔法薬”だ。

 通常薬は身体の状態を整えたり、あるいは活性化させて健康にするもので、いわゆる漢方薬に近い。

 これに対して魔法薬は、身体に悪影響を及ぼしている“魔素”を取り除き、病の症状を消し去るものだという。

 

「すいません。この町は、初めてなんです。魔法薬を作ってくれる店を、ご存知ないですか?」


 書類に目を落としながら、受付嬢は答えた。


「魔女なら、裏手に二人いますよ」

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