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(22)ごめん

『ひっく。基本、ボクはさぁ、君たち異世界転生者同士の争いには、不干渉ふかんしょうらから。きょーじってやつ? そう、管理者としてのきょーじがあるのらよ、山田さん。ふにゃ。残念らけど、十八番から二十番の情報は、教えられないねぇ』


 前日の夜。マンション内のリビングで、ぐでんぐでんになりながら、カミ子はそうのたまった。

 ちなみに十八番から二十番というのは、世良、正志、アンリの三人のことである。

 酔っ払うと口が軽くなり、“ミルナーゼ”という世界の成り立ちやカロン村周辺の地形などを、ぺらぺらしゃべってくれる便利なカミ子であったが、変なところでこだわりがあるようだ。


『ま、山田さんくらい活躍した異世界転生者はいないんらから、だいじょうぶれしょ。よゆーだよ、よゆー。ぱっといって、さっとやってきなよ』


 別に、戦いに行くわけではないのだが。

 儀一が心配したのは拓也の様子だった。

 友人だった杉本の死に原因があるのだろうが、生きる気力を失っているようにも思えた。

 ひょっとすると、世良たちにしいたげられているのではないか。

 ウィージ村の人々との関係も気になった。

 自己紹介をしただけで半狂乱になった女村長の態度から見るに、世良たちはかなり強引なやり方で生活環境を確保したようである。

 敷地内にあった納屋の惨状を見るに、攻撃魔法を使って村人たちを服従させたのではないか。ひょっとすると、村長の足の傷もその時のものなのかもしれない。

 拓也は大学の学生代表として、市の事業に参加していた。

 杉本は副リーダー的な立場で、いいコンビだと思えた。

 お調子者の杉本は盛り上げ役で、真面目な拓也はみなの意見を公平に聞き、うまくまとめ上げる。そんな役回りだ。

 地域貢献ボランティア活動に対しても積極的だったし、そんな彼がウィージ村の人々に暴力をふるうとは考えづらい。

 ひょっとすると卓也は、特殊能力の有用性の関係で、世良たちに従わされているのではないか。

 もし彼が望むのであれば、カロン村に連れて帰ろう。

 条件としては、拓也が取り返しのつかない犯罪行為に手を染めていないこと。

 今の儀一には守るべきものがある。知り合いとはいえ、拓也のためにこの国の治安機構と事を構えるわけにはいかない。

 手遅れでなければよいのだが。

 問題は、世良たちの動向である。

 初対面の時、世良は友好的に接してきたが、正志とアンリの緊張した様子が気になった。

 調子に乗って会話するとボロが出る。だから余計なことをしゃべるな。まるでそう命令されているかのような態度だった。

 注意しなくてはならないのは、自分たちの特殊能力に目をつけられることだ。

 逆に、こちらの特殊能力が役に立たないと思わせることができれば、安全は確保されるだろう。

 ウィージ村の人々と敵対している状況において、世良たちは他の異世界転生者といざこざを起こしている余裕はないはずだ。

 たとえば、属性魔法で儀一を叩きのめしたとしても、それは自己満足にしかならない。

 計算され尽くした世良の口調や仕草から、彼がそのような愚を犯す人間とは思えなかった。

 タレントの強奪については、実は想定していなかった。

 異世界転生者たちは、まずは“オークの森”を生き延びなくてはならない。

 そして、最初に取得できる特殊能力はひとつだけ。

 強奪は、他の異世界転生者と出会い、特殊能力を奪わなければ意味がない。その前にオークたちと遭遇したら、一巻の終わりである。

 たとえ奪うことができたとしても、その特殊能力が有用かどうかも分からない。それならば、最初から自分が必要と思う能力を選択したほうがましだろう。

 拓也の言葉を借りるならば、地雷スキルである。

 だから儀一は、最初の検討段階でタレントの強奪を選択肢から外していた。

 こんな能力を選ぶのは、すべてが冗談だと思い込んでいる人間か、自暴自棄な人間。

 あるいは――

 狂気を宿した人間だけである。

 儀一が所持していた特殊能力は、召喚魔法と鑑定。

 自己防衛の手段はなかったが、もうひとつ特殊能力を選択することができた。

 これは存在レベルが十になった時に得た権利である。

 万が一の時のために、儀一は保留にしていた。

 相手の出方に合わせた特殊能力をその場で選択すれば、切り抜けられる可能性は高い。

 ようするに、お守りのようなものだ。

 ただし、ねねは留守番である。

 相手方に世良と正志という男がいて、彼らに疑念がある以上、彼女を連れて行くわけにはいかなかった。

 “オークの森”で出会った異世界転生者に、一度ねねは襲われている。万が一のことがあれば、それこそ取り返しがつかない。

 翌日、儀一はひとり、手ぶらでウィージ村へと向かった。

 そして、拓也に嘘をついた。

 自分の能力は、バイクを召喚する魔法。

 ねねの能力は鑑定。

 どちらも微妙に使えない能力なのだと。

 あからさまにほっとした拓也の様子に、儀一は確信した。

 やはり世良は、拓也を使って自分たちの特殊能力を探り、使えそうであれば脅しをかけて、従わせようとしていたのだ。

 儀一の予想は、外れた。

 世良はタレントの強奪を選択しており、なおかつ他の異世界転生者から、召喚魔法を奪っていたのだ。

 この二つの条件がそろっていなければ、おそらく儀一の嘘は見抜かれなかっただろう。

 問答無用で光魔法で吹き飛ばされて、地下倉庫へ連れていかれた時、儀一には二つの選択肢があった。

 ひとつは絶望した演技を見せ、世良に忠誠を誓うふりをすること。

 ある程度自由を得てから、再度、マンションの召喚魔法を取得して逃げればよい。


『能力を奪った上で、お前を殺す』


 世良のこのひと言で、儀一の覚悟は決まった。

 強奪の成功確率は、相手がその条件を認識することで、八十パーセントまで上げることができるという。

 世良が口にし、正志とアンリも聞いていたので、全員に適応されるはずだ。


状態盤ステータスプレートを出してみろ。現実ってものを目の当たりにすりゃあ、ちっとは堪えるだろう』


 これは助かった。

 そんなはずない、嘘だ嘘だとおののきながら、状態盤ステータスプレートを出す予定だったのだが、自分の演技力に儀一は自信がなかったのだ。

 世良の命令に従って、儀一は状態盤ステータスプレートを開くと、震える手で操作ミスを装いながら、ボタンをタップしていった。

「特殊能力」「新規取得」「タレント」「強奪」「本当によろしいですか?」「はい」。


『タレントの強奪を、取得しました』


 アニメ声の案内メッセージは、儀一にしか聞こえない。

 世良の手が、儀一の頭に触れる。

 これが、最後の条件。


『強奪、特殊魔法、召喚魔法!』


 お手本をなぞるように。


『強奪、属性魔法、光属性魔法』


 状態盤ステータスプレート上に、光属性魔法が表示されたことを確認すると、儀一は行動を開始した。ちなみに、儀一の召喚魔法は消えなかった。どうやら世良の強奪は失敗したようだ。

 属性魔法は身体のどの部分からでも出せる。それは子供たちとの魔法練習の際に実証済み。

 光属性魔法の魔法レベルは二。

 急所を捉えれば、一発で仕留められる。

 存在レベルが十ということもあり、魔力にも余裕があった。

 強奪できる特殊能力は十個。これも十分だ。

 世良からは強奪、光属性魔法、謎の召喚魔法、時間魔法。正志からは身体能力向上。そしてアンリからは魅了と、儀一はすべての特殊能力を奪い取った。

 運がよいのか、それとも他の要素が働いたのか、一度も失敗しなかった。






「三人をロープでしばろう」


 後ろ手にしっかりと。足も、そして口にも猿轡さるぐつわをする。

 途中、世良と正志が抵抗したので、儀一は光撃ライトインパクトを一回ずつ使った。アンリは観念したらしく、大人しくしていた。

 袖口や足の裾や靴の中に凶器を忍ばせていないことを確認してから、儀一は拓也にマーニを連れてくるようお願いした。

 十代半ばの少女には、刺激の強い光景だったかもしれない。

 思わず絶句したマーニに、儀一はバシュヌーン語で伝えた。


「僕は、三人に襲われました。だから、こうしました。彼らはもう、魔法を使えません」


 マーニが母親である村長に伝えて、それからウィージ村は大騒ぎになった。

 ほんの一時間くらいで村中の人々が村長宅に集まり、話し合いが行われた。

 その間、儀一と拓也は別室で待機していた。

 拓也は儀一に謝った。

 世良のたくらみを知りながら、伝えなかった。その結果、儀一は光魔法で攻撃されることになったのだ。


「嘘をついたのはお互い様だよ。僕の召喚魔法はバイクじゃないし、二宮さんの特殊能力も鑑定じゃない」

「そ、そうだったんですか」


 本当のことを知りたかったが、さすがにおこがましいと思い、拓也は聞かなかった。


「僕は一度、カロン村に帰るけど、拓也君はどうする?」


 儀一は問いかけた。

 世良たちは地下倉庫に閉じ込めている。ウィージ村の人々は三人の処分について、話し合っているのだろう。

 そして拓也は、村人からすれば世良たちの仲間だ。


「はっきり言って、君の立場は危ない」


 拓也も承知していた。

 力がなかったとはいえ、世良たちに反抗することもできなかった。村の貴重な食べ物を奪ったのだから同罪だろう。


「逃げるかい?」

「い、いえ!」


 誰かに怯えながら暮らすのはもうたくさんである。


つぐないます。弁償できるお金は、ありませんけど」


 言葉も通じない。どうすれば許してもらえるのかすら分からない。

 とにかく、必死に謝ろうと拓也は思った。


「その服、けっこう高く売れるよ」


 言いながら、儀一は状態盤ステータスプレートを操作する。


「こうかな?」


 ピコンとシステム音が鳴った。


『光属性魔法を、取得しました』


 驚いて、拓也が状態盤ステータスプレートを確認すると、特殊能力ウインドウの中に、懐かしい文字が表示されていた。

「属性魔法」「光属性魔法(光撃)」「魔法レベル(二)」「熟練度(九)」

 知らない間に魔法レベルが上がっている。

 しかしそれは、まぎれもなく拓也が授かった力だった。


「どうやら、戻せたみたいだね」


 頼るものの何もない異世界において、拓也がただひとつだけ、すがりつくことができる力。

 足場を得たような安堵感とともに、熱い涙が溢れてきた。


「あ、ありがとう……ござい、ます」


 両手を顔に当て、膝から崩れ落ちる。

 かすれるような声で、何度も何度も呟いた。


「ありがとう、ございます。ありがとう……」


 儀一は何も言わなかった。

 拓也が許されるかどうかは分からない。

 光属性魔法を返したのは、村人たちが報復措置として拓也を殺害しようとした場合の保険。

 この魔法を使って逃げろということだ。

 世良たちが奪った食料で、村人たちが飢え死にするかもしれない。その罪の重さを推し量ることは、自分たちにはできない。

 罪人を食べさせていく余裕などないだろうし、罪人の引き渡しなどというわずらわしい手続きをとるかどうかも甚だ怪しい。

 法整備された現代日本とは違うのだ。

 そのことを、拓也は認識しているのだろうか。

 拓也の運命は、彼がウィージ村でどのような行動をとってきたか、そして今後、どのような行動をとるかによって決まるのである。


「いいかい、拓也君」


 儀一は忠告した。


「ウィージ村の人々は、魔法を恐れている。君が光属性魔法を一度でも使ったら、もうこの村にはいられないだろう。だから、しっかり考えてから使うんだよ」

「分かりました」

「じゃあ、また明日くるから」


 儀一がカロン村に出発した後、マーニが部屋を訪れると、下着一枚になった拓也が正座しており、自分の服を差し出すような形で、土下座した。


「マーニ、ごめん」


 それを見たマーニは悲鳴を上げたという。

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