表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/78

(21)強奪

 地下倉庫は石造りで、分厚い入口の扉には錠前がかけられる。

 最初、拓也たちがウィージ村にたどり着いた時、問答無用で放り込まれた場所だ。

 ロープや木箱や籠などの道具類も散乱している。

 世良は儀一の両手両足をロープで縛った。そのままうつ伏せに寝かせて、正志が背中に跨って座る。

 かなり屈辱的な体勢だが、儀一はおとなしくしていた。


「今から“儀式”を行う。しっかり聞けよ」


 世良は儀一の正面に立ち、見下ろしていた。


「俺が選択した特殊能力は、タレントの強奪だ。これは対象が所有している特殊能力を、ある確率で奪い取ることができる。だが、いくつか条件があってな」


 世良は淡々と説明した。


「ひとつ、発動させるためには、相手に接触する必要がある。二つ、奪える能力の数は、使用者の存在レベルと同数まで。三つ、奪い取った能力を元の所有者に返す事こともできるが、その能力は二度と奪えない。魔力の消費量も大きくてな、今の俺でも三発が限界だ」


 世良の話を、拓也も聞いていた。

 決して思い出したくない記憶が蘇る。

 儀一に申し訳ないと、拓也は思った。最初から世良の能力を正確に儀一に伝えるべきだった。

 自分のせいで、同じ絶望を――

 こうなったら、やるしかない。

 あのタイミングで、三人を倒すのだ。


「とまあ、テレビドラマの悪党のように、ぺらぺらしゃべったわけだが、何故だと思う?」


 儀一の背中に乗っている正志が、儀一の頭を、はたいた。


「おい答えろ、山田!」

「何か理由があるからでしょう」


 拓也の隣で、アンリがきゃははと笑った。


「この人、余裕あるじゃない?」


 世良は鼻を鳴らした。


「強奪の条件を相手が認識することで、成功の確率が上がるからさ。この馬鹿馬鹿しい“儀式”をしなければ、能力を奪える確率はせいぜい二十パーセントだ。だが、発動条件、奪える数、返還条件を伝えることで、それぞれ二十パーセントずつ成功確率が上がっていく。つまり今、合計で八十パーセントだ」


 一、二回も使えば、ほぼ儀一の能力を奪うことができるだろう。


「いまいち、真剣味が足りねぇな」


 世良の本質はサディストである。

 特に冷静沈着な優等生を壊すことに、たまらない快感を覚える。そういう意味では、拓也は絶好の素材だったが、手応えがなさすぎた。

 しかし儀一は違う。

 久しぶりの――極上の相手といえるだろう。


「能力を奪った上で、お前を殺す」


 世良はぞっとするほど冷たい声を放った。


「奴隷はひとりで十分だし、お前は放置しておくと危なそうだからな。知ってるか? 他の異世界転生者を殺しても、経験値が入るんだ。オークたちよりも、だんぜん効率がいい」


 儀一はぼんやりと世良を見上げていた。


状態盤ステータスプレートを出してみろ。現実ってものを目の当たりにすりゃあ、ちっとは堪えるだろう」


 儀一は後ろ手に縛られているわけではない。状態盤ステータスプレートを見せつけるために、あえて世良がそうしたのだ。


「ステータス、オープン」


 状態盤ステータスプレートは、手をかざした位置に出現する。自分以外には、内容を確認することはできない。

 儀一は震える手で、何度もタップしながら、特殊能力ウィンドウを開いたようだ。


「さて、始めるか」


 世良の様子を観察しながら、拓也は訝しげに思った。

 おかしい。

 儀一の能力を奪う前に、やるべきことがあるはずだ。

 しかし視界の先で、世良は中腰になり、儀一に手を伸ばした。


「ま、待ってください!」


 たまらず拓也は叫んだ。


「たっくん。今いいところなんだからさ、ちょっと黙って……」

「その前に、僕の能力を返してください!」


 アンリを無視して、懇願する。


「世良さんの存在レベルは、三。もうこれ以上、特殊能力は奪えないはずです。約束通り、僕は山田さんの能力を聞き出しました。だから僕の――光属性魔法を返してください!」

「馬鹿か」


 あざけるように世良は笑った。


「んなもの、お前を喜ばせるための嘘に決まってるだろ」

「……え?」

「俺の存在レベルは、四だ。この村にたどり着いた時、経験値が入っただろう。それで上がったんだよ」


 一瞬、言葉の意味が分からなかった。

 そして理解した瞬間、ぐらりと足元が揺れたような気がした。


叔父貴おじき、それ本当っすか?」

「お前らは嘘が下手だからな。敵を騙すには味方からってやつだ」


 拓也たちは一度もパーティを組んだことがない。経験値を分散させるメリットがないという世良の判断からである。

 だから拓也は、仲間内の会話で世良の存在レベルを判断していた。

 まさかそれすら、罠だったとは。

 世良の用意周到さに、拓也は震えた。


「あんた、少し黙ってな!」

「ぐっ」


 アンリが豹変し、拓也の腹に膝蹴りを入れる。

 最後の希望が、ついえた。

 膝から、崩れ落ちる。

 その様子を満足そうに観察してから、世良は儀一に向き直った。


「よく見ていろよ。自分の能力が奪われる、その瞬間を」


 嗜虐的な笑みを浮かべながら、儀一の頭に手を置く。


「強奪、特殊魔法、召喚魔法!」


 一瞬遅れて、儀一がぼそりと呟いた。


「強奪、属性魔法、光属性魔法」


 重い風が吹き抜けるような効果音が鳴り響いた。


「うん? お前今、なんて……」


 眉をひそめる世良。

 その手首を、儀一は縛られている両手でつかんだ。


光撃ライトインパクト


 光を発したのは、儀一の背中。


「ぐおっ」


 そこに乗っていた正志が飛び上がり、悶絶した。


「ぐっ、うぉおおおっ」


 股間を潰され、床の上をのたうち回る。


「ま、正志っ!」


 驚く世良をよそに、儀一は膝立ちになった。

 手首をつかんだまま、ぐいっと引っ張る。中腰になっていた世良は踏ん張りがきかない。


「くっ、光撃ライトインパクト!」


 体勢を崩しながらもとっさに魔法を使おうとしてのは、さすがの機転であった。

 しかし魔法は、発動しなかった。

 儀一の頭が世良の胸に接触する。


光撃ライトインパクト


 目も眩むような光とともに、世良は吹き飛ばされた。






 呼吸ができなければ、動くことはできない。

 奇しくも自分が口にした通りの体験を、世良はする羽目になった。

 儀一は苦労して立ち上がると、ぴょんぴょんジャンプして、扉の前にたどり着いた。

 そのまま背中を扉に預ける。


「やれやれ。ひどい目にあった」


 世良は激しく咳き込み、正志は悶絶していた。

 そして拓也とアンリは呆然としている。


「拓也君。悪いけれど、ロープを解いてくれるかな?」

「は、はい」


 固結びになっていたので手間がかかったが、何とか拓也はロープを解いた。その間、アンリは世良のそばに駆け寄って、心配そうに声をかけながら背中をさすった。


「ふう、ありがとう」

「い、いえ」

「そのまま、入口の前に立っていて。誰も通さないように」

「は、はい」


 自由になった儀一は、正志のもとへ近寄った。

 状態盤ステータスプレートを確認しながら、ぼそりと呟く。


「強奪、パッシブスキル、身体能力向上」


 続いて、世良とアンリのもとへ。


「て、てめぇ! あっちに行きやがれ!」

「動かないで」


 儀一が手をかざすと、アンリが「ひっ」と悲鳴を上げた。光撃ライトインパクトを使われると思ったのだろう。

 儀一はアンリの頭に手を置いて、


「強奪、タレント、魅了」

「ふ、あ……」


 力が抜けたように、アンリは尻もちをついた。


「拓也君」

「は、はい!」

「世良が奪った特殊能力を、教えてくれるかな?」

「ひ、光属性魔法と、時間魔法と、ばく――いえ、召喚魔法です」


 儀一は世良に触れると、


「強奪、タレント、強奪」

「強奪、特殊魔法、召喚魔法」

「強奪、特殊魔法、時間魔法」


 いったい何をしているのだろうか、この人は。

 この、間の抜けたような空気は、何だろうか。

 扉の前に立ちながら、拓也は激しい疑問にさいなまれていた。


「鑑定」


 最後に儀一は状態盤ステータスプレートを確認すると、


「もう、持っていないようだね」


 そう言って、ひと息ついたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ