(21)強奪
地下倉庫は石造りで、分厚い入口の扉には錠前がかけられる。
最初、拓也たちがウィージ村にたどり着いた時、問答無用で放り込まれた場所だ。
ロープや木箱や籠などの道具類も散乱している。
世良は儀一の両手両足をロープで縛った。そのままうつ伏せに寝かせて、正志が背中に跨って座る。
かなり屈辱的な体勢だが、儀一はおとなしくしていた。
「今から“儀式”を行う。しっかり聞けよ」
世良は儀一の正面に立ち、見下ろしていた。
「俺が選択した特殊能力は、タレントの強奪だ。これは対象が所有している特殊能力を、ある確率で奪い取ることができる。だが、いくつか条件があってな」
世良は淡々と説明した。
「ひとつ、発動させるためには、相手に接触する必要がある。二つ、奪える能力の数は、使用者の存在レベルと同数まで。三つ、奪い取った能力を元の所有者に返す事こともできるが、その能力は二度と奪えない。魔力の消費量も大きくてな、今の俺でも三発が限界だ」
世良の話を、拓也も聞いていた。
決して思い出したくない記憶が蘇る。
儀一に申し訳ないと、拓也は思った。最初から世良の能力を正確に儀一に伝えるべきだった。
自分のせいで、同じ絶望を――
こうなったら、やるしかない。
あのタイミングで、三人を倒すのだ。
「とまあ、テレビドラマの悪党のように、ぺらぺらしゃべったわけだが、何故だと思う?」
儀一の背中に乗っている正志が、儀一の頭を、叩いた。
「おい答えろ、山田!」
「何か理由があるからでしょう」
拓也の隣で、アンリがきゃははと笑った。
「この人、余裕あるじゃない?」
世良は鼻を鳴らした。
「強奪の条件を相手が認識することで、成功の確率が上がるからさ。この馬鹿馬鹿しい“儀式”をしなければ、能力を奪える確率はせいぜい二十パーセントだ。だが、発動条件、奪える数、返還条件を伝えることで、それぞれ二十パーセントずつ成功確率が上がっていく。つまり今、合計で八十パーセントだ」
一、二回も使えば、ほぼ儀一の能力を奪うことができるだろう。
「いまいち、真剣味が足りねぇな」
世良の本質はサディストである。
特に冷静沈着な優等生を壊すことに、たまらない快感を覚える。そういう意味では、拓也は絶好の素材だったが、手応えがなさすぎた。
しかし儀一は違う。
久しぶりの――極上の相手といえるだろう。
「能力を奪った上で、お前を殺す」
世良はぞっとするほど冷たい声を放った。
「奴隷はひとりで十分だし、お前は放置しておくと危なそうだからな。知ってるか? 他の異世界転生者を殺しても、経験値が入るんだ。オークたちよりも、だんぜん効率がいい」
儀一はぼんやりと世良を見上げていた。
「状態盤を出してみろ。現実ってものを目の当たりにすりゃあ、ちっとは堪えるだろう」
儀一は後ろ手に縛られているわけではない。状態盤を見せつけるために、あえて世良がそうしたのだ。
「ステータス、オープン」
状態盤は、手をかざした位置に出現する。自分以外には、内容を確認することはできない。
儀一は震える手で、何度もタップしながら、特殊能力ウィンドウを開いたようだ。
「さて、始めるか」
世良の様子を観察しながら、拓也は訝しげに思った。
おかしい。
儀一の能力を奪う前に、やるべきことがあるはずだ。
しかし視界の先で、世良は中腰になり、儀一に手を伸ばした。
「ま、待ってください!」
たまらず拓也は叫んだ。
「たっくん。今いいところなんだからさ、ちょっと黙って……」
「その前に、僕の能力を返してください!」
アンリを無視して、懇願する。
「世良さんの存在レベルは、三。もうこれ以上、特殊能力は奪えないはずです。約束通り、僕は山田さんの能力を聞き出しました。だから僕の――光属性魔法を返してください!」
「馬鹿か」
嘲るように世良は笑った。
「んなもの、お前を喜ばせるための嘘に決まってるだろ」
「……え?」
「俺の存在レベルは、四だ。この村にたどり着いた時、経験値が入っただろう。それで上がったんだよ」
一瞬、言葉の意味が分からなかった。
そして理解した瞬間、ぐらりと足元が揺れたような気がした。
「叔父貴、それ本当っすか?」
「お前らは嘘が下手だからな。敵を騙すには味方からってやつだ」
拓也たちは一度もパーティを組んだことがない。経験値を分散させるメリットがないという世良の判断からである。
だから拓也は、仲間内の会話で世良の存在レベルを判断していた。
まさかそれすら、罠だったとは。
世良の用意周到さに、拓也は震えた。
「あんた、少し黙ってな!」
「ぐっ」
アンリが豹変し、拓也の腹に膝蹴りを入れる。
最後の希望が、潰えた。
膝から、崩れ落ちる。
その様子を満足そうに観察してから、世良は儀一に向き直った。
「よく見ていろよ。自分の能力が奪われる、その瞬間を」
嗜虐的な笑みを浮かべながら、儀一の頭に手を置く。
「強奪、特殊魔法、召喚魔法!」
一瞬遅れて、儀一がぼそりと呟いた。
「強奪、属性魔法、光属性魔法」
重い風が吹き抜けるような効果音が鳴り響いた。
「うん? お前今、なんて……」
眉をひそめる世良。
その手首を、儀一は縛られている両手でつかんだ。
「光撃」
光を発したのは、儀一の背中。
「ぐおっ」
そこに乗っていた正志が飛び上がり、悶絶した。
「ぐっ、うぉおおおっ」
股間を潰され、床の上をのたうち回る。
「ま、正志っ!」
驚く世良をよそに、儀一は膝立ちになった。
手首をつかんだまま、ぐいっと引っ張る。中腰になっていた世良は踏ん張りがきかない。
「くっ、光撃!」
体勢を崩しながらもとっさに魔法を使おうとしてのは、さすがの機転であった。
しかし魔法は、発動しなかった。
儀一の頭が世良の胸に接触する。
「光撃」
目も眩むような光とともに、世良は吹き飛ばされた。
呼吸ができなければ、動くことはできない。
奇しくも自分が口にした通りの体験を、世良はする羽目になった。
儀一は苦労して立ち上がると、ぴょんぴょんジャンプして、扉の前にたどり着いた。
そのまま背中を扉に預ける。
「やれやれ。ひどい目にあった」
世良は激しく咳き込み、正志は悶絶していた。
そして拓也とアンリは呆然としている。
「拓也君。悪いけれど、ロープを解いてくれるかな?」
「は、はい」
固結びになっていたので手間がかかったが、何とか拓也はロープを解いた。その間、アンリは世良のそばに駆け寄って、心配そうに声をかけながら背中をさすった。
「ふう、ありがとう」
「い、いえ」
「そのまま、入口の前に立っていて。誰も通さないように」
「は、はい」
自由になった儀一は、正志のもとへ近寄った。
状態盤を確認しながら、ぼそりと呟く。
「強奪、パッシブスキル、身体能力向上」
続いて、世良とアンリのもとへ。
「て、てめぇ! あっちに行きやがれ!」
「動かないで」
儀一が手をかざすと、アンリが「ひっ」と悲鳴を上げた。光撃を使われると思ったのだろう。
儀一はアンリの頭に手を置いて、
「強奪、タレント、魅了」
「ふ、あ……」
力が抜けたように、アンリは尻もちをついた。
「拓也君」
「は、はい!」
「世良が奪った特殊能力を、教えてくれるかな?」
「ひ、光属性魔法と、時間魔法と、ばく――いえ、召喚魔法です」
儀一は世良に触れると、
「強奪、タレント、強奪」
「強奪、特殊魔法、召喚魔法」
「強奪、特殊魔法、時間魔法」
いったい何をしているのだろうか、この人は。
この、間の抜けたような空気は、何だろうか。
扉の前に立ちながら、拓也は激しい疑問に苛まれていた。
「鑑定」
最後に儀一は状態盤を確認すると、
「もう、持っていないようだね」
そう言って、ひと息ついたのである。




