(20)騙し合い
村案内といっても、拓也はウィージ村のことを何も知らない。
二ヶ月近く住んでいるにもかかわらず、ずっと引きこもっていたからである。
村の中央広場と、共同井戸、朝市をやっているらしい通り。
あとは……。
道中に出会った村人たちは、みな恐れるように拓也たちから離れていった。小さな子供がひとり、きっとこちらを睨みつけてきたが、母親に抱きかかえられて連れていかれた。
「ずいぶん、怖がられているみたいだね」
「は、はい」
恥ずかしさのあまり、拓也は俯いてしまう。
「村長さんから、何か聞きましたか?」
「うん」
昨日、儀一とねねはウィージ村の村長と面会していた。
魚の干物を売りに来たのだという。
儀一が自己紹介で異国人であることを伝えると、中年の女村長は半狂乱になって怒鳴り散らしたそうだ。
「あいつらを連れて、出て行けってね」
「……」
無言のまま、村はずれにある大木のところまで来た。儀一は「座ろうか」と言って、木の根に腰を下ろした。拓也もそれに倣う。
「でもね。娘さん――マーニ君だけは、君を庇っていたよ。タクヤは気が弱いから逆らえないだけ。本当は、悪い人じゃないって」
拓也は泣きそうになった。
「世良さんたちは、この村に馴染むつもりはないみたいだね」
「はい。言葉を覚えたら出て行くと言っていました」
「君は、どうするつもりだい?」
「僕は……」
拓也は言葉に詰まった。
ここから逃げ出したい。助けて欲しい。
『――そんなゴミクズが、この世界で生きていけると思うか?』
喉まで出かかった言葉。
『どんなに辛くたって、金魚のフンみてぇに俺たちにくっついて生きていくしかねぇんだよ、お前は!』
心が、縮こまる。
「君は、どうしたい?」
儀一は問い方を変えた。
まるで拓也に、その答えを促すかのように。
「僕は……」
拓也は乾いた息を吐いた。
「僕が選択した特殊能力は、光属性魔法です。人を傷つけ、屈服させるだけの、暴力的な力です」
「そんなことはないよ」
儀一は反論した。
光属性魔法は、熟練度を上げて魔法レベルが三になると、光斬剣という魔法が使えるようになる。これは光の剣を出すことができるのだが、相手を攻撃するだけの武器ではないという。
「懐中電灯にもなるし、斧やノコギリ、そしてスコップの代わりにもなる。草むしりにも使えるし、とても便利な工具だよ。この世界で生活する上で、とても役に立つ」
「……」
励まされるたびに、拓也は落ち込んでいった。
「せ、世良さんの能力も、光属性魔法なんです。そして正志さんが、身体能力向上、アンリさんが魅了です」
「魅了? そういえばさっき、変だったなぁ」
全員の特殊能力を告げることは、世良から命じられていたことである。
狙いは、儀一の信頼を得ること。
ここで儀一から光属性魔法を見せて欲しいと要求された場合、勝手に魔法を使わないよう世良に厳命されていると言って、いったん断る。
「山田さんと二宮さんの特殊能力は、何ですか?」
同情心をかい、まずはこちらの手の内を見せてから、相手の情報を引き出す。
「僕は、召喚魔法だね」
「召喚、魔法?」
生前の自分の持ち物をひとつだけこの世界に持ち込むことができる魔法だ。
最初に特殊能力を選ぶ際、拓也も検討した記憶がある。
学生の身であり、サバイバルに役立ちそうな道具を所有していなかったので、断念したが。
「二宮さんは、タレントの鑑定」
これも拓也が迷った能力である。食用の野草やキノコが判別できれば、サバイバルが有利になると考えたからだ。
「調べたいものに手に触れて鑑定を使うと、状態盤上に説明文が表示される。いわゆる百科事典だね。バシュヌーン語で表示されるから、あまり意味がないんだけど」
お気の毒にと拓也は思った。
「それは、とんだ地雷スキルですね」
「地雷? ああ、うまいこと言うね」
ネットゲームが大好きだった杉本の影響で覚えた単語である。役立たずで、取得すると損をする能力のことだ。
「その、山田さんの召喚魔法を見せてもらうことはできますか?」
とりあえず自分の役割を果たしてから行動を決めようと、拓也は考えた。
つまりは、結論の先延ばしである。
正直、悩むことに疲れてもいた。
「すぐ近くにあるよ」
儀一に案内されたのは、村から街道寄りに少し歩いた場所。岩陰立てかけられていたものは、
「うわ、すごい。これ、ホンダの“モンキー”ですよね?」
「お、知ってるのかい? おじさん嬉しいなぁ」
「その顔でおじさんは違和感ありますよ。父が昔、似たようなバイクに乗っていたんです。あれは“ゴリラ”だったかな?」
「お父さん、いい趣味をしてるね」
間接的に、儀一は自分を褒めた。
「でも、この世界にはガソリンがないみたいなんだ。かなり燃費がいいバイクだけど、もうすぐ動かなくなる」
「そう、ですか」
しかし拓也は、心が軽くなったような気がした。
儀一とねねの特殊能力は、それほど役に立たない。少なくとも、世良が光属性魔法の代わりに強奪しようとは思わないはずだ。
これでいいと拓也は思った。
マーニたちウィージ村の人々に対して、拓也は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。これ以上、誰にも迷惑をかけたくない。自分を嫌いになりたくない。それでは、杉本を犠牲にしてまで生き残った意味がなくなってしまう。
「山田さん、戻りましょう!」
欲望を捨て去ることで、得られるすがすがしさもある。
そのことに気づき、拓也は生気を取り戻した。
村長の別宅に戻ると、拓也は儀一とねねの特殊能力について、世良たちに報告した。
儀一がいる前で、堂々と伝えた。
「……そうか」
テーブルの上で手を組みながら、世良が頷いた。
「目の前できちんと確かめました。だからもう、山田さんには用はないですよね?」
「ああ」
世良はゆっくりと立ち上がった。
そのまま拓也と儀一の方へと近づいてくる。
「お手柄だったな、浅見」
殴られるかもしれないと、拓也は思った。
あるいは、また自分の魔法で吹き飛ばされるのか。
それでもいい。儀一に、世良たちの危険性を伝えることができるのであれば。
世良は拓也を労うように肩をぽんと叩くと、隣に立っていた儀一の胸に手を触れた。
「光撃」
儀一は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
そのまま床に倒れ込み、苦しそうに咳き込む。
「苦しいだろう? 呼吸ができなきゃ何もできない。しばらくは動けねぇよ」
予想外の出来事に、拓也は呆然としていた。
「これが、素人の限界さ。いくら用心しても意味はねぇ。なんの脈絡のない暴力に対して、完全に無防備だ」
「や、山田さんっ!」
拓也は儀一のそばに駆け寄った。
「おい浅見、担がれてんじゃねぇぞ」
「え?」
世良は嗜虐的な笑みを浮かべていた。
「やはり、頭のキレるやつだ。自分の能力の価値を落とすことで、俺たちの興味から逃れる、か。ウィージ村の連中と敵対している今、他の異世界転生者たちと揉め事を起こすメリットはない。常識的に考えて、危害を加えられるはずはないよなぁ」
儀一は顔を上げることができない。
「しかも浅見を取り込んで、逆に使ってきやがった。真実に嘘を混ぜ込むペテン師だな。子供を連れて“オークの森”を抜けたことといい、お前がこちら側の人間だったら、盃をやってもいいくらいだよ。ははっ」
「せ、世良さん」
拓也は混乱した。
何故、世良は儀一に暴力をふるったのか。
「召喚魔法は、俺も持っている」
それは世良が拓也と杉本に出会う前、とある異世界転生者から強奪した特殊能力だった。
召喚できる物品は――
“魔王の母”。
“過酸化アセトン”という化学物質を使用した爆弾であった。
「この爆弾は、何回だって使える。俺の推測では、毎回、地球のとある時間帯から取り寄せているからだ。つまりこいつのバイクも、ガソリンが戻った状態で召喚されるのさ」
確かに、世良が爆弾を使う場面は何度も見てきた。召喚されたものに時間経過が適用されるならば、一度しか使えないはずだ。
「本当にお手柄だったな、浅見」
ウィージ村の連中を恐怖で縛り付けておくのも限界がある。
もし結託して反抗されたら、全面対決になるだろう。魔力が切れてしまえば、さすがに多勢に無勢となる。
世良はある程度バシュヌーン語をマスターした後、別の街に旅立つつもりでいた。そのことはすでに村長にも伝えてある。
期間限定であれば、脆弱な支配体制を取り繕うことができると考えたからだ。
「これで、移動手段がそろったわけだ」
「でも叔父貴。“モンキー”といやぁ、確かちっこい原付っす。せいぜい二人しか乗れません」
正志の言葉に、アンリの目が吊り上がった。
「あたしが、徹さんと行くんだからね! 正志、あんたは体力バカなんだから、走りなさいよ」
「そ、そんな」
世良はため息をついた。
「荷車をつなげば、三人や四人は乗れるだろうが」
「……あ」
苦々しそうに舌打ちしてから、世良は儀一を地下倉庫に連れていくよう命令した。




